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 あくる日。(4日目)その日から、少し変わる決心をしたケヴィンが【廃拠点】にいた。それまでの日常から省かれたといって、うだうだとただ時が過ぎるのを眺めているのは忍びない。何かもったいない気がしていた。それからケヴィンは自分で予定表をノートに書きしるす事にしていた。前日カイから聞いていたが、すでに二日先まで予定がつまっている。早朝ケヴィンはカイとの拳銃の練習を終えた。その日、二人とも早起きでカイは射撃のポーズまで事細かに説明した。具体的にいってみれば肘は脇腹で支える事とか頭を垂直にさせるとか基本的な事だったが、それ以外にカイ独特の方法や気持ちの持ちようまでをもことこまかにを説明した。

 「距離感をつめるというよりも、自分の集中した箇所、標的の箇所へ弾丸を吸い込ませるようなイメージだ」

 説明自体つまらないほど簡素だ。そのころにはもうケヴィンは、一通りの拳銃の主要な動作を覚え、一人で空き缶を撃つことにさえ遠慮はなくなったが、そのおかげで細かな説明がよくわからないと感じていた。要は慣れてきたのだ。カイはそれを見越してアドバイスをしたのだった。


 午前5時から二人で練習を始めて終わったのは8時。ケヴィンはそれからまたひと眠り。起きたのは午前Ⅰ0時でケヴィンにカイがおやつと呼びかけた。食卓テーブルの左側に二人用の小さなソファがあったので腰かけて眠っていた。掛けてあったカイのコートをぬいで、食卓テーブルの椅子へと腰かける。ケヴィンは常に暖炉の近くのほうへすわった、キッチンと暖炉とは距離があり、キッチン&ダイニングは一部屋あった。暖炉はリビングのある一部屋にあり火はともっていた。ケヴィンは朝食のサンドイッチを食べたあとだったが、時間が開いていてお腹がすいていたので、ダイニングのテーブルに行きおやつのドーナツをたいらげた。

 「おいしい」

 外を見ると山の上に太陽が見えた。カーテンは緑の柄で開かれていた。理由はないが、昨日から真剣にケヴィンは拳銃の練習をしている。それがたったひとつ、自分が生き残ることが、あの野鳥にケヴィンがこの先、生きていく事の弁明になりうる気がしたのだ。ケヴィンにとって、ケヴィンの価値観にとっては重要だった。

 「トゥルルル」

 やがて、カイが電話にでる。その後何か話して外にいくといったきり、10分ほどしても戻ってこない。外に訪問者の姿はない。

仕方なくケヴィンは、ノートに射撃場の的の絵をかいた。つまり机と空き缶だった。

 「ルルルルルル」

 「何だ?」

 とろうとするが電話はすぐ切れた。


 昨日から始めた事だが、ケヴィンはその朝カイの真似事をして、コーヒーをのみながら新聞に目を通す、難しい内容はのっていなかった。ケヴィンはその日は朝からそわそわと落ち着かず、居心地が悪いような気分がしていた。そもそも今日の訪問者という存在に、どこかで人見知り独特の恐怖感を感じさえしていたからなのだ。しかし何らかの変化の気配を感じてはいたのだが、よもやそれがそんな形で現れるとは、と本人の思ってもみない形でその日その出来事に出会った。それは午後からの出来事が、そんな気分を彼に味合わせたからだ。4日も同じ空間で寝食過ごせば、それなりに物や間取りや勝手もよっぽど分かって慣れてくるものだ。

 だから新聞を終えたら、その後読書をのんびりとしていた。午前9時ごろ、そこには彼だけの小さな物語の想像空間が広がり、文字と記号と絵が彼を包み込む安心があった。彼はその余韻にひたっていたのだが。窓辺からはフォレストベーレの景色がうつるはずもない。うっそうと茂る原生林。ふと伏し目がちにした目を閉じて、読んでいた本を傍らにおいて、コーヒーを飲んだ。そしてまた空をみあげる。そんなケヴィンのいる空間にあの歌が流れ込んだ。誰もがその題名を思い浮かべるだろう。

 それはこんな歌だった。 ――【機械天使の物語】

 突如として部屋内を包み込む歌。聞き覚えのある歌声、その懐かしい歌詞と情景は望んだもののようで、望まなかったもののようで、それはこのパンドラの国の象徴たる歌だった。その詩だった。それは日常と非日常が溶け込みその果てで日常へと引き戻された安心を感じるようなもので、願ってもない、少年にとっても、“フォレストベーレ”に流れる幸運の歌声にも似た出来事だった。

 午後10時すぎに森の中に響き渡る声。小鳥たちのさえずりの合間合間から人の声がする。始めをそれは鼻歌で、鼻歌から歌にかわった。そうして初めてようやく理解した、ケヴィンはその“声”に聞き覚えがある事を理解できた。

 「らんらんら~ん、私の愛しい友達はどこかしら、“エスピミィア”に隠されたと聞いたけど」

 午前10時すぎ、遅い朝食をとるケヴィン、その口から残りもののコーンスープをこぼしてしまった。

玄関へいくと、扉はすでにカイの手によってあけはなたれていて、二人の人物が向かい合って森の中、遠くの方で会話をしていた。ケヴィンはその影に気付き、あの歌が、庭の向うを行った先にある湖のほとりから響き続いてきている事に気がついた。昨日の拳銃の練習から、ケヴィンはその湖に気がついていたのだが、それほどまで遠くへ出歩く勇気はなかった、またその自由も与えられているかは不安だったし確かめようもなかった。綺麗な湖だ。それほど大きくはないが、昼は山と太陽を反射する位置にある。窓辺でそちらに目をやるとやがて見覚えのあるベルノルトの人影と、そのあとをくる少女と、一人の女性の姿を確認した。

 「エメさん!?」

 間違いなく、先ほどの歌はエメのものだ。エメは、スパッツに白のTシャツ、伝説ロックバンドの絵柄がはいっていて、ジャケットはそのバンドのレプリカのものだった。やがてベルネルトが案内し、陽気な鼻歌で、3人組が廃拠点にやってきた。その後周囲の森を探索、しばらくすると、うずくまって座り。

 「あいたくない」

 とごねる。ごねてブツブツ言っているのを、ベルノルトは見下してみていた、はあ、とため息をついてもかわらず、40分近くそうしていたのだった。もう一人人影があったがケヴィンには、小さなその人影に気付くほど余裕はなかった。

 「本当にエメさんだろうか」

 なんで、あの人がここにいるのだろうか、という複雑な胸中の想いがそこにあり、家の中をあたふたと駆け回っていた。


 やがて、カイがその人影に向っていく様子を、ケヴィンはこそこそと台所や二階をうろうろとしながらみていた。だからそのせいで、その時のケヴィンにとって重要な出来事の始まりにたいして、小さな彼に詳しい記憶はない。ベルノルトが最初にやってきて、ベルノルトからケヴィンに、無口なカイの変わりに告げられたことは、カイとエメが”腐れ縁”という事のみ。

 その時から、というよりその後の記憶から、ケヴィンはおかしな雰囲気、カイとエメの関係性、そしてカイのネックレスのロケット(ロケットペンダント)に気がついていた。開閉式のチャームのその中に、彼の秘めたる過去が存在していることは、厳然たる事実であるかのように想い、疑いはじめていた。

 なぜなら、その日から、そこにエメと訪問者が来てからというもの、ケヴィンもきにしていなかった首元のネックレスをいじるようになったのだ。そわそわとそのペンダントとソケットに触ったり、隠したりするようになった。それはまるで赤子がおしゃぶりを探すように、今までにない彼の、大人びたかれの、子供じみた態度であるように思えた。エメと会話するとき、いつもよりも口ごもる、事実エメもそうしたカイの態度に嫌気がさしたように、溜息を幾度となくはくのをみたのだ。

 

 湖にいた理由というのも、一度綺麗なものを見たかったというエメの個人的かつ私的な要望で。本来ならばもう一時間近く前にそこに来ていたはずだった。しかし遠目にみても彼女は“汚い”といって廃拠点に近寄りたがらなかった。まず潔癖にもにた綺麗好きという事もあり、またもや傍まで来て家全体をみつめて、うーっとうなる、やがてこういった。

 「汚い」

 と完結にいって、来て早々掃除をはじめた。


 掃除が終わると、カイは、彼女と目があってから玄関口で、こんな言葉を発した。

 「ひさしぶり」

 「あ、ああ……」

 エメのほうが先に言葉を発したようで、それまではベルノルトが間に入り直接会話をしていなかったようだった。

 「助けに来たよ」

 「本当は巻き込みたくなかったんだが」

 その後の会話はこれといってなく。彼らが話した日常のやりとりといえば、家事や、これまでのあらましに関わる出来事の話だけで、ケヴィンに詳しい過去の事を話す事もなく、その雰囲気を感じ取る様子や素振りさえもしない。それ以来二人は長年つれそった夫婦か親友のように、相槌やしぐさだけで対応していて、ほとんど会話もせず二人の日常的、日常的な生活の必要な作業を事務的にこなし続けるのみだった。その態度に、まるでケヴィンは、あとから思い返しても、言葉に表せないような不安と、いびつさと、シュールレアリスムの空間を体感しつつあった。それは後から考えれば、男女関係の当人たちでも知りえぬ不思議があるように思えた。

 ケヴィンは大家エメが家の中に入ってきてから、理由もなく隠れていて、キッチンでこそこそしていた。丁度リビングの食卓テーブルを掃除していると、影から姿をだすと、いきなり飛びつかれて。

 「ケヴィン」

 とだけいわれたが、その後、突き放した態度になり、また距離を置かれてしまった。ケヴィンに対して、大家エメは愛情となつかしさを感じた態度をとり、この廃拠点の案内などを通じて、親密にしていたが、時に彼はエメと何者かのジリジリとした目と目のにらみあいを感じて、目線を追うと、カイがそこにいて、まぎれもなくそれは、カイとエメの間にある、なぞの火花がちっている空間がある事を示していた。


 そしてもう一つ、ケヴィンがそれから、幸福とも不幸とも思える偶然の、必然の出会いをする事になった。廃拠点の入口、エメが顔をだすとき、そのすぐ後ろをついて、小さな影がひょっこりついてきたのをケヴィンはしっていた。しかしたった今、本当に、向こうから顔や姿の分かる形で、にぎやかな会議の中に一人キッチンから一人顔をだすまでは、その小さな影にさして重要な要素を感じていなかった

のだ。

 だが大家エメに飛び疲れたあと、今それと目があった、その一瞬。同じくらいの身長で、よく見おぼえのある象徴、美しい輪郭が目に見え、彼の記憶で現実のものと幻想が交差し、覚えのあるその人。少女の名前であり、ひとつの言葉が彼の中で思いうかんだ。

 「アラベラ!!」

 「ケヴィン」

 そもそもあの遠くに見えた時に、人影が湖のほとりに、水面を背にしてシルエットを醸し出したとき、その雰囲気と歌の関連性からどこかでなつかしさの意味を理解するべきだった、それはアラベラの歌声ではなかったのだが、エメという存在から連想できる小さな影は彼の頭の中にひとつしかなかった。

その時はまだほとりに響いた、聞き覚えのある歌声の“フォレストベーレ”に関連する意味を忘れ、彼はエメがその歌を唄った理由を測りかねていたが、驚いた事に、アラベラは確かにいまここに、エメとベルノルトによってここへつれられてきていたのだった。

 その後、落ち着かずその理由をまくしたてるようにせがむケヴィンに対して、エメとベルノルト、そしてカイはそれを詳しく説明した。もともと、エメとベルノルトが、カイのことを連絡するためにフォレストベーレを訪れていたが、アラベラは誰よりもケヴィンのその後の事を不安に思っていて、アラベラはエメの異変に気づき、ベルノルトとアデルのケヴィンへの配慮によって、アラベラはひっそりとつれてこられ、ケヴィンと会う事を許されたのだという。

 

 しばらくぶりに会ったアラベラはいつもより綺麗で、懐かしく思え、祖父のヴラドよりも、むしろもっと親密な関係であるように思えた。しかし実際そうではなく、あまり互いを深く知らない幼い男女で、だからこそ話しははずみ、大人たちがリビングで話している中、ダイニングの食卓テーブルで、トランプなどをして遊んだ。学校をやすんできているのに気丈に振舞う彼女をみて、ケヴィンはその時、自分が

たしかに勇気づけられたのを感じた。そしてそれはとても有意義で、楽しい、まるで青春の一幕のような光景だった。

 エメに促されて、あの時、転校初日の事を話したり、誘拐事件の事をはなしたり、学校の事を話したり、友達の心配している様子を話してくれた。ケヴィンの中のいい、ひょうきんもののデブリは、ケヴィンがいないので落ち込んでいるが、その落ち込んでいる様子すら大袈裟にみえやはりムードメーカーな様子で元気にしているという。

 もっとも、危険が伴うという理由で彼女はすぐ帰らされたが、ケヴィンに手紙と花束を渡した。そして、玄関口でこういった。

 「重荷は、一人で抱え込まないでね」

 (まじないをひとつおしえてあげる)

 ケヴィンはそのまじないをいつまでも忘れる事がない。それはこんなポーズだった。おやゆびをまげて、手のひらとゆびをまるめてこぶしをあわせる。まるで寒さに凍えるようなしぐさだ。

 それをアラベラは、母からうけついだまじないだといった。エメの母親が、生前自分や身内が、災難、不幸に襲われるたびにそのまじないをして、色々な湧き上がる想いをおさえてきたのだという。その日アラベラの歌は聞けなかったが、まじないという道具を手にして、ケヴィンはうれしくなった。しかしケヴィンは、まじないという呪術的なものをどこかで敬遠していたので、そのまじないは、もしもの時のために取って置く事にした。


 夕方6時、二人の大人とベルノルトが夕食をその廃拠点“ファラリス”とよばれているらしいが、そこで取る事になった。エメはその日とあくる日から一緒にケヴィンの巻き込まれた事件の解決を目指すのだそう。それを夕食時、提案された時は、うすうす“腐れ縁”と説明する仲であることから、何かしらの特殊な技能を持つ人間であることを感づいていたが、ケヴィンはその時まだ、エメの技能とは“偽名、他人に成り代わる事”くらいでしかないと思っていた。

 夕方からエメは酒をのんでよっぱらっていた。

 「ケヴィンはまだのめないものね、“神は祝福を”しているのに」

 暖炉の前でぐだをまき、暖炉にあたって一人の世界で本を読むケヴィンにたいして、無礼にも、そんな風にいっていたかと思うと次はキッチンにたって言い放つ。

 「私、サラダつくるから」

 といって酔っぱらった人間らしく、好き勝手振舞っていた。冷蔵庫に不足はなかったから、文句はいってもカイはエメの事を厳しく叱りはしなかた。そんな二人のために、夕食時に二人の間をとりもったのはケヴィンだった。なぜだか、カイは尻に敷かれているような様子があり、そんなカイに気を使われるので、ケヴィンもその時、なぜかよそよそしいほどカイに優しく接した。

 ずっと二人の間には、何とも表現できない空間があったが、それは悪い関係ではなかったが、当分エメとはギクシャクしているだろう分、カイに気を使った。エメはご機嫌な様子で、唐突に野菜料理をふるまうといい、暖かいコーンスープも用意された。いつもと同じ暖炉、そこだけレンガで切り取られた空間に、今日はエメのもってきた小さなランタンが灯る。いつもは電気なのに、なぜその日に限って趣向をこらしたランタンなのか?

 これが笑い話になった、彼女はその施設に、何も現代的な家具とか電気だとか現代家電が、彼女いわくベルノルトから聞いた話では廃拠点にはないように思われたので、そういうものをわざわざ買いこんで、この廃拠点にやってきたらしいのだった。

 カイのほうは、皆の話に相槌をうったり、時折茶々をいれたりするくらいで、その日彼から特段事件に関することこまかな話などはしていなかった、やがて夜食とテレビを見て、少しの団欒を終えると、どうしてかカイは今日は二階

(※つまり、これまでケヴィンの一室となっていた部屋)

で寝るという。ケヴィンには、うん、と承諾するほかにはなく、エメは自分たちの寝場所はどこかというと暖炉のそばと返答があり、

エメは最初こそ不服そうに不貞腐れたが、カイの無言の圧力に屈し、仕方なくケヴィンとエメは、暖炉のそばで、火を小さくして暖炉を見

守りながらうとうとと過ごす事になった。

【大丈夫?】

【僕は大丈夫です】

 ベッドは急ごしらえで、拠点に余っていた敷布団をしいて、暖炉からそれなりに距離のあるところへひいた。暖炉の火は、炭も小さく

しておいて、ベルノルトが数時間おきに見守るという。ベルノルトは

【寒い?あれから何があったか、私は知らない。嫌な事があったなら教えてね、力になるわ】

 エメの息遣いが聞えるほどに、近くねころがっている。暖炉のそばのカーペットにそのまま二人ねそべっていた。

【何がなんだか、わかりません。でも、どうにかするしか、カイさんが親切で助けてくれた命ですから……】

「そうなんだ……」


 それは、いつもの意地悪い大家とは似ても似つかないほどの親切な態度で、むしろそれが日常のほうの、素顔の彼女なのではないかと思えるほどに柔らかいものごしで、ケヴィンは初めてこの大家に、眼の前に見えるよりももっと歴然とした距離感が存在していた事を認識させられた。どこか幻想的な情景だけが、ケヴィンの瞳の奥にやきついて、それから長い年月、離れる事がなかった。

 エメは少年にスリ師の名前と義賊としての過去を話した。それがカイとの接点であると告げ、それ以上は話したがらなかった。カイとの細かな事は彼から直接きいたほうがいい。と口をとざした。それはいつもの大家エメのがさつな態度というよりは、おっくうというよりは、単にこういうことだ。

 “義賊の名は“エスピィミア”スリ師の名前は、ナゴリ”

 だという事を聴かされ、それが事件がおわるまで、カイという人物の背景を語るにふさわしいある種のカイを形づくった存在として少年の胸に映った。


 その次の日から、ギクシャクした三人の関係がスタートした。しかしあまりの緊張感によって、ケヴィンの脳裏にあったのはとある事件が起こるまでこの日ことだけだった。

 というのも、その次の日の予定というのが恐ろしくて、ケヴィンはその日、早く眠ろうとしていた。エメもそれを許し二人は夜中まで話していた。ケヴィンはその後の事をしらないので、記述するのは、二人だけの会話という事になろう。


 深夜にも確かに、廃拠点ファラリスではとある事件というよりも、小さな言い争いがおきていたのだ。

夜中、ケヴィンが寝たあと、リビングにいたベルノルトが物音がして目を覚ますと、キッチンに二人の大人の影があった、影といっても上半身のみで、光は暖炉のものだけで、こそこそ話、こそこそといえど、態度はしっかりしていて、何か口論をしている風だった。ベルノルトはその聞き覚えのある声から、すぐに二人の大人を認識した、エメとカイである。

 「あれから何してたの、今何を考えて居るの」

 「別に、変な事は考えていないさ」

 「ケヴィンを救うの?ほかの人は救わずに」

 「そう考えてる」

 そこで口論が生まれた。

 「彼はそれでは納得できないと思うよ」

 「いや、これはどうにかしなければいけない問題なんだ、優先順位は決めなくてはいけない」

 ランタンでてらされた女性のこめかみに、ひとすじの腱が立った。いわずもがな苦悶の顔で、しかしふとそれがやわらいで、まるで敵対者の知性を感じ取ったかの様に、おちついてムダな力は入れられておらず、その表情は真顔を決め込んでいた。

 「あなた、優柔不断なのよ」

 「わかってる、だから君の“エスピィミ……”」

 「あー!!!!やめて!!!」

 ここで大声が拠点内部へくまなく響き渡る。その声でビクン、ケヴィンの肩が反射したが、この時の事をケヴィンはもちろん、覚えてはいないだろう。

 「質問してるのは私よ。あなた、いつになったらそんな風に私を頼るのをやめるの。」

 二人の影が台所奥にそなえつけてある冷蔵庫の影にすりよって近づいたのを確認して、ベルノルトは不意をつかれたように目をそらした。

 「偽名も、いくつもの顔もつかいわけてきた。だけど、たったひとつ、私の中でいつもきになるのはたったひとつあなたの姿なのよ。」

 次の日ベルノルトと目がさめたのは、 いつもと同じ暖炉。火は消えかけて小さくなっていた。そこだけレンガで切り取られた空間に、今日はエメのもってきた小さなランタンが灯る。ケヴィンはその日、一番に起きて、読書やら、学校の勉強をしていた。


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