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第81話 蛮族討伐

 地上――クリュー王国南部。ギーボルア平原――

 南方から侵入してきたヴァルガードの蛮族に対し討伐軍を組織した新王ライネルは、自ら軍を率いて王都クレストリアを出発。ギーボルア平原まで進出していた。

 そしてここで、彼らを迎え撃たんとするヴァルガード軍と対峙することになった。

 討伐軍としては、蛮族の軍を叩き伏せ国境の砦を奪い返せば目的は達成される。

 速やかにそれが行われれば――新王ライネルもやるものだとの評価を得られ、これからの政権の基盤が強固になる。

 ある意味では、これは絶好の機会だ。

 そう捉えれば、必ずしも悪い事ばかりではない。

 だが――その目論見はものの見事に崩れ去る。

 戦況は一進一退。両軍共に多くの死傷者を出し、膠着状態へと陥ってしまったのだ。

 ライネルの不満は日に日に溜まって行った。

 これでは、新王の威光を内外に示すことなどできはしない。

 むしろ先王ヴェルネスタに比べ二段も三段も落ちると、侮られてしまう。

 ヴェルネスタの時代は、蛮族に苦戦するなどあり得なかったのである。


「……ユルゲンよ! 一体これはどうなっている!?」


 軍議を行っている天幕の中。ライネルはユルゲン公爵を叱責した。

 精強で知られたクリューの軍だ。

 如何にヴェルネスタを失ったからといって、そうそうすぐに腑抜ける事などありはしない。彼らの実力は確かなはずだ。

 ライネルには、討伐軍の将兵達がわざと手を抜いて、自分の評判を落とそうとしているようにさえ思えてくるのだ。


「は――何分、蛮族どもも秘かに力をつけていたものと思われまして……こちらの精鋭とも互角に渡り合う程の戦力を見せておりますゆえ――一筋縄ではいかぬかと……」

「それが眉唾だと言うのだ! 兵共は俺が気に入らぬからと、わざと手を抜いて戦っておるのではないか!? 父上が兵を率いれば、蛮族になど苦戦したことは無かったのだぞ!」

「いえそのような事は決して――! 私にもどういうわけか分かりませんが、奴等が短期の間に力をつけたとしか……!」

「言い訳はいらぬ! 俺が欲するのは戦果だけだ! 戦果を見せてみろ、戦果を! そこに飼っておる豪傑とやらはただの置物か!?」


 と、ライネルはユルゲン侯爵の後ろに控えるダーヴィッツに視線を向けてなじった。


「申し訳ございませぬ。傷が癒えましたら、必ず――」


 ダーヴィッツは恭しい口調で、真っ赤な嘘を吐いた。

 別に傷など負っていないが、今はまだ自分が出るべき時ではないというだけだ。

 もっとクリュー側の将兵の数が減ってからでいい。

 せっかくの機会であるから、自分の邪魔になりそうな者達をこの戦いで消しておく。

 そうして苦戦を演出した上で自分が出張れば、より鮮烈な印象を与える事ができる。

 まだまだこの状況には続いて貰わなければならない。


 『帰らずの大迷宮』への転移の秘術を使う女魔術師エルフリーデと結託し、苦戦を演出するため暗躍しているのもダーヴィッツ自身だった。

 蛮族の側に、能力を飛躍的に高める秘薬を秘かにバラ撒いていたのだ。

 その上で、戦局がこちらに有利になり過ぎる戦場には秘かに手を回し、わざと味方が崩れるように手を打っていた。

 エルフリーデが転移の魔術を使えるため、秘かに向かって敵のふりをして紛れ込み、味方の将を斬ってしまえばいいのだ。

 そうやって本来ならばクリュー軍が圧倒するはずであった戦局を、ダーヴィッツとエルフリーデが秘かに膠着状態に落とし込んでいたのである。


「ふん……! 役立たずが!」

「申し訳ございませぬ」


 何も知らないライネルが自分を叱責する姿を哀れにさえ思いつつ、ダーヴィッツは首を垂れる。完全にこちらの掌の上で踊っている、哀れな王だ。


「ええいユルゲンよ! 何かいい手立てを考えろ! 出来ねば貴様を処断するぞ!」

「は、はは……っ!」


 そんな中――天幕の外から大柄な男が中に侵入して来た。

 そして大声を張り上げるのである。


「なればこの戦――この儂めにお任せを!」


 堂々たる体躯に、無骨そのものの顔つきに短く揃えた頭髪。

 蓄えた髭には白いものも混じっている。

 年齢はもう五十半であるが、未だ衰えぬ覇気と貫禄を備えている。

 このクリューでは、名の通った人物だった。

 バラム・フリード。侯爵位を持つ貴族でもあり、先王ヴェルネスタとは共に数々の戦場で戦い、華々しい戦果を挙げている男だ。

 いわばヴェルネスタの片腕とも言えるような武人であり、その名声は国内外に鳴り響いている存在だった。


「バラム! 貴様は先王の身を守れなんだ責を負って謹慎の身のはず!」


 声を荒げたユルゲン侯爵の述べる通り、バラムは謹慎の身であり今回の討伐軍からは外されていたのだった。

 謹慎の命を破って戦場に現れたのは誉められはしないが――

 居並ぶ将兵達がバラム侯爵ならばこの状況を打開できると思ったのも事実であった。

 その気配を感じるので、ユルゲン侯爵は余計に焦る。

 だから苛烈にバラムを非難して見せる。


「新王が即位したばかりのこの時に、王命を守れぬとは何事だ! 貴様のような行動をする者がおれば示しがつかん! この罪は決して軽くないと思え――!」

「――ならばまずはわたしを罰するがいい。バラム侯を連れ出したのはわたしだ」


 バラム侯爵の後ろから現れた人物が、凛とした口調でそう述べた。

 輝くような美しい金髪。しなやかな肢体を覆うのは、精緻な装飾が施された白銀の鎧。

 まるで絵の中からそのまま抜け出て来たかのような、美しい女性騎士だった。

 まだ少女と言えるような年頃ではあるが、既に何度も経験している戦陣での経験から、武将としての風格を身に着けている。


「二、ニーナ姫……!」


 ユルゲン侯爵がその名を口にする。

 亡きヴェルネスタ王の娘で、ライネルとは腹違いの妹に当たる姫――ニーナだった。


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