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丁度5日目、廃拠点ファラリスにケヴィンがつれてこられてから5日目だ。新たに風変りな闇医者のロムとなのる、人物が拠点に顔を出すようになった。彼は初めこそ、自分の素性についてあまり話したがらないようで、何か裏があるのかとケヴィンは思っていたが、その本心に反して態度は陽気で明るい感じだった。
さかのぼることその日の早朝ケヴィンは読書に集中していたが、昼頃になるとある奇妙な人物がそこらをうろついているとエメから話があった。カイが急いで周辺を調べ、湖の近辺、廃拠点から少し見辛い位置に、小型のワゴン車がとまっているのを認めると、やがてその不審人物のほうから、拠点前にその姿をあらわにしたのだった。カイとエメが彼を囲む様子を、ケヴィンは廃拠点の中から目にしていた。不審人物は小太りで彼はふらふらとコンビニのレジ袋をぶらさげながら、湖でごろついたり、遠くの山をながめていたのだという。意識もうろうとした自分の様子を、我ながらといった感じで認知している風で、すまねえな。とわびながらカイやエメが自分の様子に気づかい、自分をとりかこんでいる事にきづき、彼らに向けてこういった。
「おーい、ここはどこだ、どうしてこんなところに、俺の車が、あそうか。道に迷ってもどってきたんだな、ヒックッ、ウェ」
始めての登場は面白かった。午前11時頃くらいの事だ。まるでドラマの登場人物のように気取ったふうな口ぶりで陽気に登場してみせた。その風変りさも、ド派手な登場によって、そのインパクトによって半減されてしまうものではあったのだが。ファッションセンスが奇抜であり、かつ、どこか大人びていて、かとおもいきや服には所々つぎはぎの部分があり貧乏くさいところもあったりで、なんともとっつきにくいイメージだった。
そしてビールを片手に、コンビニのレジ袋に酒の肴をひっさげて、しらない親父が扉をあけて入ってきたかと思えばわめきたて、これだ。
「よぉおーーー元気にやってっかい!!!」
「おーーー!!おっちゃん!!きてくれたかー!!なんだよなんだよ」
と余計に声を張って建物内部全体にとどろかせた。やがて建物内にいたベルノルトが、来客ときいてとんでいき、大人たちは、しばらく玄関口でしばらく話しをしていたようだが、一通り会話を交わし合うと、どうやらカイは彼に自分のサイボーグボディのメンテナンスをしてもらうようだった。しきりに足、足といっていた。来客にむけておっちゃん、といったり先生、といったりころころかわっていて、カイの表情豊かさをケヴィンはそこで初めてしったのだ。
ベルノルトによれば、彼らは3年ほどの関わりしか持たない仲らしい。玄関で話して話しぶりでは、確かに話しや素振りではカイの頼みでここにきたらしかったが、格好からして風変りで、そして何よりその二つ名が示す通り怪しい施術をする闇稼業の医者として有名らしかった事はわかった。白髪でオールバック右目がサイボーグだった。たらこ唇に、しわしわの肌、堀の深い顔と整えられた繊細なひげ、右目が薄く光っている。
怪しい親父は周りに気を使う様子もなく、まるで自分の仕事場か居住地かのように、終始マイペース。ケヴィンはここへきて初めてわがままな人間というような傍若無人というより、破天荒な人間をみて、そのすべてが、色濃く鮮明に彼の脳裏に残り、またひげと年齢の貫禄も合わさって、それからその廃拠点での一躍注目の的となったのだ。しかし、ケヴィンにとっては、力強い味方と思ったりもしたのだった。なんといってもエメがきてからというものの、リビングや食卓は空気が淀み、居心地がわるい。仕方なく、二階や物置を行き来していたりしたものだから、助けになったのだ。
しかしケヴィンと彼、闇医者ロムとのファーストコンタクトは、概略で示すとこんなようなものだった。
ケヴィンは大人たちの話がおちついたところで、そっと声をかけるつもりで様子をうかがっていたのだ。しかし思わぬことに、闇医者ロムは酔っぱらったせいもあって、勝手もしらない拠点内を、いきなりそのキッチンへとふみいったのだ。
「お、坊主、お前がケヴィンか」
いきなりよってきて、顔をさきに近づけてくる。何かと思えば、右目の義眼でこっちの顔をしっかりとにらんでいる。やがて深いしわと、筋肉の筋が呼吸に合わせて伸縮する。そこはちょうど廊下の真ん中に位置しているダイニングへの入口で、ケヴィンはキッチンでケヴィンはそこで様子を伺い、うだうだと物を考えているときに、最初に入ってきたロムに最初に出会わせてしまったのだ。
「あっお客様!?」
来客の話は数日前に聞かされてはいたが、一時とはいえ自分の住居となっている場所で他人と会うとびっくりしてしまう。それに距離感をつめつつも、どこかで威嚇するような上からの視線を感じ、その上相手はこんな言葉をいって自分にすりよってきたのだから驚いた。
「良い目をしているな」
「はあ」
「ここにいる連中を信じているか?」
大人たちはそれから酒のつまみをもってきたこの闇医者のせいでぐうたらと宴会をひらいていた。こんなことをしていいのか、とおもっていたのは、玄関で見張り番をまかされていたコンシリエーレ、ベルノルトくらいのものだろう。リビングルームにはロムが車にのせてきたカーペットと円い大きなテーブルがおかれた。それはこれまでの古いテーブルと入れ替えに置かれたのだった。しかし脚立が伸縮できるので、ダイニングとリビングのテーブル、それらが密着しておかれ、そして豪勢に場をひきたててわらいながら、ロムのもってきたお酒と酒の肴がならんだ。さすがにカイは当初とまどっていたが、やがて午後1時にもなると、
「神の酒だ、のめ」
とわめきたてるロムにいわれて。ごくりといっぱい口にする。
(う、うめえ!!)
そこから夕方まで、ハイスピードの宴会がひらかれた、話し上手の闇医者はこの時点で誰よりもよくしゃべり、饒舌にこの街の歴史、風土、昨今の出来事までかたって、皆にきかせた。
話しはおおいに盛りあがり、あげくのはてにはケヴィンまでも酒を飲まされ、エメもこの人のことをよくしっているようで、昼間からまたお酒をのんでいた。そこには事件がおこるまえのぐうたらな大家、エメの姿があった。
一度酒をのんでしまったケヴィンを気遣い、エメは酒臭い口でロムをケヴィンに近づけまい、酒をのませまいとしていた。それでも闇医者ロムは、時折、わきでケヴィンをかかえているエメの腕をかきわけ、坊主、坊主、と頭をなでた。
ケヴィンは嬉しいようなかなしいような気分、なぜか、エメがいい気になって、彼を無性にほめたてて、例の湖まで水をくまされに行くはめにもなった。その水は、花瓶につかうのだという。いい気になって夕方、頼んでもいないのに、大家エメは歌を唄いだした。
「ルルルル~」
その歌は例の少女も、いや、この街の、この国のものすべてが知っている例の歌である。サイボーグ少女、機械天使の歌だ。
夜中になると宴会は収まり、静かな夕食をとった。メニューはパスタや魚介類、それにサラダ。皆で食卓テーブルを囲む、そこでようやく気がついた。それは5人、家族団らんを囲むことのできるテーブルだという事を、最後の客であるロムはケヴィンの隣にすわり、暖炉と窓に近い場所カイとエメは隣同士、本棚を背後にしたキッチン側に座った。、ケヴィンはそこでロムにひとつ質問をされた。
「なあ、お前がもし、この先、カイやジンクスファミリーの力によって、マフィアから狙われる事がなくなるんだったら最初に何がしたい?」
ケヴィンは少し躊躇した、それは恥という概念が頭を駆け巡ったからだ。赤面し、しかしそれはエメのにやにやとした顔に促され、すぐに口をすべらせてしまった。
「僕は、好きな人の歌声をもう一度聞きたい」
しばらく回答について考えたあと、ぶっはっは、とマンガみたいに豪快な笑い声をたてて、そのおやじが笑った。
「それが、生きている理由か、はっきりしているな」
ロムはがっはっはとわらっていった。しかし、ケヴィンには気になっている事があった。2、3分前から、カイが真剣な顔をして、ケヴィンのすぐ後ろに立っていて、こういったのだ。彼は初めてケヴィンとそれだけ接近し耳元にささやいた。
「よかった、ロム医師は、哲学を大切にするからな、選ばないことは、ありえなかったんだ」
その言葉は、あとあとまでずっとケヴィンの心の奥に引っかかっている事になる。そしてケヴィンが、どこかでこの医師が自分にとって心置けない部分、自分にとってだけではなく、ひとつの規則に基づいて、まるで軍隊のように緻密な動きと思考をもって、自分自身さえも縛っているような感じ、はじめてであったときに感じた《規則的、機械的な感じ》を思わせたのは、彼が大切にするもの、哲学、それに秘められた理由があるのだと思われた。
食卓には大きな焼肉もならんでいて、ロムはこう話す。
「ヤギ鳥を殺してしまってよ、家畜のな、だからせっかくだから食おうておもって」
「殺してってなんで」
「実験で」
「心配すんな、殺傷力のないスタンガンをつくってたんだが、威力を間違えちまった」
カイはいやいや応答したが、吐き気を抑えているふうだった。なにしろヤギ鳥は臭いのだ。そこでカイは腹立ちまぎれ、苦し紛れに、こう質問をした。
「そういえば、おやじ、どうしてここへ?」
「ああーそのことなんだが」
コートの中の白衣のようなものの胸ポケットから、ひとつの手紙をさしだした。
「何かあったらまずいってあんたらのボスにたのまれてな、なあカイ」
初登場から困ったもので、風貌もまず変っていたのだが、登場シーンも変わっていたが、いきなりコンビニの買い物袋に酒や菓子や夜食などを買いこんで持ってきて、すでによっぱらっていたから、ケヴィンは彼が何者かという事よりも、その激しいキャラクターに気おされた感じだった。それから食事がおわると、ロムは3人に得意げに話をした。それは、自分の家族の話だった。彼がきたおかげで、さわがしい世間話や、互いの褒め合いなどをする大人二人の様子をみているだけで、夜中がすぎていった。
この年寄りは食えない人間だ。それは初対面のしぐさからも見て取れた。体の芯に力を入れている気がするし、いつでも人をみて、相応の態度をとれる準備をしている。こめかみのきしみ、手のひらの腱のもりあがり。その意思表示として、つねに人とは、50センチは空間をあけていた、 しかし、それにもかかわらず、少しでっぱった中年男のはらをだしたまま、親しい友人のようにカイと話す。
まず初めに思った事はこの人物の職務内容についての事だ。それはどうすれば、カイという裏社会の人間と仲良くなれるかという事だ。そうして彼を見つめていると、彼のほうから、ケヴィンの視線に対して返答がきた。
ロムはしきりに自分自身のひじあたりをさすり、寒いのか時々手の甲を意味深長げにさする。彼も凍えているようだったが、老朽化があるとはいえ、暖炉もあるのに、なにかごまをするようなしぐさだった。
【俺は闇医者、裏社会の連中とは、分け隔てなく接しているぜ、なにしろ“医師免許”を剝奪されたこの街で最初で最後の医師だからな、裏社会、闇社会には感謝している】
大人たちの談義の中で、当人はこう話していた。そしてケヴィンが驚いたのは次に続く言葉だった。
【まだ左手を隠してるのか?カイはとっくに見抜いているぜ、お前の秘密】
(え?)まさか、と思った。カイが特殊な、なにか特種なオーラを持つ人間だという事はさっしていたが、別に超能力じみたものを期待していたわけではなかった。とはいえ、度が過ぎたわけではなく、そのころは“ただ察しの良い人、という印象に変わったのみだったが”確かにカイは。自分の秘密に気づいている、彼の秘密に、ケヴィンが気がついて、彼の事を信じたという事と同じように。
「君もここへ、パンドラへ、何かを求めてやってきたのだろう」
その通りだった。メカニックとなる事をゆめみて、小さいころから工作や何かしか興味がなかった自分、その自分が初めて、自分の住まいについて、将来について真剣に考えた。実はケヴィンの両親は科学者であり、その両親にしたがい、ここへ移り住むことが最良と考えて越してきたのだった。
「あいつも似たようなものだからな。俺がここへきた理由を、明日教えてやろう、あんたらの、というより、カイの組織から少し給料をもらってな」そう言い終えると、闇医者は寝ぼけて、リビングのソファーでねむっていた。
(6日目)
次の朝、記憶を読み取りながら目を覚ます。宙に浮いたような会話が頭をよぎった。
【俺の事を信じられない、それならでいいんだ、それで何かするわけじゃない相手ってことがわかればいい。ただお前は、なんのためにカイを信用したんだ?教えてくれたらお前の左腕、なおしてやってもいいぞ】
【カイさんの何を!?、それに左手って】
【左手調子、悪いんだろう?】
【あっ】
ケヴィンは恐れて、その腕を隠した。もはや、その彼に起こされたことよりも、突然のロムという闇医者の鋭い見立てに関心を覚えた。
朝、目を覚ましたらその医者は突然に自室にいて、ベッドでねたままの自分と向き合い自分を起こした。やがて着替えを終えると、ケヴィン少年を椅子にをすわらせて、左手の様子を尋ねた。まだ酒臭く、よっぱらっている感じが残るとはいえ、やはり医者、サイボーグ技師、と自分で語る事はある。
ゆえにそれが、自分の秘密がその他の人間に暴露されることを恐れた。見抜かれていたと丁度6日目にして、調子のくるった義手をみせた。そう、何を隠そう、ケヴィン少年もまた、サイボーグ技術にその体に宿している、人物の一人だったのだ。だからこそカイにそれを伝えられず、どこかで自分と同族であろうカイのサイボーグに関しての発言がでるのを期待して待っていた。しかしそれはタイミングよく訪れなかった。
“ううーむ”
ロム医師は顔をひねり、その顎に自分の左手を顎に乗せて何か考えごとをしているようだ。その間にもその右手はケヴィン少年の機械の左手を表裏にひっくりかえして、その細かな様子をふたつの眼が丹念に眺めていた。
それとは別にケヴィン少年はいつかの記憶をひねりだしていた。それは小学校の授業の想いで、小さなころ。いつかの学校の授業で、ヒヒイロカネの事をしっかりと学んだ事があった。
「ヒヒイロカネっていうのはな、外装に利用されているんだ、いや、それだけじゃない、内装、ブラックボックスにも利用されている、未知の金属。エネルギー源だな」
このとき、丁度授業参観で、祖父のヴラドが見に来ていて、張り切って質問をしようとしていたが、うまくいかなかった。担任もひどく気合をいれていて、派手な青いシャツと閉まる黒のネクタイでスーツを着用していた。いつものラフな様子はなく、まるで事務的な会話だけの、生徒とのやりとりがあった。
【ヒヒイロカネ、古代の特種な加工がされているんだ、機械のスイッチと同じさ、微弱な電流が流れると、反応して熱っせられていく。】
教壇にたった教師は続ける。
「このしくみは今もすべてが解明されているわけじゃない、サイボーグの体“COA”(※Cybernetic Organism Archetyp)を包み込む外装、コアと呼ばれる内部の一連のシステム“CLO”(※Chain linked organization 鎖状連結組織”)その全てにヒヒイロカネの作用を利用しているが、ただ“扱える”というだけで、本来の用途やその組成、原料、仕組みはよくわかっていない」
その時の事を、いまでもケヴィンは鮮明に思い出せる。その後、生徒の一人がその時担任の言葉を遮って手もあげずに質問をしたんだ。
「先生、それを“オーパーツ”とか“リミットテクノロジー”と呼ぶのは知っているけれど、どうして僕らはオーパーツを使っているのですか」
だから教師は丁寧に、その答えに気付き、そしてコホンと一息をついて考えながら、机にて両手をついてひと呼吸おえて答えた。
“それはな、体の不自由な人がいるからだ”
——ふと、それでケヴィンの意識は現実に戻るのだ。
「君は嫌に大人びているね」
昨夜ケヴィンは遠くから眺め、まるで絵画を鑑賞するかのように、自分の行く末を他人まかせのように感じていたことを恥じた。今日は、やけに優しいロムという闇医者。朝から彼の部屋、二階にて、二人だけで義手についての話をした。ロムは左手の秘密に気がついていた。
「しかし、君、君は君の思う、本当に正しい事、を持っているかな?」
ケヴィンは左手を作業台のようんな。医者の持ってきた丁度手を置けるほどの面積の長さの棒状の器具の上に、腕をのせていた。
突然、医者に哲学的な事をいわれても反応に困り、当惑してしまった。いったい何を聞き出そうとしているのだろう?それがこの日と、あの日の誘拐に何か関係のある事なのだろうか?
「ケヴィン、カイは早熟で、早熟故に夢をみて、幼いままの少年だ。それを恥じている、恥じているが君を不器用に救おうとしてしまった」
「夢?」
「そうだ、彼は夢を見ている、長い事ね、まあ無理もない、サイボーグ技術自体、夢のようなものであり、しかし最大限にその力を
活かせているわけではない、過去の遺産のようなものさ」
ロムはこういった。
「サイボーグを体に宿したものは、みな真理の探究者、なぜだろう、未知のコア“オーパーツ”がそうさせるのかねえ、実際ヒヒイロカネや、“核”と呼ばれる中心部はブラックボックスに近い。ただ“扱える”というだけで、ヒヒイロカネにもまた謎が多い」
ケヴィンもまたこの街の仕組みはよくしっていた。ただ実際に、そのブラックボックスのような知識を大人の口から、学校外の、そしてとある意味で肩書と専門知識をもった人間にいわれると、奇妙な金属の存在にどこか、日常が非日常に変わってしまうファンタジーの世界に迷い込んでしまったような感覚をおぼえた。いや、たしかに一度人類の文明は滅亡と呼ばれるまでに追い込まれ、科学は封印されつつあった。
パンドラにおいて、世界中に期待され、その封印をといたのが、人間を半機械に変える、サイボーグ技術であることは、疑うまでもない事実であった。しかし、彼はまだ子供であった、であるが故に人の話は空想の産物にも似て浮ついていた。
6日目はそうして終わって行った。ただその日の最後に、カイから翌日の大御所の訪問を告知されて、驚きと恐れのままに眠ったのだった。
幼稚な玉座
そのころ、クローのところでは、ある地下室でボスクローが何やら、にやにやと美女に取り囲まれ、一室の巨大な大理石のバスタブに浸っていた。
しかし、実際、その建物はマフィアが持つ拠点としては小さくせまく、それは隣町の東の鉄道沿いの雑居ビルでしかなく、下の地下空間は、このマフィアのボス、クローが無理やりにあとから作ったものだった。いわく自信をもってこんなことをいう。
「地下に所有者は存在しない」
彼は知性を持つか、知性がないのか、ただ精神的特徴はあとからその他大勢に自らその醜態をさらけだすにせよ、身体的特徴はあまりに悲しくも醜いものだった。彼は、自身の体、そのほとんどを機械の体で作りなおしていて、滑稽にも、悲哀にみちた雰囲気をさらしていた。その5等身の身体の一部分、その顔は、とても混沌として、有機的身体と機械的部分がつぎはぎにあわさっていた。巷の噂の一説では、かれは大事故によってその身体の大部分を負傷したという。そのほかがすべてサイボーグの肉体だ。
そして彼の醜さとは、わざとらしいその機械の部分そのものにあった。その体はあえて小さくつくられ、そして彼はあえてその顔のマスクを、いびつな形に似せて作った。彼の最後の肉体はその小さな上半身のみだった。
彼の卑しさは、むしろそれよりも、もっとしぐさや、内面からなるものに対してしつこく、あえてしつこく際立たせられていた。それは意図するものかそうではないのか、彼は汚らしく指だのナイフだのを好き勝手に使って食事をする。それはまるで、赤子のようだった。きっとその身体も大人のサイズがあったろうに、敢えて彼は自分への侮蔑の意味をこめてか、その姿を選んだ。なんといっても腕や脚が細く弱々しいしい見た目をしているのだ。その不便な事といったら、あまりに指が細いのでフォークだとか箸だとかを、テーブルにそのまま転がしてしまう。転がしたはしは、専属のメイドによってひろわれ、またその手に握るが、いやそうにメイドを威圧する。よだれは涎かけによってメイドにふかれた。メイドは、三人いたが、一番おとなしく、たれ目、髪の毛をドリルのようにパーマ癖のついたショートヘアーのメイドが、彼にとって一番面倒見がよく、勝手がわかっているらしかった。
「ああ、偽りの天使よ、その顔が爛々とかがやき、瞳がもとの姿を取り戻すのをみた、ああ、偶像よ、お前はいつまでも美しい、美しいと認識したがゆえに美しく、ゆえにお前は偶像なのだ」
食事中だというのに、彼は、なぜか“機械天使”の像をてにとった。それはパンドラに伝わる“機械天使”の話、それを模した人形だ。それは透明の水晶で作られていた。ときに、それを自分の顔にもっていき、においをかぐ、鼻はするどくとがっていて、まるでブタやモグラのような感じで、クローの二つ名が“モグラ”であることを容易に連想させた。そしてマユは、ハリネズミのようにとがっていた。
その一室の外では、別の巨大な一室。会議のためのテーブルなどがならんだ、マフィア本部の入口を背にして、入口にたつコンシリエーレ、セナの姿があった。彼にむかって一人の幹部候補がよびかけた。
「ミスター○○、なぜあなたほどの人が、彼のもとでコンシリエーレをやっているのか謎なのです」
「そうだな」
それから彼が説明し始めたのは、ざっくりいってこんな内容だった。このパンドラの国に横たわる問題は、その“何者かになる意思”それが存在しない事である事だという、先進国ではあるが、国民は裕福である感じはせず、貧乏とか、発展途上国というわけでもなく、中庸。
そうした中途半端さが国民に抱かせているフラストレーションは、迷いに満ちているという、そこでマフィアという存在も、一種のひとつのフラストレーションの象徴としてパンドラの国に存在している。
なぜ環境に適応するか、なぜ適応しなければならないか。パンドラは比較的裕福な国だから。他国から幸福を享受していると思われがち。誰もが幸福を偽造する。そしてマフィアという存在も中途半端な絶望を背負っている、完全な必要悪になりきれない悪がある。
「悪になりきれないのがあの人だ」
「悪になりきれない?そもそもあの人は、“わざと”あの行儀の悪さを演じているとでも?」
コンシリエーレはピンとひじや、肩をのばし、もでるのように、アイドルのようにスーツのしわのひとつの狂いもないようなポーズでひたいに親指とひとさしゆびを結びあて、うなづいたあとにこう返した。
「嘘でも本当でも、現実でも仮想でも“美学”を必要としている、彼は偽りの世界に生きているが、美学だけは本物だよ」
「美?あの人が?お皿も、食事もひどいですよ、食事風景をみましたか?ビニールシートをひろげて“こぼすの前提”で行儀の悪い食事をくりかえしていますよ、毎日、毎日」
「あれには美学がある、本人も察知しているだろうが、悲哀の美学だよ」
そのころ、入浴と食事を享受していた、醜悪なるモグラは、食事を終え、入浴の最中に、半身だけ湯につかり、メイドにそれを支えられつつも眠りこけるその姿があった。
<しかし、彼の醜さは、自分が人より劣ると思うがために、人もまた見下さんとする、その態度そのものですよ>
そのころやはりまだ、コンシリエーレセラと、その幹部候補との葛藤ともいえる対話は続いていた。
しかし、眠れる王は、その声にかすかな意味を感じ、瞳をあけて、また先ほどの機械天使の人形を手に取った。
「永遠なる“美”その鑑賞」
毎日おなじなんてうんざりさ、と語るモグラ。
「我々はこのパンドラという国にとって悪だと認知され、残されたレールの上を歩いているだけだ」
彼のしたり顔には、たしかに一人のコンシリエーレを引き付けてやまない何かしらのカリスマ的魅力があるらしかった。その内面世界には、確かに小さなころから育ってきたパンドラの、“中途半端”な希望も絶望も半端な片田舎の情景。サイボーグ産業の工場の見える。城下町の風景が存在していた。
「ボス、偶像もいけないと伺いましたが?」
メイドは先程と違う小さな白い部屋にいて、一人の哀れな人物を見下ろし、その瞳の下に影を宿した。それはボスの“作業部屋”だ。
それは5畳ほどのスペースしかなく、ボスの飲む薬、水。簡素なフルーツなどがならべられたお盆があった。ほかに部屋中央にテーブルと
のみや大工道具などがあった。そして部屋は一段高くなり、畳張りだった。
「偶像、ないなら、作れ」
アデルは木彫りの像を自分で作っている。それはやはり、機械天使のものだった。
「へんな像ですねえ」
「お、わかるか、へんだろう」
哀れみを帯びていたメイドの表情は一変した。ドリルの髪型と、まるで折り紙のような彼女の胸元のリボンが、驚きでかすかに衣擦れの音を発した。
「へんですねえ。まるで、美をもとめ、それを途中であきらめたかのような奇妙さです。
「そうなんだよ、お前にもわかるか、ラテナも、そうだった。」
メイド“ヤナ”の表情は無理やり、あわててつくられたポーカーフェイスだったが、モグラはそちらにせをむけ、一人小さな低いテーブルの上で、ノミをふるっていた。
「ラテナ?」
メイドは、その言葉を口にしたことを後悔した。まさか口をついて出るとは思ってもみなかった。なぜなら、そうして誘導尋問のように、マフィアボスクローは、部下を“試す”ことがあり、その試練を乗り越えないものは、ときとしで悲惨な目に会うう事があるのだ。そしてその後、このクローファミリーにおいて、重要だった記憶をさしおいて、それが一番の、後悔となった。
「幼馴染だよ、今年死んだんだ、殺したんだよ」
「へえ、素敵ですねえ……」
ひきつった無表情の笑み、それが最大限の、この狂気への同調だった。作られた像には、圧倒的な何かがかけていた。それは“肉”だった。それはまるで飢えた人間のように、実と肉が不足しているようだった。そんな像を見た。
「今この時点で、彼女にかける言葉は、皆無だよ」
彼は永遠の夢想家である。誰よりもこの街で信心深く、そして過去への執念を燃やしていた。