第83話 闇討ち
「はぁぁぁぁっ!」
ニーナの放つ銀閃が、蛮族兵を数人纏めてなぎ倒す。
この騎士姫の得意とする武器は大剣だ。
それも人の身の丈を超えるような極大級のものを好む。
事実今振るっている剣も、翼のような流麗な装飾が施されつつもその刀身は優に人の身の丈を超えていた。
それをまるで棒切れの様に振り回すのだから、一刀で複数の敵兵が倒されて行くのも無理からぬこと。
その細腕でここまでの剛剣を繰り出す事は驚愕すべき事だが、ニーナ本人のLVに大剣術のスキルLVは優に100を超えている。
この領域まで極めた騎士であれば、このくらいの事は朝飯前だ。
斜め方向へ斬り上げ、即座に叩き伏せに移行、地面を撃つと同時に体を反転させて弧を描くような斬撃。
それら一刀一刀が、確実に数人の蛮族兵を斬り伏せる。
「「「オオオォォォォ!?」」」
蛮族の兵達がニーナの迫力に怯み、脅えた声を発する。
「余所見をしておるでなあぁぁぁいッ!」
そこに更に、槍を抱えたバラムが突進を仕掛け、複数人を串刺しにしてなぎ倒す。
ニーナの師たるバラムの実力は、老いたりとはいえ未だにニーナをも上回る程の物がある。その猪突猛進の雄々しい戦いぶりは、まるで猛牛である。
「やるな――さすが、わが師だ!」
「まだまだお転婆な姫様の御護りをせねばなりませんからな!」
連携を取る二人が、蛮族の群れの中を突き進んで行く。
それを見た配下の兵達が、興奮して声を上げていた。
「おおおぉぉぉぉ! 何と凄まじい――!」
「流石はニーナ姫の剣技だ……!」
「それに何て美しいんだ――! まるで舞うように戦っていらっしゃる!」
「だがバラム侯が背中を守っているからだ……! あの方こそ凄まじい――!」
前線に立ち敵兵を蹴散らすその姿に、配下の兵達は奮い立つ。
自然と盛り上がった士気が、兵達の体を前のめりにさせる。
将自ら前線で剣をふるうなど、戦術としては褒められる選択ではない。
だがあえてそれをする事により、味方の兵を鼓舞する効果は大きい。
その事をニーナはよく分かっていた。
そして、最後にもう一言が必要であることも――
ニーナは兵達に向かって声を張り上げる。
「さぁ皆の者……! 我等に続け――ッ!」
士気を増した兵はいつも以上の力が出る。
もう蛮族兵と対峙しても、圧される事はなかった。
この状況を作れたのなら、ニーナの目論見はほぼ成功したと言っていい。
この場の蛮族軍を撃退し、勢いに乗って国境の砦も攻め落とす――!
「姫様! お見事にございますぞ!」
ニーナと背中合わせに敵に対峙するバラムは、そう労う。
この勢いならば、こちらの勝ちも見える。
「ああ、だがまだ油断はするなよ――!」
そう応じるニーナは、目の前が突然白い靄のようなものに覆われるのを感じた。
そしてそのまま、白くなった視界が不規則に歪んで行くのだ。
「!? な、何だ……!? バラム侯! 無事か!?」
「はっ……! しかしこれは一体――!」
更に歪みが大きくなると、段々周囲の戦場の喧騒が遠くなって行く。
風景の色合いも変わって来る。歪みがだんだん元に戻って行く――
そして気が付くと、ニーナとバラムは緑の生い茂る林の中にいた。
「……? 何だこれは――!?」
「分かりませぬ――全く、面妖な……!」
やや遠くからは、戦闘の続く音が聞こえる。
「違う場所に移動したのか……? 先程の場所とそれ程離れてはいないようだが――」
「そうですな。兵達の鬨の声が聞こえます……」
「とにかくすぐに戻るぞ!」
「はっ……!」
頷き合うニーナとバラムは、しかしその場に現れた者によって引き止められる。
「……」
声を発さず姿を見せたのは――蛮族の将の恰好をした男だ。
蛮族の指揮官級がよく身に着けている仮面で顔が隠れている。
そして、全身を鳥の羽で装飾した鎖帷子で覆っている。
携えた獲物は巨大な黒い鎌だ。
ニーナの大剣にも匹敵するような大きさである。
言葉は無くとも、全身から発する殺気だけでその意図は明白だった。
そして、その正体も――ニーナには把握できた。
「貴様……! ユルゲン候の配下の騎士、ダーヴィッツか!? どういうつもりだ!?」
「ほう……よくお分かりだ」
見抜かれたのなら隠す意味もない。ダーヴィッツはニーナに応じた。
「わたしの『心眼』を見くびるな……! 気配で分かるさ!」
それはニーナの持つ固有スキルだった。
強力な感知の能力であり、気配だけで人を見分ける事などは簡単にできる。
相手の気を読んで攻撃の内容を先読みする事すら不可能では無く、ある種の予知としても機能する。それがニーナの剣撃の腕をより一層高いものへと押し上げているのだ。
ダーヴィッツとは討伐軍の陣での軍議で挨拶を受けた程度で、殆ど会話も無かった。
が、ニーナの見た所ユルゲン候の配下の騎士で、この男の力は明らかに図抜けていた。
そのため、その気配をよく覚えていたのだ。
「さすがですな――ならば私の考えている事もお分かりですな?」
ダーヴィッツが大鎌を構える。
気配を感じるまでもなく、その行動を見れば考えは明らかだ。
「……どういうつもりかは知らんが、貴様などにくれてやるほどこの命、安くはない!」
「ユルゲンめの命か……!? 奴め、王の位を簒奪するつもりだとでも……? その大逆、決して許しはせんぞ!」
ニーナとバラムも、武器を構えて戦闘態勢を取った。
ダーヴィッツと対峙して、ニーナは確信した。
これは大量の蛮族の兵団などよりも、余程手強い相手である――と。
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