【15:その勇者、どこかヌけてる】
「くそっ、もう一度だ!」
ネーチャーはまた死神に向かって走りだした。今度は直線ではなくジグザグ走行。
敵からの魔法攻撃とカマによる攻撃を避けながら、死神のすぐ前まで近づく。そして右手で剣を振り下ろしながら、左手から無詠唱で火炎魔法を放つ!
──すげぇ、コンビネーション技だ!
たけど……死神はまたギリギリ寸前でよけて、手のひらからの攻撃魔法をネーチャーに当てた。最強のはずの勇者は、また吹っ飛ばされる。
あと一歩……あと一歩なんだけど、ほんの少し死神の方が強い。
くそっ……! これだけすごいネーチャーでも、やっぱり通用しないのかっ!?
立ち上がったネーチャーは、美しい金髪が乱れている。その髪を掻きながら、彼女は呟いた。
「うーん……このままじゃ勝てなさそうだね。やっぱりもっと力を出さないとダメか……」
「ほっほっほっ……あなた、面白いことを言いますねぇ……今までは力を抜いてたとでも? 私にはあなたが全力で戦っているように見えましたが?」
「まあ、そうだな。全力は出してた」
「じゃあこれから、強化魔法でも使うおつもりですか? 見たところ、あなたも含めて誰も強化魔法の使い手はいないようですがねぇ……?」
「そうだな。君の言うとおりだ」
「おーっほっほっ! 面白いことをおっしゃいますねぇ、あなたは。……ということは、もうお手上げってことですね?」
死神はにやにや笑ってる。勝利を確信してるのだろう。
でも悔しいけど、確かにアイツの言うとおりだ。俺たちには、もう打つ手はないのでは?
「いやあ。まだお手上げって訳じゃないぞ」
「何を言うのですかねぇ……強がりはそれくらいにしたらどうですか? いーひっひっ!」
死神の嫌味な笑いには答えずに、ネーチャーはなぜか突然、黒いタイツスーツの上を脱ぎ始めた。
な……なんでだ?
──おぉぉぉぉっ!
上のタイツスーツを脱ぐと、ネーチャーの上半身は、革製の黒いビキニブラだけになった。
そしてやや小さめかと思っていたバストは、そうではなかった!
充分なボリュームで、美しい形をしている。
「ネーチャー……それは?」
「ああ、このタイツスーツは、凄まじい圧力で身体を締め付けるトレーニングスーツだ。これのせいで、だいぶ身体の動きが制限されていた」
──マジか!?
あの重い鉄製トレーニング用アーマーだけじゃなくて、このタイツスーツもトレーニング用!?
「あ、だから……バストが小さく見えたんだなっ!」
「こらアッシュ! そんなどうでもいいことに感心するなっ!」
ネーチャーは顔を真っ赤にしてる。
そうだ。生きるか死ぬかの時に、気にすることではない。
「あ、ごめん、ネーチャー……」
「ま……まあいい。アッシュだから許す」
──ん?
俺だから許す?
どういう意味だ?
あ……いやそんなことより。
こんなにのんびりしてて大丈夫か? 死神が攻撃してくるのでは?
心配してそっちを見たら、死神は固まってる。
「相手の動きを封じ込むホールド系の特殊魔法をヤツにかけた。魔法の名前は"ビジョノスハダ"だ」
──いや、嘘だろ?
そんな魔法、聞いたことない。
でも俺なんかが知らない魔法も山ほどあるし、もしかしたらホントなのかもしれない。
「ただし同じ相手に一回のみ。私が服を脱いだ瞬間にしかかけられない。しかも効力は短時間だから、早く攻撃の準備をしなくちゃならない」
ネーチャーはそう説明しながら、続いてスパッツの方も脱ごうと、腰の部分に両手の指を差し入れた。しかしなぜかそこで、彼女の動きはぴたっと止まった。
「あ゛ーぁぁぁぁっ!!」
ネーチャーが突然、凄まじい声を上げた。どうしたんだ?
「ぱ、ぱ、パンツを穿いてくるのを忘れたぁぁぁぁ! これじゃ、スパッツを脱げないぃぃーっ!」
──なんだってぇぇぇぇ!?
やっぱりこの勇者、どこかヌけてるぅぅぅ!!