力への渇望
完敗だ。
石神礼央は先の戦いを、そう振り返る。
《魔海》から来たりし、魔物による虐殺。その総数五十にも満たない、軍勢とも呼べないそれが、合計で十にも及ぶ町や村を壊滅し、人的被害は軽く千を超える。民衆が聞けば、そんな馬鹿な話があるかと憤慨するだろう。そんなにも王国の軍は弱いのかと。勇者は頼りにならないのかと。
だが、それは真実で、事実だ。
王国史上、魔物による前例のない最大規模の悲劇。
その虐殺を指導されたと思われるデュラハンは、アペイロン王国内で即座に人類全体の敵、魔王として認定された。
《魔海》に住まう、《災厄》の魔王。それがデュラハンにつけられた忌み名だった。
・・・だが、石神にとってそれはどうでもよかった。
たかが呼び名など、さほどの意味もない。
重要なのは、その中身だ。人間の敵として魔王に認定された、デュラハンそのものだ。
手も足も出なかった。最後の最後まで、いいように遊ばれ・・・逃がされた。
あのデュラハンがもしも本気を出していたら、おそらく自分たちは逃げる間もなく全滅していた。
脅威でも何でもなかったのだ。自分たち勇者など、まったく歯牙にもかけない。その必要もなかった。
・・・こんなにも無様では、勇者と名乗ることすら恥ずかしくなる。
無力だった。デュラハンの前では、あまりにも自分たちは弱かった。
王国の上層部は、今回の悲劇の顛末を、民衆にこう説明した。
『魔物は勇者たちが辛くも撃退した』と。
『《災厄》の魔王は、《魔海》へと逃げ帰った』と。
『いずれは《魔海》に攻め込み、今回の悲劇の要因である、《災厄》の魔王を討ち果たす』と。
公言したのだ。民衆に向けて、大々的に。
それを聞いて、思わず石神は俯いた。
真実は、まったくの真逆。なのに、国王は厚顔無恥に喧伝している。声を高らかにして叫ぶのだ。勝利したと。力強く。それが真実であるかの如く。
到底、達成も出来ないことを口にして。
口から、出任せを言っているのだ。まるでそれが近い未来に訪れる、出来事のように。
民衆に向かって・・・・・・公然とウソをついたのだ。仮にも、一国の王が。
そうさせたのは、自分たちのせいだ。
魔物を追い出さんと奇襲を仕掛け、有利にことを運んだはずだった。なのに・・・負けた。
魔物を撃退?違う。魔物は悠然と帰っていったのだ。自らの住処に。
魔王が逃げ帰った?違う。戦果もなく、あまつさえ怪我人を出し、命からがら逃げ帰ったのは自分たちだ。
いずれは《魔海》に攻め込む?しかもあのデュラハンを討伐?不可能だ。
だが、それでも・・・民衆の不安を和らげるために、必要なウソだった。
・・・・・・・・・そう。今はまだ。今は、ウソだ。
だが、将来的には?
ウソではなく、実現させれば?
何年かかろうと、大言を現実にしたなら?
それは、遥か未来において、ウソではなくなる。
今を生きる人々を、確かに騙している。ウソをついている。しかし、後世の人々には、まだウソにはなっていない。
自分たち勇者が《災厄》の魔王を討ち取るほどの実力を身に付け、見事討ち果たせれば・・・ウソはやがて予言と同一視される。
ウソをウソのままにしなければいいのだ。
覆すのだ、不可能を。この手で。
幸い、今回の戦いで負傷した三上は、一命を取り留めた。・・・もう肉体的にも、精神的にも戦場には立てないだろう。だが、生きている。
三上を事務方に回し、戦闘班は数を減らした。人類の生存領域を賭けた、大事な戦いを前に、だ。
だが、同時に朗報もある。事務方に回る三上と入れ替わる形で、戦闘班に志願してくれたクラスメートがいたのだ。
石神は嬉しかった。
怖いはずなのに、クラスメートたちの為に頑張りたいと、彼は・・・黒木透は、そう言ってくれたから。
ならば、自分は全力でサポートしよう。
石神礼央という男の、全身全霊をかけて。
もう二度と、仲間たちを危機に晒させはしないと。
その為にも・・・強くならなければ。今以上に。もっともっと強く。誰よりも。
そう、今や《災厄》とも呼ばれる魔王である、あのデュラハンを凌ぐほどに。
強く。ただひたすらに強く。
強さを求める。
後に、勇者の中でも随一の強さを誇り、《三勇者二賢人》のリーダー格、《求道者》石神が誕生した瞬間だった。
仲間を守るために、石神礼央は力の渇望者の道を歩む。