使徒協会
しばらく平坦な話が続きます。
…ピチッ、ピチチ…チュン…
小鳥の声が聞こえて、ジンはもやもやした意識の中から引きずりあげられる。
(もう朝か。)
日の出前、夕方の青紫の空とはまた別の藍と青の間のような空。
(いつもより体が軽い…そういえば寒くない。)
草がほとんど残ってる…ああ、これが草布団の真の力なのか!
思わず独り言。それから、ジンは少し寝ぼけた目でレイヴァンを探すが見当たらない。
(あれ、レイヴァンは?)
ジンは立ち上がって、キョロキョロ見回す。見つからないのでとりあえず川に顔を洗いにいく。それから歩くこと数分、ジンは川原に到着した。川の方を見ると、下着一枚の男を見つける。ジンは男の方へ歩を進める。男、川面に顔を近づける。男、両手を広げる。男、川に手を突っ込んだ。男、あからさまに肩を落とす。
「…なにやってんの?」
呆れと訝しさ半々で川岸からレイヴァンに声をかける。
「ん、おお、起きたか。見りゃわかるだろ、魚とってんだよ。ったく、お前がバカ食いすっから、俺の分がこのままだと少な過ぎて足りねえんだよ。」
「え、あんなにあったじゃんか。」
「はっ?だからお前があの残りのほとんどを朝に食べるだろ。」
「いや、だからさ、確かに昨日は食べ過ぎたって思うけど、いつもあんなには食べないって。」
「…まじで?」
「うん。まじまじ。」
「…ははっ…ははは…ふざけんなお前⁉なら早く言えよ。じゃあ俺はなんだ?朝っぱらから川に入って魚を捕ろうと無駄に頑張ってたのか⁉」
「まあ、そうだな。」
「そうだな、じゃねえよてめえ。」
「はは、冗談だって。俺も魚を捕まえるの手伝うから許してよ。」
「はぁ、別にもう捕らなくていいんだろ。帰るぞ。」
「いいからいいから、ほら捕るやつ教えてよ。」
ガバッと勢いよく服を脱いで川に入る。
「捕る魚はなんでもいいよ。基本食えるからな。」
「それはよかった…とっ!」
ザバッと勢いよく、それでいて鋭く水に手を突っ込む。少し難しいがあえて手を一杯に広げないことで、水のなかでの手の速さを上げ、飛沫の量を減らし、音をあまりたてないように。
「それっ!」
ザバァッ、と水から上げた両手には30セリルほどの魚が収まっていた。
「レイヴァンレイヴァン、とれたー!」
「げっ、まじかよ。早すぎんだろ。(くそ、俺も絶対捕ってやる!…まじで負けられん。)」
ザバッ!
「おっしゃ、捕まえた!」
ザバア。40セリルほどか、金と黒、それから緑が混ざったような魚だった。
「ほれ見ろジン、こっちの方がでかいぞ‼ハッハッハ、俺の勝ちだ!」
「…別に勝負してないんだけど。」
「まあまあ、悔しいのは分かってるって。そうだったな、別に競ってなかったよな~。」
むか。
「いいよ、勝負してやる。」
ザバッ、今度は細長い魚。一見蛇かと腰を抜かしかけたが、よく見ると黒い背に白い腹のテラテラ光る魚だ。ちなみに50セリルほどか、とりあえずレイヴァンが捕まえた魚よりは大きい。
「よっしゃどうだ!俺の方がでかいだろ。」
「ぐっ、まだだ。」
「ははっ、まあ頑張って。俺はもう上がるよ。」
と言ってジンが気を抜いた瞬間、ヌルッと魚が手から滑り落ちた。
「あっ、やべ」
人は急いで魚を捕まえようとするが、一度水の中に戻った魚はなかなか捕まらない。ジンが一人でバシャバシャはしゃいでいるとレイヴァンが声をかけて来る。
「ざまあみろ、日頃の行いが悪いんじゃないか?この国風に言えば天罰が下ったんだろ。年長者のことは敬いたまえよ、少年。」
(っこいつ!)
ジンはおもむろに水を掬ってレイヴァンの顔面に至近距離でかけた。
「ブハッ…ゲホッ、おぇ、てめえ何しやがる!?」
「ふん、まだまだ!」
「あっ、くそ待てよ。ああーもう怒った、徹底抗戦じゃあ‼」
それから少しして、理由も無く、二人で水を掛け合った。
「お前のせいで朝御飯が遅くなっちまった。」
「まあいいじゃんか。」
「はぁ、もう食べ終わったなら行くぞ。」
「りょーかい。」
周辺部から中心部へ。一応検閲みたいなものがあるが、非常事態以外は基本的にはほぼ自由通行だ。さすが中心部。街が整然と区画されている。建物は白い石で造られている。広場に出る。女神の周りを水の入った甕を持った天使が飛び、甕から水が流れる噴水。小綺麗な服装で弦楽器を弾きながら陽気に唄う吟遊詩人。ジンは数えるほどしか中心部に来たことがない。
やっぱり凄い、素直にそう思う。スラムの活気とは違う。むしろスラムより活気はすごい。それに優雅さや上品さといったものが加わっている。地面には不規則だが歩くのに苦労しないくらいの石畳が敷き詰められている。だからこそ、ジンは居心地の悪さを感じていた。確かにきれいな街並みではあるが、自分の居場所ではないような、自分が異物であるような。
大通りに沿って歩き続けると、剣を掲げる戦乙女の意匠が施された大きな金属板のついた建物が見えてきた。
「あれが使徒協会タイレフ支部だ。」
近くで見ると結構大きな建物だ。木製の扉をレイヴァンが開き、ジンはそのあとに続いて入る。
扉の外に声が漏れていたが、中に入るともっとすごい。喧々囂々。建物の中は外装と少し異なり、大理石など白色系の建材で出来ている場所と木製の茶色や黒色の場所とがあった。100人程、それくらい多くの人がいるが、白い服を着た、神官のような出で立ちの人が多いのはお国柄なのか。中には機動性を重視した軽装の者やいかにも前衛といった感じの厳つい鎧や盾を纏った者、不思議な細長く反りのある剣を装備し、見かけないゆったりした薄手の服を着る剣士、他にも弓使いやナイフ使い、ダガー使いや杖を持つ人など、多種多様な人がいる。
先を歩くレイヴァンの後ろを歩き、カウンターにたどり着いた。カウンター周辺は白っぽい。どの受付も列ができているが、レイヴァンたちは使徒登録と書かれた列に並ぶ。
「この列は他のより人が少ないんだな。」
「そんなに毎日登録者が列を作ることはねえよ。」
「それもそっか。」
「ほら、そろそろお前の番だぞ。」
「うん。」
(やばい、何て言うんだっけ。えっと…俺臭くないかな…水浴びはしたけど。服も汚いし。しかも周辺部に住んでるから嫌な顔されないかな。)
これでもジンは結構潔癖というか、他人を思いやる心は持っている。
「次の方どうぞー。」
「あの、えっと…使徒登録をしたいんですけど…」
心中では大変焦っていたので、ついついぶっきらぼうになる。
「はい、新規の使徒登録ですね、承ります!こちらにお越し下さい。」
「はっ、はい!」
ブフッ!っと、レイヴァンがこられ切れずに吹き出した。ジンは顔が熱くなって真っ赤になる。更にレイヴァンの笑いを誘ってしまうが、そこで受付のお姉さんの静止がかかった。
「こーらレイ、ダメでしょ笑ったら?」
レイ、とはおそらくレイヴァンのことだろう。そうレイヴァンのことを呼ぶこの女性は一体...。
「いや、だってさ、こいつ俺に対しては初対面でもすげえ生意気だったからさ、そんな奴が年上の女性に話しかけられて慌ててるんだぜ?そりゃあ笑っちゃうだろ!」
「ぐっ!」
とても悔しいが、事実だから言い返せない。
(相手が大人だったらこんなことにはならないのに!)
受付の女性はレイヴァンと同年代に見える。ジンからすると、『お姉さん』という表現がピッタリきた。
「フフッ…笑っちゃってごめんね。移動するから着いてきて。」
三人で場所を移動する。着いたのは広い部屋だった。木製の長机がいくつも並び、その上に仕切りが置かれて一対一で話せるようになっている。
「よしっ、気を取り直して登録しよう!っとその前に、まずは使徒協会についての説明をしようと思います。ちなみに私の名前はアレア。アレアさんでもアレアお姉さんでも…お姉ちゃんでもいいよ!」
(この人絶対からかってる!くそっ)
「うん、分かったよ。よろしくね、お姉ちゃん!」
「クッ!」
会心の一撃。
アレアにジンの言葉が刺さった。
恥ずかしそうなアレア、やり返せて満足なジン。呆れているレイヴァンが口を挟む。
「ほら、いい加減話を進めろよ...っといけね。俺ちょっと用事があったんだ。二人で話を進めててくれ。」
そう言ってレイヴァンはどこかに行ってしまった。
ふー
アレアが深呼吸を1つ。
「よし、話を戻そうか。えーっと…そうだ、まずは階級の話をするね。使徒には協会から一人一人に協会証という名前の会員証が渡されるわ。会員証には所持者の階級が記載されていて、本人確認に使うこともできます。身分証明書でもあるからくれぐれも紛失しないように気をつけてね!」
特に質問はない。アレアはさらに続ける。
「はじめは全員一律に白使徒からだよ。向こうの依頼掲示板の依頼書のうちで、白い判子が捺されているものから選べるの。次に依頼の受注と達成について説明するね。」
と、アレアが話そうとしたとき、後ろから近づいてきた背の高い女性がクリップボードのような木の板でアレアの頭をはたいた。
スパンッ
アレアが頭を抱えてカウンターに突っ伏す。
ジンは思わず女性の顔を見る。薄い茶色、光の加減では金色にも見える髪で、目は切れ長で、鼻梁はすっと通り、冷たい印象を受ける。
ジンがぼーっと女性を見ていると、女性はジンを一瞥してからアレアを見て、ハーッと溜息をつき、口を開いた。
「アレア、何度も言葉遣いに気を付けるように言ってるでしょ。いい加減身に付けなさい。」
「いったぁ~。ソフィアさん、いきなり叩かないでよ。」
女性はソフィアという名前らしい。
「あなたがいつまでも言葉遣いを直さないからでしょ。反省しなさい。」
「は~~い。」
「返事はシャキッと!」
「はい!」
女性…ソフィアさんはこちらに会釈してから立ち去った。
アレアはソフィアの方を向いて、べーっ、としてから、乱れた髪を耳にかけて、再び話始めた。
「見苦しいところを見せてしまってごめ...すみませんね。さてと、気を取り直して、まず、依頼の受注について。基本的には依頼を受けるときに、先に保証金を払ってもらいます。この保証金というのは、使徒様から協会に払っていただくものです。
「え、何で使徒の方が払うんですか?」
「うーん、当然の疑問ですよね…説明します。協会発足当初はこの保証金はなかったそうなんです。ですが協会を運営していくうちにある問題発生しました…ジン君、依頼を受けた冒険者がやってはいけないことが沢山あるんだけど、その中でも上位に来ること…言い換えると、協会にも依頼主にもとっても迷惑がかかること、分かる?」
アレアの声にある種の熱、真剣さが宿る。ジンはそれに応えようとじっくり考えてから口を開いた。
「うーん…依頼を達成できないこと?」
「おぉっ!ほとんど正解。確かに依頼を達成できないのは協会にも依頼主にも迷惑がかかるよね。以前、とりあえず依頼受けとこうってことで確実に達成できるかきちんと自分の実力と依頼の難易度とを評価しない使徒が後を絶たなかったの。さて、ここで問題です。この後何が起こるでしょう?」
今度はそれほど悩まずとも答えが出た。
「使徒が怪我をした、とか。」
「その通り。中には怪我で済まなかった人もいるんです。更に、これは特に新人から中堅に多いんだけど、冷やかしで依頼を受ける人もいます。これはただ達成できないよりも尚更たちが悪いです。何故なら依頼に真剣に取り組んでないから。」
ジンは頷く。
「これは依頼主と協会の間の信頼関係にも傷が入ります。すると、評判が悪くなって依頼が少し減ったり、報酬を含めて待遇が悪くなったり…そこまでいかなくても、使徒に対する印象は悪くなります。そういった事態にならないように、協会が設けた制度が保証金の事前徴収です。」
あれ、とジン言葉を漏らす。
「どうしたの、ジン君?」
「保証金をとるのって依頼を達成できなかったことが分かってからでよくないの?」
「良いところに気付きましたね。と言っても、内容は良いことではないんですけど。ジン君の言うとおり、当初は保証金を後で徴収してたらしいんですけど、いくつか問題が発生したの。一つ目が、保証金を払わない人が多かったこと。」
えっ!思わずジンは声を上げた。
「払わずに逃げていいの!?」
「もちろんいけません。罰則だってすぐに設けられました。例えば一定期間協会の使用を禁ずる、みたいな。でも使徒側が、自分たちは全力を尽くした、なのに何で罰せられるんだ、と言った具合に抗議することが頻発したんです。そう言われると現場にいなかった協会側としては、一方的に使徒側を罰する訳にもいきません。だからと言って、依頼側に迷惑をかけてしまったのは事実だし、何も対応しないわけにはいかないんです。」
「使徒側がでたらめを言ってることだってあるんじゃないの?」
「勿論そういう人が多いです。普通適正階級の依頼を真面目にこなせば達成できるはずですから。ですが先程も言いましたが、私たちは現場にいなかった。事実が完全にはわからないんです。」
う~ん、ジンは唸った。
思った以上に難しい。十中八九、使徒側の言い訳というか、罪を逃れるための苦し紛れの言葉に聞こえる。でも確かに、本当に真剣に依頼に取り組んだとしたら、罰を与えられるのに納得いくはずがない。
そこで、ジンは先程のアレアの言葉で気になったことを尋ねる。
「そういえば保証金を後から集めて起きた問題の二つ目ってなに?」
「ああ、二つ目は使徒がパーティーを組んだ場合、保証金をパーティーの一人に、大抵立場が弱かったり、実力が少し劣る人に押し付けて残りが罰金を逃れるってことが横行したことです。」
「それって事前徴収と関係あるの?」
「確かに、直接的な解決策にはなっていないんですよね。」
そりゃそうだ。事前徴収にしたからって、後からパーティー内でお金を奪われるかもしれないし、事前にお金を奪われるかもしれない。結局ここでも弱い立場の人間はいて、強い人間に虐げられる。周辺部に住む人間が中心部から疎外されているのとは違う。たとえ身分は同じ者同士であっても人間が集まれば仲間はずれは起きるんだろうか。
「絶対はないんです。だからもしそういった恐喝じみた行為が発覚した場合、即刻処分を検討します。言ってしまえば、罰金の事前徴収はあまり意味がないのかもしれない。ですが少なくとも、先に保証金を払ってもらえば、使徒の方々が真剣に依頼に取り組もうと思うかもしれないし、こちらの裁量で損害の補償ができます。これが最良ではなくとも最善なんだと思います。」
最良でなくとも最善を目指す。正解はわからないからできうる限りの策を弄する。
考えさせられる言葉だ。
「念のために言っておくと、この保証金は全額損害の補償に使われます。決して協会側の懐には入りません。」
話が一段落終わったのだろう。アレアが
「長く話しすぎたね。何かの飲み物いる?」
と聞いてきた。
そう言われたって何があるか分からない。仕方なく
「お姉さんのおまかせで」
精一杯の茶目っ気を出して見た。
「ふふ。なかなか面白いこと言うじゃない。承りました!」
アレアが飲み物を取りに行って、急にジンは一人になった。目まぐるしく動く昨日今日のことを振り返った。
明らかに今までと全然違う。何かが動き出したような、始まったような。俺自身がそう感じられるほどなんだ、きっとこれからは今までとは違うことが起こる。今までは流れに沿って流されるままだったけど、多分、俺は今、俺の中での転換点の渦中にいるはずなんだ...なんつって、そう簡単に人が変われるかよ。どうも妄想癖というか、空想癖があるんだよな。絶対人には聞かれたくないな。特にレイヴァンとか、あいつに知られたら絶対大爆笑されちゃうな...想像するだけで腹がたつ。
コツコツ足音が近づいてきたので、音の主を見やる。
「お待たせジンくん、とりあえずクパチャイアとサルシジュースを持ってきたんだけどどっちがいい?」
「サルシジュースをもらっていい?」
「もちろん!」
クパチャイアは乾燥したこの地域で採れるクパチという果物を使った飲み物だ。甘くてつぶつぶした種と果肉のみずみずしさがいいと大人気。
基本的に、乾燥した地域で採れる作物は水分が蒸発しないように、また水分を貯めておけるように、皮は分厚くなる。よって、食べられるのは中心の小さい実か、水分を貯めた外側の膨らんだ皮の部分になる。
ところがこのクパチに関しては例外で、水が局所的に溜まった湖のような場所の周辺で栽培しているため、皮が薄く、丸ごと食べられるのだ。果肉は白色でタネは小さいものが多数あり、つぶつぶした食感を楽しめる。甘みが強く、酸味などの独特な風味が少ないため人気がある。しかし栽培範囲に限界があり、栽培量が少なくなりがちで他の果物よりも高価だ。だからクパチジュースは周辺部に出回ることは少なく、一部の店舗でしか販売されていない。周辺部でも多く栽培されているにもかかわらず、大部分が中心部で提供されるのだから仕方がない。
サルシジュースは、クパチとは違いある程度乾燥していても少しの水分で育つサルシという果物を絞ったものだ。乾燥地域で栽培するため皮は分厚く実は小さい。酸味が強くて、ジンがはじめて飲んだときは思わず吹き出してしまった。
(でもなんか癖になっちゃうんだよなー。)
クパチに比べて安価で周辺部の料理屋には必ず置いてある。
「ジン君は珍しいねー。普通クパチャイアを選ばない?あっ、もしかして私に気を遣ったとか?」
「違うよ、単純にこっちの方が気に入ってるだけさ。この酸味で頭がスッキリ覚める感じなんだ。」
「へぇ~。ねえ私にも一口ちょうだいよ。」
「いいけど、あんまり飲まないの?」
「う~ん、普通クパチャイアを持ってくるんだけど、今日は間違って…というか、どっちにするか聞いてなかったから、選んでもらおうと思って片方サルシを持ってきちゃったのよ。ジン君が好きでよかった~」
ジンはサルシジュースが入った木のコップをアレアに手渡した。
「ありがと。」
ん、コクっと一口。あっ、とジンは反応した。あからさまにアレアの顔が真ん中に寄る。
めっちゃ酸っぱそう。
「…大丈夫?」
心配になって声をかけた。
たっぷり5秒くらいかけて、アレアは酸っぱさに打ち勝った。
「…私にはやっぱりきついわ。」
「顔を見て分かります。」
お口直しにクパチャイアをごくり。
「うん、私はこっちでいいや。」
コップを置いて説明を再開した。
「使徒の方がお金を払うもう一つの機会は依頼を達成したときです。このときに報酬の2割を仲介料として払ってもらいます。」
「それって何に使うの?」
「こちらは主に協会の運営費です。例えば、依頼を斡旋するだけで私たち協会になにも収入がなかったら運営がたち行かないでしょ?」
「協会らしく、『匿名の寄付で~』とかないの?」
ジンはふざけて冗談を言ってみる。皮肉をおくびにも出さずに。
「ふふっ、さっきも言ったけどジン君って面白いなー。でもそういうのって人によって好みが分かれるから気を付けてね。」
「えっ、何のこと?」
「さっきの寄付って言葉だよ。お姉さんに意地悪したのかな?」
嘘だろ、何で気づいたんだ!?
「なんちゃって、ホントに皮肉だったのね。」
かまをかけられたことに遅れて気づいた。
「…お姉さん、やるね」
「そりゃあもう、レイと付き合い長いからね。」
「ん?どうしてレイヴァンが出てくるの?」
「あの子も結構な皮肉屋なの。なんか想像付くでしょ?」
「確かに。」
「それで話を戻すと、ジン君の言うとおり寄付もあります。でもここの職員に支払われる給料、施設の維持費、あとはいずれジン君も必要になるかもしれない補償制度など。こういったことを考慮すると…ね?結構お金がかかりそうですよね。」
なるほど。
「使徒の方々のための利点もあるんですよ?まあ当たり前だろって思われるかもしれませんが、協会の運営がままならなくなってしまうと依頼の斡旋が出来なくなりますから、そもそも協会を運営していいること事態が使徒の皆様の最大の利益と言っても過言ではありません…というのは少し恩着せがましいでしょうか?」
ふふっ、とアレアが微笑、いや苦笑した。
「まあ言われてみたら納得できるよ。」
「それはよかったです。ではもう一つ考えてみてください。もしも協会が依頼を集めてくる、というか協会があるからそこに依頼を持っていこうと困っている方々が思わなかったら、使徒の方々はどうやって仕事をして賃金を得るのか。」
「普通に考えたら、協会に持っていくはずだった依頼を使徒に持っていくか…いや協会がないから使徒じゃないのか。まあいいや、使徒ってことで。それか…使徒が自分で依頼を探すか、いや使徒って職業が成り立たなくなる?」
「その通り。つまり協会の存在は、国や領などは動かさずに、自治組織であり、公的組織でもある協会を使って、困っている住民を助け、仕事を公平に定期的に分配することで、使徒に協力し、両者にとって得があるんです。」
確かに、国や領単位の組織では、個人の小さな助けを求める叫びを拾えないかもしれない。
「大体わかったよ。さっきはふざけて皮肉を言ってごめん。」
「それは別にいいの。ただ、ジン君には無闇に周りに敵を作ってほしくないだけ。私と話してるときは別にいいの。私も楽しいしね。」
こりゃ敵わんな…
「…ありがとうな。心配してくれて。」
「あれっ、ジン君って思ってた以上に素直なんだね。」
「余計なお世話だよ。」
調子が狂う。
身なりが汚いから、子供だから。そんな理由で見下すことなく、丁寧に相手している自分の性格のよさに酔うこともなく。そんな当たり前であって当たり前でないアレアの純粋さがジンの心に響いた。
だからと言って完全に素直になることも出来ない。
だから、精一杯の照れ隠しに、茶々を入れた。
「…とはいえお姉さん、言葉遣いが乱れてるね。全く、なってないなあ。」
「っ、なかなか言うじゃない。いいのいいの、これからだから!後今度から生意気小僧として扱うから!」
「それで、他になんかあんの?」
「こいつ本性表したな!まあいいですけどね。このあとは…そうね、とりあえず今日はこんなところかな。
そうねー、とアレアが一息ついてから、
「とりあえず粗方話し終えたので、細かいところは追々詰めていこうかな。」
うん…、一呼吸を置いてアレアのまとう雰囲気が変わり、真剣にまっすぐな眼差しを向けてきた。
「それでは、ジン様、これから使徒として、決してその命を粗末に扱わず、魔物を討伐したり、依頼を達成したりして、この街の治安の維持にご協力ください。…でも、最悪依頼を放棄してもいいから、命だけは落とさないでね。本当は協会職員が言うことではないんだけどね。」
一瞬呆気にとられた。
「分かった。」
と、一言答えた。
その返答にアレアは一度うなずいた。
・
・
・
「ところで魔物ってなに?」
「あっ…説明し忘れてた。」
締まんないなぁ。
「様々な解釈があるんだけど。一説によると、魔の使役物。或いは、魔力を持つが知性は持たない物。ただ、ここでの魔物は、人に害をなし、かつ魔力を持つものです。ジン君はこの街で街灯を見たことある?」
「あるけど...それがどうしたんだ?」
「じゃあそれがどうやって光っているか知ってる?」
ふむ、どうやって光るか、ねえ。
さっぱり分からない。そもそも、光ってるところ見たことないんだけどな…
周辺部のことを考える。
思い返してみると、夜でも周辺部は完全な闇に覆われているわけではない。意識したことは無かったが料理屋にしろ露店にしろあかりがついている。
次に先程教会に来る途中で見かけた中心部の街灯のことを思い出す。
何かを水晶のような透明な箱の中で燃やしているのかと思ったが、それにしては、丁度ジンの頭上にある一辺15セリルほどの透明な立方体はあまりに小さい。
何か自分で光るもの、発光体があれば話は別だが。
「分かんないや。」
「実はね、あの中には魔力結晶が入っているの。魔力結晶は魔物にとっての心臓に相当して魔物の持つ特性に応じて何らかの属性を帯びる。グラセという鉱物を熱で溶かして成型し、箱の形にして、その中に光を出す特性を持つ悪生の魔石を発光体として入れたら照明の完成という訳。」
なるほど、結構思ってた通りである。
意外なことに話題は尽きず、結局小一時間ほど話し込んでしまった。
そういえば、レイヴァンのやつまだ帰ってこないな、とジンが思っていると、丁度レイヴァンが手を挙げてこちらに近づいてきた。
「よお、話は終わったか?」
「うん。結構色々話した。」
レイヴァンが、うんうん、と大きくゆっくり二回頷いた。そして
「そんじゃ早速依頼取ってきたから出発するぞ。」
...は?
読了お疲れ様です。
なんか面白い話したほうがいいんすかね?