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1-4 少年と青年と2人のマフィア

 ナナシの街のはずれ、管理されていると思えない人里離れた人でののあまりない私有地の奥地ある森の中、木々をかきわける獣道だけが通り、そのさきに、大きなプールほどにひらけた場所があり、木漏れ日がさしていて、中心に廃墟と見まごうその建物があった。建物にはその敷地と呼ぶべき場所辺り一面に車約2台分ほどが駐車できるであろう空きスペースがありそれがこの廃屋のような建物の正面玄関であり庭である。あさ、二度寝のあと声をあげた少年がいた。

 「ふあああ」

 とひと声を上げてケヴィンが朝目覚めると、すぐさま綺麗な空気をすって辺りを見渡した。昨日の事も思い出せずに、ありもしなかっただろう非日常的な奇妙な出来事が頭脳を立て続けにぼんやりとする彼の頭を流れてかけめぐる。上体をおこし、掛け布団をはだけさせてケヴィンは思った。(昨日の晩、自分は一度目を覚ましていたはず、その時の記憶もあるけどな)寝ぼけまなであくびをしてまぶたを左手の甲でこすりぱちぱちとしばたたかせてあたりをみやる。クセっけの天然パーマが人差し指と中指に絡んでそれを邪魔したがこれはいつもの事。ぼやけた視界の間には人は見当たらず、家具などの身近な日常の物体と静けさだけがあり、一階らしき証拠を探ろうとあたりをみても、家具をみたがそこに見覚えのある暖炉やテーブルはなかった。本棚や背の高い木製のテーブル、何者かの書斎じみた部屋があった。それは昨日みた食卓のものと違う机だった。そこで彼はその場所が慣れ親しんだ建物の一階ではない事を理解した。

 (う、うう、まだ目が……)

 彼はまだはっきりをはっきりとは覚ましておらず、周囲の確認もしたいともおもったが、現在の事も気になってそのまま鈍い頭で昨日までの出来事を一人、ふりかえろうと試みる事に決めた。そういえば、と睡眠の途中で一つ出来事が思い当たった。昨晩午前2時くらいに一度目を覚ますと、カイという青年は暖炉のそばにいてまだ起きていて、火の様子をみていた、暖炉はつぎはぎだらけでところどころ風がふきぬける、そういってカイは寝ぼけた自分を二階へいって寝るように促した。だから少年は昨晩、促されるままに従い、カイの手を借りて階段をのぼり二階のその部屋へ入っ眠りについていたのだ、つまりここは、ここは二階だというなら頷ける、昨晩ちらとみただけで勝手を理解していないはずなのだ。まだ自分の意識によってしっかりと観察した事のない部屋。どおりで、この部屋にまるで見覚えがない気にもなるはずだ。自分はまだこの部屋の家具や配置、その隅々にいたるまでまるでくわしく馴染みをもって知らない。そもそもこの建物自体にも愛着もないしこの建物全体がどうなってるかもわからなかった。

 仕方がなく辺りを見回していると、部屋に散ら辺目られた様々なイス、机、ガラス棚にかざられた陶器類の模様はシックな印象、この建物のどの場所を見渡してみても、これほど落ち着き払ってシンプルなものはなかった感じがあった。壁紙にはきみょうな渦と白黒まだら模様がならんでいた。ここだけ特色があり景色が違うのだ。十字の木でくぎられたドアからは大きな一本の木がみえた。二階は一階よりも恐ろしくきれいで、少し布団をはいでてとぼとぼと歩いて出入口とみられるドアのあたりへいくと、書斎とみられるひとつ隣は書庫、もう一つとなりにはキッチンと思われる一室がすぐ脇に降りるための階段がみえた。そのキッチンと思われた一室には冷蔵庫やテレビ、目新しい本もあり、振り返って自分のいた部屋をみると簡素だが、姿見鏡とベッドがみえる。ドアをでて廊下まで歩いてきてはみたが寝ぼけてよろけながら歩いてそこまできてその感覚がどこかふわふわと非日常・非現実じみて感じられていた。そこで突然に自分の置かれた状況について把握して鳥肌がたった。少年ケヴィン、彼は世間でいわれる誘拐のような状態に置かれている事実を思い出したのだ。実際そうは考えていなかったので、ケヴィンはフンとひとつ溜息をつくように鼻で笑ってもう一度いた部屋のベッドへともどった。


 その後、少年は頭を整理するとまた一息ついて、今度は溜息ではなく気合をいれると新しい日々のために意気揚々とベッドからおり、階下へ降りる用意をした。軽くのびをして、何気なしにそれに合わせてうーっという声をあげた。周りをみて、ベッドの側面にたてかけてあった、家からもってきていた自分の肩にかけるタイプのリュックをの大きなジッパーをひらいて、覗くと教科書類の中身を確認した。そばにあった木の机において筆記類の異変のなさに安心すると、それをしまって。もう一度出入り口の扉を開いて頭だけだしキョロキョロ廊下を見回した後、一階へ降りる準備をはじめた。途中、特に変哲もなく階段を下るとその音に合わせて、男性の声がきこえてきた。

「おはよう、おきたかい」

 一階廊下を抜けリビングへ行くと、リビングの食卓のテーブルの上には、大きな皿の上にサラダや朝食のフランスパンが用意されていた、カイからは、カイ自身の名前が入ったルーズリーフ、昨日の自分自身の誘拐騒ぎの事をつげられ、今日は人が訪ねてくるという話しのメモがあった。メモの下の注意書きを確認すると、その訪ねてくる人というのはファミリーの相談役らしい。

「どうしてメモに?今僕が目の前にいるのに」

 そう尋ねるとカイはキッチンで何かしら料理をしているらしい。それなりに味のある灰色のエプロンをした青年は、ケヴィンのほうをカウンターをまたいで覗き見て、こう切り返した。

「まあ、俺はわすれっぽいからな、それに、そこにあるのは本当、君の観察力を試してみたかっただけのこと、君はそれに気が付いたし、面倒な説明や回想が省けるだろう」

 ケヴィンはその言葉に引っかかるものを見つけた。なんだかこの人は“第三者の目”で傍観しているような物言いをしているな、と。彼に目を合わせて、キッチンの手前にあるカウンターの置時計に目をやると7時、しかし彼は早朝7時だというのにもうすでにきちんとシャツとスーツとスラックスで出勤準備ばりばりのサラリーマンのように、身なりを整えていた。まるでこれらの誘拐が初めから彼がしかけたものとでもいうかのように、その髪もワックスで清潔に整えられていた。

「君と練習をつみ、そしてある程度の武力を手に入れてもらいたい、これから君をかくまうつもりなんだ忙しくなる、俺はジンクスファミリーというマフィアグループに所属するマフィアの構成員、昨日いったように“カイ”という名だ、覚えておいてくれな」

 ――“マフィア”の関係者?……確かに昨日、そうささやかれてはいたが、曖昧な昨晩の記憶の中では、暖炉の前でひざを片方はらにかかえ口元を隠し酒をすすっていた彼は、暖炉を眺めていてこちらを見ていなかったので、そのしぐさは訳ありげ、何か隠し事をしている様子にもおもえたので信用は半々だった。たしかに彼の威厳ある容姿と、その黒スーツの垢ぬけたしつらえと着こなしは、どうも異様な雰囲気をまとった。しかし、それだけでは彼は、本当に裏社会に行き、あるいは暗い過去を持つ人間に思えなかった。というより、悪い人間には思えなかったのだ。

(しかし、確かに僕を助けてくれたわけで)という頭の中での錯乱にケヴィンの寝起きの心境はそんな複雑な所であった。

 「ああ……ついでに紹介させていただくが、この拠点は“廃拠点ファラリス”僕らはこうよんでるんだ、君にはなじみがないかもしれないがまあ、ファミリーの所有するひとつの隠れ家というわけさ」

 そう紹介されたその朝から、彼の時間は非日常の外に置かれた。まるで平凡からはじき出されたような感覚は妙な浮遊感とやり場のない感情をつれてきた。その拠点がしばらくの居住地になることは覚悟していたしもうその時点でこれからの不自由さは納得できていた。そもそも昨日の本物の“誘拐”から、なにこれからは非凡な生活がまっているだろうし、なにより学校へいけないのだ、カイは知性を感じさせそして確かにあの二人のマフィアから助けられた恩もあったが、現状、何の前触れもなく連れてこられ、昨日までは外の景色を見せられる事もなく、本人も眠気によってその余裕もなかったため、後からすると、ケヴィンはその朝、訪問者の来訪によってはじめて玄関から見る外の景色をみた。それをとめもしないカイの態度に安堵をした。

その時の事を少年はよく覚えている。“久々に自然をみた、それと同時にフォレストベーレに近いものを感じた”しかしあたりのどの風景をみても、自分の見知った場所ような田舎町といったではなく、むしろもっと静かで全く人通りも人気さえもない場所にみえた。その場所は現実の近代的社会の暮らし、利便性のある近代的な社会生活、都市の社会などといったものから隔離された空間で、木々のうっそうしげる森と大自然だけが広がっていて、その中にぽつんとあるこの少しつぎはぎのある家の事を想うと、その時ふと彼は孤独を感じ、これまでの日常とその場で生活していた自分の毎日を、それから物理的にも精神的にも、今自分が全く遠くの閉ざされたべつの場所にいる事を覚悟したのだった。


 その後、その日朝の段階では二人は小一時間ほど談笑したり、互いの自己紹介などといったものをすませた。ケヴィンの胸の中には、優しい祖父ヴラドと、優しいアラベラの姿が思い浮かんだ。彼はいずれ大人になるのはそうなのだがこうした危ない形で自分に何か社会的な選択が迫りくるものだとは考えてはいなかったし、自分の両親を紹介する段になっても、未だ自分の両親に憧れを抱いて、科学者としてまたは技術者としてサイボーグ技術とかかわりを持ちたいと思っているなどとは口を避けてもいわなかった。ふと、直近の話になり、ケヴィンはあの日――クローファミリーに目を付けられたその日――の事を話題にだす。その途中で二人の中で、昨日の事を事細かに話題にだした。

 「まさかマフィアのいざこざにかかわる事なんて想像だにしていませんでした」

 なんていったが少しそれを補足しようと、優しく感受性豊かな少年は、自分の頭のクセっけをひねりつつも考えた。

 「あ、でもカイさんには、まずは助けていただいたこと、ここでひとまずお世話になっている事は感謝しています」

 そのぼんやりとしたあらすじについて互いの記憶をすり合わせ、分からない部分についてカイはケヴィン少年に補足して説明した。マフィア同士の関係性についてもその都度詳しく説明をしていた。ケヴィンが寝起きの頭でぼんやりした様子で把握できたことは、昨日ケヴィンを追っていた二人組は、カイの所属するマフィア“ジンクス”ファミリーの敵対関係にあるグループの“クローファミリー”の下っ端、という事らしい。やがて小鳥のさえずりや虫たちの声が聞こえてきて、ケヴィンは楽にしていていいというカイの言葉通り、同じリビングの暖炉の前で、カイが手入れする拳銃、武器類などの装備品を手入れしているカイの傍らで一人で好きに遊んでいた。

 しばらくすると、一階のまっすぐ続く廊下の続き、ぼろい木造のドアの鐘がなり、ドアが二回、立て続けにこんこんと音をたてて鳴らされた。その前に車のエンジン音を確認していたカイの反応は早かったが、その反応の速さと、エンジン音に気がつかずぼーっと本をよんでいたりしたケヴィンは突然の事にびくっと肩を震わせたのだ。その性質は職業柄、といっていいほどの素早いカイの反応、まさに彼が波大抵の人間の身体能力を有している訳ではないと感じさせた。外から見るとボロ家だが、中は案外しっかりしている、フローリングも新品に見えた。ただ、演出か本物か天井には不気味なシミやちぐはぐな継ぎ目がいくつかみえたがどうやら構造は割りとしっかりしているようだ。

 「はい」

 カイが応答する、その右手に人差し指を下に向け、カーテンの半分閉められた窓から日光が反射してキラリと光る何かを構えている、はっとケヴィンはこの自然の環境を思い気が付いた、いつか幼少の自分に、それを自分は訓練した事があった。それは拳銃だ。左手でドア中央に手をつき、覗き口を見て相手を確認すると、どうぞと声をかけ、かまえていた拳銃をポケットにしまった。ほどなくして向うの側からドアが開けられた。と思ったがよく見える位置で移動してみると、そうではなくカイが片方のドアでノックしたあとどうやら自分から客を招き入れた事がわかった。

 「こんにちは」 

 「多分知り合いだ、用心しているが、ちょっと身を引いていてくれ」

 カイはそうして少年をせいするように手の拳銃を持つ逆の手を胸のたかさにかかげた。朝、カイのいう人物がその家を訪ねて来る予定が入っていたのだ。こっそり廊下から玄関を覗いているケヴィン。

 「ふう」

 ドアが空き、安堵したのはケヴィンだった。ケヴィンはその人物と、その人物の背景にちらりと見えた外の様子を見る。別に、窓から外を見る事もできたが、ケヴィンが、その優しい青年カイに対して信頼をよせてはいたものの、どこかで裏社会の人間とも見える恐ろしい雰囲気も持っていたので、それには許可が必要なように感じていた、あまり勝手をするのは得策ではないと思ったわけだ、そして、同じく今、扉の向うに立っている人間は、黒スーツの人物で、少し横幅に余裕のある格好は、雰囲気から、オーラ、といっていいのか、そういう物まで根底にあるのは全てやはり全ては表社会の人間ではないように思えたからだった。

 廊下からあがってきたその人にカイはケヴィンを紹介した。ケヴィンもその人に挨拶をしたが、まるで事情を知らない風を装った。実際何もしらないままだったからだ。ケヴィンはその後部屋に戻り、リビングのテーブルの前の椅子に腰をかけ、その様子をみていたが、カイが案内してきたその人物の印象はこうだった。

 長身、長髪オールバック、さわやか、胴長で胸が張って背筋もぴんとのばしている、まるでデパート売り場のマネキンのようだった。まゆげも細い顎も、やさしそうでつぶらな瞳も、親しみを覚え、どこか繁昌しているバー店員もしくは繁盛した不動産屋、そんな印象を思わせた。扉をあけて、森をせにして朝焼けかすれた声も少年の目には印象的に映った。

 ケヴィンがその後の動作にとまどっていると、一緒にそばに来て、対面のソファに座るようにいわれた。窓と水平に、透明なテーブルをへだてたソファが並ぶ。

 

 「ケヴィン君だね」

 「ベルノルトです、おはようございます、ボスの方針で、ケヴィン少年の情報を聞き取る事になりました」

 リビングに入ると相手方はそう名乗って、カイはリビングに案内する。そこでもう一度丁寧にケヴィン相手にも同じ自己紹介をして、律儀に大きな高級そうな鞄を取り出し、机の上にどさり、のせると中からいくつもの資料や、ノートpcを取り出し。少し待ってくれ、と話があったのでそのまま待たされていると、pcの軌道音がする、するとまた、シャキンと姿勢を伸ばしたまま、ケヴィンの方をまっすぐ向いて、ひと呼吸おく、すると、ベルノルトはケヴィンにむかって丁寧な説明を続けるのだった。

 正式にそのとき、教えられ、名乗られたことは、彼や、カイがジンクスファミリーというここナナシの街を仕切っているマフィアだという事、それからパンドラの東、隣町ダシという街のマフィア、クローファミリーというグループとの抗争関係について。そしてケヴィンが巻き込まれた事件とそのマフィアグループが関係あるだろうと、カイと彼の所属するマフィア“ジンクスファミリー”による推測がたっていること、そのクローファミリーは、ならず者の集まりのようで統率がとれていない危ない連中という事、今現在推測に基づいて調査中であるということ、彼の言葉遣い、態度、礼儀礼節、それらはまるで一般社会のきちん社会人然とするアンケートや聞き取り調査のようなものにもみえた。何より段取りが良かった。


 それから彼は少し席を外して廊下にでた。

 カイという青年は、自分から必要以上の事は話さなかった。卵型の縦長の大きな瞳、はっきりとした鼻筋、白髪が普通のその年齢の男性よりずいぶんめだっていた、まるでメッシュみたいだった。二人いるといくぶんこちらのほうが貫禄はあるのだが、どこかで意味もなくそわそわしていたが、コンシリエーレをなのるベルノルト(相談役と言っていた)、彼がきて間にはいったようになり、少し居心地がよくなった。

 「しばらくいるようにボスにいわれているんだ」

 リビング周りは暖炉のほかにはラジオや、姿見鏡、絵画などがあった。本もあったがとても古いもので、難しいものばかりだった。暇つぶしにみたりするが、ケヴィンにはあまり内容がわからなかったし、退屈つぶしにならなかった。ようやく人と話す感覚を思いだし、彼が仲裁にはいってからカイという青年もしゃべるようになったので、ようやく現在の状況や、彼や彼らの目的がうっすらと掴む事ができてきたという所だった。カイという青年は、どうやら本気で自分の事を救おうとしているらしく、初めは警察に渡そうとしていたが、警察とマフィアの関係は、このパンドラという街ではずぶずぶだった。なので否応なしにファミリーの方針に従わざるをえなくなったようで、それをわかりやすく説明してくれたのもベルノルトだった。

 調査という名目の、聞き取りが終わると、あとはケヴィンは、あてがわれた二階の部屋に行くように促された。昨夜の電話の件から察していたが、何かしら二人だけの話があるのだろう。実はケヴィンは、一度ではなく、何度かカイの物音によって意識を起こされていたのだ。なので、今から二人だけの話があるのだ、と大人の雰囲気を察したが、階段をのぼりきらず、その途中でうずくまり、ひざをかかえ、手を組んだ姿勢ですわり、両腕の上に頭をかかえ、つっぷして寝たふりをした体制でいた。


 (ジルさんには昨日会って、話して伝えてておきました、でも男女関係につっこむのは嫌なんですよ、これで今度何かごちそうしてもらえなかったら本気で)

 「すまない」

 とりこんでいる風で、ケヴィンはそちらを見ないように聞き耳をたて、やはり寝たふりをしてとぼけていた。時々聞こえる足音がスリルと恐怖を掻き立てていた。そのほかには、少しつよい春風が吹いているだけだった。

「……」

 ベルノルトはひそひそ声で、カイの耳元でささやき、昨晩、ボスのアデルに頼まれた事についてにおわせた。そうして細かな話し合いが済み、ケヴィンへの質問がすむとそそくさとその日、ベルノルトはその拠点をあとにするといった。それから、夜がきて、ベルノルトは拠点をさる前にカイがすぎさったあと、ぼうっと廊下に立ち尽くしている少年に小声でこういった。

 「助かったよ、僕らはあまり相性がよくないんだ」

 少年ケヴィンとしてはその言葉に複雑な心境になった。


 やがて、おちついてリビングでカイと垂れ流すテレビ放送を背にのびのびと本を読んでいると。カイはふと、思い出したようにベルノルトの話をもちだして突然ふいにこういった。

 「いずれジンクスファミリーの幹部になる人間だ」

 「ジンクスファミリー?」

 廊下に近づき、聞き耳を立てている事をさとっていたカイは、階段の上の、寝たふりをする少年に話しかけた。

 「おや、きいてなかったか?うちのファミリーの名前」

 「ああ、そんな名前でしたっけ?」 

 カイは溜息をつきそうになり、あきれてしまった、しかし、ベルノルトがここにきたのは、ファミリーボスの直々の命令があったからだ。

 しかし、一方で考える。その狙いまで、そしてマフィアの組織の全体の様子まで、この子供に理解できるはずはない、だからそっとした階下へ降りてくるように諭し、そして、今聞いたことを忘れるように、と諭した。

 カイは、ベルノルトがここへ来たのはボスの命令だと思った。事実、そうだった、ベルノルトのほうでは、“廃拠点”といわれるそのあばら家を出た後の態度は、舌打ちをしたり、小石をけったり、まあそのしばらくあとにはおとなしく、真っ黒の外車らしき自動車に乗り込んだのだが、それでも心はおさまらなかった。運転席のドアをとじる。その途端口がついてでた。

 「裏社会の人間が、どうして、小さな子供一人を救おうとするのだろう、ボスアデルは仲間に対して優しく、たしかに表社会を裏から支えようとする気概がある、けれどその少年にそれがあるだろうか」

 疑問や口は留まる事をしらなかった。車にのり込むと、こんな辺境くんだりまで、ましてや獣道をかきわけて徒歩で入る意味を疑ったし自分の正気さを疑った。ふと、煙草にひをつけた。それでも、なんだかわからない。ボスアデルに信頼をよせるからこそ、こんな疑問があっても付き従う。彼がコンシリエーレだからだ。そこにはおよそさっきまでの真面目な人間像とはかけ離れた様子があった。今朝の事を回想してみても、ボスが特別役職とはいえ、一構成員にかける期待はすさまじいものがある。昨晩もそうだが、ボスはベルノルトをボス・ルームに呼び出し、しきりにベルノルトにカイの相談や、ファミリー内のもめごとの情報を乞うたり、指南を要請する所があった。そこで今朝も例にもれず、執務室に呼び出されたベルノルトは、ボスの正面で彼の言葉をしかと見守った。それは、ただ見下げるような態度ではなくしっかりと掌をその膝の上におき、同じ目線で語り掛けるボスにかけるベルノルトの信頼の現われとして確かにそういう態度をとったのだった。

 (今度の事で手間をかけてすまない、だがあいつにもきっと考えがあるのだろう)

 もっともその時ベルノルトは彼をひいきする事には内心反対だったのだが。ボスが得も言われぬ魅力と器量を備えていることは日ごろの態度から信頼していた。そのときベルノルトの肩に手を当てこんな風に肩にぽんと手を置かれて、そう伝えられたのだから、ボスもまたそうしたいという願いを胸のうちに秘めているのだろうとおもった。

 (いいか、できるだけ手伝いをしてやれ、彼は組織をいくらでも変える事ができる、組織全体の程度を引き揚げる事のできる、特種なカリスマ性があるできるだけうちの組織にいてほしい人物なのだよ)

 ベルノルトの方でも、帰りの自ら運転する車内で思うところがあった。そういうボスの眼を、今朝 ベルノルトは、じーっとみつめた、ボスは彼に期待している、ボスには彼という特殊な存在に対する考えがある、しかりベルノルトもいずれはそのボスにさらに近い、良い地位に上り詰めたいとぼんやりとは考えているのだ。まあもっとも、それは彼の意識というより潜在的な奥の奥の意識、つまり彼の意図しないところで思考しているのだが。それはともかくそのためには今は我慢し、ボスの言う通り、彼をマフィア組織の中で特別扱いすることがふさわしい。それは、特に不満があるわけではない、ないわけではないが、我慢できないほどではない。ただ、怒りはあった。ボスは、なぜこの男に期待しているのか、疑問があった、ベルノルトという男にはカイという男の何がボスをひきつけるのか、未だにわからずにいる。

“なぜ彼、カイだけが“特別な役職名”をもった構成員なのか”

その事もわからないままだ。



 ・二人の男


 その夜。ナナシの街の東、東区のさらにすたれた繁華街の東にあり、ドリームランドと立て看板のある酒屋に、中はそこそこにぎわっていたがその奥の方の座敷の座席で酔っぱらった男がいた、太ったたれ目の眉毛のない、顎のでかい男。右腕はやけにでかく、持て余して椅子からたらしている、頭髪はモヒカンで、彼は話しのふし節にこれ見よがしに自分の名を使い、ソスランという名前を名乗った。グラスがカランコロンと氷を転がす音をたてて、酒はアルコールは薄いがべつの臭気をはらんでる。彼の左にはラヴレンチという名前を名乗る、背の高い男がいた。薄暗い酒場店内のカウンターに二人並んでいる。目のクマがすごく、下をみる目は黒目よし白目が目立ち、見る者に恐ろしさを感じさせるようで、そして、それはほかでもなく、一日前にケヴィン少年を追い回していた二人組だった。

 その時、入口でドアベルが音をならした、冷たく短い音だったが、店内にかき消されることもなく、人がそう多くないこともあってみなそちらをむいた。女性が入ってきたので興味ぶかそうに男たちがみていた。

 「ごめんなさい、だーりーんまたせたーん?」

 雰囲気が変わった、すぐに目を背けるものもいた、奇抜な客が入ってきたのだ。どはでな変な色気のある声をつかって、化粧の濃い、得に眼が紫色のアイシャドウ。肩から背中に目立つふたつの巻き髪。色の白く派手に髪をつくろった女性が入りぐちからグラスを揺らす二人のほうへ向かってきた。ソスランという男はその女に片手をあげて自分の居場所を示した。二人のうちの一人の背の高い男、ラヴレンチは二人にそっぽをむけてマスターとボソボソと話始めた。三人は店の丁度中央にいたが、背中の大きなラヴレンチは坐っていた座席を腰をおとしたままの姿勢でずらした。二人は和やかに、まるで恋人かのように振舞っていたが、実際ソスランは、ラヴレンチにも、それほどの仲には至っていない事や、ただの気まぐれの女だという事をいっていた。

「この街の象徴をしっているかい、リサ」

 後からきた派手な化粧のリサという女、モヒカンで小太りのソスランと親しい間柄にあるらしい、すぐにその女性の肩に手を伸ばしたのがソスランであって、女性も嫌なひとつみせないのでそそくさと自分の隣に座るように命じて、ソスランは肩にまわした手を躊躇なく腰へのばした。女性は嫌がるそぶりもない。その関係性にラヴレンチはまるで関心がなかったが、二人で飲みにきた以上、ここでこうしてソスランが酒を飲み終わるのを待たなくてはいけなかった。ラヴレンチは女性にあまり興味がない、彼の心の中にあるのは格闘の事だけ、だから彼はそして掌に力をこめると前腕がむくりとおきあがりつねに緊張に見舞われている彼の感覚が軽い運動を始めた、彼は酒によわい、水をのんでいた。そしてこの女性のあからさまな嬌声にも、偽物じみた化粧にもにた表情にも嫌悪感を持った。香水の匂いがひどい、2、30分ほど我慢をしていたが耐え切れず仮眠をとる事にした。女性が何か疑わしい態度をとったとしても、ラヴレンチは、ソスランが何とかするだろうと考えた、一応は兄貴分なのだ。

 【アニキィ、少し寝ますわ】

 【そうか】

 そういってかいわずかのうちに彼は両腕をくんで、カウンターにうなだれるように倒れた。

 (う……ううう……)

 そういう声をたてたあと、肩は前に崩れるようにもたれかかり、数分もすると、両腕をくんだまま真横にカウンター席の隣の空席分を占めるように二つの座席に横になって寝込んでしまった。次に目を覚まし、目を覚ましかけた時は、ソスランに揺さぶられたときだった。しかしそれにも、う、と声を上げる程度の反応しかしめさなかった、だからただ聞えて来たことが、自分に対してその正解を求めるような話題だった事は耳に入って覚えていた。

 「なあ、適合試験の事を覚えているか」

 「なあに?なんでしたっけそんなの」

 「サイボーグ適合試験、あれがなければだれも自分の血液と、それにそぐう形のサイボーグ技術と結びつかない」

 楽しそうなモヒカン男と厚化粧の男女の隣に座る、酒に弱い長身男はマスターやほかの客にからかわれ、呼びかけられているものの、飲みつぶれていて反応はうすかった。彼の目にはパンドラの機械と科学的な街並み、電線や近未来的ラインの入った都会的町並みなどといったものより、もっと大自然のほうが頭にあった、その中で狩猟をしたり、日々の生計を自然と対話してうちたてた、その記憶がかすかに彼の脳裏によみがえる。しかし、男女――ソスランとリサその女は、その話をしていた。

 「……“生命維持等に関するCAS・CLO法”それはパンドラ国民、いやアリア大陸全体に補償された特別な権利」

 ここからソスランの、まるで説教のような言葉が始まる。眠気のつよいラヴレンチにとってはまるで教科書のような言葉の羅列と陳腐な自尊心が垣間見えた。

 「――かつて、かつて大戦によって壊滅的な打撃をうけた人類と及び文明は、(制約された文明)“リミットテクノロジー”科学と科学者を排斥し、軍事技術に制約をかけ、“旧文明の遺産”である“”マーニアただその痕跡を医療にだけ託した、勿論、それによって生まれた、この国特有の、新たな時代の社会保障制度、この国の子供は6歳の時に、全国民がサイボーグ適合実験を受ける事ができる”もうひとつ、“一度蘇生法”この法が出来た理由も、サイボーグ化の意図も、“機械天使の物語”の伝承をもとにしている、科学技術の発展に寄与する為、全てはこの国の特殊な成り立ちによって説明できる、これほど世にサイボーグが出回り、そして貧乏な人間も様々な形で義手義足があたえられるわけもここにある。“十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない”どこか遠くの小説家のそんな言葉があるが、この国の成り立ちは、まさにそういう人、ものごとの集まった結果、結晶といえるだろう。パンドラはそのためにあり、全世界の科学、産業、経済を発展させ、ゴミと同じ数だけ宝を生んだ、パンドラは禁断の、危険な未知の科学に半分手を突っ込む変わりに、国民に相応の報酬を与えた、逆にいえばそれがなければ、科学がもたらした大規模な戦争によって滅びたこの星で科学は手放しに受け入れられなかった」

 そこでモヒカン男は箸休めに、グラスにはいった酒をのんだ、薄味の、そして水でましたアルコールを匂いでごまかした、安っぽい味がした。

 「しかしな、軍事技術と医療技術の境目をつくったのは後の人間だ、別の利権や団体が絡んでいるだろうが、西の大陸、エーダフォスにある、マーニアの塔をしっているか?、良く知られた事だが、あれは地中に埋められている、あれの周囲では、そこに古くから住み着いた現住民族が、同じような塔をたてて、自分たちにも輝かしい文明的暮らしがおとずれるという宗教をつくり、カーゴカルト化している、だが実際それも無理はない、あそこから現代の科学者は、科学の土台を手に入れているのだ、あれには旧文明の英知がつまっている、だが階層がしきられていて、階層ごとに強固にセキュリティがかけられていて、上から上って入る形の奇抜な“塔”だ、現時点で世界的には、32階層までしか下れない、そこまで上限が作られているが、まだ下がある、上から順に下るとして軍事に関係する技術に遠いものから遺産として、かつて滅びた文明人の中で戦時中“平和を求める人々”が残した、あれは宝の塔だ、滅びた文明人たちは、俺たちに遺産をのこした、しかし厳密にいえば、医療技術と軍事技術の境目なんてないのかもしれない、事実、サイボーグ化によって体を半分機械にした人間たちによって、その体はたしかに強化されることもあるのだから」

 はたで聞いていた<パンドラとサイボーグ的人権>それに心当たりのあった話し相手の女性、リサは、サイボーグ適合試験の記憶と、教育によって得ていたそれなりの知識を思い出して、しかし定かではない記憶をもとに、こうした話題が不得意であるふうに彼女は消え入りそうな声でつぶやいた。

「COA(※Cybernetic Organism Archetyp)COAの事をしっているわ、COA、人体改造によってサイボーグ化された体の義手義足、あるいはほかの機械的臓器移植器官そのもの名称。そしてその中のコアと考えられるのが、CLO (Chain linked organization )コア自体には、人工DNAを組み込んだいくつかの性格と呼ばれる型があり、それに適合する性格型はいくつかの分類に分かれている。DとかFとか、あったわね(D~F、さらにD1D2等、全部で6型)、これによって占いを立てる人々もいるわ、信じるひともね」

 そういってリサは自分の体の一部をさわった、それは小指だった、彼女の小指はどういうわけか、機械でつくられていた。そうしたすべては、この国が禁じられた技術と滅びた文明の境界を礎に成り立っていることを指し示していた。

 

 長身のラヴレンチの耳に寝ぼけまなこで聞こえて来た話は、そんな話だった。


 閉店とともに、店の外の裏路地で吐しゃ物をちらかしたラヴレンチという長身男は、もう一人の太ったモヒカン男のソスランとともに、体を支えられ歩いていたものの、酔っぱらっているのに、まだ女との会話で調子にのっているソスランに歩幅を合わせて、店を出た十軒先まで来たあともまだ満足げに、延々

話し続けるソスランの話をきかなくてはいけなかった。

「なんで疎まれてるかしっているか?ファミリー間の戦力は拮抗しているんだ、だがうちはな、安定しないんだ、嫌われ者のクローファミリーさ!!」

「アニィ、安定、それがそう問題でしょうか?、それよりアニィ、もう二日もボスのところへ顔を出していませんが、そろそろ首にでもなるんじゃないでしょうかねェ」

 相槌だけでは満足しないだろうと思ったラヴレンチは、酩酊状態のせいでよわった頭で、面倒な人間の話し相手をしなければいけなかった。

「いいんだよ、それより話を聴け、俺の話をな、大事な話なんだ、全てにかかわる、これから起こること、全てを予期しうる。うちはな、最も嫌われるのだ、そういう不安定な状況は、どこでもそうだが、不安定なものは安定を求めるもの格好の、エサなのさ、しかしお前は特別お前、お前だよラヴレンチ、お前はボスのお気に入りで、ファミリーの“秘密兵器”と名のつく格闘家じゃないか」

「しかし、アニィ、あの坊主は人違いだったじゃありませんか、ほかにそれっぽい小僧をみつけたわけでなし、このヘマをボスがしったらどうなるかわかりませんよ」

 月明りでやっと見える、細長い顔をした、おどおどした様子のラヴレンチをよそに自信満々で兄貴分は話をつづけた。

「いや、見逃してないぜ」

「へっ??」

 すっとんきょうな声をあげたラヴレンチを傍目に、街燈の薄明りがてらすだけの、店の三軒先のファミレスの路地裏で、肩を抱えて歩きながら、面倒なモヒカン人間は得意げに鼻を書いた。

「スパイがいるんだ、“ドブネズミ”っていう名で通っている情報屋さ、この後も俺はあの小僧を追える、勘違いという言い訳もたつさ」

 しかし、それだけでは不安だ、そんな様子に気がついたように、顔をそらし、しかしずっと前をみながら、酔っぱらっている子分の肩をリズムよくおして歩来続けるしぐさを促しつづけた、そして背中をさすっていたのだった。

 所でソスランだったが、彼は彼で先ほどから特殊な動きをしていた、なにか後ろへたおれかかりそうな、掴まれているようなしぐさでよろよろしていたのだ。ソスランは、思い出していた、昨日の出来事を、思えば始まりは、ボス、クローからの頼まれごとだった。早朝クローに呼び出された彼は、大きなおごそかなテーブルの前に座っている、どこかの大企業の社長のようなクローにこう声をかけられた。

 (ある子供が、悪さをしているみたいでな、ゴーストという事にしておいたが最近悪さがさらにひどくなってきた。

 調査した初めは、幽霊が悪さをしている、という事にしておいて様子をうかがっていた、そもそも始まりは構成員の行方不明だ。その後、行方不明の構成員が、できるはずのない仕事をしていて、しかし最近になって資金をかすめたり、他の構成員に悪さをするようになってきた、どうやら、奴の子供みたいなんだ、だからちょっくら痛い目をみせてやってくれ、程度はまかせるが)

 ボスがいうには、準構成員が音沙汰が亡くなったと思ったら、そのあげく、突然前よりもいい仕事をして、大した報酬も求めてこなくなったという以前と正反対の人間像で、その変化におかしいと思っていたが、つい最近、別の下っ端、準構成員にその様子を探らせにいったところ、どうやらその準構成員はすでに亡くなっていたらしく、今、だれが彼が担っていた仕事をやっているかといえば、彼の抱えていた隠し子だったらしい。


 「なあ、ちょっと公園へ」

 「アニイィまさか……」

 ビール瓶をもって、片手でごくごくと歩き飲みして長身男の横にいたモヒカン男ソスランは、唐突に顔を真っ赤にして訴えだした。

 「公園へ、公園へ、いきてぇ……」

 弟分の思った通りで、彼は吐き気を催し、訴え、その後1キロ先ほどの公園へより、ゲロゲロゲロ、と吐しゃ物を吐き出した。

 「な、なあ、ちょっと案内したい場所があるんだ、この後いこう」

 「でも兄貴……」

 いいからいいから、そういって肩を叩き、自分の指示に従えと促したが、吐しゃ物のにおいで二人とも臭く笑いあっていた、まるで兄弟のようにで同じしぐさをして深夜の公園を騒がせていた。その中でもどこか冷静に、それは先に出会ったリサにむけた語り口ともまた違い、ふいに突然に新しい目的地を伝えた彼は、だらしない酔っぱらった自分の態度、その情けなさと、決まりの悪さに、何かしらの変化を求めただけのようにも見え、苦し紛れにも、それはラヴレンチの問いに対する答えを与えたのようでもあった。


 酔いつぶれた二人はさらに下の準構成員(アソシエーテ)、この近辺に居住している子分を電話でよんだ。子分は安っぽい軽自動車で二人を迎えにきて精いっぱい礼儀をつくしたが、狭い車内、たばこ臭く、移動用に頼んだものの、酔っぱらっている二人組のためやはり車内に対して少しの不満や、愚痴をこぼされたりもした。車窓から見える景色は東区のものばかり、青白く光るライトはコアの証、コアを持つ義手義足、機械の部位をもつ人々がたくさん見えた。ラヴレンチはその性質から、黙り込んでいる事も多かったが、ふてぶてしい顔をしたソスランは汗をかく準構成員に延々文句をいいつつ、方角や右左、道案内をし、やがてじりじりと三時間ほどかけて、彼の目指していた目的地へとついたようだった。

 そこは東区と工場が建ち並ぶ閑静とした場所にあり、すたれた廃屋のたちならぶさらにおくに切り立った崖がみえて、そのすぐ下に、ソスランは手下にそこに車を止めるように命令した。

 「さあ、ついたぞ」

 そういってあごでおりるようにうながすソスラン、ためらうようにラヴレンチも助手席に律儀につけていたシートベルトをかちゃりと音を立てて外す。

 「兄貴、ここは……」

 見ればはるか上空、きりたった崖の上に名前のない看板がたっていて、そのすぐ下、つまり車がつけた場所は獣道をきりひらいて、ちょうど国道ほどの幅のある開きを持った場所があり、その奥は私道へ続いているらしい。

 「俺たちの拠点だ」

 そういって、ソスランは車から降り立った弟分のぽんと肩をたたく。弟分のラヴレンチもたしかに聴いたことはあった、少しまえからソスランのことについてクローファミリー内でも噂がたっていた。彼が、ソスランが何か悪だくみをたくらんでいて、そのための拠点を用意している事を、ラヴレンチも聞いたことがあった。

 のっしのっしと幅のある巨体をゆらしてその断崖をくりぬいた階段状の通路を上がって行った先に、彼の拠点があった。下から見たのと同様の、立て看板はたっているが名前はなかった。彼いわく、これはナナシの拠点なのだという。少し踊り場にもにたスペースをかまえていたが、柵もない断崖絶壁にはかわりはない、初め見た時その様子に彼は恐怖した、その右側をみると、岩肌をくりぬいた玄関らしきものとドアがあり、その随分前にさきほどの立て看板はあった。

 「この奥に何が」

 「まあ、はいれ」

 ガチャリ、そして中へ入る事をすすめる兄貴分。あの噂話、それは本当だったのだ、それは東区のさらに東のスクラップ工場の脇にあって、山のふもと、岩盤をくりぬいた場所にある、あまり大きくはないが、細長い洞窟だった。噂通りであれば、それはソスランの、秘密裏な計画のための施設であるように思われる。

「あなた、何を考えているんです?」

 クローファミリー内ではラヴレンチは地位は同じだが、年齢や成果によって細かく評価があり、その分では上の立場であるソスランには敬意をはらっている、こういう謙虚さとか、律儀さは細部までかかさない男だった。

「謀反ですか?」

「地道にな。」

 そう返事がかえってきたが、蛍光灯の整備されただけの、そして奥に鉄格子や、突き当りに小さなぼろのドアがある意外には何もなさそうなその秘密の拠点は、クローファミリー内部で一部の構成員が謀反を起こすのには、あまりに粗末な程度の財産に見えた。しかし、その姿に、異形のボス、モグラという異名を持つ自らのファミリーのトップ、クローの姿を思い浮かべたのだった。


 


 夕方ごろ、街の北では騒がしく、昨日のある建物に起った出来事がその余波を持ったまま近隣の人々をにぎわせていた。それは誘拐騒ぎ、そのせいで、大きな庭木小さな庭、苔むして、ツタの葉が這う塀にかこまれている、ケヴィンの住居のある、アパートフォレストベーレは大騒ぎ。

 フォレスト・ベーレのケヴィン少年失踪の件は、近所でも、付近でニュースになっていた。地元テレビ局、ニュースでも取り上げたほどだった。

 それはひとえにこの事件に明確の理由のない事、少年の不可解な失踪によるもので、重要視した警察がそれに真摯に向き合ったからだった。彼とともに住み、彼の世話をしていた、祖父のヴラドも、趣味のコーヒーや紅茶をしているひまもなく、慌ただしく入る知人からの連絡や、ケヴィン両親の声、何処の誰とも知れない人の気づかいの電話や提供される情報などに辟易しながらも用意していた自分のメモ、日記など整理していた。警察からの情報、親戚への連絡などに追われていた、彼もまた気が気ではない。そもそも彼がこの国に引越すことを、少年ケヴィンにすすめたのだ。それはこの国の特殊な環境、最先端をいく科学研究に、少年の才能を発揮してほしいと考えたからだ。


 大家エメは、ケヴィンの心配をしていて、失踪前最後に会った人間として、責任を感じて、始めは忙しさやわずらわしさ、喧噪などは気にしなかったが彼女も関係者であるため、それはそれで大変な目に遭った、昨日のゆうがた、最初に警察に連絡が入ったのは、ケヴィンの祖父からだった、警察もそこで有力な情報を得られずケヴィン少年の消息をおったが、よくよく調べると少年失踪直前の情報をしるのが、彼女しかいなかったのだ。

 「確かに昨日、通学の前にここにきたようでしたが……」

 「それをなぜ早くいわないんですか!!」

 どすどすと、ほとんど許可なく上がり込んできた、怒気をあげる警察をよそに、ぽかんとして、ケヴィンの喪失の心の空白を感じて立ち尽くすエメ。彼女の部屋はくまなく調べられ、たまたま部屋の中に仕掛けてあった、防犯カメラでも異常は見つからなかったのですぐ解放された。すぐと言っても午前はまるまるつぶれていた。そこで疲れ果てた大家エメは、昼食もとれず、ぼーっと、どこかまだ夢のようにかすんだ意識の中、うつぶせになってリビングの、背の低いテーブルにつっぷしていて、とある夢をみた、それはもちろん昨日、家を出た後突如ゆくえ知れずになってしまったある少年、“ケヴィン”の夢だった。

 やがて外の喧噪に気づき、少し目を覚ました。

 「あ、私、夢を見ていたんだ、久しぶりだな」


 目を覚ましたのはその一時間後くらい、アパートの塀を取り囲み、数台のパトカーをとめて、警察官数人がアパート周辺をパトロールをしていた。野次馬の騒々しさは昨日よりましだが、それでも2、3人は引き続きさわいでいた。まったく暇な人たちである。午後18時だった。エメはひどく疲れきっていた。理由としては突然、親しかったケヴィンが突然いなくなったこともそうだが、それは前日から、こっぴどい事情聴取を警察から受けた事もあって、体力的にもおいつめられていたのだ、それでも、少年の事を

心配して、時に涙をにじませて、自室でおとなしく片付けをして、その間には、時々自分の過去のアルバムをだしたり、古本をひっぱりだして、あるいは詩集をひっぱりだして落ち着いた時間をすごしていた。その中には変わったものもあった。

 どうしても高価としか思えない財宝らしきもの、金塊らしきものやダイヤ類があったのだ、それを見て誰にも見られないように小型の金庫にしまったりもした。彼女の怪しげなしぐさは、彼女の過去を示す手がかりなのだろうか。

 やがて夜に近づくと、いつもいじっている携帯端末、スマートフォンは足を崩して座る、本棚前の彼女の左足元にあって、彼女は、自室の透明なテーブルの上にうでをくんで、テレビをつけたっままで時折数十分ほど、自分でも気づかぬうちにねたり起きたりしていた。その中で彼女は夢をみた。

 ——昨日彼女にかかってきた不思議な電話。警察が帰ったあとにかかってきた電話の夢だ。

 「だれ?」

 「今は名乗れない、もし信用ができなければ、電話をきってくれ、しかしあなたはこの言葉に聞き覚えがあるはずだ“エスピィミア”」

 電話をとったのは、シャワーもあびて、眠る用意をして、ベッドの中ではいってねむっていた午前2時の事だった、疑わないはずのない奇妙な電話だが、彼女はそのとき、がしゃり、と通話をきったりはしなかった。

 「カイ、いや黒鳥といえばいいだろうか、ケヴィンは彼が預かっている、だから心配するな、紅鳥」

 「ケヴィン、どうして、あんな、自分を信じていないような奴のところへ。あいつは、あいつは、黒鳥なのよ、あいつはカイは……」

 エメとカイとの関係、この独り言の事情も意味もまだ、誰にも知られる事はなかった。それは、昨日掛かってきた電話の相手と取り交わした電話の記憶。


 その夜、警察も帰った午前3時ごろ、ある人間が彼女の家を訪ねてきたときのことだった。夜中、彼女の部屋、物音が響いた、チャイムではなく静かに部屋のドアがコンコンと外側からなった、うとうとと、今と同じような格好で、ただ暖かくコートをはおってねむりかけていたが、その音に気付くとすぐにおきて、玄関へむかった。そこにいるのは、ベルノルトだった。

 【ジルさん、カイから“黒鳥”から言伝を預かってまいりました、ベルノルトです】

 「カイから?」

 夕方、エメのもとに一本の電話があった、それは、ベルノルトからの電話だったのだ。だからこそその深夜に応答したのだが、思わぬ過去の知り合いとの思わぬ縁が通じたのだった。

 「カイさんから伝言です、貴方に手伝ってほしい事があると、あなたのかつての相方から、あなたの知人、大切な人を救うために手伝ってほしいと……」

 「エスピミィア……カイ、生きていたのね」 

 まるで暗号のような会話を取り交わしたあと、また次の連絡を取り交わす約束をして、二人は別れたのだった。


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