第84話 放逐
武器を構えたニーナとバラムは、ダーヴィッツと対峙する。
お互いに殺気を漲らせた睨み合いが暫く続く。
安易に突っ込んで勝てる相手ではない事は、ダーヴィッツの発する気配を感じ取れば明白だった。
異様に空気の張りつめた静寂。
遠くから聞こえる戦の喧騒だけが、その場に空々しく響いていた。
「どうしましたかな? あなた方が戻らねば、頭を失った兵共は狼狽え脅え士気を失い、むざむざ犬死にをして骸を晒す事になりますが……?」
ダーヴィッツの述べる通りではある。
彼らを鼓舞し、士気を盛り上げてやらないと蛮族兵相手には圧されてしまう。
放っておいては敗走してしまうだろう。
早くダーヴィッツを片付けて戦列に戻ってやる事が、彼らを救う事になる。
今この場で危機に陥っているのはニーナ達だけではなく、ニーナ達を見失った兵達もそうなのだ。
彼等にも命があり、心があり、親しい家族や友人がいる。
それを何一つとして、蔑ろにするつもりはニーナにはない。
早く戻ってやらねばなるまい――だから、自ら動き出すことを選択した。
「炎よっ! かりそめの命を!」
先程戦場で合図にも使用した、炎の鳥を象る魔術を放つ。
高い火魔術のLVを要求される、高等魔術である。
大きく鳴き声を上げながら、炎の鳥がダーヴィッツへと突進する。
ダーヴィッツは鎌を振り上げ、炎の鳥を斬り伏せる構えを見せた。
「今ッ!」
ニーナの指令により、炎の鳥が大きく軌道を変える。
直進を止め、ダーヴィッツの鎌を避けるように右に回り込む。
そしてそのまま、ダーヴィッツの周りを旋回し始める。
陽動のための動きだ。
高度な魔術のLVがあれば、このような複雑な操作も可能となる。
「!?」
ダーヴィッツは虚を突かれたように、炎の鳥の動きに一瞬気を取られる。
ニーナをそれを見逃さない。一気に正面から突進し、間合いを詰める。
大剣を振り上げ、正面から叩きつける一撃を構える。
ニーナの剣を受けるならば、その隙に炎の鳥はダーヴィッツの背を撃つ。
炎の鳥を潰そうとするのなら、その隙にニーナがダーヴィッツを斬る。
どちらにせよ、無傷では済まさない――! そういう意図のある攻撃だった。
「はあぁぁぁぁっ!」
ニーナは全速で突進し、勢いそのままに斬り込んだ。
当たれば確実に致命の一撃となるよう、渾身の力と裂帛の気合を込めた。
ダーヴィッツはニーナの剣を受ける選択をしたようだ。
大鎌は異様な暗い輝きを放っている。
だが構うものか――! 斬り伏せてやる!
ニーナの大剣とダーヴィッツの大鎌。お互いの斬撃が真っ向から衝突した。
ギイィィィンッ!
大鎌と大剣がぶつかり合う金属音。
そして――
「な……!?」
ニーナの大剣の刀身が、根元から斬り飛ばされていた。
それだけでは済まず、ダーヴィッツの大鎌はニーナの腕を覆う手甲を斬り裂いた。
ニーナは腕に浅い裂傷まで負わされることになった。
「くっ……! 何という斬れ味だ……!?」
真っ向打ち合って、こんなにも力負けするとは――!
だがしかし、ただでは済まさない……!
先に撃っておいた炎の魔術が、こちらに注意を向けたダーヴィッツの背を撃つ――!
そのはずだったのだが――
ダーヴィッツの背後に回った炎の鳥は、何故か霧散し消えて無くなってしまった。
「!? どういう事だ……!?」
ニーナの意識が途絶えたならばそういう事もあり得るだろうが、この通り意識ははっきりしている。まったく理由が分からなかった。何故――!?
だが動きを止めるわけには行かない。
目の前には大鎌を構えたダーヴィッツがこちらを狙っているのだ。
こちらは大剣の刀身を斬り飛ばされ、不利だ。
「炎よっ! 再びかりそめの命を!」
もう一度炎の鳥の魔術で牽制を――
ニーナはそう思ったのだが、魔術は発動しなかった。
小さな炎が少しだけ生まれ、消えただけだ。まるで素人の炎の魔術だった。
「無駄ですな――もうそのスキルは使い物になりませんな」
「……? 何だと!?」
だがダーヴィッツの言う通り、火魔術のスキルが使い物にならなかった。
炎の魔術が発動しないのだ。
「どういう事だ――!?」
このダーヴィッツという男は一体何者だ?
スキルを奪ったのか? それではまるで王権ではないか……!
だがニーナにそれ以上考えている暇は無かった。
ダーヴィッツの鎌がニーナの身を斬り裂こうと襲って来る。
「くっ!?」
身を翻して飛び退る。
ニーナの動きは俊敏であり、容易に捉えられるようなものではない。
だが――ダーヴィッツの鎌はニーナの動きを逃さない。
今度は太腿を浅く切られた。
武器を破壊され、魔術も使えず、このままでは……
更にニーナに追いすがろうとするダーヴィッツ。
その横から、バラム侯爵の巨体が飛び出してくる。
「姫様ーーーーッ!」
バラムが突き出す槍の穂先を、ダーヴィッツの鎌が斬り落とした。
凄まじい反応に、凄まじい威力だった。
だが馬上槍程に太い槍は、殴打用の棍としてはまだ使える。
バラムは槍を構え直しつつ、ニーナに長剣を鞘ごと投げ渡す。
「姫様これをっ!」
「よしッ!」
ニーナはそれを受け取り、抜き放ってダーヴィッツに斬りかかろうとする。
一人では分が悪いが、二人がかりなら――!
だが、構えようとした剣の動きがおぼつかない。
手が震えてしまい、まともに振れそうにない。
まるで素人のような、力の入らない斬撃しか出せそうにない。
こんな事は初めてだ――一体何が……!?
「終わりにさせて頂こう!」
ダーヴィッツがこちらに踏み込んで来る。
構えもおぼつかない剣は簡単に弾かれてしまう。
やられる――!? その時、ニーナの前にバラムの姿が割り込む。
「うぐっ……!? ぐうぅぅぅぅーーーーー!」
バラムの腹に、深々とダーヴィッツの鎌が突き刺さっていた。
腹の肉を刺し貫き、背中側に血に染まった刃が突き抜けてしまっている。
まず間違いのない致命傷だ――!
「バラム侯……!? バラム侯ーーーー!」
「お、おのれえぇぇぇぇ! 姫様はやらせんぞッ!」
バラムは己の傷には構わず、刃に腹を刺し貫かれたまま一歩を踏みこみ、ダーヴィッツに抱き着くようにしてその身を捕らえた。
「姫様お逃げを! こやつ、只者ではございませぬ! さぁ早く!」
「馬鹿な!? あなたを置いてなんて――!」
「我儘を申されますな! このままでは共に――うがああぁぁぁぁっ!?」
悲鳴が上がったのは、バラムの体が炎に包まれたからだ。
ダーヴィッツが無慈悲に放った炎が、バラムの決死の覚悟まで焼き払ったのである。
流石にバラムの体は崩れ落ち、ダーヴィッツから離れてしまう。
「貴様ああぁぁぁぁ!」
逆上するニーナは懐に忍ばせていた護身用の短剣を抜き、ダーヴィッツに突き出す。
しかしそれも簡単に腕を掴まれ捻り上げられ、動きを止められてしまった。
「くっ……! 貴様の目的は何だ――!? 何のためにこんな事をする……!」
「さて……? ひとまずこの国でも頂きましょうかな?」
「貴様などが――! 身の程を知れ!」
だが先王ヴェルネスタが亡くなった今、この男が言う通りの動きをすれば、大変な事になる。
何故父王はこんな大事な時に死んでいるのか。そしてせめて、父が亡くなった後に王権が自分に引き継がれていれば、こんな事には――!
王権はライネルにも引き継がれず、行方不明なのである。
誰か早く王権を受け継いで、この男を――
自分はそれを、見れそうにはないが――
ニーナは覚悟を決めて、最後の一撃を待った。
その耳に、自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
「ニーナ姫様ーーーーーっ! バラム侯ーーーーーーーっ! 何処へ行かれました!?」
配下の兵達が、自分達を探す声だった。
姿が見えないので捜索しに来たのだろう。
「いかんな。見られるのはまずかろう――エルフリーデ。バラムも共に飛ばしてしまえ」
声に応じて灰色のローブを纏った女魔術師が姿を見せる。
「そういたしましょう――」
女魔術師の魔術が発動するとニーナの視界は大きく歪んだ。
意識が遠く、どこかへと引きずり込まれるような感じがした。
次の瞬間、ニーナと重傷を負ったバラムの姿は、その場から掻き消えていた。
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