第82話 騎士姫
「ニーナ……! お前がバラムを連れ出して来たのか――」
ライネルは少々ばつが悪い思いをしながら、異母妹に話し掛ける。
ニーナは騎士としての気位が高く潔癖で、ライネルにも、ましてや父王であるヴェルネスタにも容易に従わない所がある。年若いが、頑固な武人気質なのだ。
母は違う事もあり、ライネルにとっては少々扱い辛い妹という存在だった。
「はい。討伐軍が苦戦しているとの噂を耳にしましたので、バラム侯共々、兄様のお力になりたいと馳せ参じました。結果的に王命に背いた形になる事は謝罪します」
「うむ――この際それはいい。不問としよう」
「――ありがとうございます。ですが兄様、このクリューでは王権が無ければ父上の完全な後継と名乗る事は出来ません。ですから兄様は父上以上に王の責務を果たし、内外に実力を認めさせる必要があります。どうかそれをお忘れなく。そうでなければ、足元に無用な争いを生みかねませんよ」
「うむ……分かっておるわ」
「でしたら、しっかりなさって下さい。蛮族になど苦戦していい理由はありませんよ」
ニーナはにっこりと笑いながら、ぐさりとライネルの痛い所を突いて来る。
こういう容赦のない所も、ライネルがニーナを苦手とする理由でもある。
年の離れた妹相手に本気になって怒るわけにもいかず、何かを言われても受け流すしかないのが辛い所だ。
「今回はわたしとバラム侯にお任せを。必ずや蛮族共を蹴散らして御覧に入れます!」
ニーナは居並ぶ将兵を前に堂々とそう言ってのける。
その姿は凛々しく、また美しく。ライネルにとっては頼もしく思えた。
「ああ分かった任せる。ユルゲンよ、いいな!?」
「は――ははっ!」
「では、早速出撃の支度に入るとしようか? バラム侯」
「承知いたしましたぞ!」
ニーナのバラム侯への態度は、他の者へのそれよりも幾分か柔らかい。
それもそのはずで、まだ幼いころからニーナを後見し、武技や騎士としての軍略などを教え込んだのはこのバラムだった。
いわばニーナにとっては師ともいえる存在であり、それを即位するなり謹慎処分にされたのだから、ニーナにとって面白かろうはずはなかった。
しかもバラム抜きで蛮族討伐に乗り出したはいいが、苦戦をして多くの被害を出す始末である。嫌味の一つでも言ってやりたくなるのも自然であった。
ともあれ次の戦闘の指揮はニーナとバラムに任されることになった。
ダーヴィッツとエルフリーデは、軍議が終わった後に二人だけで密談を持った。
「……どうします? 放っておけば、ニーナ姫とバラム侯は蛮族を倒しかねませんが」
「だろうな。それにはまだ早い――足を引っ張らせてもらうとしよう」
今回もダーヴィッツの負傷を理由に、彼らは後方支援の立場に収まっている。
戦闘中に少々自由に動き回る事は可能だ。
「これまでと同じように、二人とも命を奪うのですか?」
「そのつもりだが、問題があるのか?」
「ニーナ姫には、少し――可能性は少ないとは思いますが、もし『帰らずの大迷宮』に送り込んだあの者が既に死に、王権が彼女に受け継がれそれを伏せていたとしたら――殺した後に王権が今度こそライネル王に受け継がれる可能性はあります。あくまでごくごく小さい、取るに足らない可能性だとは思いますが――」
「……念には念を入れるとすれば?」
「彼女だけは殺さずに『帰らずの大迷宮』に送り込む方が良いかも知れません」
「いいだろう。ただしあの姫騎士の力は強い。持っているスキルは剥ぎ取ってからにするとしよう。王権が奪えれば苦労は無いのだが――流石にそれは無理だな」
あれは人のみが使う事の出来る、人の王のためのスキルだ。
人ならざる自分には――扱う事は出来ない。
ダーヴィッツは胸中でそう呟いた。
◆◇◆
そうして数日後――
準備を整えたニーナとバラムは軍を率いて討伐軍の構える陣地を出発した。
ヴァルガードの蛮族側も、それに呼応して占拠している国境の砦から兵を繰り出してくる。両者はギーボルア平原の端の部分でぶつかり合う事になった。
兵同士の戦いでは、明らかにニーナらが率いる討伐軍の方が旗色が悪かった。
クリュー王国軍の兵はよく訓練された精兵だ。
それがこうも押されるのは――ライネル達が苦戦するのも無理もないかも知れない。
「姫様! こちらの兵が押されておりますぞ……!」
「そうだな。兄様が苦戦するのも道理というわけか……! だが織り込み済みだ! バラム侯、合図を出すぞ!」
ニーナは手を叩く掲げ、合図代わりの炎の魔術を空に向かって打ち上げた。
放たれた炎は優雅な鳥の姿を象り、大きく鳴き声を上げながら空を昇る。
そして空中で爆散し、周囲に爆音をまき散らした。
作戦の合図とするには、十分過ぎるほどの音量だ。
バラムも合図に合わせて大きく声を張り上げた。
「引けっ! 引けえぇぇぇーーーっ! 体勢を立て直すぞ!」
よく訓練された兵は合図をしっかり守り、転身するとギーボルア平原の端にある連なった丘陵の合間へと逃げ込んだ。
一見狭い場所に追い込まれたように見えるが、そうではない。
少人数で大人数を相手しやすい場所に誘い込んだだけだ。
自分達が前面に出て、敵を突き崩すのだ。
士気の乱れた兵は弱い。
まずはニーナとバラムの個人の武力を持ってして、敵の士気を乱す。
その後に兵を突撃させて蛮族軍を踏み潰す!
「さぁ行くぞ! バラム侯! 後れを取るなよ!」
ニーナは愛用の大剣を構え、追って来た敵兵に突っ込んで行く!
本当に凛々しく勇ましく、美しい戦場の華へと成長したものだ。
その姿を嬉しく思いつつ、バラムはニーナに遅れじと敵兵の群れへと踊り込んだ。
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