【16:その勇者、動きが制限されている】
「なあネーチャー。そのスパッツを脱げないと、どうなるんだ?」
「下半身に凄まじい圧力がかかったままだから、飛んだり走ったりの能力が半減する」
なるほど。上半身の、例えば剣さばきなんかは実力が出せるけど、下半身を使う動きが制限されるってことか……
──って、えぇぇぇぇぇぇ!?
今まで上半身も下半身も、能力半減でさっきまでの戦いっぷりだったってことか?
コイツが100%の力を発揮できたら、死神なんて簡単に倒せそうだ……すげぇ!
「くっそぉ! やっと身体が動きましたよぉぉぉぉ!」
──あ、やべ。
死神へのホールド魔法が解けたようだ。
ぎろりと鋭い目つきで、めっちゃ怒っている。
陰気な顔つきでそんな目つきをされると、かなり怖い。
「あなた、私を魔法で押さえ込むなんて、大したものですねぇ。こんな屈辱は初めてですよ。もう遠慮はしません。ギッタンギッタンにやっつけてやりますからっ!」
死神は地面を激しく蹴って、もの凄いスピードでネーチャーに向かって矢のように飛んで行く! 同時にカマを振りかざし、ネーチャーの首を掻くように振り回した。
──ヤバいっ! ネーチャーがやられるっ!
と思ったが、ネーチャーは目にも留まらぬ速さで上半身を素早く下げて、軽くカマの攻撃をよける。同時に死神の顔面にグーパンチを見舞った。
「ぐぉふぇっっっ!」
死神はおかしなうめき声をあげて、後方に吹っ飛ばされていく。
「うん。向こうから突撃してきてくれたら楽だな。下半身の制約のハンデが関係ない」
ネーチャーはうんうんと頷く。
なるほど。今のは相手が愚かだったってことだ。
しかし今度は、死神も警戒しているようだ。距離を取ったまま、様子を窺って攻めてこない。
「じゃあ、こちらから行くよ」
ネーチャーはそう言って、ダンっと地面を蹴った。下半身の動きに制限があるとは思えないスピードで敵に近づき、剣を横に一閃する! しかし死神は身体を弓なりに後方にずらし、その太刀は空を切った。
ネーチャーは後ろ飛びをして距離を置く。
「ふむふむ。そういうことなんですねぇ。どうやら上半身に比べると、下半身の動きは少し鈍いようだ。見切りましたよ、クックック……」
俺のようなレベルではまったくわからないが、やはり超上級レベルからすると、ネーチャーの下半身の動きには制限がかかっているのがわかるのか。
ということはつまり。そのほんの少しの動きの鈍さが、敗因にもなるってことだ。
「さあ、どうしてやりましょうかねぇ……クックック」
死神は距離を取ったまま、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべている。
自分からネーチャーの間合いに飛び込まないほうがいいことを、既に悟ったみたいだ。
「じゃあ、こういうのはいかがですかぁ……?」
死神は唇の端を吊り上げ、大きくニヤッと笑みを浮かべた。そして地面を蹴り上げ……ダッシュ……した?
ネーチャーの間合いに入らない方がいいことをわかったはずなのに、なぜだ?
「きゃぁぁぁぁぁぁ-っ!」
「しまった!」
死神が飛び掛ったのはネーチャーではなくて、少し離れたところで呆然と立ち尽くしていたジョアンヌの方だった。
ジョアンヌは後ろから死神に羽交い絞めにされて、我に返ったように叫び声をあげた。
敵はジョアンヌを羽交い絞めにしたまま、後方にジャンプして、洞窟の壁にぴたりと背をつけた。
そしてカマだけを前に出し、ジョアンヌの首に刃を当てている。
「さあ、どうしますか、セクシーな女剣士さん? あなたが攻撃をしてきたら、一瞬でこの黒魔導師のお嬢さんを殺しますよ。首を掻ききって差し上げましょう。クックック」
やられた!
壁を背にすることで、ネーチャーがヤツの背後に回りこんで攻撃することを防いでいる。
しかもヤツは身体がそんなに大きくないから、ちょうどジョアンヌの身体にすっぽりと隠れてしまっている。
ネーチャーが仮に攻撃魔法や弓矢などの飛び道具を持っていたとしても、ジョアンヌが盾になっているから使えない。
「さあ、どうしますかな?」
ジョアンヌの後ろで表情は見えないが、死神はとても嫌らしいねちねちとした声で、嬉しそうにそう言った。
「うーん……スパッツを脱いで、下半身が自由になれば……ジャンプして上方から攻撃することもできるのだが……」
──いや、まて。
今、ネーチャーは恐ろしいことを呟いたぞ。
パンツを穿き忘れてきたんだろ? なのにスパッツを脱いで、あろうことかジャンプして上から攻撃するなんて……大事なところがぁぁ! 丸見えになるじゃないかぁぁぁぁぁっ!
あ、いや。ジョアンヌの命の危機なのに、俺はいけない想像をしてしまった。
だけどネーチャーにそんなことをさせるわけにはいかないだろぉぉぉぉっ!!