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プロローグ


 我々地球人類の生活し発展する基盤である、生活する天体“地球”とその星系からはるか幾ばくか遠く何億光年も天体と星系とを隔てた深い宇宙の果て。観測されず、あまり知られていない場所に、美しいある惑星があった。そこでは地球人類が夢をはせたように別の惑星人が暮らし、知られないまま生活を営んでいて、同じような文明が営まれている。人の想像が及ばなくとも、その幻想は確かに存在していて、そこでも同じような人類が同じ悩みを抱えてせわしく日々を生きているのだ。そうして人生を費やしたある老人が昔を振り返りつつ語る。

 それはこの話の語りべのロム医師だ。彼は人間くさい人間だ、けれど未だに、人間くさくは成り切れない。それは文明が彼を半分機械化して、それによって彼の片方の目が稼働させられているから。彼は老人、そして決着のつかない物語の語りべ。彼もまだ、“幸福とは何か”その問題に住み家とともに苦悩していた。

 【私の、彼等のための物語はどこに存在するのだろう?私にとって幸福は身近なものだが、彼等の事を考えるとその幸福について考えさせられる、彼等の物語は?人々の間に存在したのだろうか?少年と青年の居場所とはどこに、家族やそれに近しい親しい間柄は彼等に与えられるのだろうか】

 それは老人なりの問であり、同時に願いでもあった。



 地球の人々の見る夜空から随分と離れた場所、天の川の銀河系のかなた。宇宙にきらめく星々の合間の暗闇を幾光年も超えたかなたの宙で、銀河系よりさらに遠い暗い闇の底に、天の川銀河に似た銀河があって、地球によく似た惑星があった。惑星エルだ。その惑星では、地球と同じような人類が似たような今と私たちと同時期に存在していた。太陽ににた恒星もあり、植物も咲いた。それが生物の居住に適切だったので、その惑星にも地球と同じように人間に瓜二つの人類が住み、その混沌とした歴史さえも地球によくにた惑星だった。

 かつてその惑星に栄えた人類は、かつて栄えた頃、村や町、社会が勃興し、大きな国々、大陸を支配する多種多様な民族、文明の栄華を誇る前衛的文明に栄えて人類の永遠とも思える旺盛な繁栄を見せた。魔法科学や錬金術も、地球でいえば疑似科学と思えるような観測方法も発達していたというが、近ごろではその歴史も感覚として遠い。栄華を図ったその旧文明が栄えたのはそれははるか昔の事だからだ。三つの大陸を隔てた文明は一つに収束することにもならず、かといって多数に分かれて均衡を持ち続ける事はできなかった。約100年ごとに騒乱はおき、いくつもの国が栄えては立ち消えていく、それらは惑星上にいくたもの混乱をもたらし、科学が進むと同時に軍事もまた進み、いくつもの戦火がおこった。その結果として、人々は間違ったものにすがり、英知の使い方を見誤り、独裁的な人々を信じ、カルトじみた独裁的な国々が誕生し、それと時をへずして同時に凄まじい、惑星全土に戦火が及ぶ大戦がおき、文明の一度全部が滅びた。エルの生活は今、滅びた文明の跡地に新しい人類の文明が出来上がっているその途上、新たな混沌の中にあった。


 かつて滅びたその文明。その時代はそれは子孫から【塔の文明】と名前を付けられたその文明。全ては現実にある“塔”の形をした建築物に起因する名称だ。一度旧文明が滅びた後、現代でもそれなりに高度な文明と高度な社会が発達したが、塔の文明には及ばない、それもそのはず、新しい人類は文明に枷を課したのだ。

 人々は戦争から学んだ。旧文明における発達を足掛かりに文明と文化の発達をしてきたが、戦争への反省の仕方が様々な形で、文明の科学技術とその促進を制御という事に力が働いた。なぜならかつて軍事技術に転用された科学は、それによって人類を一度その惑星から滅ぼしかけたのだ。その結果、現代では科学者は糾弾され、哲学者や数学者はその力のなさを攻められた。地球と大きく違う事は、高度に発達した文明が一度完全といっていいほどに滅びの結末を迎えたという事。そしてそれは“遺産”を残した、遺産は塔の形をしていた。今では三つの大陸が平和に理想的な高度な状態で自立し、協定を結び、大陸を線でつなぐ経済圏と三角形がなりたつことができた。地理的には陸地は西の大陸、南の大陸、西の大陸が大部分をしめ、その周りには大陸の植民地としてのいくつかの島々と、旧文明の遺産というべきいくつかの小さな点在する人工島があった。西の大陸に“マーニアの塔”と呼ばれる、遺産に深くかかわりのある建築物はあった。未だ“塔”の全容に制約を課し、それを人々が解き明かしている最中なのだ。

 かつて【塔の文明】に住まうの人々は、惑星独自の文明と近代的社会をはぐくみ、世界全土にひとつの宗教をつくり、錬金術と科学の合体した錬金科学が何世紀もの間発達させつづけた。百年前までは、その人類史によると発展は留まる事をしらなかった。きっと今でも発展していたのなら、地球と彼等の交友は何千何万何億光年離れていても現在でも可能だっただろう。それほどに地球を超えるほどに、“かつて”は彼等の科学は進歩していたのだ。それはまぎれもない地球と同じく知性をもつ人類の栄光の歴史だった。

 惑星エルでは、近年に至るまで人間同士の諍いは耐えなかった。それはエルが“宗教”より“物語”に文化の系統をもっていたからだという説がある。人間が生まれて1000年、やがて科学も発達するとそれに乗じて兵器が生まれ、民族の紛争、国同士の戦争が生まれ、科学文明の発達とともに争いはその過激さを増し、星歴2000年の頃には人類滅亡あと一歩という、実にエル人口3分の2の人間が死滅する世界を巻き込む戦争がおきた。それは俗に最後の大戦とわれている惑星規模の世界大戦だった。

 現在までそれから100年、その後に人々はよりそいやがて平和を愛したちあがり、【塔の文明】は戦争を終結させ、エル全土を巻き込む、その“最期の世界戦争”を終えて、人々はその戦争への反省をともにした。惑星エルはそれを機に、全ての文明のもてる科学と科学技術を戦争にむかわせた過去を反省し、しかし、未だ不明の科学が使われた事に疑問もあった、“科学技術によって終わらせらた戦争”戦争を終わらせるような強力な兵器はつかわれなかった。むしろもっと巨大な抑止力が使われ、その正体を未だに誰もつかめれはいなかった。それが、まるで意味のない戦争と、戦争のための科学の不気味さを増長させ、人々を科学から遠ざけているものの正体の一つだった。

 “地球上の兵器の機能不全”に伴い徐々に戦争は収まり、全世界の和平と反省と平和条約締結によって終わった。最終戦争の兵器、核兵器や魔法兵器が使われると噂されたとき、その直前のことだ。そのとき、最期のとき、何が行われたかはわからないが、全てのエル惑星上の兵器が使用不可能になったのだ。その後、その子孫たちは歴史を取り戻し、拾い集め、散り散りになった人々は随分昔から歴史を上書きしはじめた。また、1からの進歩だった。近代へと、そして現代になるたどり着くまでには少なくとも100年がかかった。二度と大戦争は起こさないと国家を超えた国際的な枠組みをつくろうと、法と経済と安全保障の国際協力をもとに、平和を維持する国際機関(UA)が設立された。しかし人々は過去を忘れていたし、取り戻すまでの道中は楽なものではなかった。すでに人類の頽廃は惑星と同じく、惑星の存続を脅かしていた。もと三つあった大陸と大国は分断され、資源は枯渇し環境は汚染され、自然は枯れ葉て、星も人々もは疲れ切っていた。それでも人々は自分たちの作り出した世界“科学文明”と、星にごく単純にありふれていた“自然”と“科学”との対話へ舵とりをきった。丁度戦後30年頃、科学と軍事技術に制約を与える条約を作り、そして文明は、科学に抑制を加えた。“塔”へ制約がつくられたのも、人々が“医療”へ科学技術の進展を許したのも丁度そのころだった。


 惑星エルの同じくアリア大陸のパンドラ、ナナシの街、すべての戦争が終わり、それでも生き残ったものたちはその遺伝子に疲れと苦悩をもち、自らにし失望を抱き、葛藤しながらも再び歴史とあゆみをともにすることを決意した。小さなコミュニティからやがて社会がなりたち、宗教が生まれると、人々は手を取り合った。それから100年かけて小さな文化と文明をつみあげ、探りながら、残された英知によって団結しいくつかの新しいいくつかの国家を形づくった。その中の隠された惑星エルの赤道付近、上下に並ぶの二つの大陸に囲まれたアリア大陸の小国パンドラは、やがて失われた文明の遺産をもとめ過去を背負った兵器を開発した“後ろめたい科学やその行使者たる科学者”や、“戦争を引き留められなかった英雄とその子孫、または哲学者”等、いくらかの文明人的文化人を集めて、サイボーグ技術を新たに発展させ、新しい希望をそれぞれに抱かせ人々を集わせた。その発端となった一つの国が“パンドラ”かつてそこで、多いに哲学者や知識人たちの議論が盛んにおこなわれた。その国の希望はサイボーグ技術、多国が主な機械産業を軍事や自動車に発展させつつあるときに、この大陸はおもなサイボーグ技術へ焦点があてて発達、発展させた。人間の失われた四肢や肉体を復活させる試み、“人間のサイボーグ化”は、戦争ではなく、自動車や、工業などといった平凡な基幹産業ではなく、それよりもさらに国によりそう産業としてパンドラ国民の立ち上げた文明と平和の進歩的な基幹的産業だ。いくつか問題はあったが、パンドラの人々はこうした過程の中、幸福に暮らしていた。


 丁度そんな世界に生きる人々が、希望をいだきつつあったときそこで起こったある一つの物語がある。大戦から100年を経た星歴2160年の事だ。


その星のある夜に、一人の男がいった。一人の少年にむかって。

 【君に話しておきたい事がある、これが今回の混乱と関係のある事で、君を助ける事になった理由で、そしてジルとかつて、ふたたび関わりを強くもった理由、僕はこういう混乱の中で、自分の中に引きずる過去をみつめて、そして和解する事ができる気がしているんだ】


 —―スーツの上着をぬいだシャツと黒いスラックスの姿で、丹精な顔つきの青年カイの追憶と少年ケヴィンの対話。廃拠点“ファラリス”リビングにて二人の会話がなされていた。―—その会話は、2160年11月20日、午後10時の事。ケヴィン少年が新聞で取り上げられ、表の世間ではワイドショーが広くとりあげたしたあの“ケヴィン少年誘拐事件”のさなかに交わされた裏側の、変わらずといっていいほど、正常に行われていたケヴィン少年の日常生活の中での一幕だった。彼と少年の会話、それらが二人の心を通わせたの本当の始まりで、彼と少年の心の変化が、事件が起きてからの彼の命運を左右し、全ての出来事の発端となった。そのときやっとケヴィン少年はケイの事をはっきり知った、細部にいたるまですべてをはっきりと確信した、彼を助けた恩人の事を。


 廃拠点ファラリスのリビングにて、暖炉をかこい左右にテーブルをまたいで語り合う二人の姿があった。一人は青年、一人は少年、少年はただひたすらに青年の過去と、これからくる話の展開に聞き耳を立てて、時折丁寧な相槌をうっていた。その日はそれはあるナナシの街のマフィア“ジンクスファミリー”と、隣町東区を事実上支配する烏合の衆団“クローファミリー”の全面的衝突前夜の、嵐の前の静けさだった。語り部は青年だった。青年は一人の女性の事を思い浮かべている、その女性はすでに近くにいて、しかし、遠くに置いていた。

 ある人がその廃拠点ファラリスの上の階にいた。それはエメという女性でケヴィンとカイの知り合いだった。女性は青年と少年が下の階、リビングにて話をしている事をしっていた、そしてぼそぼそと語る声からその要領をかいつまんで盗み効く事ができた。女性は未だに迷っていた。

 「カイ、あなたは、私が傷つくことを恐れているの、それとも……」

 それとも、もうよりを戻す事はできないのだろうか?彼ら彼女はかつて恋人同士の関係だったのだ。二階にいてベッドによこたわり、盗み聞きをしていたのは“フォレストベーレ”管理人エメ。もとい本名をジルといった。


 そして、ひと時の間をおいて再び青年が、少年にやさしく語り始めた。青年の額の傷ではなく、少年は青年のくちもとを食い入るようにみつめていた。青年には額に傷、その外に目立つことは、よく見ると白髪まじりの金髪、はっきりとした鼻筋と、卵型の瞳。さっぱりしている短髪。青年は、少年がうなずくのに合わせてやっと自分の過去を語り始める段取りをその呼吸のはざまに見出した。

 ——あの日あの時、目の前で起きた2つの犯罪、それによって自分の家族すべては犠牲になった。俺はその二つをどこかで恨み、その一つをどこかで許さなければいけなかった。事件の大小に限らず、自分と密接にかかわりのある部分と、密接にはかかわらない部分があったからだ。まだ小さかった俺立ち家族はその日出掛ける予定で、一つ目の事件に巻き込まれた。――厳密には父が、スリに巻き込まれ――その後ある理由で、家に一度戻る事になったのだが、そこで遭遇した二つ目の事件は、もし一つ目の事件が起きなければ只の強盗事件だったのだろうが、残念ながらそうはならなかった。それは、“強盗殺人事件”となってしまった。一度目の事件と深くかかわりをもち、恩を感じている俺は、一つ目の犯人の犯してきた罪の、それに対する疑問と、自分の中の悪と善との対立がないまぜに混雑してしまうのを感じた。

 世間的には、スリ師が殺人者という事になっている。だが俺は、そいつに助けられたからしっている、“もうひとつ、確かに事件が起きていたことを”。事件後目撃者や警察によって殺人犯とされていたスリ師は、主犯ではなかった。それどころか、オレを助けた。俺は彼の手で育てられ彼に感謝せざるをえなく、そして私は葛藤の中に、一つの意思を見出した。“善とは何か、悪と思えるものが善を持つ事はありえるのか”それがそれからの俺の人生のテーマになる。本来小悪党であるあの人間、それも悪人がもっていた善の要素、中途半端な悪癖と正義感は、その後の俺の人生を大きく左右する事になったんだ。——


 ケヴィン少年は、左頬を晴らしていた、それは昨夜、ある女性に頬をぶたれたからだった。そのせいでどこか不機嫌ぎみにみえる、赤みをおびて張っているほほが、彼の左の瞳とまゆをつんとつりあげ、骨ばった頬骨が彼の印象さえも半分かえていた。彼のケヴィン少年のあいづちは小さなものだった。はい、はい、と青年カイの、白いシャツをきて、ラフなジーンズをまとった、酒を飲むカイ青年の青い瞳をみつめて、そのはざまの、額の傷痕をみつめていた。青年は少年がこくり、と話を呑み込むのに合わせて話を続けることにきめた。 

『21年前のその日、俺は東の大陸オドスの北東モルスという国の中、ヤエンという小さな田舎町で回りと何もかわらない、それまで平凡な生活を送る一家だった、それまでは幸福な一家だった、だからその時には今思うように“悪や悪人の定義や不幸とは幸福から省かれた人々の感じる、それまでの生活が変異した恨みによるものだ”なんて思いもしなかっただろう』


 『だがあの日、ある小さな事件にたった一度だけ見舞われたあと、俺はまったく違う人生を歩まなければいけなくなった、家に戻った自分たちの出くわした惨劇は、その自分の中の確信を上書きするものだった、わが家に強盗が入った、あるいはそれ以前に小さな事件にであった、それだけなら、オレはこんな人生を選ばなかっただろう』

 少年は対話の必要性を感じてかるく言葉を挟んだ、それが相槌の代わりになった。

 「それでも街で誰かがこまっていたらあなたは助けてくれたでしょう、それと同じように、僕がそうなっていたときに助けてくれたんですから」

 ケヴィン少年が見つめていた個所には意味があった、先ほど、この話の導入にあって、そうした意味に含みのあるしぐさを青年がしていたからだ。青年カイは、導入部からしきりにその目と目の間の傷をさすっていた、それはすなわちその傷と彼との話には何かしらの関連性があるという分かりやすい合図であった。ついでにいれば、彼は貧乏ゆすりをしていて、奇妙にかかとを同じテンポで、ケヴィンがうなずくにあわせて音をたてた。


 暖炉の前に安楽椅子に座る青年。その対面、暖炉を左側にして、ケヴィン少年が正座で座り話に聞き入っていた。季節も変わる前の11月の事だった。彼等は違う立場にありながら、お互いの過去に、どこかに通った感覚を覚えていたのかもしれない。青年は話をつづける。少年にとって、社会の表舞台にいない人、額に入った傷が、彼の印象を特徴づけた。廃墟のような建物で、しかし中はわりと手入れ、掃除が行き届いていて、過ごしやすい。暖炉の火がごうごうと燃え盛り、ひざにひじをおしつけて、前傾姿勢でくつろぐかれの右手の中の透明なグラスと中の白ワインを照らしていた。細い胴体のグラスと、その水が手のひらの上でからからと揺られる中で青年の記憶は、静かに呼び覚まされつつあった。

 【あれはまだ俺がまだ小さな少年で、幸福が延々に続くと思っていたころのことだ、突然悲劇に見舞われたのは、大事なものを全て奪われたが、だがそれが普通だと考えて居るものが多い事も、この年になってよくわかった、たまにいるのだ、幸福な人間につかみかかり、突然攻撃を加え、幸福自体をを見下し、侮辱されるような人間、そいつに俺はでくわした、その悪意をもった人間のまなざしをいまでも、いつまでも覚えている、人から大事なものを何の許可もなくう奪うあげく、それが当然のこの世の人間の生活であるかのように振舞い、そうして劣等感、心を埋め合わせる生き方の歩みを俺は永遠に恨んでいる、だが同時に哀れだ、支配した対象しか信じられないそうした人間は、そうして生きる人間は人を揺さぶり、騙し、不幸のどん底へ追い込み、思ったように絶望の淵に追いやるのに、張本人が幸福を享受し、人の不幸を笑い、絶望の淵をのぞき込む湖のほとりにて人をあざけり、かと思うと与えた絶望と自分の無能さへの失望を忘れて、次の瞬間には何くわぬかおをして人を見下ろし自分の幸福の未来を目指している、そうした生き方が普通であるかのように、大手をふって街をあるく、そんな人間の歩み方がもっともみじめだと思う】

 発端は、青年がまだ少年だったころの、まだ物心つくかつかないかという頃に起きた事件からなるものだった。それによって青年は、裏の社会に生きる事をきめて、今の“マフィア”の地位を選び、過去に義賊や様々な小さな犯罪に手を染めて来たのだった。それを少年に伝えるために、暖炉の前で、青年は少しずつ、自分の過去の本当のコアな部分を語り、訴え始めたのだ。


 【——その日、家に強盗が入ったんだよ。それまで平凡な、信教への信仰の厚い平凡な家庭だったのに、しかもその日、急遽母と父の都合が合い、家族が近場の公園にピクニックに行こうって、それがすべての始まりで、終わり、何度考えてもそこから逃げ出せない、

 あれは3月の、ある晴れた日の事だった。妹のルシエル、母のエミリー、父のグンロド、それに俺、カイ。まだ物心がついてなく小さかったルシエルはお出かけが苦手で、日に当たるのを嫌がって、2、30分家の中で駄々をこねていた、彼女の部屋から廊下へ出すのにまず一苦労それからも、俺の部屋、階段を下って、玄関まで連れてくるのに一家は難儀した。まずは二階、階段の踊り場、一回の廊下やリビング、ほとんど座った姿勢のままごねていたんだ。母も父もそれまで自分たちの用意でいっぱいいっぱいだった、なぜならいつも仕事で忙しい父の急にできた休み、何もかもが急だったからね。俺はその時普通の一般家庭のどこにでもある、小さな妹をもった兄だった、単なる小学生だった。】

 『ルシエル、ルシエル』

 【いつもの事で、オレは彼女が拗ねるのを必死で防ごうと、アホなふりして彼女のお気に入りの小さな手のひらサイズのピンク色の像の人形で必死に話しかけていたよ。オレもすでにリュックに準備をおえていた。オレの荷物は多くない、昔から、好き嫌いさえ自分でもわからないような子供だった。それに比べて、ルシエルははっきりしていた。彼女のいいところだ。ゾウさんも俺が自分のリュックに詰め込んでいたさ】

 青年は話を続ける。

 『ルシエル、たまにしか外に出かけられないんだ、皆の想いでだ、おまえもきっと面白いことがあるし、きっと素敵なプレゼントももらえる、困ったことか何かあればお兄ちゃんが守るぞ、ルシエル、さあおいで、お兄ちゃんもたのしみだから、ね?』

 俺は兄として、彼女がぐずりながら、なきそうになるたびに、必死で人形のゾウさんで呼びかけた。そうして、ルシエルは体を引きずるようにノロノロと歩いて、やっと玄関までたどりついたところで、母親にだきついた、俺は手を引き彼女の体を支えようとしたが、その左をかけていって、背後のもっと我が家の正門に近い遠くにいて、ルシエラに先越されたオレは少しとまどったが、母が諭すようにやさしいまなざしをくれた。それで十分だった、門をでると、すぐそばに国道に近い小さな小道があり、俺たちはうきうきで、父と母はこんな会話を始めた。

 『これでようやく、ちゃんとした家族だけの写真がとれる』

 『いつだって、観光客やら、お互いの用事やらに邪魔をされて、変な記念写真ばっかりだったものね、本当にうれしいわ、これを家族の大事な思い出にするのよ、』

 玄関から、表札のある塀の間、家の門をくぐったあとは、つきあたり角を左に曲がり、繁華街の近い大通りをめざした、母は日傘をさしており、父は、ルシエルや俺の荷物を片手で抱えていた。5分ほどあるき、やがて大通りがみえてきたとき、しかし、家族の一人が慌てだした、少し用をおもいだしたらしい。俺が尋ねた。

 『お母さん、どうしたの』

 『ごめんなさい、私、ちょっと日焼け止めを忘れたわ』

 困ったな、とラジオやテレビで情報をしいれ、渋滞に文句をいっていた父も、ここでは笑うほかはなかった。母をまつか、共に家に戻るかも同時に考えていた。俺の脳裏にも、家の柵が目に浮かび、あそこまでまた5分かけて戻る徒労を考えるえを得なかった、しかし、これは大事な思い出となるだろう、自分としてもやっと外にだせたのだ。ルシエルと遊びに出かけられる貴重な時間を無駄にもしたくなかったなが、しかし父がしぶっていると、やがて、父が場の雰囲気の変化を鑑みてこんなことをいった。

 『おい、お前、ルシエルに文句をいっている場合ではなかったじゃないか、自分が忘れものをするなんて』

 母はなさけないように頭をかいてわらってごまかす。それを許すように、ははは、と父が笑い、俺も続いて笑った、妹も意味がわからないまでも笑っていた。


 結局四人全員でもう一度家に帰ることにしたのだ、今おもえば、それが発端だったのかもしれない、別に母を攻めちゃいないし、きっと誰にでも間違いはある、ただただ偶然のめぐりあわせがどうにもならない事だってあるから、それはきっと誰のせいでもないのだろう、けれど、だがその途中で一つ目の災難が起きた。それがすべての始まりだった。大通りを背に振り返り、通行のまばらな人々、2、3人とすれ違ったあと、ふいに父が叫んだ。

 『あれ!?財布がない、たしかにズボンのポケットにいれていたはずだ』

 さっきまで……私も、と言いかけたところで、母が小声で、叫び声のような枯れた声をあげた。

 『おとうさん、おとうさん』

 母が呼びかけると、自分たちが戻っている道、つまりな家への帰り道と反対方向にはしっていく人影があった。俺でもわかった。スリだ、スリをやられた。父はたったいまスリをやられたのだ。その人影はシマシマのまるで囚人服のような青い服をきていて、こっちにきづくと視線と顔を隠してその奥へ走りさっていった。

 『お父さん、どうしましょう、スリだわ』

 『ううむ……』

 それから、母と二三、言い合いをしたものの、耐え切れずカンカンになり顔を赤らめた父は勢いよく、裏路地のむこう、畑の見える、大通りからみて西の方向へ、自宅を無視して走って行ってしまった。

 『こら、まて!!』

 やがて父は憔悴した様子で帰ってきて、俺たち家族に謝った。ついてない、という事をいわなかったのは、彼の強がりだっただろう、ピクニックが遅れるのは明確だった、そこで俺たちはのんびりと家に帰り、色々な準備をするために、全員で家にもどったんだ。



 ―—【カイさん、それって】——

 ——『ケヴィン……そうだよ』——

 『そこで、強盗に出くわした、家族みんなめったざし、強盗に向って叫んだ母、彼をとめようとした父、そして母のそばにいた妹の純で真っ赤な血しぶきと肉をちらして、俺の前で何者でもない何かに変わった“俺以外の、俺たち家族”は強盗にめった刺しにされ、運よく俺だけが、急所を外し、ギリギリの状態で呼吸をし、意識もあったたらしかった、だが、俺自身、死を覚悟していた、普通そうなればそもそもが生きている意味もない、これからの幸福なんて何の意味もないもののように感じた』

 青年は、溜息にもにた悩ましい声をあげて、その続きを話した。

 『もうだめだ、意識が失われて失血のひどさにもうこれは、俺も持たないだろうと考えて、それ以外の辛い事、例えば宿題を忘れて叱られたこと、時折悪い点数を取ったこと、それから学校の友人との喧嘩のこと、病気のこと、俺が失われる以上の恐怖などそれほど大きいものじゃなかったとわかった、そして走馬燈のように、続けるべきだった幸福がなぜ失われたかを考えて自分の無力さをしって、すっとめをとじたんだ、それから30分ほどたっただろうか、足音がして、一人ひとりの脈拍を確認している犯人がみえて、薄めを開けてそれを観察していると、徐々に俺の方に近づいてきた、そのときだ、部屋のドアが、いやその時澄んでいた家の玄関のドアが、かちりと開く音がした、そこでわめきながら入ってきたのは、俺の期待する親戚や知合いでもなく、警察官でも近所の人間でもなかった』

 少年はごくり、と息をのんだ、少年のほうは、小ぶりのコップにコーヒーをいれて飲んでいるらしい。両手で礼儀正しくにぎっていて、さっきから一度もすする音をたてない。

 『全ての運命はそこで書き換えられた、その時、そのときオレに話かけ、俺の同意を仰ぎ、俺の命を助けたのが、先のスリ師だった、例のシマシマの囚人服のようなものを着た男だったよ』

 『どうしてわかったんですか?』

 『スリ師が、ついでにわざわざ目立つような、紫いろのコートをきていたからさ、スリ師は俺の目の前で一発的にパンチをあてた、強盗殺人犯人はそこで現場から逃げ出した、俺たちは二人になった、俺はもう目の前が真っ白で、それからどう生きていくかさえ分からず、スリ師の後についていった、一時間、一日、一週間、きがつけば一か月がたっていた、スリ師は初めこそ俺の同行をいやがったが、諦めたころに俺にいったんだ、俺の額には、強盗殺人者につけられたナイフの傷口がまだふさがりもせずに残っていた』

 【オレは闇医者だが、中央の大陸に、腕のいい医者をしっている。お前がこの先も生きたかったら、俺とくるのが一番いいだろうよ】

 ケヴィンは息をのみ、唾をのみ込んだ。青年カイもそれを悟った。

 『じゃあ、あなたが裏の社会で生きる始まりって、それが……』

 『そうだ、俺は恐怖で思わずうなずいた、もう頼るものはなかった、あの惨劇の家屋それまでの幸福の我が家で突然強盗にいあわせて瞬間すべてを失った、家族全員、ピクリとも動かず、だが俺はなぜだか生きようとおもったのだ、それは、復讐心とも関係があったかもしれない、いつかこの恐怖を与えた人間に仕返しをする、確かに俺の過去には義賊としての過去、皆が知る“エスィピミア”としての過去もあるが、俺はそれから裏の社会で、ありとあらゆるせこい、世界から富を盗むというつまらない俺の気に入った仕事をしてきたんだよ』

青年は話を終えたが、少年にも話したい事があった。その日まで正確に彼に話す事が出来なかったことだ。ひと呼吸おえた。

 「僕は思うんです、“ゴースト”である彼“ソニー”という少年が僕だった可能性について」

 「そういうと思ったんだ、けれど同じようなものさ、僕らは、なぜなら僕もその可能性によって、ジル、君のいう“大家エメ”への思いを断ち切る事ができなかったのだから」


 額に傷のはいった青年、なぜ青年と少年とが廃墟のような家でくつろぎながらそんな話をしているのか、これは少年と青年との出会いから一か月後の事だった。


その背後で、青年によくにたスーツ姿の青い残像が立ち尽くし、暖炉から窓辺のドアの辺り、カーテンに寄り添いながらこちらを見ている。その顔から読唇術でカイが読み取る言葉、それはカイの心が作りだした残像の中で、カイの思う通りの言葉をはいた。

 【オレは何を恐れている?君はすべてを知って混乱を引き起こしてきたわけではないが、混乱の中で輝く、理由はわからない、ただ混乱の中で他人の形が確かになり、自分の形が定かになる、あの時失われて鈍くなった感覚、鈍い人間にはぴったりの方法で】

 コクリ、おともなく相槌をうつが、少年はそのしぐさに意味を見いだせず、そして幻影は、同じように返答をする意味を持たなかった。

 【おまえには奇跡であり奇跡をてにする勇気がないんだ、なぜ?ジルとエメが同一人物だと、少年に接触する前から気づいていた?いや、さとっていたのさ、お前の勘はいつもお前に都合がよく働く、そしてお前は本当の能力と勇気を隠しつつも、自分の無能さと無力さを蓄えておく場所をほっしている】

 そういってもう一人のカイは、半透明な体のまま瞼を閉じて、フッとその場から立ち去った。

 「何か?」

 少年が尋ねると、カイという青年は最後にほほをさすって答えた。

 「何、まるでももう一人の自分を見た気がしたのさ」

 少年の困惑の顔をよそに、彼の肩を叩いて、就寝を促していた。廃拠点ファラリスで、ナナシの街のファミリークローファミリーと、ジンクスファミリーの決闘数日前の事だった。



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