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軍事運用委員会

統一暦1964年8月26日

ガリシア統一共和国カリカフ特別区政務地区ホワイトバレット社情報局庁舎


「ノルチア少佐、南部の我が部隊が国境への展開を完了しました」


「そう、ご苦労。これから議会に出席するからその準備をお願い」


「了解しました」


 私は秘書官のその報告を受け取り、デスクの上にあるデータベースを開いた。


「はぁ……いつ見ても周辺敵だらけね。この国の未来を上が心配するのもよく分かるわ」


 データベースに表示されたこの国の周辺地図を見ながら呟く。内陸国であるガリシアは勿論周辺を様々な国に囲まれており、しかもその国々は全てガリシアの敵国という詰み状態である。西側国境には東西対立の集産主義諸国側の最前線にあたる東ライン国民主義共和国が、南側国境にはこの国に度々紛争を仕掛け今この瞬間も侵攻準備を進めているオストラバ協調主義連合共和国が、東側国境には東ユーロシアの集産主義諸国の盟主である超大国スラブ連邦が存在する。唯一北側国境を接するシュレジア連合共和国は集産主義諸国の中では比較的友好的だがスラブ連邦の支配下にある。


コンコン


「どうぞ」


 考察に耽っているとノック音があった。私はそれに応じる。


「失礼します!ノルチア・ハムレット少佐はおられますでしょうか」


 入ってきたのはガリシア国軍の制服を身に付け腰に拳銃と短刀を差した若い軍人だった。私は席から立ち答える。


「ノルチアは私よ。貴方は?」


 私が聞くと入ってきた男は敬礼して答える。


「ガリシア統一国防軍参謀部統一議会付警務隊のトーマス・マクスウェル少尉であります。少佐殿を議会まで護衛するよう命じられ参りました」


「任務ご苦労。そろそろ出立の時間かしら」


「はっ、1時間後に議会の軍事運用委員会が始まるとのことです」

 

 そういわれ腕時計を見る。現在午前11時、委員会が始まるのが正午ぴったしらしいので、確かに丁度1時間後だ。


「では行きましょう。国軍の兵士さん」


 そう言うとトーマス少尉は扉を開ける。そこには、彼と同じような服装を身に付けた4人の兵士がいた。


「少佐殿の警護を担当するチームです」


「そう、分かったわ。取り敢えず車に向かいましょう」


 情報室に立ち寄り資料を受け取った後、私たちは庁舎の地下にある駐車場に向かう。そこには防弾板で覆われた乗用車があり、私たちはそれに乗り込む。


「車を出してくれ」


 トーマス少尉が指示を出し車が駐車場を出る。庁舎から議会までは車で40分ほどの場所にある。そして当然その道中は市街地を通ることになり、私は資料をチェックしながら外の風景に目を向けてみる。


 路地には親を内戦で亡くしたらしき子供が物売りをし、ちょっと奥に入れば砲撃で破壊されたと思われる建物が修繕されず残っている。かと思えば中心部に進むと近代的な建物が立ち並びスーツを着た男たちが行き交っている。この国の光と闇が同居する首都の有り様を見て、私はため息を吐いた。


「少佐、どうかされましたか?」


「いえ、大したことじゃないわ。私たちのような戦争屋を雇うお金を国民のために使えばもっとこの国は豊かになっていたかと思っていただけよ」


 私は肩を竦めて言った。皮肉だが、国防のために私たちPMCを雇えば国民はその分の富を私たちに奪われることになり、雇わなければ敵国に富を奪われる。どうやってもこの国の民は富を享受する権利を持つことが出来ない。戦争の罪といったところか。


「それは……そうですね」


 トーマス少尉は顔を逸らした。軍人は比較的安定した給料があり、しかも議会付警務隊は将来有望な幹部候補生が集まる部署。まぁあまりこういった話は聞きたくはないだろう。


「お疲れ様でした。議事堂に到着しました」


 運転手が言う。その言葉に前方を見やると、統一議会議事堂があった。ドアが開き、運転手が「どうぞ」と手をやり外へと導く。


「任務ご苦労。では失礼します」


 私と警護の軍人たちは車を降りた。そのまま議事堂の前の守衛所で身分証を提示する。


「ホワイトバレット社ガリシア派遣隊カリカフ警備局のノルチア・ハムレットです。議会からの召還命令を受け参りました。命令書はこちらです」


 統一議会からの召還命令書を見せながら言う。若い守衛はちらりをこちらを見たあと、「行け」と示した。私は軽く礼をしながらその横を通りすぎようとした。


「少佐殿、我々はこちらで待機しておきます。議会から出るときは無線でお呼びください」


「了解したわ」


 トーマス少尉以下5名の警護チームが敬礼するのをちらりと見たあと私は議事堂の中に入る……のはいいのだが議事堂になんか入ったこともないので迷うことは必然、そう考えたので無線である人物を呼んだ。


『はい』


「あ、部長ですか。今議事堂に入ったのですが、控え室の位置を教えていただけますか」


 私が呼び出した人物がため息を吐いているのが無線機越しでも分かった。


『……少佐か。全く、君の方向音痴はどうにかならんのかね?』


「方向音痴が原因で戦闘部隊に配属されなかった女にそんなこと出来るとでもお思いですか」


『そうだったな。期待した私がバカだった』


 今度はため息が聞こえてこなかった。


『二階の入り口側から見て5つ目の右側の部屋だ』


「分かりました。すぐ行きますね」


 階段を5分掛けて見つけ出し、急ぎ足で昇る。言われた通りの部屋を探しだしと、ノックをした。ほどなく「どうぞ」という声が響く。


「すみません、遅くなりました」


「階段を探すのも迷ったのか、どうしようもないな」


 控え室で悠然と座っている男性、カリカフ警備局情報局諜報通信部長のコルム・ハンガリンク大佐が私の姿を見るなりそう言った。


「天性の方向音痴なもので」


「……まぁいい。それより後10分で委員会が始まる。資料は持ってきてくれたかね?」


「ええ、ここに」


 言いながら私は鞄の中から秘書官に用意させた資料を取り出し、机に並べる。ハンガリンク大佐はそれを手に取り、軽く目を通す。


「うむ。いい出来だ。議会に出しても問題ないだろう」


「ありがとうございます」


 私は礼をしようとした。しかし、ハンガリンク大佐はそっとそれを止めた。


「だが、専門用語が多すぎたな。警備局や方面隊の連中にはこれくらいが丁度いいが、"戦争"と聞くだけで吐気を催すような政治家連中には少々難解だろう」


「そうでしたね。軽率でした」


 そんなやり取りを交わし、ふふふと笑い合う。実際、この国(ガリシア)の政治家は"戦争"というワードが出ただけで部屋を出ようとするほどなのだ。一部の若手議員には『軍備を整えなければ国が滅びる』という事実を理解しガリシア派遣隊(私たち)が駐留することに理解を示す者もいるにはいるが……


「失礼いたします」


 そんなことを考えていると、ノルチアが入ったのとは逆の入口からスーツ姿の男性が控え室に入ってきた。


「そろそろお時間です。準備はよろしいでしょうか」


 私は小さく頷き、机の上にある資料を纏めて腕に抱えた。私の準備が出来たのを見た男性は「では、どうぞ」とドアの外に先導し、ハンガリンク大佐は小声で「頑張ってこい」と言う。


「皆さん静粛に!ホワイトバレット社ガリシア派遣隊カリカフ警備局情報局諜報通信部のノルチア・ハムレット少佐が議場にお越しになられました」


 議場に入った途端、その言葉が耳に届いた。答弁台まで歩いている時でさえ「戦争屋!」・「我が国を戦争に巻き込む気か!」などの罵声が聞こえる。軍事運用委員会に名を連ねる議員ですらこれだ。


「ご紹介に預りました、カリカフ警備局諜報通信部次長のノルチア・ハムレットです。此度は南部国境で発生している敵国軍の軍事準備行動について、そして今回国軍本部及びガリシア派遣隊司令部が出動命令を下した旨についてご説明させていただくため参りました」


 台に置いた資料をトントンと叩く。それに気づいた司会と思われる男性は投影機を操作し空撮写真をスクリーンに投影する。


「スクリーンをご覧ください。こちらは我が社の部隊が4日前に撮影した、南部国境に程近いビェルスコ市上空からの写真です。軍事機密にあたりますので意図的に不鮮明にしている場所もございますが悪しからず」


 スクリーンにはオストラバ軍旗を掲げた集団を空から撮影した画像が写っていた。


「そしてこちらが3ヶ月前に同地点で空撮された画像です」


 手で指示をして、司会は投影機を操作し画像を切り替える。そこには、さっきの画像の三分の一程度の集団がいた。


「お分かりいただけたでしょうか。たった3ヶ月で三倍近い兵力を国境付近に集結させているのです。しかも、これはこのビェルスコ市だけではなく南部国境全域に渡ってこのような現象が起こっているのです。これがオストラバ(彼ら)の戦争準備でなくてなんだというのでしょうか」


 私は言葉を切り少し反応を見るが、少数の議員がこちらを見て頷くばかりで今一理解出来ているとは思えない。


「もう少し具体的な数字で話しましょうか。3ヶ月前の南部国境に於けるオストラバ軍の推定戦力は3個師団4個旅団の計6万5000人。しかし4日前に国軍を含めた各部隊から受けた報告を統合した上で再評価した南部国境に於けるオストラバ軍の推定戦力は9個師団10個旅団の18万5000人。そう、文字通り"3倍"になっているのです。さてここで一つ皆さんに質問を。約20万人の侵攻軍を防衛するためには、最低でもどれくらいの兵力が必要でしょうか」


「……15万人くらいではないのか」


 議会の端から声が聞こえた。


「正確にはもう少し違うのですが、まぁ大体それくらいでしょう。では実際に南部国境を防衛している部隊の数はどれくらいか、皆さん資料に目を通したことはおありでしょうかか」


 再び議会に沈黙が流れる。端の方でボソボソと声は聞こえるが、確信をもって覚えている議員はいないようだ。


「国軍の公式の防衛戦力は2個師団2個旅団の計4万人、そして我が社の国境防衛隊は2個旅団計1万人弱。合計して約5万人ほどですね。しかしこれでは6万5000人を防げても18万5000人を防ぐことなんて到底不可能です」


 議員たちがざわつく。むしろこんな基本的なことすら頭に入れずに軍事運用委員会に名を連ねているのが驚きなのだが。


「お分かりいただけたでしょうか。これが国軍及び我が社が新たな動員命令を出し国境付近の戦力を増強した理由です。今回増強したのは国軍から3個師団3個旅団6万人、我が社から1個師団2個旅団の2万5000人の計9万5000人です。本来の国境防衛部隊と併せて14万5000人、これでようやくまともな勝負になります」


 議員たちは最早野次を飛ばさなくなった。


「以上で私からの説明は終わります。よろしいですね?」


 司会が頷くのが見えた。私は台を離れ出てきた控え室の入り口に向かおうとした。


「一つ質問させてください」


 議場を去ろうとする私に、若い声が突き刺さった。私は振り返り、質問者を見る。まだ20代かと思うほど若い議員。そう言えば、この議員は私が説明しているときに必死でメモを取っていたような気がする。


「……どうぞ何なりと」


「単刀直入に聞きます。渡り鳥(貴女たち)は、戦争を望んでいるんですか?」


 そう来たか。


「私見で述べさせていただきますが、前線の者は戦場に立つ覚悟が出来ていると思います。ただし、我々はあくまで平和を望んでいる。そう信じています。では」


 さっとそう言うと、今度こそ私は議場を去った。

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