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日出処艶  作者: 夜半野椿
3/22

十七歳ね、自分の(ry (前編)

長くなりそうだったので、前後編に分けました。今回は前回説明出来なかった設定の補完みたいな感じ。後編でいっぱいバトルします。

 武家屋敷の電灯のない一室に、四本の燭台が立っていた。不思議な事に、そこには蝋燭もないのに頂が発光しており、その燭台に四方を囲まれる一人の少女が確認できる。


 少女と言ってもその背丈は女性にしては、いや、湧陽人にしては嫌でも目立つ程に高い。その装いもキャスケットを被り、ロングコートを羽織り、両手には指なし手袋、長い脚をタイツで隠し、全体的に洋風ではあるが、鉄筋でも通しているかのような姿勢の正しさで正座をし、自然色に輝く畳に溶け込んでいた。


 少女の正面には一本の匕首が寝かせてある。少女は目を閉じ、一度溜め込んだ息を一気に吐き出した直後に開眼。目にも止まらぬ速さで立ち上がりながら左手で匕首を取り、右手で抜いて突く動作を取った。


 その姿勢でしばらく静止した後、直立して匕首を鞘に戻し、少女は詠った。


「大君に 仕えまつれる 若人は 今も昔も 心かわらじ。」


 匕首をコートの内ポケットにしまって、少女は襖へ向かう。すると、四本の燭台の頂にあった光達は少女を追いかけていき、共に部屋を去った。




 皇都千代田区、いわゆる省庁街。艶が所属する叢雲庁の上部組織・神事省の庁舎もその例に漏れずそこにあった。


 かつては権勢を極めた神事省も盛者必衰。老朽化した庁舎が、まさにそれを象徴している。そして、なまじ広さだけはあるが故に、叢雲庁などの外部組織の本部もそこに詰め込まれている。皇国民の反感を買うのを予防するには、あまりに過敏すぎるのではないかと心配になる程である。


 そんな庁舎の前に、大勢の人間が集まっていた。人数は三十人程、年齢層でいえば、下は恐らく高校生か大学生くらい、上は五十代くらい、男女の比率は、パッと見る限りでは少し男性の方が多いような気がすると言ったところで、目立った差はない。


 過剰な平和主義者の中には、特に終戦記念日前後にこの辺りに集まってデモ活動を行う者もいるが、今日に関してはそうではない。その証拠に、集まった人々の庁舎への視線に敵意は一切感じられない。むしろ羨望や興味、関心などの方がずっと近い。


 人々は事前に配られた無線機器のイヤホンを耳に付けて、隣り合う者と雑談したり、スマホを弄ったりと、好き好きの方法で時間を潰していた。


 そんな人々の前に、庁舎の中から1人の女性が現れた。女性は手に持ったマイク越しに、人々へ声をかけた。


「レディース!エーンド!ジェントルメン!本日は神事省庁舎見学ツアーにお越し下さいまして、誠にありがとうございます!私は本日皆様をご案内致します、神事省職員の和妻(わづま) 纏華(てんか)と申します!どうぞよろしくお願いします!」


 マイクに入った音声がデジタル化し、配られた無線機器のイヤホンから生み出された。先頭に立つ案内人の声が最後尾まで届くようにする為、そして、大声を出さなくてもツアー参加者達に声が届くようにするという、省庁内で働く職員達への配慮でもある。


 纏華と名乗った女性は、年齢は二十代前半、身長百八十センチと平均的な男性よりも長身で、切り揃えられた前髪に胸まで届く長いサイド、頭の形に忠実な美しいロングの黒髪。シルクハットを被り、上半身は燕尾服に蝶ネクタイというフォーマルな出で立ちなのに、下半身はハイレグの網タイツ。手には長いステッキという、いかにもな女性マジシャンらしい姿。古い庁舎を案内する公務員とはとても思えない姿である。


 しかし、その姿は参加者達の中でも特に男性には効果的だったようで、本来の目的とは異なる期待感を持たせる事に成功した。


 現実世界でも官僚の汚職・不正などはよく取り沙汰される。彼らのそのハイレベルな経歴や国政に関わるという重大な業務内容から、一般の皇国民にとっては自分達の意識や日常とは異なるという隔たりを感じる事も多く、それがマイナスな報道の信憑性を却って高めているという面があるのも事実である。


 しかし、彼らとて反感を買うばかりでは良くないのは理解している。


 その為、大体どこの庁舎でもこういった、一般の皇国民に対してその業務内容などを公開して、オープンでクリーンなイメージを抱いてもらえるようにという試みを行なっている (現実世界でも例えば農林水産省は普段から庁舎の食堂を一般にも開放して、日本の食文化の良さを広く伝える為の試みを行っている)。


「それでは早速、中へご案内致します。ただし、現在職員が業務中ですので、私が指定した場所付近では静かに移動をお願いします。」



 外観から言っても、庁舎は古めかしさが目立ったが、それが功を奏している部分もあった。


 内装の意匠は皇国神教の格式高い神社と同じ形式。下手に当時の流行を採り入れなかったお陰で、今でも良い意味で「レトロ」で通用する。参加者達の評価も概ね高い。

 また、当時の権勢は衰えても、その産物の広さまでは衰える事はない。


「それではまず、こちらをご覧下さい。」


 纏華の右手の先には、いくつかの大型電子ボードが立てられていた。


「こちらには神事省のこれまでの歴史を記しております。」


 纏華はボードの右端から、縦書きされた略歴を指でなぞっていく。

 年代毎にそれに関連する画像が貼られているが、まず最初に目がいくのは、皇国の伝統的な貴族衣装を着た姿と欧風軍服を着た姿が対比された、威厳のある男性である。


「ご存知の通り、神事省をはじめ各省庁が生まれたのは、松鶴(しょうかく)元年、救世歴(きゅうせいれき)千八百六十八年からの松鶴維新に端を発しております。この写真のお方が時の(みかど)松鶴皇(しょうかくのみかど)ですね。我が国は幕政の歴史に幕を閉じて皇に政権をお返しし、鎖国体制から開国へ。欧米列強に対抗すべく、それらを模した国家体制を築く上で、各省庁は生まれました。」


 そこから左隣に指をなぞると、当時の御貴使達の写真があった。

 そこには煌良と顔立ちがよく似た、長い黒髪の女性が中心に座しており、その周りに両腰に一振りずつ帯刀した男性など、合わせて五人の男女が並び立っている。


「それ以前の時代、太平の世では、異能による武力は無用の長物で、それ故に御貴使は身分的には高く扱われましたが、社会的な影響力は殆どありませんでした。農民や武士などの中に異能を生まれ持つ者がいても、それらは形式的に特別扱いされるだけで、実際は異能の行使や研鑽が強く禁じられていました。しかし、そんな中でも、『魔飼の討伐』、『信仰を守る為』という理由もあって行使と研鑽を暗黙的に許されていた神職や公家の御貴使達の実力は、欧米列強の異能行使者にも優っていました。」


 御貴使達の写真の隣には、当時の欧米列強の者達と思われる写真。


「しかし、それはあくまで個人レベルの話。欧米列強は現代宗教学の礎となっている『集合意識(ライブラリ)』の概念を発見する事で、救世教の異能行使者・神託者(オラクル)の軍事的価値を劇的に高め、民間でも産業革命によって生産力・技術力が著しく向上しました。単純な数的不利、また、蒸気船開発による我が国の地政学的優位の薄れから、我が国もまた松鶴皇の御代より、異能行使者を軸とする新たな国家体制を築く道を選びました。」


 その隣の写真に写っているのは、神事省の最初の庁舎。今とは場所が異なっているが、時代が違っても明らかに他の庁舎よりも大きく、豪華に築かれたのがわかる。


「そういった事情から、神事省は設立当初より、国家の礎として特別視される事となりました。皇国神教信者の集合意識(ライブラリ)・タカマガハラをより充実させ、より増強させる為、信仰の習慣を皇国民に根付かせるべく、皆様もご存知の通り、皇国神教の総本山として設立されたのです。その為、国家の血液たるお金を扱う大蔵省や、国家の軍事力を扱う陸軍省・海軍省ですら、その権勢には及びませんでした。」


 隣に移ると、勉学に励む子供達、欧風軍服を着て並ぶ人々、紡績機械を操作する人々の画像が並ぶ。


「これらは皆様も学校で見たという方も多くいらっしゃるのでは無いでしょうか?維新の折に行った教育政策、軍事政策、産業政策の成果を表すものですね。神事省は軍事や産業に於ける異能行使者の運用方法を広めたりもしましたが、特に力を入れていたのは、教育によって信仰の習慣を皇国民に根付かせる事でした。」


 さらに隣に進むと、一般皇国民のデモ活動の写真。


「この体制は、当初は上手くいっていました。欧米列強を倣って導入した民本主義は民衆の成熟あってこそ意義のあるもの。今回の参加者の皆様の良心を信じて実直に申し上げますが、参政の経験も、基礎学力もまだ身に付いていない民衆の参政を、御貴使を立てる事で適度に遅らせる事が出来たという面があります。また、太平の世までの我が国は地方自治の性格が強く、それ故に地方毎の優劣や利害関係、既得権益がありましたが、それらを超えて国家を一つにまとめ上げる上でも、御貴使は格好の旗手となりました。」


 そこから纏華は敢えて、年代を幾らか飛ばしていった。


(二度の戦勝に、不平等条約改正で列強の仲間入り。この辺は歴史の教科書通りで神事省だけの功績じゃないし、細かく説明しても鼻に付くだけかな。)


「旧体制の皇国の最盛期は梅鶯皇(ばいおうのみかど)の御代。この頃には民本主義が成熟し、経済的にも成長。人も技術も育ち、維新の時代に皇国民が思い描いていた通りの皇国が実現出来たのです。御貴使の社会的地位の最高到達点であり、神事省の最盛期でもありました。」


 華やかに賑わう街をハイカラな姿で着飾って歩く民衆の画像、現在の神事省庁舎の完成前の画像などが並べられていた。


「元々皇国の旧体制は、列強に対抗する事が目的でしたので、御貴使が国内を脅かす外国勢力を取り締まるのが許されていた……というよりも、それが当たり前の事だと、皇国民の殆ど誰もがそう認識していました。なので、この時代の憲法や法律の制定に神事省の意向が強く働いた事も、当時は問題に挙げられる事はまずありませんでした。勿論、そういう問題提起が出来ないくらいに強い力を持っていた、という面もありますけどね。」


 さらに指を辿っていくと、完成した神事省庁舎の前に並ぶ人々の画像があった。


「尤も、この頃に共財主義が萌芽し、皇国民も高い基礎教養を得たからこそ、そちらに傾斜する者が現れ、皇国の脅威が外国勢力だけではなくなった事で、ますます御貴使が必要とされたという面もあるので、単純に当時の神事省が権力を求めたのだけが今の状況を生んだわけではない、というのはご存知ておいて欲しい事実ですね。」


(とは言え、御貴使という特権階級への妬みが、今も尚そういうルサンチマンを生み出し続けてる原因でもあるんだけどね。)


 明るい雰囲気の画像だらけの直後に、暗い雰囲気の画像だらけの一帯。


「しかし、旧体制の栄光はほんの僅かな期間しか続きませんでした。大震災、世界恐慌、梅鶯皇の崩御……不幸続きで皇国はあっという間に得たものを失ってしまいましたが、生み出してしまったものを失う事は出来ませんでした。神事省の膨らみすぎた権益、権力、特権意識……個人的な意見で僭越ながら、それだけが旧体制崩壊の原因だとは思いませんが、大きな原因の一つになったというのは、当時の御貴使達の多くも認めるところです。」


 指を辿っていけど、暗い雰囲気からは抜け出せない。


「圧迫され続けるリソース。そのリソースを得る為に、多大なリソースを要しての戦争。そんな戦争で勝てるはずもなく、旧体制は終わりを迎えました。当然の事ながら、旧体制の中核となった神事省は全方面から非難され、同じく中核を成した憲法も奪われて、外国勢力の取り締まりすらも出来なくなってしまった、というわけです。」


 その後は庁舎の改装後の写真や歴代の長官の肖像など、当たり障りのない画像だらけである。


「ここでの解説は以上となります。何かご質問はございますか?」


 纏華はステッキを一度くるりと回し、質問を募る。


「はいはーい!戦後の御貴使の画像が殆どないんですけど、戦後って主にどんな事してるんですか?」


 参加者の一人が纏華に質問する。


「主な仕事は全国の神社の統括管理、皇国神教信仰のPR活動、宗教学研究団体の支援などですね。国内の反社会勢力を調査して取り締まったりといった事も行っていますが、こちらは機密に関わる事なので公開はしていません。まぁつまり、影響力が弱くなって活動範囲が狭くなったのに、懲りずに同じ様な事繰り返してるってわけですね。」


 最後に若干自嘲を交えて投げやり気味に答えて、参加者達の笑いを誘う。さらにもう一人、質問を投げかける。


「維新の頃に軍とか工場とか学校で色々やってたって言ってたけど、具体的にはどんな事してたの?」


「良い質問ですね。そうですね……軍事では集合意識(ライブラリ)を活用した集団戦闘の指導が主ですね。詳しい説明は省きますが、『異能行使の際に集合意識(ライブラリ)を介する』というアプローチは、一神教の救世教が支配的な欧米諸国が発見した事ですので、多神教の我が国にはなかなか理解しづらいものでした。その為、当時の宗教学の最先端を学んでいた神事省の指導は必要不可欠でした。」


 質問を投げかけた者とは別の者が感心の声を挙げる。恐らく、軍事や異能戦闘に強い関心を抱いているのだろう。


「産業に関しては、太平の世が続いて御貴使との関わりが薄かった皇国民に、御貴使を生産現場で運用するメリットをPRしたりと、それ程大それた事は行わなかったのですが、教育に関しては、信仰による国力増強が目下の最優先事項でしたので、産業どころか軍事以上に強い影響を及ぼしました。ご存知ですか?『いただきます』、『ごちそうさまでした』という言葉も、神事省が旧体制時代に広めた言葉なんですよ?」


 命を尊び、それを食する事の重さを示す言葉。それは古来より存在していて然るべきと信じていた参加者達は、その事実に驚く。そして、その事実に驚くという事実もまた、神事省の活動の成果と言える。




 大型電子ボードの案内を終え、纏華と参加者達は次の場所へ移動する。


「あっ、お疲れ様です!」


「ん、お疲れ。」


 纏華と参加者達は廊下で一人の少年 (と思われる者) とすれ違った。纏華の挨拶を、その少年 (と思われる者) は無表情のまま纏華の方を向く事もなく返し、そのまままっすぐ去っていった。


「わ、あの男の子すっごい可愛い!」


「案内人さん、あの子もひょっとして未成年なのにここで御貴使やってる子なんですか?」


 すれ違った少年 (と思われる者) は、参加者達の中でも女性全員の好印象を買った。一部の男性も強く興味を示した気配があったが、恐らく気のせいであろう。


 少年 (と思われる者) は、身長は百五十五センチ前後、髪の色は紫、決して定型的ではない洒落たジャージと短パンで身を飾り、髪型や大きな瞳をはじめとした端正な顔立ちは、ホクロの有無や唇の特色を除いて艶と非常によく似ていた。


 話は変わるが、今回のツアーでは三十人程の参加者が集まったが、この手のツアーでこれだけの人間が集まるのは、実は珍しい事なのである。


 他の庁舎で同じようにツアーを催しても、定員はせいぜい二十人弱、しかも、その半分ほども集まらずにツアー自体が中止になる事も珍しくない。業務内容を伝えるという目的上、基本的に平日に開催するからという理由もあるが、反感を抱く皇国民が多い神事省なら、尚更普段はこんなに人が集まる事はない。


 その原因は、先日の依朝造船の一件である。艶のパフォーマンスを、集まった民衆の内の何人かが動画で撮影し、それをSNSにアップロードしたのである。


 これには各マスコミも飛びつき、そのいずれもが「露骨な売名行為」「近隣国家へのヘイトスピーチ」「平和憲法に唾棄している」「軍靴の足音が聞こえる」「だが、ちょっと待ってほしい」などといった具合で批判したが、ネット上では艶達に対して好意的な反応も多く見られた。


 つまり、今日の参加者の殆どが、ここに所属する未成年の御貴使に会うのを目的にやってきたのである。


 単純に艶達の容姿が気に入った者もいるし、かねてより艶と同じ考えを持っていて、同じ考えを持った若者に感心した者もいる。現体制の問題点どころか政治にそもそも興味がなく、サイレントマジョリティに徹していたものの、この一件を知ってネットを回っていたところ、ツアーの存在を知って、実態を知りたくなったという者もいる。


「ああ、すみません。あの人は確かにここの御貴使なのですが、未成年ではなく正式に所属してる人なんですよ。」


(それどころか、トシも地位も私よりずっと上だしね……)


 纏華は若干の苦笑いを浮かべながら、丁寧に返した。




 次にやってきたのは、二階。フロア全体が無機質なオフィスらしさと、典型的な神社らしい格式のようなものが混在している。


「はい!こちらの階全体が、神社総庁の本部となっております!神社総庁の業務内容は、主に全国の神社の統括管理ですね。省庁の例に漏れず、全体の指揮を執っているのは一般官僚ですが、その補佐として、全国の有名な神社から派遣された神職の方も多く所属しているんですよ。」


 廊下を歩きながら解説を続ける纏華。そしてやがて、ドアの前で立ち止まる。


「では皆様、こちらへどうぞ。」


 纏華がそのドアを支えて、参加者達がまずその部屋へ入っていく。そこはセミナールームで、教壇の側では皇国神教に於ける正装で身を飾った初老の男性が一人立っていた。纏華の案内に従って、参加者達がランダムに座席につくと、男性は参加者達に声をかける。


「お忙しい中、ようこそお越し下さいました。私は神社総庁の神職顧問役を務めております、一条(いちじょう)実晴(さねはる)と申します。よろしくお願い申し上げます。」


 一条顧問は微笑み丁寧に、しかしどこか威厳を感じさせる様に挨拶の言葉を送った。省庁内の細かい階級などは理解できなくても、一条顧問の年齢や雰囲気、肩書の重々しさから、参加者達はその男性が相当な重役である事を察していた。


「一条さんは昨年まで松鶴神宮の宮司を勤められていた方なんですよ!」


「つまりは天下りというやつですな、ハハハハ!」


 しかし一転、纏華の持ち上げを巧みに返し、参加者達の笑いを誘った。


「とまぁ場が温まったところで、話を進めていきましょうか。本日皆様にここへご足労頂いたのは、皇国民の皆様に改めて皇国神教とは何なのかというのを、簡単に御説明できればと考えたからです。」


 笑顔のまま、しかし唐突に堅い話題を振る一条顧問。


「戦後より七十五年。現行憲法に於ける信仰の自由により、皇国神教の信仰は国民の義務ではなくなりましたが、それでも今尚御貴使達が十全に活動し続けていられるのは、偏に皆様の日々の正しい行いが重なった結果と言えます。まずはその事について、神職を代表し、皆様に厚くお礼を申し上げます。」


 一条顧問は頭を深く下げ、間もなく話を続ける。


「皆様もご存知の通り、皇国神教はこの世界を生きる全ての生命、あるいは様々な事象に神を見出し、それらを敬う事を主な信仰の内容としておりますが、それはあくまで手段であって目的ではないのです。」


 一条顧問は周りを見渡し、質問を投げかける。


「皆様は、皇国神教を信仰する目的は何だと思いますか?」


「ご先祖様を敬う為?」


「異能をちゃんと使える様にする為だろ。」


「世界平和?」


 参加者達は自分なりの答えを口にしていく。


「良い答えばかりですが、それらもあくまで手段ですね。」


 そう言った一条顧問が手元のスイッチを押すと、背後の電子ボードに画像が映し出された。そこには五つの円が十字に並び、それぞれの円の中に一文字ずつ、漢字が書かれていた。


「皇国神教の目的とは、『一霊四魂の原則に従い、人々の良心を守る事』です。」


 指示棒を伸ばし、十字の中心に位置する円を指す一条顧問。


「『一霊四魂』とは、皇国民の霊や魂の構造を一つの霊と四つの魂で説明したものです。恐らく学校の方でも学んだかと思いますが、皇国神教の教義では、皇国民は皆が『直霊(なおい)』という守護霊を生まれ持ち、一部の人間は、その直霊の力を借りて異能を行使する御貴使として生まれてきます。」


 次に、中心の円を囲む四つの円をなぞる一条顧問。


「しかし、宗教学を専攻した方々や御貴使の方々以外は、恐らくその詳しい構造は学ばなかったと思います。直霊はただ単に選ばれた人間に異能を授けるだけではありません。困難に立ち向かう勇気、他者への愛、他者との相互理解を望む思い、未知を探求せんとする知的好奇心。それらの『人にとっての善い感情』一つ一つを『魂に由来するもの』として捉え、それらの魂を直霊がコントロールするという形で、人々の良心を保つ、という機能も備えているのです。」


 四つの円を順番に指しながら、続ける一条顧問。


「その魂を大きく四つに分け、それらを一つの霊が制御する。それが、一霊四魂なのです。」


 一条顧問が再び手元のスイッチを押すと、今度は様々な動植物の周りに神らしきものがいる、という構図の画像が映し出される。


「『万物に神を見出す』というのは、それ即ち、『万物に対して敬意を抱ける様になる』という事。人間という生き物は、無条件で優しく生まれ育てるわけではありません。他者に平気で暴力を振るえる者、他者の良心を自益に利用する者、他者の心の痛みを理解出来ない者。そういう者になってしまう可能性も、誰もが生まれ持ってしまうのです。」


 少し悲しそうに、俯きながら一条顧問は続ける。


「『間違い』がなぜ『間違い』なのかを理解出来ない幼さは罪ではありません。ヒトという生き物にしても、最初から何もかも知ってたわけではないのですから。だから、こんな宗教観程度のもので簡単に『他者への優しさ』や『正しさ』という結果を生み出せるなら安いものではないですか。」


 一つの宗教を代表出来る人物が気安くそれを道具の様に考えている事に、内心驚く参加者達。一条顧問はもう一度、手元のスイッチを押した。今度は可愛らしい霊が取り憑かれて笑顔を浮かべる者と、いかにも邪悪な霊に取り憑かれて悪どく笑う者が対比された画像が映し出された。


「人の善意は、行き過ぎれば悪意にもなってしまいます。誰かを愛し過ぎてその相手の気持ちを考えられなくなったり、勇敢が過ぎて単に無謀になってしまったり、余計なお節介で他人のプライドを踏みにじったり。普段はそういう時や悪事を働いた時には直霊が働き、行き過ぎた自分の感情を省みられる様になっているのですが、それをも無視して自分の感情に身を任せてしまうと、直霊がその性質を自ら歪めてしまい、その悪の感情をさらに増大させる曲霊(まがい)へと変貌してしまうのです。」


 もう一度スイッチを押す一条顧問。今度は曲霊に取り憑かれた者一人と、直霊に取り憑かれた者数人が戦っているという構図である。


「そして、曲霊に取り憑かれた者は、『心に魔を飼っている』事から、同じ音で『魔飼(まがい)』とも呼ばれています。魔飼になってしまえば、際限なく悪意を膨らませ続け、際限なく悪事を重ねていく一方。こういった魔飼を取り締まり、儀式によって曲霊を直霊に戻すのが、神事省の大きな役割の一つなのです。」


 さらにもう一回スイッチ。雲の上に四つの魂があり、その下に、笑顔の人間とあくどい顔の人間何人ずつかがランダムに配置されている。


「ただ、さっき言った様な例は、本人の気の持ち様で事前にどうにか出来る事です。

 しかし、直霊が曲霊化するプロセスというのは他にもあるのです。」


 雲の上にある四つの魂を指して、一条顧問は続ける。


「一霊四魂に於ける四つの魂。これこそが、実は皇国神教信者の集合意識(ライブラリ)・タカマガハラの一部なのです。」


 ざわつく参加者達。


「古来からの説では、四つの魂というのは人それぞれが別々に備えているものと考えられてきたのですが、欧米諸国によって発見された集合意識(ライブラリ)が我が国にも持ち込まれ、それによって発見された事実です。」


 画像が切り替わり、逞しい姿で直霊を纏う人間が映る。


「元々御貴使の異能というのは、直霊が四つの魂から、その目的を果たす為の力を引き出す事で実現しているというのは確かだったのです。古来より御貴使というのは、生まれ持った才能だけではなく、四つの魂を適切にコントロール出来る様なバランスを有した者ほど優れていましたからね。その上で、集合意識(ライブラリ)を活用する欧米由来の異能運用が御貴使達にも実現できた事が、その証明となったのです。」


 画像がまた切り替わり、今度は胸のハートが線で繋がっている人々の画像。


「これは即ち、皇国民が無意識の内に感情をリンクし合っているという事。湧陽人は元々同調意識の強い民族と言われてきましたが、これがその理由であるという学説もあります。誰かが喜べば誰かも喜び、誰かが悲しめば誰かも悲しむ。そういう図式です。」


 今度は悪意を抱いた色んな人種の外国人らしい者達が集まり、直霊に取り憑かれた者が焦っている様な構図である。


「ここに来た皆様も恐らく、弊省の数橋艶の動画をご覧になったかと思いますが、現在の皇国では、外国勢力の直接の取り締まりが出来ない事が密かに大問題となっております。その理由が、まさにこれなのです。誰かが悪意を振りまけば、それによって悲しみが生まれる。皇国民の悲しみは、共有している四つの魂に蓄積される。そして、強くなり過ぎた四つの魂を人々の直霊が元に戻そうとすると、その余剰が皇国民に降り掛かる。」


 焦っている人物を上から下へなぞる様にして続ける。


「簡単に言えば、反社会的な勢力を放置していれば、それだけ直霊が曲霊化するハードルが下げっていく、という事です。そして、魔飼となった人間もまた、その悲しみを生み出す存在となってしまい、また新たな魔飼を生み出す、という悪循環が生じるわけです。」


 一条顧問は指示棒を元に戻し、背後のボードの電源を切った。自分達が住んでいる平和だと思っていた国が想像以上に難しい問題を抱えているという現実を思い知らされ、参加者達は思い悩んでいた。


「現在はヴェスパー合衆国が同盟国として皇国周辺の国々に睨みをきかせてくれているお陰で、外国勢力も大っぴらに我が国に不利益をもたらせないので、今はまだどうにかなっています。しかし、共財主義大国の綺戴、共財主義を捨てたものの覇権は諦めないルシアン、ITへの注力で皇国のインフラにも入り込んできている精丘と、皇国周囲の国々は日々その力を増してきています。」


 教壇に両手を乗せ、身を乗り出す一条顧問。


「だからと言って、私達は皆様に無理強いをするつもりはありません。私達に下手に肩入れすれば、同じ様に外国勢力や国内の過激な勢力の脅威に晒されてしまう恐れがあります。もし偶然、御貴使達が戦って傷付いている姿を見かけたとしても、知らん振りをして去ってくれて良いのです。ですがどうか、御自分と御自分の良心は大事にして下さい。今日ここへわざわざ来て下さった方々を魔飼として取り締まらなければならなくなったら、私達にとってそれ以上に辛い事はありません。」


 神事省への同情を強める者、近隣諸国を名指しで脅威として扱った事に若干の不満を抱く者、そこまで深く考えなかった者。それぞれの考え方に従って、セミナールームから出て行った。


(ま、肝心な部分は隠しておくべきだよね。)


 最後に出た纏華は参加者の人数を改めて確認し、次の場所への案内を始めた。

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