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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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101 常しえ

成瀬(なるせ)、おはよう」


 そう言うと、過去は源昭仁(みなもとのあきひと)であり、現在は月森拓(つきもりたく)となった()は、後部座席に身を滑らせ乗り込む。

 公卿様は穏やかで温厚だが、今日は何時にも増して、機嫌が良いように感じる。

 そんな公卿様も、()であり、我ら御劔(みつるぎ)()()()()である姫様の事になると、今も昔も色々と抑えられなくなる。


 二週間前の関東への出張でもそうだった。

 元々視察や社内会議で国内を色々まわる事が多い為、その場所の名産を御劔達へと買ってくる事が多い。

 最近では甘党の桐生(不知火)のリクエストで菓子類、司波(迅雷)久我(宵闇)へ地酒など。宗方は酒よりもその土地の銘菓や特産品を有難がる。

 公卿様は皆から必ず聞いて買ってくるのだが、姫様には自分で用意したかったのだろう。少し早めに駅に着いた後、姫様への贈り物を、それはそれは真剣に悩んでいた。

 受け取った時の姫様の笑顔を思い浮かべるのか、時に目元が甘く緩み、それを見た他の買い物客や店員が頬を染める、と言った事が何度か起きる。

 そのうち絞り切れなくなった公卿様は、姫様の好みに合いそうなものを端から買って行こうとか言い出し、慌てて止めた。


 この方は、当時から本当に姫様の笑顔見たさに、色んなものを手に入れては贈っていた。

 交易船で取り寄せたという、外国の飾りや置物。姫様が琴の名手であった事から、象牙から加工した琴爪に、鼈甲(べっこう)の櫛。螺鈿細工が見事な扇。珊瑚を使った髪飾り。

 贈られる姫様も、珍しいものを見ては素直に驚き、大切に身に着け使用する姿を見て、公卿様も幸せそうに笑う。

 きっと当時の姫様は、価値などはわからなかっただろう。

 それでも、自分が心を寄せ、自分を愛しんでくれる公卿様から贈られたもの、と、いう気持ちからどれも大切にしていたのを思い出す。


「そんなに山のように贈られては、姫様も困られるかと。またこちらに来ますから、その時にまた贈られてはいかがでしょう?」


 本気で買いそうな勢いを止めると、公卿様はしばらく悩んだ後に、いくつかの候補から、姫様が今も昔も好んでいたドライフルーツの入った1口大のケーキの詰め合わせを買う。

 今も、と言うのは早くからこちらの支店へ合流していた、司波(迅雷)桐生(不知火)からの情報だ。

 味も勿論だが、外装も可愛らしく姫様が喜び、好みそうなものだ。

 その土産も、根の者である初鷹(はつたか)吉野由加里(よしのゆかり)が起こした騒動で、直ぐには渡す事も出来ず、姫様の入院中に渡す事になった。

 でも、あの出来事も過去と同じく、お二人の心が通じ合う切っ掛けになったのかもしれない。

 過去の記憶を思い出していないにもかかわらず、姫様は公卿様を受け入れ、心を寄せた。


 過去もそうだったが、この方は姫様の為には時間も手間も惜しまない。

 姫様がこの会社に入社した事は、ある程度()()()()()()だったが、心を寄せ合う為には公卿様の思いの強さと、彼女に対する真摯な気持ちがなければ、受け入れる事はなかっただろう。

 ・・・まあ、この方なら色んな手を考え、姫様を自分の腕の中に収めただろうが。

 そんな事を思いながら声をかけると、公卿様はそこに姫様がいる様に甘く目元を緩ませる。


「機嫌が良いですね」

「今日から躑躅(つつじ)が出勤するからね」


 入院中は小まめに病室に足を運ぶ事は出来たが、自宅療養となるとそうもいかない。

 が、公卿様は姫様の通院日に付き添う約束を取り付け、半日と少しのデートを楽しんだ。

 その日、姫様の今世での母君が通院に付き添えない事を聞いた公卿様が、付き添う事を提案したらしい。

 姫様の性格からして、主治医から了承が出なくても、無理をしてしまう可能性を見越しての提案だった。

 それに関しては、御劔としても異論はない。手が空いていれば、御劔の誰かがつく事でも良かったが、傍に居る理由としてはCOOという立場は利用しやすい。自分の上司からの提案であれば、姫様も受け入れるしかないだろう。

 吉野由加里のおこした事件以来、公卿様の守りの他、我ら御劔の使いである白狐達も傍に控えている。

 根の者が動き、あの創造主が関わっている可能性があるならば、過去のような手落ちを起こさない為にも、出来る手は尽くしたいのが本音だ。

 その為であれば、公卿様も御劔も喜んで動くと断言できる。あの絶望感を二度と感じる事の無いように。


「社内の守りは強化しているので、此度の様に紛れ込む事は難しいでしょう」

「・・・それでも『絶対』はないからね」

「はい」


 公卿様の甘さを含んだ瞳が、すっと冷めた瞳へと変わる。


()()の件はどうなっている?」

「吉野氏に対しては代理人が進めていますが、かなり向こうは堪えているようです」

「こちらとしては『吉野側の全面降伏』以外は受け入れない。譲歩など言う様なら俺が出よう」

「公卿様が出る必要はないかと。それよりも公卿様は姫様のケアを優先してください」


 そう言うと、公卿様は苦笑いを浮かべる。


「躑躅を思いきり甘やかしたいのだけどね。中々彼女が許してくれないんだ」


 姫様は今日から会社に復帰するが、心配した公卿様が朝、迎えに行く事を提案したら、断られてしまったという。

 その中に「成瀬さんにも迷惑です」という言葉があったようで、それを聞いた私の口元が自然と弧を描く。

 ()()()()()()()()()

 御劔の皆が愛しみ、大事に思う唯一。


「そう言えば、来月は姫様の誕生日では?」


 鏡越しに問うと、我が主は再び甘く微笑む。


「幾つか、考えてはいるんだけどね」


 過去もだが、今も変わらず公卿様は姫様に関しては独占欲が強い。それを上手く消し、何でもないように姫様に接するのだから、大したものだと感心する。

 姫様が周りへの配慮の為、お二人の事を公にしないという「お願い」を公卿様にした為、公卿様はそれを叶えるだろうが、それでも「自分の愛する人だ」という主張をするような贈り物だろうと察しが付く。


「公卿様の事ですから、姫様だけの為のもの、ひと手間かけたものになさるおつもりでしょう? でしたら早めに用意した方が宜しいかと思いますよ」


 私がため息と共に伝えると、公卿様は柔らかく微笑んだ。







 7階フロアに着くと、既にCOO室には姫様と司波(迅雷)久我(宵闇)の姿が見える。

 姫様は退院の前日に姿を見て以来だから、十日ぶりだが顔色も良いようだ。

 白狐達からの報告はあるが、やはり自分の目で確かめる方が数段も安心する。

 薄く化粧をしている様子から、頬にあった傷も綺麗に消えたようだ。

 いつものように公卿様がフロアにいる皆に声をかけると、その声に答えながら報告や提案があるのか、数人が集まってきた。全員が公卿様に、という訳ではなく、秘書的業務を行っている私に指示を仰ぐ者も居る。

 一人ずつ話を聞きながらちらりとCOO室に目を向けると、司波(迅雷)久我(宵闇)に何かを言われたのか、頬を染めて俯く姫様の姿が見えた。


「やっぱり一緒に来ればよかった」

「え、COO。何か言いましたか?」

「いや、何でもないよ。じゃあ、それは・・・」


 公卿様からの言葉が聞こえたのは空耳ではない筈だ。

 丁度話しかけていた営業課の者が、微かに発せられた公卿様の声を拾ったのか反応すると、公卿様は何事もなかったように話をしている者に指示を出す。

 そろそろ、公卿様をここから解放しないと、司波(迅雷)久我(宵闇)に被害が行ってしまう。

 まあ、公卿様の単なる独占欲だとわかっている御劔(我ら)には聞き流す事も慣れている。が、その独占欲が姫様に向かうのは避けたい。

 そう判断した私が「とりあえず、話は朝のCOO室での打ち合わせが終わったら聞きましょう」といい、集まった皆を解散させた。

 私の言葉に公卿様も「それじゃあ、報告などがある人は後から話そう」と皆に声をかけた後、COO室へと向かう。

 COO室に向かう、私と公卿様の気配を司波(迅雷)久我(宵闇)は気がついたようだが、姫様は気がついていないようだ。


「やっぱり、人間関係を考えると、私とCOOがお付き合いしてると周りが知るとCOOが困ったり、不都合に思う事も沢山ありそうで」


 俯いて、頬を染めた姫様は、とても愛らしい言葉を言う。

 自分が、ではなく「COOが」と姫様は言う。

 在りし日も、姫様は自分が公卿様のお傍に居てもいいのか、と悩む事もあったのを思い出す。


 ―ああ、やはりこの方は生まれ変わっても変わらない。


 誰よりも優しく、思慮深く、心根が清く、真っすぐで愛らしい。

 だからこそ、公卿様が焦がれ、御劔(我ら)の心を掴んで離さない。


「僕には困る事も、不都合に思う事なんて何もないんだけどね」


 そう言いながら、公卿様は愛おしそうに姫様の頭を撫でる。

 姫様に不安があれば、公卿様がすべて取り除かれるでしょう。


「COO、ここは社内ですから程々に。榴ヶ崎さん、おはようございます」


 皆の前で公卿様に触れられ、固まってしまった姫様に柔らかく微笑む。


「目の前に愛しい恋人がいるんだから、この位は大目に見て欲しいな」

「私は慣れてしまったので気になりませんが、皆の前では榴ヶ崎さんが可哀想ですよ。それに約束したのでしょう?『社内では今まで通りに』と」

「・・・仕方がないなぁ」


 貴女様はただ、幸せに満たされ、この方の腕の中で微笑んでいるだけでいいのです。

 あの時、()()()()よりも姫様の為だけに、躊躇いもなく選択をした公卿様の唯一の願いは、それだけなのです。


 そしてそれは、我ら御劔の願い。










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