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魔海の王

色々と試行錯誤しています。生温かい目で見守って下さい。


緑生い茂る深い森。

そこには自然が溢れていた。樹齢千年を超える木は、その森では当たり前。

人工物など見当たらないし、道といえば獣道しかない。

人間の侵入を拒む、一種の聖域ともいえる神秘が、確かにそこにはあった。

だが、そこに住まう生き物たちにとっては、生存競争をかけた戦場でもある。

生き物だけではない。植物も各々のテリトリーを広げるため、根を、枝を少しでも遠くへと成長させ、他の植物の栄養を奪い、生き残ろうと抗っている。

いつ自身が食い、食われる立場となるか。一秒先の未来すら、考える余裕を与えない過酷な環境。

無数の命を与え、そして奪い合う。一つの世界ともいえる、閉塞した場所。隔絶された一定の空間。

それこそが、広大な森の海とも呼ばれる《魔海》として、畏怖される所以でもある。



そんな自然以外を拒む《魔海》に、場違いな人影があった。

高温多湿な森の中を、何を考えているのか、ソレは重装備な漆黒の全身甲冑を身にまとい、生い茂る草を踏みつけ、歩いている。

その歩みに迷いはなく、目的地が定まっているかのようだ。事実、全身甲冑の中身・・・鳴守灯夜の目指す行き先は一つしかない。

そんな彼の前に、五メートルはあろう巨体を誇る熊に似た二足歩行の生物が、のっそりと、緩慢な動作で姿を現した。この世界の人間からは出会えば死と同意義とも言われ、死の使いとして恐れられる存在。それが今、灯夜の目の前にいる『アルグトス』と呼ばれる魔物だ。

その巨体から繰り出される豪腕の一撃は、一般騎士が装備する鋼鉄の鎧を容易に叩き潰し、強靭な顎と牙は、易々と剣を噛み砕くという化け物。

『アルグトス』単独で、辺境の騎士団ならば全滅する危険性すらある危険な魔物である。

そんなとんでもない化け物が、《魔海》ではそれほど珍しくもない。

灯夜も、週一くらいで遭遇している。こちらの世界に来て最初に出会ったのも、何を隠そう、『アルグトス』だ。

こちらの世界の評判通り、灯夜にとってそれはまさに死の使いだった。

初めて出会った魔物で・・・自分を最初に殺した相手でもある。

そう思うと、灯夜にとっては因縁があるとも言える。

もちろん、個体という分類からすれば視線の先にいる『アルグトス』は別だ。最初に出会った個体は既に死んでいる。恨むのはお門違い。

しかし外見が似ているので、どうしても咄嗟に身構えてしまうのは不可抗力だ。

人間側から見れば、同一存在と言っても差し支えない。『アルグトス』をそれぞれ個体として識別などしないし、する理由もない。

無論、『アルグトス』にとっても、人間の個体差などあまり判別できるはずもない。出来ても大きいか小さいかのサイズの差異くらいか。男女の相違など、些末な事柄だろう、きっと。

さて、どうなるかと灯夜は不意に遭遇した『アルグトス』の様子を伺った。襲ってくれば自衛するし、立ち去るなら追わない。相手の出方次第である。

幸い、出会った『アルグトス』側は腹が減っていなかったのだろう。

興味もなさそうに灯夜から視線を逸らし、立ち去っていった。



(戦わずに済んだか)



灯夜個人としては無駄な争い、殺生は好きじゃない。

避けられる戦いは、避ける。

それでいいと、灯夜は考えている。

・・・相棒は、それを真っ向から否定してくるが。



「おいおい、お優しいなトウヤ様は!弱者は見逃すってか~?偉くなったもんだぜ~、ん~~??」



今まで灯夜の上空を旋回していた真っ白な梟が、灯夜の肩に優雅に舞い降りた。

軽快な口調のおかげか、あまり嫌味に感じない皮肉を口にするのは毎度のこと。なので、灯夜も気にしてはいない。

確かに出会った当初こそストレスがたまったが、半年も一緒にいれば慣れてきた。

環境適応能力は大事だと、この小うるさい相棒との付き合いで、灯夜はしみじみと感じていた。



(・・・偉ぶったつもりはないんだがな)



「おいおい、生殺与奪権を明らかに握っておいて、それはないだろう~。かわいそうにあの熊っころ、トウヤを見てブルブル震えてたぜ~、おい」



(そうか?・・・そんな様子は微塵も感じなかったけど)



少なくとも、灯夜自身は先ほど遭遇した『アルグトス』は、強者の余裕を保っていたように見受けたが・・・。

喧しい相棒は、それを全力で否定してくる。



「マジかよ、おい。気付かなかったのか?上空から見てたけどよ、あの熊っころ、腰が引けてて、膝がガクガクだったぜ~。トウヤの視界からみえなくった直後に、猛ダッシュして逃げていったんだけど、マジあれ見て爆笑!よっぽど怖かったんだろうな~」



実に愉快だと、相棒であり、使い魔である純白の梟・・・カシムが笑っている。

使い魔であるカシム自身に、戦闘能力は欠片もない。特殊な能力を持っているわけでもない。

ただ、それでもカシムの存在は、灯夜にとっては必要だった。

例え常日頃から喧しくても、戦いの役に立たなくてもだ。

それだけの価値が、純白の梟にはある。・・・灯夜限定ではあるのだが。

飛行するのも面倒なのか、カシムは灯夜の肩に留まり、他愛のない話題を喋り続けている。

灯夜は、それらを適当に聞き流し、たまに相槌を打つ。これが互いの日常風景でもある。

会話の内容は、《魔海》の状況に関することが大半・・・というより全部だ。あの魔物が闊歩していたやら、縄張り争いを繰り広げていたやら等々。大抵は代わり映えのないものばかり。

カシムがその気になれば《魔海》の外にも行けるだろうに、頑なに《魔海》から出ることを拒否している。

灯夜からしてみれば、《魔海》の外の情報が欲しいのだが・・・今のところ説得は失敗している。



そうこうしている間に、灯夜は目的地に到着した。視線の先には、湖がある。

貴重な水場でもあるこの湖には、実に様々な種族の魔物が集う。縄張り意識の強い魔物もいれば、そうでない魔物もいる。単独行動を好む魔物もいれば、群れで行動する魔物もいた。普段なら、出会えば殺しあうような魔物たちも、ここでは静かに水を飲むだけ。用が済めば速やかに立ち去る。異なる生態をもつ魔物が、短時間とはいえ一堂に会する、貴重な場所だ。

縄張り意識の強い魔物も、ここでは借りてきた猫のように大人しい。他の魔物を追い出したり、ましてや殺すこともしない。

最初、この光景を見た時は、灯夜も不思議に思ったものだが、今はその理由を知っている。だから、これは当然の光景だ。

あれほど喧しかったカシムも、不自然なほどに沈黙を保っている。まるで自分は置物であると主張しているかのように、ぴくりとも動かない。息を殺して、時間が経過するのをただ待っている。

常日頃からこれくらい物静かである事を望んでいるのだが・・・まあ無理だろうと、灯夜は半ば諦めていた。そんなものが儚い夢であることを知っているからだ。



「あら、帰ってきてたの?」



《魔海》でも貴重な水場である湖を、秩序ある静寂な場所として治める王が、灯夜に声をかけた。

声が聞こえた方向に視線を向けると、一人の美女が立っていた。

外見は二十代後半。モデルと言われても納得できる長身に、流れるような長い銀髪は、赤い瞳と褐色の肌に妙にマッチングしている。

見た目だけなら、灯夜がよく読んでいた漫画やラノベに登場する、ダークエルフそのものだ。当然、長い耳もエルフ特有の特徴どおり。

・・・あくまで、外見だけはと注釈が必要だが。

何せ、彼女こそが《魔海》の王であり、唯一無二の支配者なのだから。



そんな彼女が何気なく発した声に、畏怖も威厳も込められてはいない・・・はずだ。むしろ耳に心地よいほどの美声。声量も大きくはない。

だが、その声が不思議なほどに湖全体に響き渡る。

直後に、不幸にも・・・いや、幸運にも居合わせた魔物たちはその場で平伏した。

肉体の構造から平伏できない種族の魔物も、出来る限り平身低頭している。

それはまさに王に仕える家臣の礼、そのものであった。生存競争の厳しい《魔海》で、今なお生き残っている魔物たちは間違いなく、生物としては強者に位置する存在ばかり。

言い換えれば、自我の強い魔物ばかりであり、今まで生き残っている強者としての自負もある。

・・・だというのに、言葉を静かに発した、ただ一人の女を恐れていた。

灯夜も、その気持ちはすごくわかる。わかってしまう。

故に、意識することもなく、自然な動作で片膝をつき、臣下の姿勢で王に頭を下げる。



(只今、帰還しました。今日も《魔海》は異常なしです)



「只今、帰還しました!今日も《魔海》は異常なしです!」



灯夜の思念を、カシムが一字一句間違わずに王へ報告する。

同時にそれは、相棒であるカシムの、一番大事な仕事の時間でもあった。

現在の灯夜の肉体構造では、言葉を発することが出来ず、カシムを介してのみしか他者と意思の疎通が出来ないからだ。

カシムの使い魔としての役割は、戦いの補助でもなければ、灯夜の話し相手でもない。

灯夜とカシム。そして、それ以外とのコミュニケーションをとる為のツールに過ぎない。

だが、灯夜にとっては決して手放せない存在でもあった。



「ご苦労様。・・・毎日の見回りも大変でしょう?たまにはゆっくり休んだら?」



「ありがたいお言葉、感謝します。ですがこの体に一刻も早く慣れる為にも、今後も見回りを継続したいのです。愚かな臣の我侭を、お許し下さい」



「そう?ならいいのだけれど。無理は禁物よ。」



「はい!ありがとうございます!」



《魔海》の森は広大だ。

灯夜の今の肉体でも、森の端から端へと直線移動するだけで十日はかかる。

灯夜は出来るだけ《魔海》全体をくまなく見回るため、王にこうして報告するのは一ヶ月に一回のペースである。

灯夜にしてみれば、美しい王に会える一ヶ月に一度の楽しみであるのだが・・・カシムにとっては胃痛が絶えない一日のようだ。

いつもテンションは高いが、今日はまた一段と高かったのは、緊張感を誤魔化すためか。

いずれにせよ、こうして今日も問題なくカシムは役目を果たしている。ならば灯夜の常日頃の不満も、少しは解消された気分だ。



「・・・今の肉体に不備はない?不便なことがあれば相談して。私にも何か出来ることがあるかもしれないし」



「ありがたき幸せ。ですがこうして自分の意思で歩け、更には使い魔を介して発言することが出来るのも、《魔海》の王であるプラシノス様のおかげです。これ以上を求めては際限がありません。どうしてもと仰るなら、この愚臣が何か手柄を立てた時の褒美として与えていただければと、具申いたします」



「ふふっ」



《魔海》の王であるプラシノスの唐突な笑い声に、不敬と知りつつ、思わず灯夜は頭を上げてしまった。

同時に、カシムが思念で灯夜の無作法をたしなめるが・・・プラシノスは気にした素振りを見せることなく、むしろ楽しげに灯夜を見つめていた。



「随分と堅苦しい言葉遣いを覚えたわね、トウヤ。もっと肩の力を抜いたら?それとも・・・使い魔が勝手に翻訳しているのかしら?」



プラシノスの視線がカシムに固定された瞬間、カシムの小さな体が彫像と化した。

プラシノスにとってはお茶目な悪戯のつもりかもしれないそれは、しかしカシムには死の宣告と同意義にもとれた。

なので、灯夜は即座に身振り手振りでそれは違うと否定する。

実際は・・・まあ、確かにカシムの独断が含まれているが、灯夜を陥れるとか、悪意があっての行動ではない。だからこそ、灯夜としては全身を使ってプラシノスに訴えた。

カシムに他意はないのだと。



「・・・ごめんなさい、タチの悪い冗談だったわね。でも、今後はもっと砕けた口調で話してねトウヤ。じゃないと肩が凝ってしまうわ」



言葉ではトウヤを窘めつつ、プラシノスの視線はカシムに固定されていた。

誰に向かって注意しているかなど、その場にいる者たちにとって、それは歴然だ。



「ひ、平にご容赦を」



それは灯夜の言葉ではなく、カシム自身の懇願だった。

ゆえに、プラシノスはそれに返事を返すこともなく、ただ微笑を浮かべるのみに留まった。

こうして、カシムには特大の釘が刺された。

プラシノスと灯夜の間に余計な齟齬を生じさせるな、と。







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