第87話 出撃。そして――
ルティアの都の外れ。外部への門の近く――
「さぁて行きますか――男ってのは、たった一人だろうがやる時にゃやらにゃあならん。それが可愛いあの子のためになるってんなら尚更な。まぁお前にゃ付き合ってくれる親父様がいるんだ、ありがたく思いやがれよっ!」
スケルトンに戻った親父が俺の肩をバシバシ叩いて来る。
「……うるさいぞ、静かにしてろ」
俺は冷めた目で親父を見る。
顎の所の骨の噛み合わせが若干歪んでいる。
さっき客室で頭蓋骨を蹴り飛ばしてやったからな――
ナタリーさんと一緒にオーガの遊びのサッカーとやらを再現して蹴り合いっこしていたら、ナタリーさんは楽しいです、とちっとも楽しくなさそうな無表情で言っていた。
「私は男ではないと思いますが、メイドですのでお供いたします」
ナタリーさんには久しぶりに会ったが――ティアナと同じ顔なのに、よくもまあここまで印象が違うものだ。
ここの所はティアナと一緒に居たので、それがナタリーさんに戻るとまた新鮮だった。
「あ、ああ……お願いします」
と俺は頷く。ナタリーさんにも、超貨物船奪還のための殴り込みに付き合って貰うつもりだった。
ナタリーさんはレベルが高いし、戦力としては是非欲しいからな。
彼女は今だに俺よりレベルが上なのだ。
この数日間はティアナと魔物狩りを繰り返したし、サイバーオーガ共に遭遇した後、ルティアに戻る道中でも見つけた魔物は全て狩りながら進んだ。
それにより俺のレベルは上がって41になっていたが――
ナタリーさんは51もあるのだ。連れて行かない手はない。
ちなみに親父は35で、アーマータイガーは44、ティアナは25まで上がった。
そして超貨物船奪還には俺、親父、ナタリーさんの三名で向かう事にした。アーマータイガーは、ティアナの側に残すことにした。
ここに残るティアナには機工人形の競技会があり、そこで彼女の婿が決まる予定だった。
ティアナのレベルも25まで上がったし、相棒が名工ユングウィの造ったアーマータイガーなら、総合的に見ればヴァイスやノワールにも勝てるはず。
勝って、結婚相手を自分で決める権利を得ると共に、名実共に次代の王としてこの国を掌握する。それはティアナの当初からの願いだった。
あんな事があると、余計に負けられないって思うようになったわ、と――ティアナは自分の唇をそっと撫でながら言っていた。
その照れくさそうな表情は可愛らしくて、俺は何も言えなかった。
多少チクリと刺すような、罪悪感を感じなくもなかったが――
ともあれそのティアナは、出発する俺達を見送るべくここまで一緒に来ていた。
「みんな――気を付けてね。何もかも任せきりにしてしまって、本当にごめんなさい」
ティアナは俺達に向けて深々と頭を下げる。
「そんなに気にするなって。俺達の都合的にも殴り込まざるを得ないんだしさ」
上に行くためには超貨物船が必要だからな。
この国に関係なく俺達の都合で、絶対に必要な事だ。
「まま、それにうちのバカ息子があっちの方で前金を受け取ってますからなあ。ゲッへへへへ。これは正当な対価ってワケよ」
清々しい位下品な口調で親父が笑っていた。
スケルトンのくせにニヤニヤしている雰囲気がはっきり伝わるとは、感情表現の豊かなホネだな全く。
ナタリーさんは顔を隠しているが親父はもはや普通にスケルトンで動いている。
ティアナを送ってきた兵士の皆さんは面食らっていたが、親父が剽軽に挨拶して取り入っていたのと、ティアナがこれは俺が使役しているしもべだと伝えてくれたので、ティアナが言う事ならと納得してくれていたようだ。
「えっ……!? み、見てたの!? やだそんな……!」
「ああ、中々甘酸っぱかったぜぇ? 俺も若い頃を思い出しちまったぜ」
「まあ、スケルトン様同士にも愛し合うという事があるのですね。機工人形にはございませんが……勉強になります」
ナタリーさんが全くの見当違いに納得していた。
うーんスケルトン同士で愛し合う――か。
こう、頭蓋骨同士をキスさせる図が俺の頭の中に浮かんだ。
……一つ言うとすれば、死体で遊ぶな! って事だな、うん。
「いやスケルトンになる前な! 人間でこいつらくらい若かった頃の思い出な!」
「では、スケルトン様同士は愛し合わないのですか?」
「いやそれは知らんが――とにかくティアナちゃんよぉ、無事戻ってきたらうちのバカ息子に成功報酬をやってくれよ? 今度は盗み見ねえからさ、できればそのピチピチの体でこいつを一人前の男に――」
「あー! もうややこしいから黙ってろ!」
俺は親父の頭蓋骨だけを無理やり体からひったくり、後ろに投げた。
「あーこら! 親父様のドタマをぶん投げるんじゃねえっての!」
首から下が走って頭を拾いに行っていた。
「投げられたくなかったら、息子に尊敬されるような態度を示せよっ! ったく――ごめんなティアナ、ゲスい親父で……」
「あははは――まあ確かにちょっと下品だけど……でも明るくて面白いから、嫌いじゃないわよ? ルネスのお父様は――一緒に居ると元気をもらえそうだし。ルネスもそう思ってるんでしょ?」
「いや、うるさくて迷惑してる」
俺はそう断言した。
「ふふっ。そう気安く言えるのは仲のいい証拠よ。ルネス達は明るくていいわね」
「どうかな……まあとりあえず行って来る。そっちも頑張ってくれよ」
「ええ! 待っているから――無事に帰って来てね」
「ああ。アーマータイガー。ティアナを頼むな」
がう。とアーマータイガーが一声吠える。
分かった任せろ! と言っているに違いない。
「それじゃ――」
「行ってまいります」
ナタリーさんがぺこりと丁寧にお辞儀をしていた。
俺達三人は門を出て、外の洞窟に進み出た。
ティアナは門が閉まって俺達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれていた。
◆◇◆
帰らずの大迷宮。最下層――
太陽石が昼の光を生み出す、広大な荒野――
砂塵の舞うその大地の上に、ニーナは立っていた。
「な……んだ? ここは――!?」
ここは明らかに、一瞬前まで自分達がいた場所とは違う。
兵達の発する戦の喧騒も聞こえない。
ダーヴィッツの姿も、灰色のローブを纏った女魔術師の姿もない。
上を見上げると、恐ろしく高い所に青緑の石の天井が見えた。
そして、同じく遥か遠い前後左右の方向にも壁が。
つまり――ここは恐ろしく広大な箱庭のように見えるのだ。
全く見た事も聞いた事もない光景に、ニーナはただ圧倒されてしまった。
ここは、一体何所なのか――?
「う……うう――」
「! バラム侯……! 良かった、一緒か――!」
傷ついたバラムが、ニーナから少し離れた所に倒れ伏していた。
ニーナはすぐその側に駆け寄った。
バラムの負った傷は深手だ。命に関わる。
「待っていろ! すぐに傷の手当てを――」
ニーナは自分の服を引き裂いて、バラムの体を強く縛って止血を施した。
だがこれは間に合わせの、応急処置だ。
一刻も早く、ちゃんとした治療を受けさせねば――
だがここは見た事も聞いた事もない場所だ。何の見当もつかない。
しかしバラム侯は、騎士としての師であると共に、忙しい父王ヴェルネスタに代わり自分と一緒に居てくれた、家族のような存在だった。
その命が危ないという時に、何もせずにいられるニーナではなかった。
とにもかくにも応急処置を施したバラムに肩を貸し、支えながら歩き始める。
「ひ、姫様――儂は捨てて行って下され……その方が身軽にございますれば、姫様だけでも助かる可能性が――」
「馬鹿を言うな! そんなのはわたしは嫌だ! 絶対に嫌だ!」
「ひ、姫様……!」
バラムも何も言えなくなり、無言の歩が続く。
だが、風景は一向に変わらない。人の気配がまるで見えない。
だがそんな中――荒野の向こうから走爬竜に乗った人影が見えた。
ニーナはそれが見えると、必死に手を振り、助けを求めて大声で呼びかけた。
それが聞こえたらしく、向こうはこちらに走って来てくれた。
走爬竜に乗っていたのは、肩くらいまでの艶やかな黒髪に同じ色の瞳をした美しい少女だった。
怪我をしたバラムを確認すると、慌てて走爬竜から飛び降りる。
「だ、大丈夫ですか――!? 怪我してるんですね!? これに乗ってください、すぐ街に行きましょう!」
その申し出に、ニーナは深く感謝をした。
「済まない――恩に着る。あなたの名前は――?」
「あ、ボクはレミアです。レミア・レインドルって言います」
レミアと名乗った少女は、愛嬌のある笑みでそう言った。
【2019/03/01追記】
本作について。
諸事情により今後更新する目途が立っておらず、これにて完結とさせてください。
続きをお待ち頂いていた方、申し訳ありません。
最後までお届けできないのは僕の力不足です。ごめんなさい。




