少年の一日、青年との出会い
はじめまして、ガラパゴスと申します。
...これからよろしくお願いします?
おれ、後何回殴られるんだろう。何回殴られたら死ぬんだろう
ゴッ...ガス...
くそ、いてえよ。この人たち俺をこんな殴ってる暇あるのかな。もう痛すぎて殴られてんのもわかんないよ。
こんなはずじゃなかった。こうならないために馬鹿みたいにへりくだってるのに。そんなのお構いなしにちょっと気にくわないからって殴るんだから。
冗談じゃない。何でこんなひどい目にあってるのかな。
ゴッ...バキ...
くそ、一人ならなんとかなったかもしれないのに、子供を集団で殴るなよな。なんか頭くらくらしてきたし。もう意識保たないかな。
グチャ...ベチ......ガツン
もう...無理
意識がなくなる直前、自分を殴り下品な笑い声を聞きながらこの世の理不尽を呪った。
...ポ...ポツ...ピッ...
(何だろう、まだ生きてるのか?)
雨に意識を引っ張り上げられながらジンは思う。
(ああ、あの人たちもういったんだ。)
ジンはいわゆる孤児だった。いつ捨てられたのか、いつからそうだったのか、親の顔すら知らない。この国では全く見かけない黒色の髪と、それとは対照的に比較的多い金色っぽい目の少年である。
先程まで大人たちから暴行を受けていたのだって、髪の色が黒くて不吉だとか、そんな汚い身なりだと飯が不味くなると言った下らない理由だった。
(雨が鬱陶しい。よくこんなところで気を失ってたな。)
自分は捨てられたのか、それとも親が死んだのか。初めは親の存在さえ知らなかった。自分にも親がいたんだろうと理解したのは、周りにいる子供には、必ず大人がついているのを見たからだ。親が子供を世話していた。人間は勝手には生まれない。子供は親から生まれてくる。周りは幸せそうな家族ばかりで孤児なんて自分の他に見かけたことはない。
それを見ても別に妬むようなことはなかった。ただ、楽に生活できていいなと、羨ましいと思うくらいなものだった。ジンにとっては大人は自分をこき使い、ましてや守ってくれないのが当たり前だったから、自分を守り、世話してくれる、そんな親の存在は、頭の中で描けなかった。
(とりあえず雨が当たらない眠れる場所を探そう。)
1時間くらい経っただろうか、雨はすっかりやんだ。
それからジンはしばらく移動して、ちょうど小さな子供が2、3人雨に当たらないくらいの軒下に、普通の長椅子に比べてやけに腰の深い朽ち果てた長椅子を見つけた。ところが、そこには先客がいた。
17、18歳ぐらいか?
と、自分が(多分)12歳ぐらいであることと、相手の体の大きさから、ジンは推測する。金色と言うには汚れて光が足りない、黄土色とでも言うような髪の色をしている。ボサボサで無造作な、女性程には長くない髪。
(男か?おいおい、両手両足を目いっぱい広げて寝そべるなよ。)
折角見つけた本日の宿を惜しく思い、ついつい心中で悪態をつく。
(さて、声をかけて退いてもらおうか、いや、さすがに退いてはもらえないだろう。どうする?力尽くで...いやいや、それはまずい。それじゃあさっき俺を殴ってた奴らと一緒じゃないか。それにいくら不意をつけたとして、俺が勝てるのか?)
とりあえず、寝こみを襲うという発想からは離れたが、しかし...
(場所を分けてもらう?でもそれだと狭いし、まず分けてくれるかな。しかも分けてもらえたとしてもこの人と一緒に寝転がるのはなあ...)
どうしても自分の近くに見ず知らずの他人がいる時になってしまうものだ。とはいえ、先程まで大人から暴行を受けて、体はボロボロ、精神的にも限界だったから、この場所を簡単には諦めきれない。
(…どうしよう?)
少年が思案していると、
モゾッ
少年の気配を感じたのか、それともただの寝返りか、とにかく、今まで眠っていた青年が首をもたげて少年を見た。
視線が交錯。少年が固まっていると、大きなあくびをしてから、青年が口を開いた。
「...なんだおまえ。なにしてんの?」
少年はなんとか口を開く。
「えっ...いや...えっと...寝るところを探してるんだけど...」
そこまで言ってから少年の口がこわばる。
(なんて言おう?...どうすればいいかな...)
少年が二の句を発せないでいると、今度は青年が口を開いた。
「何だよ、俺がどけってか?」
直接的な物言いにジンはたじろいだ。
「随分生意気じゃあねえか。残念だが俺はここを退かねえぞ?」
(やっぱり場所を譲ってはくれないか。)
という考えが少年の頭を過ぎった瞬間、
「まあでも、そのふてぶてしさに免じて場所を分けてやってもいいぜ。なんてったって俺様は優しいからな」
いや、全部使いたいんです...とは流石に言えない。
「というか、本当は俺が今すんげえ疲れてるからなあ。もう動きたくないわけよ。」
ジンは思案する。青年はここを譲る気はない為、ジンが取れる選択肢は、青年と一緒の場所を使うこと、そうでなければ改めて別の場所を探しに行く他ない。
(まあ、仕方ないか。多分俺みたいな奴を襲っても金も手に入らないことは分かってるだろうから、多分何もして来ないだろう。いざとなったら...逃げるしかないか。)
そんなこんなで寝ぐらを確保できた少年はいそいそと青年から少し離れた場所に腰を下ろす。それからこっそりと、それでいて出来る限りじっと詳細に青年の顔を盗み見る。
(青色?いや空色かな?結構珍しい目の色だな...)
青年の顔を眺めた後、さらに視線を下に下げる...とそこで少年は青年の首に奇妙な輪っかがついているのを見つける。
(あの黒い首輪みたいなの...何だろう?)
「何だ?さっきから熱心にこっち見て。」
ついついじっと見つめ続けてしまい。青年に気付かれてしまう。
「いや、その...なんか...首に珍しいものがついてるなーって思って...」
「あぁ、これね...まあ気にすんな。飾りみたいなもんだし。」
明らかに答えを濁されたが、誰にだって人に知られたくないことがあるのは当然だ。それが、少年とは言え初対面の相手なら尚更に。だからジンはそれ以上深く追求しなかった。
そのあとはお互いに話す事も無くしばらく座っていた。しかしある時。
ぐうぅぅぅー...
不意に少年のお腹がなった。
(そういえば今日なにも食べてなかったなー...)
時間帯は夕方、空の色は燃えるような輪郭がはっきりとしない太陽の赤橙から、もう藍紫になりかけていた。じんはこの夕日の色が何となく嫌いだった。特に、大人達に体中に暴行を受けて何にもいいことがなかった今日みたいな日はより一層。
「なんだ、腹減ったのか?そういえば、俺も腹減ってきたな...よしっ、なんか食い物探しに行くか!」
ジンは思わず青年の顔を見た。
「なんだ?びっくりしたみてえな顔して。」
「いやその...」
今日あったばかりの自分の空腹を気にかける青年の言葉にジンは驚いた。今までそんな人にあった試しがなかった。
青年がその場で勢いよく立ち上がり、ジンに手を伸ばす。ジンはその手を見つめる。一瞬間が空き、それからジンは青年の手を握った。
ジンはこれまで、宿屋や料理店で皿洗いなどの雑用をする代わりに賄いを振舞ってもらうことで食いつないできた。雇ってもらうのは大変だったが、ゴミを漁って残飯などを食べるだけでは食いつなげなかったので仕方ない。必死に頼み込んで一生懸命働いた。そして今日、黒髪であるという、謂れ無い非難で絡まれ、問題を起こした事で店から解雇された。
ジンがこれまで関わってきた人間は、自分よりずっと年上の、しかも自分を快く思わないか、便利な雑用くらいにしか思わない大人ばかりだった。
その為、青年の言動には驚かされた。
ジンと青年が、建物...と言っても木とか石とかレンガとか様々な材質であって、一様にぼろぼろだが...の間をすり抜けて行く途中、
「あの...えっと...」
.
「ん?なんだ?」
「いや...名前聞いてないなって...」
「ああ、そういえばそうだったな。俺はレイヴァン。レイでもヴァンでも好きに呼んでくれていいぜ。んで、お前は?」
「おれはジン。多分ジンぐらいしか呼び方はないと思う。」
「そっか。」
「それで、どこに行ってんの?」
「んー...まあ適当だなー」
「えぇ!なんか当てがあったんじゃないの!?」
「そんな訳ないだろ?お前はいつでも食べ物が落ちてる場所でも知ってんのか?」
「ぐっ、それは...」
「まあ黙ってついて来いって。確かに必ずは有り得んが食べ物がありそうな場所は知ってっからよ。」
(それを当てって言うんじゃんか...)
ジンはちょっとレイヴァンの適当さが心配になった。それから家屋の角を何回か曲りながら、さらに進んで行くと微かにいい匂いが鼻についた。
(ん?何だろう...いい匂いだなぁ。やばっ、もっとおなかがへってきた。)
それからもう少し進んで行くと、白い煙と、それが出ている煙突がチラッと見えた。
「料理屋?おれお金持ってないんだけど...」
「シッ!おれらが入れる訳ないだろ。おれの狙いはあれだよ。」
そう言って体を建物の陰に隠すレイヴァンに倣って、ジンも体を隠し静かにしていると、料理屋の裏口の扉が開いて、人が何かを店の外の麻袋にドサドサッと入れた。二人して息を潜め、食材を捨てた人が店に戻った瞬間
「よし行くぞ!」
「えぇー...」
と、元気いっぱいなレイヴァンと渋々ついていくジン。
袋にたどり着き仲を覗くとそれなりの量の肉や魚、そして野菜。レイヴァンは目をキラッキラ輝かせている…と、唐突にジンの方を見て、
「なんだお前じーっとこっち見て、食わねえの?」
「いや、食べるけど、どっか料理屋とかに連れてってくれると思ってたんだけど。」
微妙な顔を向けるジンに対して、
「へっ?お前おかしなこと言うな。俺がお金を持っているようにみえるのか?」
「そりゃそうだけど、でも普通初対面のやつを残飯巡りに連れていくか⁉」
「わがまま言うなって。腹減ってんじゃないの?いいぜ、別にお前が食わなくても俺は困らないし。」
「………………ごめんなさい、俺にも分けてください。」
葛藤の末、ジンは言葉を捻り出したのだった。
バクバク…ハグハグ…モグモグ…モゴモゴ…モガモガ…
一心不乱。レイヴァンが目を見張る速さでジンは食べ物を掴んでは口に放り込んだ。比喩抜きで'吸い込んでいた。
「おいおいマジか、お前俺の分は残せよ?つーか、味わってくえっての。折角の食事が勿体ねえだろ、ゴミ突っ込んでも食っちまうんじゃねえか?」
「ふぁふぁふぃふぃふぁひふぇほ(馬鹿にしないでよ)…ゴックン!こんなにたくさん美味しいもの食べるのなんて久し振りだ。ガツガツ...」
「待てお前、いい加減ペース落とせよ。まじで俺の分無くなっちまう!」
「…モグ…ゴクン…早い者勝ちだ。」
「それが飯の恩人に向かって言うことか⁉」
ワイワイガヤガヤギャーギャーやりあっていると、バンッと料理屋の通用口が開き店員が出てきた。
「うるせーなー。なんだお前たち、そこで何してやがんだ?勝手に飯漁ってんじゃねえ‼」
「うわ見つかった!逃げろ‼」
「まだ食べてる途中なのに⁉」
「いいから持ってこいよ、俺なんかまだ食ってねえんだぞ⁉」
子供2人で全力疾走!
「待ちやがれこのクソガキども!」
「誰が待つかってんだ。」
なんだかんだこの街で生きてきた2人は障害物や細い路地を巧みに使って距離を離していく。
「はーっはー、クソッ、てめえら覚えてろよ‼」
「やった…はー…やっと振り切った…」
「はー…はー…レイヴァンがうるさいからばれたじゃないか。」
「お前っ、ふざけんな⁉どう考えてもお前のせいだろ。お前があんなにどか食いするからだろ!」
「いーや違うね。うるさかったのはレイヴァンでしょ?だからレイヴァンのせいだよ。」
「てんめぇ…いーぜ分かった。じゃあ、もうお前に飯はやらん。ついでに残飯巡りにも連れていってやらねえ…あっ、そうだ今日寝るとこも分けてやんねえ。」
「えっ、ちょっとそれは!」
「はんっ、どうした謝るか?今なら許してやってもいいぜ?ほらほらー?」
「グッ…ごめんなさい、俺が悪かったです。」
「まあ勘弁してやるよ。はあ、じゃあ帰るか…どうした?」
「ちょっとたんま、急に走ったからお腹痛い、というか吐きそう。」
「自業自得だ。」
それから移動して、色んなところから藁や食材を集めながら元の場所に戻った。
「おっし、川で水浴びするか。」
この街は全て黄土色なんじゃないかというぐらい乾燥しているように思われるが、実際は人が泳いで渡れるほどの川がいくつかある。二人はいそいそと服を脱ぐ。ジンはレイヴァンの方をなんとなく見て、そして言葉を失った。その背中には細い、しかし無数の、何かで切ったのか、傷痕があった。どう考えても日常のなかで付くようなものじゃない。
「っ、レイヴァンその背中どうしたの?」
「ん?チッ…そういやあそうだった。なあに気にすんな。昔ちょっと怪我しただけだよ…」
先ほどの首飾りといい、何か触れられたくないことがやっぱりあるのだろう。
「…うん、分かった。」
誰にだって触れられたくないことの1つや2つ、実際は数えきれないほどあるものだ。ジンはそんなことが分かるほど人生を歩いた訳じゃない。それでも味わった苦しみはそれなりに多い。
「俺も聞きたいんだが、お前の胸のところのそれって、痣か?傷痕?」
そう問われて、ジンは自分の右胸を見た。確かにジンの胸にはまるで刃物で切ったような、或いは手術跡のようなものがある。
ジンが考え込むように静かになった。
「あー、いや、別に無理して言わなくていいぜ。」
自分がさっきはぐらかしたことを思い出して、自分だけが聞くことに後ろめたさを感じた。
「いや、答えたくないんじゃ無くて、答えづらいと言うか、う~ん、これは多分最初からなんだと思う。気付いたらあったんだ。」
「ふーん、そっか。」
それから二人は適当に体を洗って川から出て服を着た。もうすっかり日が暮れて水で濡れた体が少し肌寒い。夜風が肌を撫でて、ジンは思わず身震いする。
二人で運んだ藁に潜り込むと、さっきまでの肌寒さが和らぎ、次第に暖かくなってきた。
「藁ってすごいな…」
「だろ?しかも下にも敷いてるからふっかふかだぜ。これでなんもなかったら腰とか尻とかすっげえ痛いんだよな。」
それはジンにも覚えがあった。何も敷く物が見つからず、仕方なく地面に寝転がった日の辛さは何回経験しても慣れることはない。頭にめり込む石ころや、気づくと間近にいた毛虫。眠ろうと目を瞑っても夜の肌寒さと地面の固さのせいで一向に眠気が訪れない。結局数時間目を閉じただけで起きてしまった。睡眠不足から疲労が取れず、肩や頭をはじめ全身がだるかった。日中は眠気と太陽の強い日差しの二重攻め。太陽を憎んでしまいそうなくらい。今となっては1日丸々使ってでも布団の代わりの草を集めるほどだ。ある日はチクチク刺さる稲の刈穂、またあるときは湿って気持ち悪いかき集めた落ち葉。どちらも無いよりはましくらいのものだったが。それに比べるとレイヴァンが今日選んだ草は乾いていて温かくてジンは感動していた。
「これって何て草?」
「藁だよ。家畜の餌か馬小屋に敷いて使うんだが。なかなかのもんだろ?ただ、俺ら路上暮らし御用達、通称草布団の最大の弱点は克服できてないんがな。」
「弱点…あぁ 、風ね。」
「その通り。」
当たり前のことだが、草なんて風で簡単に飛ばされてしまう。疲れた体を引きずって寝床に戻って集めた草が跡形もなく飛ばされてしまったのを見つけたときの無力感は半端でない。
「ま、そういうわけでここに大きな布がありまーす!」
「どっから?というかいつの間に取ってきたんだ⁉」
「俺は細かい気遣いができる男なんだよ。これを藁の上に広げて…おい、お前も手伝え。」
「分かった。」
「んでそれから隅に石を置いて布が飛ばされないようにしてっと…よしっ!こんなもんだろ。」
やっと布団らしくなったので早速なかに入る。
「「はぁ~疲れた…」」
…ふはっ、はは!
どちらからともなく笑いだす。一頻り笑ってから訪れる静寂。
ふと、レイヴァンが口を開く。
「明日は遠出するぞ。」
「え…?俺も行くの?」
「当たり前だろ」
「だって俺たち今日あったばっかだろ?」
「ほーう、お前はそんな今日会った奴の分まで飯をがっついたわけか?」
「げっ、まだ根に持ってたのかよ⁉」
「…ふはっ、冗談だよ。まあでもそれぐらい遠慮がなければ充分だ。俺もあんまり気は遣ってねえしな。そういうわけだ。分かったな?」
「…うん。」
体の中心がじんわりと温かくなった。
「ところで何しに行くの?」
「うーん…どっから話すかな。なあジン、お前この国の名前知ってるか?」
「そりゃあ知ってるさ、神聖国サンマルチアでしょ?」
ー神聖国サンマルチアー唯一神サンマルトを崇拝する国教イエライアを信仰する人々が人口の9割を占める宗教国家。大まかには 、最大都市センタリアと 、東西南北にそれぞれ1つ、計4つの大都市からなる。そこから更に領に細分化する。どの領も構造が基本的には二つに分かれており、栄えているー教会に言わせると、宗教を信仰する選ばれた者たちが住むー中心部と、寂れている(ジンからすると、確かにボロい黄土色のバラックが連なってはいるが、それなりに活気に満ちている)周辺部から成る。
領主の中には周辺部を解体して中心部を拡大したがっている者も少なくないが、何故か今日までスラムは存続している。国教であるイエライア教によって無用な殺生を禁じられているためだろうか?しかし別に住人を殺さずとも、たとえ暴動は起きようと、解体自体はできるだろうに。また、中心部とスラムは物理的には非常時以外は機能しない検閲みたいなものがあるが、平時はスラムから中心部に入ること自体は許可されている。しかしスラムの住人が中心部に住むことは許されていない。教義にはそのような文言は明記されてなどいないが、暗黙のルール、伝統、慣習なのだ。
では賃貸契約や住居購入の際の契約書には明記されているのだろうか?それは違う。明記せずとも中心部の住人と判断できる根拠がある。それが信徒証だ。この信徒証の呈示はあらゆる機会で求められる。伝統や慣習、つまり人の意思の結晶、或いはつもり積もった塊。これがこの国の中心部とスラムの関係を端的に示している…差別と偏見。迫害の一歩手前といったところか。それがこの国の現状だった。
「…という感じの国に住んでんだが、そのうちで俺らがいるのは西の方の領タイレフでルヴァンド司教が治めてる。あぁそうだ。そんじゃあ、使徒協会のことは?」
「使徒協会…なにそれ?」
「えっ、お前協会知らねえの?まあ俺が知ってるか聞いたわけだけど…お前どうやって食べ物手に入れてたんだ?」
「初めはゴミ漁りをしてたんだけど、そのうち料理屋でただ同然でこき使われて残飯とか賄いを食べるようになったな。」
「よく生きてこれたな。う~ん…まあいっか、そっから話そう。あのな、使徒協会ってのは…」
ー使徒協会ーまたの名を冒険者ギルド、傭兵斡旋所、教会の使いっぱしり。初めの呼び名は教会が捻りがないと却下し、後の呼び名は2番目の呼称は教会がその実態を(ありのままに表しているのに)隠すためにもちろん却下し、最後の名称は教会が…ではなく協会所属の使徒(?)や関係者が皮肉ったものである。これにはスラムの住人であっても登録できる。教会側がスラム住民に仕事を与えて、懐の広さを周囲に示す意図の表れだ。もちろん実態は頭数を揃えてこきつかうためだが。
「…んで俺はもう使徒登録してっから明日お前も登録して、なんか依頼を受けに行こうぜってことだよ。」
「……全く入りたくならないんだけど?」
「気持ちは分からんでも無いが、その場合これからどうするんだ?今日だってボロボロだったし、なんかあったんだろ?」
鋭い。
「…はあ、分かった。俺も行くよ。」
「ならもう寝るぞ、明日は忙しくなりそうだからな。」
「…うん。」
ジンは寝返りをうって、今までレイヴァンの方を向いていた体を仰向けにする。目線の先には濃紺の夜空と、そこに浮かぶ白い月。まるで夜空にぽっかりと開いた穴のよう。
ジンは今日のことを振り替える。
(なんか変な人に会っちゃったな。自分より年上なのに何か…気が合う奴?まあ結構腹立つけど。)
でも純粋に信じるだけではいられない。何故なら信じた方がひどい目に遭う環境で過ごしてきたのだから。
(…もう寝るかな。)
これ以上考えても仕方がない。結局そういう結論に至った。
それから数分後、二人分の寝息が聞こえてきた。
読了お疲れ様です。
ちょい長ですみません。