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勇者たちの事情

詰め込んだので、ちょっと長いです。


《魔海》の森の遥か東に位置する、唯一の人間国家・アペイロン王国。

今でこそ、人間種族にとっては頼れる大国にも、始まりはある。

その王国を建国したのは、元は小国の地方貴族に過ぎない、一人の若者だった。

名を、メーデンという。

彼は幼いころから賢く、常日頃から魔物の脅威に対抗するためには、人間勢力の力を一つにまとめあげ、人間の生存領域を広げる必要があると考えていた。

狭く、限られた土地と資源を人間同士が奪い合うなど不毛だと、色んな人々に語った。それは家族であったり、使用人であったり、友であったり。・・・だが、誰も彼の話を真剣に聞こうとはしなかった。

当時、魔物の脅威は絶大であり、戦うなど論外であった。歴戦の戦士が、簡単に魔物に食われる様を、人々は見てきたからだ。

逃げるか、食われるか。その当時の人間が魔物に出会った時の選択肢だ。

人間という種族は、魔物にとって食料に過ぎない。

そういう考えが、一般的な常識。

メーデンは自分の考えが誰にも理解されないことに、途方に暮れた。そして当てもなくフラフラと一人で町の外れをうろついた。

このままメーデンの考えは誰にも理解されることなく、この世界から消えて行く。

やがて幼いメーデンも成長し、そんな夢物語を幼いころに口走っていたなと振り返る、そんな大人になるはずだったのだ。

一人の女が、メーデンの前に現れるまでは。

その出会いは偶然か?それとも必然だったのか?

その日、メーデンは運命と出会ったのだ。



その女は、生存圏を魔物に奪われたエルフの生き残りであった。

女エルフは見目麗しく、幼いメーデンから見ても、見惚れるほどだった。

彼女はメーデンに道を尋ねる。

どうにも迷ってしまったらしい。行き先は隣の貴族の別領地にある町だった。

だが、そこは最近いい噂を聞かない町だと、メーデンは知っていた。特に、エルフにとっては。メーデンの父が不快そうに母とその町に関する話をしていたから、記憶に残っていたのだ。

余計なお世話かもしれないと思いつつ、メーデンは女エルフに忠告した。



「その町には近付かない方がいいですよ」



メーデンの言葉に、女エルフは気を悪くした様子も見せず、不思議そうにその理由を尋ねた。

自分の話に耳を傾けてくれた女エルフに、気を良くしたメーデンは、知っている範囲の情報を教えた。

隣の貴族が、稀少価値の高いエルフを奴隷として売買している事や、エルフ限定で領内に入る時は安かった通行税が、出る時は法外な値を吹っかけられることを。

その悪辣なやり方に、女エルフは嫌そうに顔を顰めている。だが、そんな表情でも絵になるわけだが。

ふと、メーデンは気になった。

彼女は、自分の話を無条件で信じてくれている。なぜだろう?

子供の戯言と切り捨てる大人がいることを、メーデンは知っている。

自分が夢物語をよく口にするせいもあるが、しかしここまでメーデン個人の話を真剣に聞く必要は、女エルフにはない。しかも異種族の子供だ。尚更だろう。

これは、余計なことだとわかっていながらも・・・メーデンは聞いてみた。

僕の言葉を信じるのですか?

最初、何を言っているのかわかっていなかった女エルフも、しばらくして理解したようだ。

返ってきた言葉は



「もちろん、信じるよ」



子供であるメーデン以上に純粋無垢な瞳で、そう断言した。

無意識に「・・・なんで?」と、聞き返す。



「だってそんな嘘をついて誰が得をするの?誰もしない。むしろ君の話を聞いて物騒だなぁって、私の危機意識が高まっただけだよ。例えウソだったとしても、私が損するわけじゃないし」



「・・・・・・なるほど。それもそうですね」



「でしょう?・・・しかし困ったわね。ひとまず当てにしていた目的地は、魔物の巣窟と同じくらいタチが悪いか。どうしたものやら」



メーデンは、困った様子の女エルフに、旅の目的を無粋だと思いながら聞いてみた。

だが、特にはないという答えが返ってくる。女エルフはただ、住みやすい土地を求めて旅をしているらしい。失った故郷ほどではないにせよ、安心して安住できる新たな土地を。

その理由を聞いて、メーデンは思ったことをそのまま口走る。



「この町は、どうですか?」



予想もしていなかった言葉を耳にしたからだろう、女エルフの目が瞬いている。

だが、よくよく悪くない提案だと思案しているのか、女エルフが周囲を見渡し、「なるほど」と頷いている。



「そうね・・・自然も多いし、喧騒も少ないし。いいかも。ただ・・・・・・」



「ただ?何ですか?」



「・・・・・・子供にこんな事を言うのは気が引けるけど、私の懐具合がね・・・。この町にエルフの働き口ってある?」



「なら、僕の先生になってください」



「へ?」



これが、後のアペイロン王国の初代国王・メーデンと、その王妃となる女エルフ・ミラの馴れ初めである。

ミラの知識は幅広く、エルフに伝わる歴史や魔物の生態、魔法に関することなど様々な方面で、メーデンの世界観を広げてくれた。

また、突飛とも言えるメーデンの考えを、安易に否定したりしなかった。

特に、誰にも理解されなかった人間の生存領域を拡大する方策は、諸手をあげて賛成されたほどだ。

だが、それを実現するためには力が・・・あらゆる種類の力が必要だった。

暴力、権力、財力。

それらを全て駆使しなければ、理想は理想で終わると。

構想を練り、下準備を怠らない。数年ばかり、雌伏のときを過ごした。

理想を実現するために本格的に二人が動きだしたのは、メーデンが家を継ぎ、当主となった直後からだった。

手始めに、メーデン達は準備していた数々の謀略を駆使し、周辺貴族の領地に侵攻、制圧した。無論、主家である王はメーデンたちを反乱軍として鎮圧しようとしたが、失敗。勢いそのままに一年と経たず、主家である国を滅亡させた。

それからも、メーデン達の勢いは留まることを知らなかった。

戦場での活躍はもちろん、あらゆる権謀術数をめぐらし、時には暗殺、時には懐柔など、飴と鞭を巧妙に使い分け、そのやり方を強引とも批判されたりしたが、人間勢力の国々を制圧し続けた。

そして・・・遂に、メーデンは全ての人間勢力を支配下に置き、統一した。

アペイロン王国の建国である。

しかし、ここからが、真のメーデンの理想のスタート地点でもあった。

統一したのはあくまで手段を得るためのもの。

そう、人間種族の生存領域を拡大するためだ。

人間勢力を一つにまとめたと言っても、その面積は大陸の片隅に過ぎない。大陸全体から見たら、一割あるかどうか。それが、人類の生存圏。あまりにも・・・あまりにも狭すぎる。

こんな狭い生存圏の中で、限られた土地と資源を奪いあってきた不毛さを、メーデンは訴えた。

これでいいのかと!

ずっと魔物に怯え続ける日々を過ごすのかと!



子供だった頃のメーデンの言葉なら、今回も誰も耳を貸さなかっただろう。

だが、今やメーデンは人間という種族を一つにまとめた王だった。

あらゆる力を手にした、覇王だった。

人々は、熱狂した。国を建国したばかりの、戴冠式を終えたばかりの王に。

その狂えるほどの熱情は、内側ではなく、外側へと向けられた。

魔物たちの、生存領域に。



大陸すべてを人間が統一する・・・そんな途方もない夢物語を、メーデンはよく周囲に語っていた。無論、メーデン自身もそれは不可能だと考えていただろう。だが、そのくらいの気概が必要だった。

そうでなければ、人間はいつまで経っても、生存領域を広げられない。

かくして、メーデン自らが先頭に立ち、積極的に外征を繰り返した。

最初の外征は散々だった。ほぼ半壊状態といっても大げさではない。それほどに酷かった。

やはり、人間は魔物に勝てないのか。

誰もが、意気消沈した。外征を率いたメーデンを含めて。

だが、王妃であるミラが鼓舞した。今回の失敗を次に活かせと。そうでなければ、犠牲になった人々の無念は晴らせぬと。尊い犠牲を無駄にする気かと。エルフにしては珍しいほど、力強く演説した。

かくして、第二次外征はミラが陣頭に立った。

メーデンは何度も止めたが、「口だけじゃ、民衆は付いてこないでしょう?」というミラの正論で押し切られた。

二回目の外征は最初よりも慎重に推し進めた。結果的に歩みは遅く、大きな戦果は得られなかったが、まずは成功したという事実があれば良しとするミラの方針で、被害も少なく、二回目の外征は終わった。

こうした成功体験を基軸にして、それからも幾度となく、外征は行われた。

ゆっくりと。確実に。回数を重ねるごとに、成功も重なっていく。

魔物の領域を削り、開拓し、人間の生存領域を少しずつではあるが、確実に拡大していく。

その光景はまさに、メーデンの理想が形となって表れたものだ。同時にそれは、人類にとっての希望にもなった。

民衆は、メーデンを偉大なる賢王と称えた。



だが、いかに賢王と称えられたメーデンも、寿命からは逃れなれない。

元来、人間の寿命は短い。

無理に無理を重ねたメーデンは、志半ばで倒れ、この世を去った。

だが、その後を継いだメーデンとミラの子供たちが、メーデンの志を受け継ぎ、人類の生存圏を広めるため、尽力した。

二代目から三代目へと世代交代しても、人類は順調に生存圏を広げる。

拡大し続ける王国の内政を、エルフゆえに長命なミラが補佐した功績も大きい。・・・人間という種族が一丸となり、協力してきたからこそ、今日こんにちのアペイロン王国の繁栄があるのだ。

だが、アペイロン王国の支柱とも謳われたミラも、今はいない。

勇者召喚によって、命を落としたのだ。

原因は、魔力を限界以上に使い果たしたから。



勇者を呼び出すに至るまでの経緯は以下の通り。

順調に生存圏を広めてきた王国は、今まで経験したことのない事態に直面していた。それは外征軍の侵攻先がない事である。

外征軍の侵攻目標は、自分たちで対処できる範囲の魔物の生息地だ。初代国王であるメーデンの時に比べ、軍備は整い、兵の練度はあがっている。様々な種類の魔物の生態、弱点などの資料も揃っている。

侵攻先の調査も、頻繁に行われている。外征先の魔物の生息地を奪えるかどうかの調査は、もはや国策ともいえるほどに、重要視されているほどだ。

これまでは、被害が出ても一定の戦果はあった。だが、近年では外征に対して戦果が割に合わないことが増えてきたのだ。

原因はわかっている。現状の王国の軍事力では、多大な損害を出さないと狩れない魔物との戦いが続いているから。その一言に尽きる。

残された道は、リスクを度外視してでも危険な魔物の生息地に、足を踏み入れるか否か、だ。

この事態に頭を痛めていたのが、アペイロン王国の四代目国王・ロークである。

内政に専念し、国力を増強し、力を蓄える選択肢もある。だが・・・それは問題の先送りにしかならないだろう。結果的に、増加する人口が資源と土地の容量を超過してしまう。下手をすれば、内乱が起こり、国が割れる事態にも繋がりかねない。

今の自分が楽な道を選べば、ロークの後を継ぐ子供に負の遺産を押し付けることになる。そしてその後に続くであろう、後世の子孫たちにも。

ならば・・・・・・茨の道を進むしかない。次世代に、少しでも明るい未来を、希望を与えるためにも。

今の、自分たちの世代で血を流し、道を切り開くのみ。

ロークの決意を聞き届けたミラは、エルフの秘中の儀式・神降りを実行するに至る。

エルフや人間を創造したとされる、唯一神の加護を得ようとしたのだ。

少しでも、凶悪な魔物たちに対抗できる術を求めて。

ミラの予測では、一部の人間の身体能力増大か、あるいは神代の武具を貸し与えてもらえるか。・・・もしかしたら、神の使徒を使役できるかもしれない・・・その程度に考えていた。

その結果が、ミラの命と引き換えに召喚された、計二十七名の勇者たち。

現代日本の少年・少女たちだった。

ミラの願いは、こうして違う形で叶えられた。アペイロン王国にいるどの人間よりも強く、魔物に対抗できる特殊な能力をもった勇者が、大量に召喚されるという形で。

唯一神は、王国に与えたのだ。・・・平和ボケした、高校生たちを。

大半の精神面は惰弱で脆弱な、羊の群れを。

・・・例外的に、羊の皮を被った狼も潜んでいるが、誰も気付かない。今はまだ。



羊の中にも、比較的マシな人材はいた。

石神礼央である。彼は持ち前のリーダーシップを発揮し、クラスメートたちの混乱を最小限に収めた。続いて、王国内でのクラスメートたちの居場所を確保しようと、迅速に動き出した。

王国側との交渉も、主に石神に任された。

まず求めたのはみんなの衣・食・住の保障。その対価として、石神は王国とクラスメートたちの橋渡し役を申し出た。クラスメートたちが王国に悪い印象を抱かないよう、宥め、誘導する役目を担うと。むしろ王国側の良い面をアピールするとも。

未だここが、どんな世界でどんな危険があるかもわからないのだ。情報を集めるにしても、その手段と時間は必要だ。当面は王国の庇護下に入るのが得策だと、石神は結論付けていた。

次に提案したのは人材配置の件。

性格的に戦いに向かない者はやはり存在する。そんな人材を無理やり戦わせるのではなく、事務仕事に回してほしいと。役に立てば地位を与え、仕事ぶりに相応しい対価が欲しいと。

戦う気概がある者には、訓練する環境を整えて欲しいことも伝えた。

その代償として、石神が二つ目の対価に差し出したのは・・・自分自身であった。

戦場に出され、魔物と戦うことになっても、文句はないと。むしろ自分が率先して出ると。

交渉内容は、どれもまともなものばかりであった。石神は高圧的に要求する事もなく、一方的に権利を主張するわけでもない。

それだけに限定すれば、不満はない。だが交渉の最中でも、王国側の内心は複雑な心境であった。長年、建国当初から国の内政を統括していたミラが、勇者たちを召喚したことで死んでしまったからだ。

ミラの存在は王国全体の母といっても過言ではなく、国民からも広く慕われていたエルフだった。

人気だけに限定すれば、歴代の国王たちを凌ぐほどだ。それほどの人望を集めたミラの命を代償に呼び出されたのが、数は多いが、あまり役に立ちそうにない少年・少女の集まり。

いくら勇者といえども、王国側に不平不満がまったくなし・・・とはいかなかった。



無論、強制的に召喚された生徒側にも不満はある。

現代日本とあまりに違う環境にストレスはたまり、中には過呼吸で意識を失った生徒もいたほどだ。

幸い、言葉は通じるし、文字も読み書きできるが・・・得もいわれぬ居心地の悪さを、誰もが感じていた。

とりあえず、石神と王国側の交渉はまとまった。

石神は、交渉結果をクラスメートたちに説明した。

魔物と戦うか、事務方に回るか。石神の提案に、大半の女子が事務仕事を希望した。戦場に立つ・・・魔物と戦うなど、考えられないというのが理由だ。少数の男子生徒も、事務方を希望した。

一方、戦う方を選んだのは男子生徒が多い。少ないが、女子も手をあげている。

石神は、心の中で安堵していた。クラスメートの大半が事務仕事を希望していたら、王国側の条件に引っかかってしまうからだ。

出された条件は、戦士を一定数以上、捻出すること。王国の立場を考えれば当然の要求だ。

彼らが欲しているのは優秀な文官ではない。魔物と戦える戦士だ。しかも、ただ生き残れる程度では満足しない。魔物に勝てなければ、価値はないのだ。求められているのは、討伐できる戦力。

過程はともかく、そのためだけに石神たちは呼び出された。

もし戦う方の希望者が極端に少なかった場合は・・・石神が強制的に、嫌がる誰かを指名しなければならない事態を招いていた。例え指名した者に恨まれることになったとしても、だ。そんな状況になってしまったら、クラスメートの士気は低下し、団結など夢のまた夢。空中分解もありえた。

そうならずに済んで、本当によかったと、石神は誰にもバレないようにため息を吐く。

この時、石神も含めてだが、一部のクラスメートが欠けている事に、誰も気付いていなかった。

気付いたのは、各々が異世界の環境に少し慣れたと自覚できるようになった、一週間後のことだった。







忙しない日常が続く。

異世界に転移してしまった、石神を含めた二十七名の高校生たちは、濃密で、ある意味では充実した日々を過ごしていた。変な話だが、地球にいた時よりも、クラスメートたちの顔に活力がみなぎっている。

最初の一ヶ月は、ホームシックになって泣いていた生徒もいた。親や兄弟姉妹に会えないと、意気消沈していた者もいた。だが、半年近く経過した今は、そんな姿をみる回数は少なくなっていた。・・・少なくとも、表面上は。

そんな、やや暗い雰囲気を払拭しつつあるクラスメート達を横目に、石神は一人訓練場の片隅で考え込んでいた。



(半年経っても、行方不明になった三人のクラスメートは見つからない、か)



一部の生徒がいない。

それに気付いた時、クラスメート一同が騒然としたのは昔の話。

今では、ほぼタブー扱いだ。元々いなかった。そんな扱いさえする者もいる。彼ら、彼女らを薄情と思うかもしれないが、人間とはそういう生き物である。自分達に関係することにしか興味はない。

この場にいないクラスメートは、遠い世界の人間。対岸の火事と言い換えてもいい。

もちろん、見つかった場合は喜ぶだろうが・・・その兆しはまったくない。

能天気な奴は、運よく地球に残ったんだろと口にしたが・・・それはないと、石神は見ている。

今では記憶も薄れてきたが、召喚された瞬間、石神礼央の目は鳴守灯夜の姿を捉えていた。

他の二人はわからないが、確かに鳴守はあの場にいた。

だが、今はその姿がない。

召喚途中にはぐれた?王国側が、バレないように誘拐した?

・・・どちらかと問われれば、前者の可能性が高い。後者は、バレた時のリスクがでかすぎる。

それにそんなことをしても、意味がない。誘拐して何になる?・・・異世界人の人体実験?それとも解剖?

馬鹿な、と石神は一笑に付す。



(だが、はぐれたと仮定した場合、どこに?王国側には捜索を願い出たが、なしのつぶてだ。つまり、王国内にはいない?だとしたら・・・・・・)



その続きを考えて、石神は首を左右に振る。

真実から目を背けるように、何か違うことを考えようと思案するが・・・無理だった。

そういう性分だ。石神の脳内では、すでに結論が出ている。

魔物の領域に迷い込み、既に死んでいる。

勇者としての特殊能力を発現するには、時間がかかる。

即座には無理だ。クラスメートの中で一番早く発現した石神でも、一ヶ月はかかった。

仮に・・・もし仮に出来たとしても、今までどうやって生き延びている?そしてその特殊能力は戦闘特化か?特殊能力といえども、その全てが戦うことだけに関して集約しているわけではない。なかには、味方の強化や敵の弱体化に優れた支援特化もあれば、職人と呼ばれる物作りに特化したものがあったりと、実にその用途が広い。

他の行方不明の二人と一緒に協力し合えば、もしかして可能か?

・・・・・・・・・希望的観測だ。



ふと、石神の視界の端に、訓練に励むクラスメート達の姿が見えた。

転移して半年近くが経過して、戦闘班は実戦を何度か経験した。最初は訓練通りに動けず、魔物を前に右往左往して頼りなかった面々も、今では歴戦の戦士・・・とまではいかないが、中々に頼れる戦力には成長していた。最近では、四人一組で班を組んで思い思いに行動指針を定め、行動している。もちろん、王国側の意向も汲み取りつつだ。

事務方に回った面々も、慣れない仕事に四苦八苦していたが、今ではそつなくこなしていると、石神の耳にも入っている。

中には、要職についたクラスメートさえいるのだから、驚きだ。

王国側も役に立つ人材には寛大だ。正当な対価を払い、城下町にも好きな時に行けるよう許可を出したり、一部の生徒には城下町で暮らして良いという、特例も認めた。

城の中で半ば軟禁されていた当初の状況を思い返すと、うそのような待遇だ。

クラスメートの一人一人が生活基盤を整え、この世界に馴染んできた。

一人暮らしを始めた者もいれば、仲の良い友人同士でシェアハウスしている話しも聞いた。

生徒同士で交際を開始したり、中にはこちらの世界の人間と恋仲になった者もいるらしい。

・・・極一部の例外に目を瞑れば、実に順調だ。



「お、いたいた。こんな所にいたか礼央」



「ん?・・・何かあったか?」



石神に声をかけてきたのは、異世界に転移してからもよく一緒に行動する友人の一人であり、同時にパーティを組んでいる桜森真司だ。

礼央以上に社交的で、流行に敏感な少年である。



「ああ、騎士団長から出動依頼だ。どうも《魔海》方面に派遣した調査部隊に、異変があったらしい。一部の隊員と定時連絡が途絶えてるとか何とか・・・」



「そうか。わかった、詳しい話を聞いてくるから、他の二人を招集しておいてくれるか?」



「あいよ」



軽い足取りで、桜森が去っていく。その背中を見送りつつ・・・石神は王国がたてた計画内容を振り返る。



(確か色々な方面に調査部隊を派遣したって聞いてはいたが、《魔海》にも派遣していたのか。次の外征の下見は着々と進んでいるな)



次回の外征の主力を担うのが、石神を中心とする戦闘班である。本格的な戦争、人間と魔物との生存領域を賭けた総力戦の時が、刻一刻と近付いている。

今のところ優先順位は低いが、その候補地の一つが、《魔海》である。《魔海》に関する資料は、王国でも少ない。

すさまじく広大な森で、人間ではとても手に負えない魔物が溢れていると記載してあったはず・・・石神はそう記憶している。だが、滅多なことでは森の外部に出ることはなく、王国側は比較的安全圏と考えているらしい。

魔物側から襲ってこないだけで安全圏と決めつけるのは、石神個人としてはどうかと思っている。

しかし現状では、魔物がちょっかいをかけてくる方面に重点を置かざるを得ないのは同意見だ。結果、《魔海》方面の警戒を、他の方面と比べてしまうと、どうしても見劣りはする。

だが・・・一部の隊員とはいえ、定時連絡を怠るほど、王国の軍規・規律は緩くない。



(異変か・・・。まさか《魔海》の中に足を踏み入れてはいないよな?いくら調査とはいえ・・・・・・まさか、な)



しかし、石神の嫌な予感は的中した。

今回の調査部隊は、百人で一分隊の構成である。調査拠点も、あらかじめ事前に決められていると騎士団長から聞いていた。まずはその拠点に、石神率いるパーティは向かった。

拠点といっても、簡易な造りで、テントとその周囲を囲む木製の柵しかない。

石神たちが拠点で合流した時、調査部隊は半分の五十人しかいなかった。留守番役として残っていた調査隊の副隊長に話しを聞くと、どうやら隊長直々にもう半分の五十人を率いて《魔海》の外縁部目指して、先行調査に出かけたらしい。

だが・・・・・・帰還予定の決められた時間に、隊長はおろか、誰も戻ってはこなかった。

不審と不安が入り混じった状況に、残された副隊長は勇者派遣を本国に要請。先行した調査部隊の捜索を願い出た。連絡が途絶えた場所が場所だけに、事態を重く見た本国もそれを承認した。

それをうけて、石神たちは現地に来た。・・・王都を出発する前、騎士団長から忠告された内容を、石神は思い出す。少しでも危険だと思ったり、感じたら、すぐに撤退しろと。

今はどうだろうか?・・・多分、大丈夫だ。

現状を再確認した石神たちは、先行した調査部隊を捜索するため、《魔海》の外縁部に向けて出発。

そして・・・・・・凄惨な現場に居合わせてしまう。

最初に先行した調査部隊の危機を発見したのは、石神率いるパーティメンバーの一人、角田だった。

角田は勇者としての特殊能力が、索敵・警戒に特化しているメンバーで、その範囲はクラスメートの中でも随一とも言われていた。本人も、それを誇りに思っていた。

その彼が、叫んだ。

調査部隊が、魔物に襲われていると。

直後に、全員が顔を見合わせ・・・疾走した。角田が指示する方向に、全力で。

だが、結局間に合わず、先行していた調査部隊は全滅。更に、魔物とも戦うはめになった。

この時点で、ようやく石神の本能が敵は危険だと、警鐘を鳴らした。だが、既に逃げるには近付き過ぎていた。

実戦を経験してきた石神たちのパーティは、そこらへんの魔物に遅れはとらないという、ある種の驕りがあった。王国の人々に認められ、勇者としての自負も芽生えていた。それがまた、悪い方向に働いてしまった。

石神たちはそこで、《魔海》の魔物の手荒い歓迎を受ける。

初めてと言い切れるほどの苦戦を強いられた。命の危機に、幾度も晒された。だが、その度に石神が死神の手を振り払う。他のメンバーも必死に戦った。今まで体験してきた戦いの経験をフルに活用し、死力を尽くした。もてる限りの力と知恵を振り絞り、必死に戦い・・・・・・・・・無事に生き残った。

誰もが、奇跡だと感じた。

あまりの激戦に、しばらく石神以外のメンバーは立ち上がれなかった程だ。

魔物の半分は取り逃がしたが、戦果は充分。

・・・・・・あくまで、石神たち限定で考えればの話しだが。

先行していた調査隊、五十名は全滅。全員がただの肉片となって、地面に散らばっていた。どれが誰の腕なのか、もしくは足なのか。判別など、誰にも出来ない。誰だってこの惨状を見たら、見分けるのを諦める。それほどに酷かった。

戦いの熱もようやく冷めた頃、周囲の光景を思い出したように、石神たちは見渡す。

戦っていた時は必死で、魔物しか視界に入っていなかった。だが、改めて自分達の周辺に視線を向ければ、五十人分の血と肉で溢れかえっていた。自分達が殺した魔物と一緒に、大量の死体。死体。死体。

こういう光景に慣れてきたと思っていた石神たちだが・・・さすがにきつかったのだろう。

石神以外のメンバーが、胃の内容物をその場に吐き出してしまった。返り血で汚れた各々の格好が、とても痛々しく見える。高校生という、子供ともいえない、また大人ともいえない少年たちの姿が、それにより一層の悲哀を感じさせる。

石神だけは、吐きはしなかったが顔色は悪かった。蒼白と表現しても、大げさではない。



「・・・死体の埋葬は、後回しだ。まずは報告に戻ろう」



石神の言葉に返事を返す気力もなく、三人は怪しい足取りで立ち上がり、拠点へと向かってノロノロと歩き出した。

埋葬は後回しと言葉に出して言ったが、何となく、埋葬は無理だろうなと、石神は冷静に思考していた。

おそらく、時間的に今日これからは無理だ。早くても、明日以降。ならば明日まで死体は残っているだろうか?

推測だが多分、骨すら残っていない。ならば、今優先して持ち帰るべきは魔物の死体だ。

他の三人に比べ、しっかりとした足取りの石神は、《魔海》の魔物の調査材料として、また討伐の証拠として、『ヴォルーク』の死体を・・・(比較的損傷の少ない)・・・一体、肩に担いで三人の後を追う。本来、索敵・警戒担当の角田は精神的に磨耗していた。これ以上、無理をさせて負担をかけては心が壊れてしまう危険もある。それを危惧して、代わりに、索敵範囲はさほど広くはないが、しないよりはマシだろうと、石神が周辺の警戒を担当した。特に《魔海》方面の警戒を厳にしつつ、拠点への帰路につく。

石神たちの根柢に、異世界の魔物に対する脅威を再び刻み込まれた一日が、こうして終わりを迎える。







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