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その生き様を陽は照らす  作者: ガラパゴス
8/8

無一文からの脱却!...

長くなっちゃいましたが、これで改装編終了です。

「今日の朝ごはんはホロホロ牛の肉と野菜の煮込み、白パン、ベビーコーンスープ、しゃきしゃきサラダでーす!」

手を洗って食堂に向かい、席についたレイヴァンに料理の配膳および献立の紹介をしたのはアレアだった。通常、料理は自分で取りに行くのでもしかしたらこれも謝罪の一環なのだろうか。

「ありがとさん。ところでこの小皿に入った金色?の半透明の液体は何ですかい。」

するとアレアはなぜか声を潜めた。

「それはハニブンブンの蜜、略してハニ蜜。白パンに付けて食べるの。あんまり量が取れないから普通宿で提供しないけど...お父さんと何かあったの?ため息つきながらレイの所にだけ置いてたから。」

「食べづらいだろ!」

つい大きな声を出して厨房の方を見てしまう。

「まあいいわ。冷めないうちに食べなさい。」

「おう。」

料理はどれも美味しかった。ホロホロ牛は名前の通り肉がほろほろと崩れるし、煮込んだことで素材の味が溶け出して旨味が混ざり合っている。ハニ蜜に関しては食べ慣れない甘味であったが、独特の清涼感のある風味が鼻を抜け、全くくどくなく幸福感で満たされた。

「ごちそうさん!」

あっという間に食べ終わり、せめてお皿ぐらいはと運ぼうとしたが、これまたアレアが持って行ってしまった。

食後に水をちびりちびりと飲みながらゆったりしていると他の宿泊客が食事を取りに降りてきたので、邪魔にならないように自室(物置)に戻る。

部屋のベッドに寝転がり天井を仰ぐ。今日の予定は...と思考を巡らせるが、

「...ヴォルドーさんが仕事を教えてくれるんだった。いや、そのための模擬戦だったっけ?でも中断したしな...」

使徒協会といっていたか。

「今聞きにいっても手が離せないだろうし。はぁ、どうするかね。」


ヴォルドーの心中は荒れ模様だった。

(やっべぇぇ、腕が痺れて満足に調理ができねぇ!)

使徒を辞めて早10年。寄る年波には抗えず、御年40歳。

(クッソ、年甲斐もなく無茶し過ぎた。結局俺だけ一発綺麗にもらっちまったし。)

寸胴鍋の中身を大きなお玉でかき混ぜる。刃物を用いる繊細な調理はできなかった。もともと昨晩の料理の残りを使うつもりだったので、煮込み料理になることは決定事項だったが今となってはありがたい。

レイヴァンの姿は見えない。すでに食べ終えて部屋に戻ったのだろう。

(小僧の最後の一撃...。あれはハンザの野郎が教えたとはとても思えない。)

いくら決定打に欠けるとは言っても、自らの肉体に過度の負荷を掛ける捨て身の一撃を『柳風流りゅうふうりゅう』がよしとする筈はない。

(ということは、小僧が自ら編み出した歪な必殺技、なんだろう。)

不可解な点が残る。そもそもあの歳であれほどの体術を使えるだけでも異常だが、さらに身を削る威力上昇を強いる事情でもあるのだろうか。

(何故こうも生き急ぐ。小僧、お前の目は悪魔か絶望でも映しているのか?)

少年の見栄や無茶、あるいは俺の勘違いであればいいのだが...とそこまで考えてヴォルドーはレイヴァンに仕事の紹介をしてなかったことを思い出した。途中で模擬戦は終わってしまったが、レイヴァンの実力は十分。使徒として推薦することに否やはない。

(まあ、不安がないわけではないがな。)


「ふん、ふふん、ふっふふーん」


耳に滑り込んできた愛娘の鼻歌によって思考を現実に引き戻された。客が使い終わった皿を運んできたようだ。


「なあアレア。」

「なにーお父さん。お母さんとは仲直りしたの?」

言葉に詰まった。別に喧嘩はしていない、と思う、のだが。少し不安になった。お腹がキュッと締めつけられたような錯覚を覚えた。

「それは今はいいだろう。頼み事があってだな...そうだな、もう少ししたら朝食の時間が終わるから、そしたら食堂に来るように小僧、じゃなくてレイヴァンに伝えてきてくれないか。」

小僧、と言った瞬間に隣にいるカレアから冷たい眼差しが飛んできて、慌てて修正した。

「分かった。行ってくるね。」


突然だがアレアは15歳である。この国では15歳は成人一歩手前、大人だが、完全に大人の保護を離れるわけではない、という中途半端なお年頃。

レイヴァンが寝起きする物置部屋に向かうアレアには少し不思議に思うことがあった。

それは、レイヴァンはこれからどうするのか、ということだ。

アレアは宿屋の手伝いをしているが、実は使徒協会の見習い職員でもある。街の学習舎で基本的な計算をはじめとして、礼儀作法や事務作業を習得した者の多くは使徒協会や教会、そして他の様々な店に勤めるため、アレアはその大勢の中の一人だ。残りの少数は他の街、例えば神聖国首都アレナードに行く。

アレアはタイレフに不満はない。周辺部は別として、中心部は白を基調とした綺麗な街並み。顔見知が多く、そのみんながアレアに優しく接してくれる。

この街で生まれて、この街で育ち、この街で歳をとる。

退屈だとは思わない。確かに平坦な人生であるかもしれないが、アレアはこの街に自分が根付いている気がしている。確かに根を張っているからこそ力を出せるのだと思う。

しかし、その考えに当てはまらない少年に昨日出会った。

自分とほぼ同い年の少年は、どうも地元や故郷といった考えが希薄なように思う。十分な食料が与えらえれて命令されればすぐにでもタイレフを出ていってしまいそうな程に。

短い人生ではあるが、今まで出会ったことのない種類の人間である。だからアレアはレイヴァンに興味がある。今までどう生きてきて、これからどう生きて行くのか。

いつの間にか物置部屋の前に立っていた。

(出会いは良好とは言いにくいけど、とっつきやすそうな人だし、これから話しかけてみようかな。)

「よし、今日も一日頑張りますかっ!」

まずはレイヴァンと少しずつ仲良くなるところから。

カレアよりきりっとした活発そうな瞳にやる気が灯り、軽く握った手の甲をあげて戸に近づけた。


コンコン、と軽い音が短い間隔で2回響いた。

「はいよー」

こちらも軽い返事を返す。寝転がっていたので声が普段より低くなった。

お邪魔します、と言って戸を開け入ってきたのはアレアだった。


「どしたの?」

「お父さんが食堂に来いって。」


あの人に呼び出されるのは面倒事にしかつながらないのではと、失礼なことを考えたが、今回は多分使徒協会のことだろう。

体を起こして食堂に向かった。



レイヴァンが食堂を後にした時は丁度他の客が入りはじめていた時だったのでざわめきがあった。なんというか、人の存在自体が気配という音を立てている、といった感じだろうか。なんにせよ、宿泊客があらかた朝食を食べ終わり満腹感と一日の活力を得て出ていった食堂は先程と打って変わり静かで、人が出ていったことで余計に広く感じて落ち着かない。


「おいこぞ、レイヴァン。こっちだ。」


唐突な名前呼びに違和感と疑問を感じたが、そういえばカレアがヴォルドーを指導したのだった。厨房に近い8人がけの卓の一角に座るヴォルドー。話をしに来たので彼の正面に座る。


「どうしたんですかい。」

「お前に仕事を紹介するのを忘れてたからな。結論から言おう。レイヴァン、俺はお前を使徒協会に推薦してもいいと思う。」


後から聞いた話、別にヴォルドーの紹介がなくとも協会に登録はできたので、この時何故こうも偉そうだったのかはわからない。


「それはどうも?」

「ああ。そこで依頼をこなせ。そうすればこの宿代と生活費、あとは少しの娯楽費くらいは貯められるだろう。」


なぜかレイヴァンがこの白馬の館に泊まることは決定しているらしい。


「うちのアレアが使徒協会で見習い職員をしているから案内してもらうといい...おいアレア、お前今日協会に行くよな。」

「この後すぐね。レイはそれでいい?」

「おう、問題ないぞ。」


タイレフに着いてまだ数日しか経っていないが、昨日の無一文衣服無しという圧倒的絶望感のせいで随分と長いこと滞在している気分になる。それゆえ、

(よっし、ようやく独り立ちだ!)

「ばっちり稼いできちんと客としてきてやっからな、おっさん!」

胸いっぱいに広がる希望とともに、元気よく一歩を踏み出した。


それからは早かった。

まずアレアと一緒に使徒協会に行き、説明を受けて登録する。

次にいくつか今日中に終わりそうな依頼(例えば家事や工事の手伝い、他にはタイレフの外に生息する食用の野鳥や野獣の捕獲など。)を受ける。ついつい張り切って複数受けてしまったが、体力と魔力、それに少しの気合を加えて次々に片付けていく。


おばあさんの家に行ったり。

「こんにちは!依頼を受けてやって来ました使徒教会のレイヴァンです!掃除、洗濯、子守、荷物持ちなんでも引き受けます。あっ、いや、料理はちょっと怪しいです!」

家屋の塗装の手伝いをしたり。

「おい、坊主!てんめぇ土砂と水の比率間違えただろ!ぜんっぜん延びねえじゃねえか!」

「すいません!今作り直してきます!」

草むらで野獣を捕まえたり。

(臆病兎ティミッドラビットは気配を消さないとすぐに逃げられてしまう。だが大切なのは気配を消すこと。物音を立てないことに意識を取られすぎては本末転倒。)

パキッ

「あっ」

木の枝を踏み抜いた。

……パチクリとお互いの目が合った。

キュルっと、まるで状況が把握できていないような鳴き声を上げる。

そして一瞬の間の後、小兎は駆けていった。

つぶらな二つの瞳に撃ち抜かれ、レイヴァンはふるっと震えた。

「俺には …あいつを殺せない。」

ガクッと膝から頽れた。

その時、ガササと草が揺れて丸い何かが現れた。

それは、先ほどの小兎よりも一、二まわり大きくなぜか筋肉も盛り上がっているずんぐりとした兎だった。

倒れて四つん這いの体勢のまま、レイヴァンは大兎同じ目線の高さで見つめ合った。

ギュルっと、まるで状況が把握できていないような鳴き声を上げる。

そして一瞬の間の後、大兎が突進してきた。

「お前なら遠慮なく倒せる!」

パンッと拳を一つ、飛び掛かってきた大兎にあびせた。


日が暮れる頃、使徒協会ではレイヴァンのことが少し話題になっていた。協会の中に併設された飲み屋の卓に数人の使徒が集まって座っていた。服装は様々で男も女もいる。

「今日来てた男の子のこと知ってる?」と女使徒が問うと

「あの全く大きさの合ってない服着てたやつか?」と男使徒が応えた。

「そうそう、あの子一日で依頼をこなしすぎじゃない?何度も報告に来てたわよ。」

「あーあの子ね。そうだ聞いてよ、私、あの子が依頼をたくさん受けているのを見て、絶対終わりっこないって思ったから無理だって忠告して、しかも新人っぽかったから一緒に依頼を選んであげようとしたの。」

「ほう、いつものお節介だな。」

「さすがケミーね。体は小さいけどその分親切心がいっぱい詰まってるのよね。」

「体の大きさは関係ないでしょ!?ああもう話が逸れた!…それでね、なのにあの子断ったのよ!しかも丁寧に『ありがとうお姉さん、でも俺にも頑張らないといけない訳があるんだ』って格好つけやがって!なによ、年齢の割に礼儀正しいし顔も少し好みだし」

「あらケミー、いつも体が小さくて初対面の後輩に『お嬢さんも使徒登録しに来たの?危ないよ』って言われてるから、余計にお姉さん扱いが嬉しかったのね。」

「小さい小さいうるさい!どうしてノルンはいつもそんなに嫌味を言うのよ!」

「というかケミー、言葉がおかしいぞ。その噂の新人を褒めたいのか貶したいのかどっちなんだ。あとお前の好みなんて誰も聞いてないぞ。」

「まあまあアーバンさん、そういうのは思っても心の中に留めないと。ですよねノルンさん。」

「そうよアーバン。ハンクの言う通り。そんなだからいつまで経っても『あなた、私に興味がないんでしょう。私といてもいつも退屈そうだし。もういいわ!』って振られるのよ。」

「それ全く関係ないだろうが!…おいノルン、どうしてお前、俺が昔振られた時に彼女に言われたことを一言一句違わず知っているんだ?なあ、おい!?」


彼らが言い合っていると、突然協会の入り口の方が騒がしくなった。誰かが入って来たのだろう。そのざわめきが次第に建物の内部に進んでくる。

彼らは誰からともなく席を立った。アーバンが口を開いた。

「ちょっと見に行ってくる。」

「いい歳して野次馬ですか恥ずかしい。」

「年齢は今関係ないだろう!?つか、お前ら全員行く気満々じゃねえか!」


鬼神の如き(神聖国の神には存在しないが)働きを見せるレイヴァンは、先述の使徒たちだけでなく他の使徒の間でも話題になっていた。


ある所では

「ねえあの子すごくない?」

「今日依頼を怒涛の勢いでこなしている男の子のことでしょ?」

「そうそう、そういえばさっき聞いたんだけど、あの子ってずっとあの髪の赤い女の子の所に報告に行ってるらしくて」

「詳しく」

「あんたこの手の話好きすぎでしょ…それで、その男の子が一生懸命依頼をこなしているのは受付の子と結婚して、生活する資金集めのためらしいよ。」

「えぇーっ、それ本当なの!?」


噂は止まる事を知らない。

「おい、今日何度も報告に来てる奴、実はすげえ借金あるらしいぞ」

「マジかよ」


他にも

「あの子稼いだお金は女遊びに使ってるらしいわ。」

「えっ、嘘でしょ!?あんなに一生懸命なのに女にだらしないだなんて。」

「どうにもその持ち前の一生懸命さで女性を口説くらしくって。」

「なにそれ、最低…」

「?。どうしたの?」

「いや、でもなんか彼なかなか綺麗な顔立ちだったし…(私も口説かれてみたいなんて言えない。キャーッ!)」


はたまた

「実は、あいつ、病気の母が遠くに住んでるらしくて、資金集めのために出稼ぎに…」


遂には噂が混じり合い

「なにぃ!?あの男、病弱の母が居て床に臥せっていて、しかもヴォルドーさんところの一人娘と内緒で交際していて将来を誓い合った仲だとぉ!?そんでもって、多額の借金があって、でも稼いだお金は実は女遊びにつぎ込んでいるぅ!?ゆるせねえ!俺がビシっとやってくる!」


タイレフにはそれほど大きな脅威はやって来ない。それゆえ使徒は遠征したり犯罪者を捕まえたりと報酬額が高い依頼を選んで受けるといった様々な金策を講じているが、大部分は退屈な毎日を過ごしている。だからこういった根も葉も無い噂話が大好きなのだ。


…今日もタイレフは平和です!


「疲れた…本当に疲れた…」

青年は額から頬へ伝う汗を手根で拭い、ざりっとした感触に顔をしかめる。どうやら今日の依頼のどこかで泥を連れて来てしまったらしい。

疲労がどうしても先に浮かぶが、それだけではない。

「はは、やり遂げたぞ、師匠…はっはー!」

こなした依頼はなんと5つ。勝手に自分で張り切っただけなのだが、充実感に満ち満ちている。

本日6度目、協会の扉に手をかける。中に入り一直線に報告に向かう。今日午後から続けて窓口についているアレアの元へ。

…なぜか周りが少し騒がしい。どこからか黄色い悲鳴が聞こえるし、男女問わずいろいろな人から熱視線を浴びている。

訳が分からず頭上に『?』を浮かんでくる。しかし何と無く話を聞くと面倒事に巻き込まれそうな気がして、気が引けた。


「よおアレア、やっと最後の依頼が終わったぜ!」

「…そう、それは良かったです。」


なぜかアレアは俯いている。心成し耳が赤くなっているようにも見える。


「おいおいどうしたよ?あの元気の良さはどうした?熱でもあんのかい?」

「…………!」

なぜか周りが騒がしい。ヒューイ、ピューイと指笛や口笛を鳴らす者もいる。

それにつられてアレアがぷるぷると震える。


「はあ、まあいいや。さっさと魔物の素材の査定と依頼報告を終わらせてくれや。結構気合入れてやったからな。今日はすげえ稼いだ気がする。これならヴォルドーのおっさんも認めてくれるんじゃないかな。いやー疲れた疲れた。早くお前ん家で休みてー。」

「レイ!あなたホンッといい加減にし!」


その時、口笛やひそひそ話しはあれど静かだった空気が、突然沸騰したように怒号や叫声が発生した。


「ウォー!?マジかよ、おやっさん公認かよ!?」

「きゃー!女にだらしないとかいってたくせに何よ!?彼とっても一途じゃない!」

「いや違うわ、実はああやって今までも数多くの女を欺いてきたんだわ!」

「アレアちゃんは俺が守る!」

「あの野郎、許さねえ!やっぱり俺が一発ッ!」

「ふふ、彼、なかなかいいじゃないか…好みだ。」


?????!

(なんか周りがうるさい!所々不穏な空気を感じるし!いや、全体的におかしいけども!)


バンッッッッ!

混沌とした空気が、刹那、静まり返った。その場にいた全員が、その音源であるアレアの方を向いた。

当のアレアはすぅぅっと息を大きく吸って、

「いい加減に………しろぉぉぉぉぉ!」


その後懇々とレイヴァンと野次馬を全員集めて正座させ説教するアレアを見て、なぜかレイヴァンは「ああ、ヴォルドーのおっさんとカレアさんの子だなぁ…」と思った。



なんだかんだで使徒協会の人たちの誤解を解き、親睦を深めることに成功したレイヴァンはその使徒たちと酒を飲み交わすことになった。

明確な身分証を持つ人が少ないタイレフでは年齢といった基準で飲酒を制限するのは難しく本人の裁量に任せられている。


「ささ、レイヴァンや、どうぞお酒を」

「ん?おうよ。」

(そういえば師匠の晩酌によく付き合わされていたな。)

ぐいぃぃ、とジョッキを傾ける。

「おぉ!いい飲みっぷり!」

「これくらいなんてこたねえよ。」

おぉぉぉ…と周囲から感嘆の声が漏れる。

  


別の卓で飲んでいたアーバンが立ち上がった。ハンクが声をかける。


「おっと、アーバンさん。ジョッキを持ってどこへ行くんですか?」

「飲み比べてくる。」


間違いなくレイヴァンとであろうがかなり若いように見える。大丈夫だろうか。


「ほどほどにしてくださいよ。」

「分かってる。」


すでに顔は赤くなっていて説得力に欠ける。


「あの人は急にスイッチが入るんだよなぁ、何が基準なのかはわからないけど。」

「そうかな?ただ噂の新人が気になっただけでしょ。」

「そうよハンク。団長は大して何も考えてないわ。」

「そうですね。」



レイヴァンが男女問わず使徒たちと談笑していると、目の前の席にジョッキを持った男が座った。


(明らかに俺より年上だがぎゅっと絞られていながら均整のとれた体をしている。)


周りがどよめいたところを見ると、この教会でもなかなか有名な人物のようだ。

男が声をかけてくる。


「邪魔して悪いな。俺はアーバンってもんだ。お前さん、名前は?」

「レイヴァンです」

「そうか。レイヴァン、突然なんだが俺と飲み比べしねえか?」


初対面の男に飲み比べを申し込まれて、平時ならいくらかの不信感を抱くものだが、この日は疲れと満足感で冷静でなかったらしい。


「いいですよ。」

「へへっ、いい返事だ!」


そして飲み比べが始まった。



ゴク…ゴク…ゴク…

「うぉら3杯目ェ!」

「こっちもぉ!」


ワーーーーッと周りから歓声が上がる。


「なかなかやるじゃねえかレイヴァン」

「そりゃどうも。にしてもアーバンさん、顔が赤すぎやしませんか?無理はい体に障りますよ。」

「はんっ、お気遣いどうも。だがこんなもんまだまだだっての。」


遠くから騒ぎを見ていたアレアは心配になって声をかけに行く。


「ちょっとレイ、そろそろお開きにして宿に帰りなさいよ。」


少しとろんとした動きでレイヴァンの瞳がアレアを向く。


「おっ、心配してくれてんのかい。そいつはどうも。」


周囲の観客がヒューヒュー囃し立てる。

アレアは呆れて、はぁ、と嘆息を残して先に帰った。

様子を見ていたアーバンがからかってくる。


「おいおいレイヴァン、愛しのアレアちゃんがせっかく止めてくれたんだし諦めて帰ったらどうだ?」

「いーや、まだまだだね。負けるわけにゃいかねえよ。」


自分のジョッキになみなみと酒を注いで続行の意思を表明する。


「俺が絶対に勝つ!」

「10年早いっての!」


会場の興奮も高まっていく。

「「「「「天っにまっしまっすわぁれらーがかーみよ〜

     こんの酒闘をご覧あれー

     まーだ夜は明っけぬー、まーだ酔いは覚ーめぬ〜

     もぉいっぱいさぁあもぉういっぱい

     気合を見せろ、おっとこを見っせろ 

     はいはい飲っめや、はっい飲っめや!」」」」」


ゴク…ゴク…ゴク…


「…っぷはぁ!いよっしゃあああ!」

「ばはぁ!どぅらあああ!」


くらくらと目眩がする。思考はぼんやりとして体はじんじん熱い。変な熱に当てられたようだ。

ぐわんぐわんと揺れる世界。水中にいるかのようにくぐもった周囲の声。

それを最後にレイヴァンの記憶は途絶えた。


(う…うぷ…むぐっ!)

息が詰まるような苦しさを感じて急に目が覚めた。


「ぜはぁー!げほっ、えっほ…」


頭はがんがんと響くような痛みを訴え、裸でもなお暑い季節にも関わらず寒気を感じた。体は怠く目は乾く。体調は最悪だった。

辺りを見ると数人の死体(酔い潰れた者たち)が転がっているが、飲み比べをしていたときの観衆はほとんどいなくなっていた。窓から覗く外は闇に覆われている。どうやらそれほど時間は経っていないらしい。


(死にかけていたところ無意識でなんとか息を吹き返したとかじゃないだろうな?笑えねえぞ。)


身の毛がよだつような話だ。

改めて周囲を観察すると、卓には食べかけの料理、飲みかけの酒。床にもかなりジョッキやお皿が転がっている。いくつかは割れていた。

さらに視線をずらすと一枚の紙切れが。


(なんだこれ?さっき、というか飲んでるときはなかったよな?)


嫌な予感がする。震える手で紙片をつまむ。

…手の震えは酔いによるものか、得体の知れない紙片への恐怖によるものか。

とにかく、紙片を顔の前に近づける。視界は未だいくらかぼやけており焦点が合うまでに時間がかかった。

それは罪人が刑を執行されるまでの猶予のようなものだったのだろうか。視界が鮮明になったことを、レイヴァンは後悔した。


「請求書、使徒協会料理屋グレーデンレードよりレイヴァン様へ、飲食代20,000スノン、建物修繕費…80,000スノン!?」

(ぼったくりだろう!修繕費に関しちゃ身に覚えがねえ!)


…紙にはきちんと詳細が記載されていた。誰が頼んだのやら、レイヴァンが浴びるように飲んでいた酒は、名前も知らない高級品。そして誰かが店に飾ってあった絵画に酒をぶっかけたらしい。なんとそれが連帯責任。

この日のレイヴァンの稼ぎは101,000スノン。よって残額は1,000スノン。


「は…あは…あははははは…………はぁ」


レイヴァンの一日の頑張りは、酒の泡となってしまった。


そして明け方。

じぃー......ちりり......

春から夏への季節の移り変わりか、草むらから虫の鳴き声が聞こえてくる。ほとんど灯りが消えた白馬の館前でポツンと一つの人影がいつかのように、というか一昨日のように途方に暮れていた。

「………謝ろう。そしてもう少し泊めてもらおう。」

この日のレイヴァンの予定が決まった。

(スカーレン一家への謝罪から入ることにしよう。)

第一目標にして最大の難関はアレア・スカーレン嬢。二日酔いで痛む頭を押さえながら誠心誠意の謝罪および言い訳を考え始めた。



これがレイヴァンのタイレフに来て最初の数日の記憶であり、アレアとの出会いである。

読了お疲れ様です。


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