初めての依頼 1.転換点
少し話が動いたような...気のせいっすわ。
「お前何言ってんの!?俺たった今協会の説明受けたとこなんだけど。」
「はぁ?俺今日依頼受けるって言わなかったっけ。」
「そう言えば言ってたかも...。でも今日じゃなくても良くない?ほら、準備とかあるし。」
「え、なに、お前もしかしてビビってんの?意外だなぁ〜」
むっか
「は?お前こそ何言ってんだよ。別にびびってなんかないよ。ただ、使徒は準備を怠ってはいけないから、慎重になってるだけだっての!」
(ジン君ってこういう挑発に弱いのかな...)
アレアは少し心配になった。
「おおよく言った!準備は確かに大事だが安心しろ、今回は俺がやっといたぞから、もう出発するぞ。」
ジンは唐突に冷静になった。
「...アレアさん、本当に大丈夫かな?」
そうねぇ、とアレア。
「レイヴァン君、何の依頼を受けたの?」
レイヴァンはズボンのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「とりあえず薬草集めだな。」
「この辺に薬草とか生えてる場所があるの?」
ジンは今日まで生きることに精一杯でタイレフの外がどうなっているかはさっぱり分からない。
タイレフはそれなりに雨が降る地域にあるので植物はそれなりに生えているが。
「雑草ならそこらへんに生えているんだがな、薬草となるとただ水があればいいわけじゃないんだよ。まず綺麗な水、次に清涼な空気、そして最後に微量でもいいから魔力が必要なんだ。というわけでこの辺りには薬草はない。…が、しかしここから馬車で数時間のところに密林があってだな。なぜか空気中の魔力濃度が高くて薬草が群生してる。」
「知らなかった…」
今まで周辺部のことしか知らなかったジン。世界が広がったような気がした。
「まあ馬車で行くんならそれほど時間もかからないし大丈夫か。」
現在太陽は真上に向けて上昇中。そろそろ暑くなりだす頃か。薬草を採集するのにどれだけの時間がかかるかは分からないが、行き帰りの移動時間を聞いた限りではなんとか今日中には戻ってこれそうだ。
...と頭の中で勘定し終えた直後に、
「いや、馬車は使わねえよ?」
…へ?
「いや、でもそれじゃあ今日中に帰れなくない?」
「あぁ、言ってなかったけどこの依頼泊まりで行くぞ。」
「何でだよ⁉馬車使えばいいじゃん!」
因みにジンは馬車に乗ったことがない。本当は馬車と聞いて少しワクワクしていた。
「あのなぁ、馬車って結構金がかかるんだよ。当たり前だろ?それに向こうに着いて薬草採って帰ろうとしたって、夜遅すぎてどこも馬車なんか出してくれねえよ。」
確かにその通りだ。だがこういう時に正論を言われたって素直に聞き入れるのは難しい。
「……」
ジンはむすっと、だんまりして不貞腐れた。
「ったくこれだからお子様は面倒くせえな。」
ムッとして、ジンが言い返えそうとした時、アレアが先に口を開いた。
「こらこら、そんな言い方ないでしょレイ。誰だって最初の依頼でそんなに長い距離を歩かせられたら、文句を言いたくなるに決まってるじゃない。」
「チッ…おいジン、悪かったな。」
「…別にいいよ。」
「でも、依頼は変えねえぞ。だから今回は我慢してくれ。」
なんでこんなに頑固になっているのか、ジンは不思議に思った。
「あんなだけど、レイは頼りになるからジン君も安心して始めての依頼を無事こなしてきなさいな。」
「分かったよ。行ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい!」
初めて掛けられた”いってらっしゃい”に、心に元気が湧いてきた。
歩いていくレイヴァンの後を追う。
〜
「行っちゃったな。」
先ほど出て行った少年たちの名残を残すように、協会の扉が前後に小さく揺れている。
レイヴァンが少年を連れてきたときはびっくりしたが、二人きりで話してみるとあのジンという少年はなるほどレイヴァンと相性が良さそうな印象を受けた。調子がいいというか、皮肉屋というか、生意気というか。ジンはこんな印象を抱かれているとは夢にも思っていないだろうが。
もしかしたらレイヴァンはわざと自分とジン君が話す機会を設けたのかもしれない。ただ依頼を探すだけなら、ジンがいたので選択肢は限られていたはずである。小一時間かけるほど悩むことはない。
「密林かぁ...」
薬草は人間にとって効能があると同時に一部の魔物の食料でもある。そのため薬草を探しにいくと必然的に魔物と遭遇する確率も上がるわけだが...
「ま、レイがいるし大丈夫でしょ。」
薬草の採集が魔物との遭遇率を高くすることを考えると、とても白使徒に任せられるような依頼ではないが、密林の奥に進まなければ魔物とは遭遇しない。今回の対象はクリウォル草。これなら大丈夫である。
「ふふっ」
レイヴァンとジンの会話を思い出して笑いが漏れた。レイヴァンのお兄ちゃん然とした振る舞いが新鮮であったがなんとなく板についていた。
「使徒が出発してしまえば私たち協会職員にできることは無事を祈ることだけだし、よし、仕事頑張ろう!」
〜
教会の扉をあけて外に出る。レイヴァンから食料などが入ったリュックを渡された。市街地を歩きながら周囲の露店を物珍しそうに眺めて歩いていると中心部と周辺部の境の門に到着した。門番に軽く会釈して、周辺部に入り、また歩き出す。今までは意識した事がなかったが、一度中心部を見てから周辺部を見ると、生活の差が明らかにあった。
いつも見ている慣れ親しんだ街並みを眺めながら、周辺部の方が落ち着くと、ジンは考えていた。
木で作られた住宅街を抜け、黄土色の畑を抜け、再び住宅地を抜け、今朝水を浴びた川に沿って歩いて行く。
1〜2時間ほど歩いて、やっと周辺部の端に着いた。周辺部と外部を隔てる壁は高く、堅牢だ。ずっと見ていると圧迫感から窮屈さを感じてしまうくらいに。
以前はなぜこれほどの壁が必要なのか疑問に思っていたが、魔物の存在を知った今となっては理由が想像つく。
さく、さく。
さらに歩いて行く。丁度出発した時に太陽がてっぺんに昇っていたので、気温が高い。川に沿って歩いていたおかげで水には困らなかったのが唯一の救いだ。
「川に沿って歩かなかったら水どうすんだろう。入れ物に入れて行くの?」
「普通は仲間に水魔法を使える奴がいるんだよ。俺たちにはいないがな。だから俺らが受けられる依頼は川に沿って歩くでもしない限り、距離が結構絞られてしまうんだ。」
「うはぁ~、魔法って便利だな。水ただじゃん。水浴びやりたい放題だ。」
「だろ?普通魔法って戦いで使うもんじゃねえよな。他に使い道があるだろって。」
ジンの歩調に合わせて短剣がカチャカチャ音をたてる。
「ねえレイヴァン、俺短剣を振り回したことないんだけど。というか、これって必要なの?」
「当たり前だろ。今まで要らなかったのはお前が町の外に出たことがないからだ。まあ少なくとも素手よりましだろ。護身用だ、護身用。」
そんな無茶な。
草原とその中の一本道を休まず歩く。
日も暮れはじめた頃、ようやく目的地の密林が見えてきた。
「ジン、もうすぐつくから頑張れ。」
「ゼェ、ハァ」
息も絶え絶え、足は文字通り棒になってしまった。荷物がそれなりに重かったのも疲労に拍車をかけた。
こんなに長い時間歩き続けたのは初めてだ。結局一度も魔物と遭遇しなかったのが唯一の救いか。
やっとこさ到着して、ジンは目を疑った。
今までは疎らに生えた木しか見たことが無かったが、これは何だ。
青々と木々が生い茂り密集しているではないか。
「もう結構暗くなってしまったし、依頼は明日に回して今日はここで泊まろう。」
「中に入らないの?」
「さすがに初めてここに来た奴に中で寝泊りはさせられねえよ。だって森の中だぜ?見通しも足場も悪いし、何より魔物も住んでいる。中で寝るんなら見張りがいるんだよ。大抵は4、5人で依頼を受けるから、交代で見張りをすることができるんだが、2人で交代はきつすぎる。」
なるほど。
「まあ、幸いにも森の近くだ。そこらへんには草原が広がっている。雑だが寝るのには苦労しないだろ。」
「今からなにするの?」
「とりあえず寝床の確保だな。その次に水浴び。あとは適当に飯食って明日の予定を決めて寝る。こんなもんか。」
レイヴァンの後に着いて行き、森の浅いところで草や葉っぱを調達する。森の周辺を散策して寝床を探したが、結局川岸で寝ることにした。水が豊富にある為、適度に草も生えていて、ちょうど良さそうだ。水を浴びて布で適当に体を拭い、大きめの布を地面に敷く。寝転がってみると少し硬いが、悪くない寝心地だ。
「これなら布だけでいいかもね。」
「そうだな。」
リュックの中から食料を取り出す。固いパンや干し肉、乾いたチーズなど。普段よりもいいものを食べられてジンの頰が緩んだ。
「うまうま。」
「そりゃあよかった。こんなもので喜ぶんなら今度どっか店に連れてってやるよ。腰抜かしてしまうぜ?」
食べてる最中なのに思わず唾を飲み込んでしまった。ただ不安になったのが
「俺たちでも入れるの?」
しかしレイヴァンは
「当たり前だろ?金を払えば普通の店は料理を出してくれるぜ。流石に中心部にある上流階級御用達の店には入れないがな。」
意外だった。てっきり周辺部の人間は出入り禁止なのかと思っていた。
「まあ、そこまで露骨に差別してしまうと周辺部の人間の反感を買ってしまうから、暴動とかを起こさせないためかもしれんがね。」
夕食を食べ終わり、ぼんやりとしていた。歩き疲れて眠いのかもしれない。夜の風は涼しく、近くに川が流れているため砂埃も混じっていない。清らかな澄んだ風は今まで経験したことないものだった。
ふと、レイヴァンが声をかけてくる。
「おい、ジン。空を見てみろよ。」
呼びかけられて、疲労で溶けていく視界が鮮明さを取り戻す。レイヴァンに言われた通りに空を見上げた。
「...わぁ。」
満天の星空。白、赤、青、紫。一粒一粒が微妙に違う色で光っていた。まるで星の絨毯だ。様々な色の星々で編まれて、月の光でさらに複雑な模様がついている。明るく輝くところ、控えめに静かに光るところ。強弱がつき、最早川のようでさえあった。さらに、星空の真ん中には月が冷たく光っていた。白く、ただひたすらに白く。青白いとさえ感じるほどに。
「お前にこれを見せてやりたかったんだ。」
唐突にレイヴァンに話しかけられ、顔を向ける。
「ただ依頼を受けるだけなら、別にタイレフの中で雑用を引き受けてもよかったし、ただ星空を見せるだけなら、ここである必要はないんだ。」
一旦言葉を切ってから、再び話し始めた。
「俺がお前と同じくらいの歳の頃に訳あって危険な状況にあったことがあってな、あの時は本当に死を覚悟したもんさ。いや、ちょっと違うな。死を覚悟していたんじゃ無くて、死んでも仕方無いって感じかな。食事を十分にしたことなんて無かったし、結構ひどい怪我をしていたもんだから、体中が熱くてあんまり意識もはっきりしてなかったんだけど誰かが近づいてきて俺の体を揺らして大きな声で呼びかけてきたんだ。それが俺の命の恩人の冒険者だったんだ。」
ふと疑問に思ったことをレイヴァンに尋ねた。
「使徒では無くて冒険者?」
「ああ、そうだったな。まあこの国における使徒みたいなものさ。それは置いといて、そのたまたま通りがかった冒険者の人は俺を運んで、自分の仲間のところに連れて行ってな、その仲間の人が俺を治療してくれたんだ。衰弱してる上に大怪我してたんだが、奇跡的に回復してな、食事もきちんと摂ってなんとか復活したから、今ここにいられるんだ。」
レイヴァンの視線が、何かを思い出すように遠くを見つめているように見えた。
「最初はその人たちのことなんて信用できなかったが、怪我して動けなかった俺にはどうすることもできなくてな。治療を受けるうちにそんな思いも消えて行ったんだが、やっとこさ動けるようになると、その人がタダでは返さんとか言い出してだな。ここに来て代価を要求して来たかって、怒りというか、諦め、いや落胆か?まあとにかく焦ったけど、その人が自分のことを手伝えって言い出してな。」
レイヴァンは当時のことを思い出す。
〜
おいお前、治ったんなら代価を払え。タダでは返さんぞ。
はぁ!?俺金なんて持ってねえよ。
お前に金なんて期待してないわ。そうだな...よし決めた。俺がお前に稽古をつけてやろう。
勝手に決めんな!なんで俺がお前に教えを請わなきゃいけないんだ!
しかし、ではおまえは俺に何か代価を支払えるのか?
っ!いや、でも...そうだ!そもそも!
そもそも助けてなんて言ってない、なんて恩知らずなことは、流石に言うなよ?俺たちが世話してなければお前は間違いなく死んでた。そして俺は命を軽んずる輩が一番大嫌いだからな。それに、ここでお前が俺たちと別れたとして、行く当てはあるのか?どうせどっかでのたれ死ぬのが関の山だ。それではお前も俺たちも報われん。
くそ、分かったよ。お前の弟子でもなんでもなってやるよ...でも師匠が弟子より弱けりゃあ務まらねえだろ。俺が勝ったら速攻で出て言ってやる。
ははっ、威勢はいいじゃねえか!早速今から始めるぞ。
〜
「今なら分かる。師匠は別にお金とか、代価が欲しかったんじゃない。ただ俺のことを心配して、俺が一人で生きていけるように、俺が納得する形で力をつけせようとしただけなんだ。」
そんな大人もいるのか。あまり信じられない。
「まあ稽古はそんな甘いもんじゃなかったけどな。控えめに言って地獄だったよ。」
「大きな岩を持ち上げさせられたとか?」
「そんなんじゃないさ。やってることは至って普通。走り込みや筋トレで基礎体力の強化。軽い組手から始まって様々な格闘技で体術の特訓。剣をはじめとすして武器を使った稽古。他にも色々させられたな。魔法だって修行させられた。まあ、やる量が半端なかったんだろうな。『倒れるまで走れー』とか、『倒れたな?よし、起き上がって走れ!』とか。おかしいだろ?もう限界だから走れないってのに、さらに走らせるんだぜ?」
その光景を想像して思わず身震いした。
「それからも稽古は続いたさ。初日に勝負を挑んでコテンパンにやっつけられてから、どんなに疲れていても、組手の時とか、勝負は全力で取り組んだ。こっちの攻撃は全く入らなくてな。反対に師匠の攻撃はなかなか防御できないし。まあ、とてつもなく痛いから、くらいたくなくて防御と回避はどんどん上手くなったが。そのうち、一本取ることはできなくても不意をついたり、攻撃が入るようになった。」
レイヴァンの横顔を見つめると、とても懐かしそうにしていた。
「すると次は稽古から訓練に変わってな。実際に師匠について行って魔物を退治するようになったんだ。純粋な対人戦闘技術だけでは足りなくてな、師匠が『自分に足りないと思った技術を考えろ。それを俺に言ったら教えてやる』って。そんなこんなで罠の作り方、設置の仕方。視界や足場が悪い場合の地形踏破。本当に色々教えて貰った。魔法が得意じゃないなら工夫を凝らさざるを得ないからな。」
夜の川は、黒い水面を見るのがやっとで、その中は見通せない。しかし清流の音は確かに川の存在を伝えてくる。
「そのうち師匠と同じく冒険者登録をして、いろいろな依頼を受けて、様々な場所に連れてって貰ってな。そのうちの一つでここにきたことがあったんだ。まあ、あれだ。俺にとっての思い出の場所の一つってだけだ。確かにここの星空は綺麗だが、ここが一番なのかって聞かれたら答えに詰まるからな。」
結構長い話だな、とは思ったものの、思い出話とはそういうものなのかもしれない。それが、話し手にとって大きな意味を持てば持つほど尚更に。正確に伝えようと、思い出す時間もかかるのだから。
「でも、この場所で、師匠に言われたんだ。」
レイヴァンは思い出に浸りながら、ゆっくりと続けた。
「もし俺みたいな奴がいたら、俺が師匠にしてもらったみたいに、力になってやれってな。それが最後の代価だとよ。」
〜
おいレイ。
なんだよ師匠。
多分もうすぐ、お前はまた自分一人で生きて行くことになる。
はぁ?何言ってんだよ。俺まだ師匠から一本取れてないぞ。というか、これからも師匠について行くって。
それは許可できん。なにせ、おまえの人生はおまえのものであって、俺の人生に付き合わせるものではないからな。そもそも、俺はおまえに生きていく術を教えただけで、戦力を欲したわけではないからな。それに何を馬鹿なことを言ってるんだ。おまえが俺から一本取るだと?それはなんの冗談だ。
何だと師匠っ!やってみなきゃ分かんねえだろ!!
落ち着け。考えてみろ、俺はこれまでずっと魔物や盗賊と戦ってきたし、稽古だって欠かさず続けてきたんだ。それが、ちょっと俺について稽古を受けたような奴に負けるわけがないだろう。仮に負けたら隠居するほどに落ち込んでしまう。...まあ良いだろう、明日の朝一番に、武器ありの何でもあり組手でもしようか。そこでおまえが俺に勝てたら、これからのことはおまえが決めると良い。
おお、いいぜ。やってやんよ。今までの借りも全部返してやる。
フン、勝手にしろ。...あと最後に一つ。
...何だよ。
ははっ、まあそう不貞腐れるな。
っ、不貞腐れてなんかねえよ!
まあいい。万に一つもおまえが俺に勝てる見込みはないから、その通りに事が運んだ場合のことだ。おまえがこれから一人で生きて行くうちに、もしかしたら、昔のお前みたいに人生を全く楽しめて無さそうな、命をつまらないものだと考えてそうな輩に出くわすかもしれない。
なあ師匠、それ喧嘩売ってるよな?
最後まで聞け。...その時は、俺がお前にそうしたみたいに、少しの間だけお前の人生にそいつを巻き込め。何をするかはお前が決めていい。戦いを教えてやるでもいい。まあ、教えられるのならの話だが。
いちいち一言多いよな?
だから最後まで聞けと言っているだろう!そういえば人の話は最後まで聞けとは教えてなかったか?不覚だ。話を戻そう。ただし条件付きだ。お前がつまらんと感じているときに、そんなやつの人生に巻き込まれるのは相手が可哀想だ。だからお前は常に楽しいことを探せ。自由に生きろ。俺がお前に見せたのなんて世界のほんのわずかな側面だけだ。辛いことや許せないこともたくさんあるだろうが、それと同じだけ面白いことはまだたくさんある。話をまとめよう。つまり、お前が楽しく生きること、そして、昔のお前のような奴がいたら、そいつにお前が生きる世界を、一部でいいから見せてやって、生きる術を教えてやること。これが最後の、お前が俺に支払う代価だ。
〜
「という訳で、俺はお前を勝手に引きずり回しているってことだ。俺みたいな奴って言われて不快に思うかも知れんが、他意は無い。なんとなく、お前がたまたま近くに来たからそうしたまでだ。」
そう言われて、ジンはレイヴァンと初めて会ったときのことを思い出した。確かに、レイヴァンから声をかけて来た訳では無かった。ただ、寝床を探してさまよっていた時に偶然見かけただけ。
ザァッと。強い風が吹き抜けた。葉擦れの音が聞こえる。
風は、今まで二人の間にあった落ち着いた空気を攫って行った。
「選ぶのはお前だぜ、ジン。俺が師匠に助けられた時とは違って、俺はお前の命の恩人じゃ無いからな。お前が俺に恩義を感じる必要はない。...ただ、お前が自分の現状に不満を抱いていて、つまんねえ生活を送ってるって感じるのなら。どれぐらい長くなるかは分かんねえけど、俺の人生に巻き込まれてみねえか?何か得るものがあるかも知れねえ。...まあ、それは人の感じ方次第だがな。」
ジンはここ最近の、いや、これまでのことを思い返す。
生きるために、とは言うが実際はただ空腹を満たすためにゴミを漁って食いつないだ日々を。
ゴミ漁りでは間に合わずなんとか食料を得ようと、ただ同然でこき使われて賄いを食べた日々を。
そして、何か問題が発生すれば、こちらに全く非が無くとも暴力を振るわれ、挙句の果てには、使い捨てるように簡単に解雇され、再び店を探しては雇ってもらうように頭を下げた日々を。
対して。
次に、たった昨日に始まった、この奇妙な青年との生活を。今日を含めてたったの2日だ。この青年の人柄さえ、まだ正確には把握できていない。優しいお兄さんとは、お世辞にも言い難い大雑把な青年。粗野、とさえ言えるかもしれない。このまま一緒に過ごして、この先どうなるかは全くわからない。全くの未知数。
だけど...
(...だけど)
全く分からないけれど、少なくとも、この二日間はこれまでより圧倒的に濃密で、圧倒的に楽しかった。協力して食料を集めたり、喧嘩して遠慮なく言い合ったり、そして、大声で笑ったり。
これからどうなるかは、確かに分からない。分からないけど、逆に言えばそれは、どうにでもなる、と言うことだ。
レイヴァンに、この青年についっていって果たしてどうなるのか...
見てみたい。自然と、思った。
知りたい。切実に、感じた。
賭けてみたい。強い鼓動に、気付いた。
変わりたい。強く、願った。
そして...
ついていこう、と。決意した。
今までは考えもしなかった。思いもよらなかった。こんな生き方があるのだと。
自分の体を駆け巡り、じんじんと感じるほどの血流。
知らなかった...自分にこんな熱があったなんて。
だから...だから。
自然と言葉は、口をついた。
「行く...行くよ、レイヴァン。俺も一緒について行くよ。だから、だからっ!」
「大丈夫だ、落ち着け。別に逃げたりはしねえから。ゆっくり。な?」
「うん。よろしくお願いします、レイヴァン。」
「...おうよ。任せろ。こっちこそ、これからよろしくな、ジン」
こう言うのを、熱に浮かされた、と言うのだろう。または、見切り発車とも。
(それでもいい。多分、こんな機会は滅多にこないから。二度と来ないかもしれない。だから、逃さない。)
ジンはまだ世界の広さを知らないが、そんな広い世界でも、個人の将来を左右するような出会いというものは、奇しくも起こり得る。
...時には、世界の将来にさえ影響を及ぼすような出会いもある。しかし、あまりに小さい出来事に、世界すらその重要性に気づかない。
そんな出会いだって、確かにある...
ジンは星空を見上げて、まだ心臓が強く跳ねているのを感じた。なかなか興奮は醒めない。
「とりあえず早く寝るぞ。明日は薬草集めしねえといけないし。森の中は虫も多いし大変なんだよな。」
...。今言うことではないと思うんだけど...
空気を読まない人との出会いだって、もちろんある。
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