蘇り?それとも生まれ変わった?
鳴守灯夜が、《魔海》の王であるプラシノスに出会ったのは、人生初の死を体験した後だった。
状況を理解できないまま、出会い頭に『アルグトス』に頭部を吹き飛ばされた灯夜は、そこで人間としての生を終えた。
実にあっさりと。あっけなく。
だが、違う世界から勇者の一人として召喚された灯夜の肉体は、あらゆる意味で貴重な血肉でもあった。
希少価値の高い、実験材料と言っても、過言ではない。少なくとも、一介の魔物に食われるようなものではない。
異世界からの召喚事故によって、《魔海》内部の異変を感知したプラシノスは、その原因究明のため、現場に急行したが・・・・・・間に合わなかった。
出来れば、異常事態を惹き起こしたであろう異世界人を生きたまま確保したかったプラシノスだが、既に灯夜は死亡。そこには頭部を失った死体と、今まさにそれを食わんとする魔物の姿だけ。
即座に思考を切り替えたプラシノスは、その死体を有効活用することで、今回の失敗を少しでも挽回しようという考えに至った。・・・そのついでに、視界の端に映った『アルグトス』を片手間で殺しながら。
かくして、何らかの手段を用いて、プラシノスは灯夜を蘇らせた。後日、その方法内容を灯夜も一応聞いたのだが、最初から最後まで、その内容を一片たりとも理解できなかった。
とにかく、こうして灯夜は蘇った・・・首から上のない、デュラハンとして。
この時、灯夜はプラシノスとの初対面を果たす。
ちなみに灯夜の視界は、首から上が頭部の代わりとして黒い霧のようなものが人型に近い形を形成している。なので、頭部を失う前と変わらずの視界を確保していた。どういう構造かは不明だが、音も聞こえるし、匂いも嗅げる。
利点は頭部である黒い霧が消失しても死なない事。欠点は、顔の輪郭・起伏があまりなく、人形のように特徴がない事くらいである。
対面してからしばらく、言葉を発しない灯夜に疑問を感じたプラシノスはその理由を聞いた。だが、灯夜はそれに答える手段、方法がなかった。声を発しているつもりでも、まったく声が出ないのだ。
この時になってようやく、コミュニケーション手段がない事に、プラシノスが気付いた。
普段なら、魔力回路を通せば口がなくても他者との意思疎通は可能なのだが、灯夜は異世界人。
魔力回路という概念もなければ、魔力回路そのものが存在していなかったのだ。
こんな事態に直面したのは初めてでもあるプラシノスは、悩んだ。
身振り手振りだけでは正確な意思疎通は出来ない。
どうしたものかと考え込むプラシノスの姿を、灯夜は申し訳なく思っていた。おそらくは命の恩人であるプラシノスが、困っている理由が自分のせいであるという事実に。
時間にして五分ほど考え込んでいたプラシノスが、これしかないかなっと、灯夜にある提案をしてくれた。あまり役には立たないが、口が達者な使い魔を召喚するか、と。
そう、これが純白の梟の使い魔、カシムとの出会いのキッカケでもある。
灯夜自身が召喚すれば、当人同士が契約するので、魔力回路はあまり関係ない。召喚によって重視されるのはむしろ資格である。
召喚した使い魔を呼び出し、使役する資格の有無。
それは即ち、呼び出した使い魔より強いか否か。それのみである。
幸い、今回呼び出す使い魔は戦闘主体ではない。今の灯夜ならば可能だと、プラシノスは断言する。
もちろん、デュラハンになる前の灯夜では無理だったかもしれない。だが、プラシノスによってデュラハンとして蘇った今ならば、特に問題はないとの事。
灯夜自身は蘇ったというより、生まれ変わったという方がしっくり来ているのだが。それはともかく、こうして後に自称相棒を名乗るカシムが、プラシノスの手伝いもあって、無事に召喚された。灯夜と他者との、意思疎通のツールとして。
それが半年前の出来事である。
「・・・まじで生きた心地がしなかったぜ」
プラシノスの役に立つため、日課となった《魔海》の見回りを灯夜が再開してからしばらく。
プラシノスに指導された純白の梟、カシムがその小さな体を震わせて、ぼやきだした。
プラシノスが普段から生活する中心である巨大な湖から一定距離を離れたからだろうか。カシムの沈黙の時間は終わりを告げる。
指導され、うなだれているその姿は、ただでさえ小柄な体が、気のせいだろうが、更に一回り小さくなっているようにも見えた。
・・・まあ、この殊勝な態度もいつまでもつものかと、灯夜は思っていたのだが。
事実、日をまたいだ頃にはいつも通りの軽快なトークを、灯夜を置き去りにして勝手に繰り広げだした。
それがカシムの良いところでも、悪いところでもあるのだがっと、灯夜はため息を吐く。
デュラハンとして生まれ変わった今の灯夜に、食事も睡眠も必要はない。なのでほぼ不眠不休で活動することが出来る。人間の肉体のままでは到底できないことも、今のデュラハンという肉体ならば可能だ。
こうして、ほぼ休みなく《魔海》を歩き回れることすらも、その一つである。
人間の時に比べ、体力や筋力といった身体能力も桁違いである。首から下は生前の灯夜のものなのに、だ。
不思議に思った灯夜がプラシノスに聞いたら、曰く、あるべきはずのリミッターがなくなったから・・・らしい。詳しい内容は不明。そういう事らしい。灯夜は無理やり、そう納得した。
だが、そんな便利に見える体にも、栄養補給がまったく必要なしというわけではない。
アンデッドならば無補給で活動できていたかもしれないが・・・。
デュラハンはアンデッドだと思われがちだが、正確には違う。
灯夜も最初は勘違いしていたが、元々は妖精の一種らしい。
・・・まあ、首のない生物?が妖精だとは、灯夜も思えないわけだが。しかし、プラシノスもデュラハンは死者ではないと言っていた。
アンデッドは生物に固執するが、デュラハンはそうではないと。
灯夜のように加工されたデュラハンも、こちらの世界で自然発生したデュラハンと同じ補給方法がプラシノスに推奨された。むしろ、それ以外はないとも断言された。
その方法とは・・・自分以外の他者の生命力を奪うこと。
・・・・・・本当にアンデッドではないのかと、灯夜はプラシノスに聞き返したくらいだ。聞けば聞くほど、デュラハンの生態はアンデッド寄りである。
まあ、アンデッドは、生命力を奪っても、生き返りはしないし、成長もしないわけだが。
(それにしたって中々に業が深い。奪う頻度は個体差があるって聞いたけど、頻度が短いデュラハンの方が強い傾向にあるって言ってたし・・・つまりはそういう事なんだろうなぁ)
灯夜が《魔海》を自主的に見回っているのは、森の内部で異常がないかの警戒と、デュラハンの肉体に馴染むと同時に、栄養補給の意味合いもある。
無駄な殺生を好まない灯夜だが、一方的に襲われる立場になれば、自衛のためにも襲撃者は殺す。
同時に、その機会を利用して栄養の補給・・・デュラハンとして活動するため、生きるために、生命力を奪う。
追い詰められて、自分の命を守るために反撃する。・・・日本人として生きてきた道徳心が、正当防衛でなければ、武器を握れないという灯夜の感性が、一手間多い手段をとらせていた。
カシムも、こういう灯夜の価値観には文句が多い。
確かに、灯夜もここが日本ではなく・・・ましてや地球とも違う、過酷な環境という意識はある。プラシノスの話では《魔海》の外にも魔物はいると聞いた。むしろ人間よりも魔物の方が数は遥かに多く、この大陸の大半は人間以外の勢力下にあるらしい。
そしてその大半が、人間を弱者とみなしているとも。
灯夜が巻き込まれた勇者召喚も、人間勢力がそれを打破するために、勇者としての力を利用するために行われた可能性が高い・・・らしい。あくまで、プラシノスの個人的見解を聞いた限りではあるが。
弱さは罪である。
強くなければ、ただ奪われる。
・・・この世界は、単純ゆえに、残酷だ。
灯夜が人生の大半を過ごしてきた日本での価値観をもったままでは、生きにくい、シビアな世界。
いずれは、慣れる日が来るのだろうか?
(郷に入っては郷に従えって諺があったが・・・どうなることやら)
灯夜は漠然と不安を抱えていた。
そしてこの世界は、そんな不安にひたる暇すら、灯夜には与えてくれない。
「トウヤ、お客様だぜ。夜中にも関わらず千客万来だな、おい」
カシムの襲撃報告に、灯夜は即座に迎撃体勢に移る。
灯夜との思念を共有するカシムは、物珍しさも手伝ってか、よく地球の諺を引用する。
口が達者な相棒は、実に勤勉でもあった。
突然の襲撃者は、空から来たようだ。ちなみに役割分担として地上は灯夜が。空はカシムが警戒網を担当している。カシムは報告と同時に、灯夜の近くに避難済みである。戦う気はゼロの姿勢だ。
そんないつも通りのカシムに構うことなく、灯夜は上空を見上げる。
視線の先には全長二メートルはあろうかという巨鳥がホバリングして、灯夜を見下ろしていた。
巨鳥の名は『オルニス』。その長い嘴で獲物の肉を削り、鋭利な鉤爪で対象を器用に捕まえ、巨大な翼を敵に叩きつける魔物だ。
(鳥なのに、夜目が利くな)
『オルニス』は完全に照準を灯夜に合わせている。
あれでこちらは見えていないはず・・・なんて、冗談でも口にはできない。
「そりゃあ、そっちの世界の鳥の話だろ?こっちの飛行タイプの魔物は夜でも関係ないぜ。ちなみにアレは地上に降り立ってきても強いから、油断すんなよ」
使い魔であるカシムにとっても、夜の帳はあまり影響がない様子。
無論、デュラハンである灯夜にとっても、それは同じだ。昼間とほぼ同じくらいに、視界は鮮明。
ならば、先手をとる。
『オルニス』がこちらを見逃す気などサラサラないのは、その爛々とした目を見れば一目瞭然。
あれは完全に餌を見る捕食者のそれだ。未だに襲いかかってこないのは、灯夜に空への攻撃手段がないと侮っているからに過ぎない。
上空という、有利なアドバンテージを使って一方的な狩りをする公算なのだろう。
だが、灯夜がそれに付き合う義理はない。
灯夜はデュラハンの種族特性の特殊能力でもある【アルマ・スキア】を発動。
能力発動と同時に、灯夜の影がヌルリと動く。そしてそれは瞬く間に人型から形を変え、今の状況に相応しい武器・・・長弓と矢へ変形した。
そして『オルニス』に照準を合わせる動作を省略、まさに流れるような動きで弓を『オルニス』に射抜く。
まさか上空に攻撃手段があることなど、まったく予想だにしていなかった『オルニス』の急所に、矢はあっさりと命中。
多くの人間が使用している弓矢なら、『オルニス』は何本突き刺さろうが、簡単に死にはしない。
だが、灯夜の放った矢は『オルニス』の体をいとも容易く貫通した。それも同時に三本。いずれも的確に『オルニス』の急所を射抜いていた。
断末魔をあげる暇すらない。
こうして、『オルニス』は地上へと落下した。
「ひゅう~~~、いつ見ても見事な手際だなおい!巨鳥が地面に真っ逆さまに落ちていきやがった!思わず見惚れたぜ!さすがこのカシム様の相棒だ!!」
(はいはい、ありがとう)
カシムの、賛辞なのか自画自賛なのかわからないセリフを適当に聞き流し、灯夜は今しがた地面に落下させた『オルニス』の元へと歩き出す。
討伐確認と同時に、栄養補給の時間である。