第73話 ティアナとナタリーの入れ替わり
偵察を終えて外出の準備を整えると、俺達は街の外れの門の所までやって来た。
初めにこの街に入って来た所から、また外に出てティアナを鍛え上げるつもりだ。
勿論ティアナがそのまま外に出ようとしても、許されるはずがない。
そのため――
「後を頼むわね、ナタリー」
ティアナがこっそりとナタリーさんに囁く。
ティアナは今、ナタリーさんのメイド服を着つつ顔を隠していた。
街に入って以来、ナタリーさんがしていた格好である。
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ぺこり、と一礼するナタリーさんがティアナの服を着ていた。
こうしていると、ナタリーさんを別人だと疑う者は誰もいない。
何せ二人の顔立ちは瓜二つだ。
ナタリーさんは街に入ってから顔を隠していた。
なので、二人がそっくりな事は誰も知らない。
入れ替わるのは容易だった。
今も門を警備する兵士達は、ティアナの服を着たナタリーさんを、畏敬を込めた目で見つめている。誰も微塵も疑っていないようだ。
「ダメよナタリー。あたしのふりをしてもらうんだから、喋り方も真似してね」
「申し訳ございません」
「そんなにすぐに頭を下げてもダメよ。これでもあたしはお姫様なんだから、ちょっと偉そうなくらいがちょうどいいのよ」
「かしこまりました」
またぺこり。
「……うーん、まあ大丈夫――だと思いたいわね……」
「大船に乗ったつもりでお任せください」
「じゃあよろしくね? あ、あともうちょっと愛想を良くしましょうか? あたし割と愛想はいい方だと思うから。はい笑顔笑顔ー」
「にこっ」
「……いや口で言っただけでしょ? 顔笑ってないし」
「申し訳ございません」
この無表情だけは治らないのかもな、ナタリーさん。
いくら名工ユングウィの造った機工人形だとはいえ、感情表現は苦手なのかもしれない。そもそも感情という概念が希薄なのかも知れない。
「……まあいいわ、じゃあ留守番をよろしくね。あなたはメイドじゃなくてお姫様になるのよ? いいわね?」
「ええと……パンがなければケーキを食べればいいじゃない! 貧乏人は麦を喰え! これで如何でしょうか?」
「ダメよそんなの暴言だから! あたしを馬鹿な王族にしないでよ? 全く、どこでそんな事を覚えたのよ――」
「前マスターのお持ちになっていた蔵書にございました。暇を見つけて本を読むようにと言われていましたので」
「あらそう。だったらあたしの部屋にも大きな本棚があるから、それを読んで待っていてくれるかしら?」
「かしこまりました」
「じゃあ行ってきますナタリーさん」
「はい。行ってらっしゃいませ」
俺とティアナ、それにアーマータイガーは街の出口の門をくぐり、外に出て行く。
表向きには、ティアナの依頼で外の様子を見に行くという事になっている。
ティアナがそう言い出すという事は、自分が外に出るつもりはないという事になる。
なので、特に誰にも反対されずに受け入れられていた。
城に残っているティアナがナタリーさんにすり替わっているとは、誰も思うまい。
俺達が外に出ると、ギギギと重い音を立てて扉が再び閉まる。
それを見届けると、ティアナは覆面を取り気持ちよさそうに伸びをした。
「うーん。堂々と出て来られたし、解放感が凄いわねー。気持ちがいいわ」
「そんなに楽しいもんじゃないと思うぞ。ひたすら魔物を狩るんだからさ」
ティアナのLVはまだ2である。
ヴァイスやノワールのLVは40を超えている。俺よりも高いのだ。
レベルだけが全ては無いだろうが、流石に今のままでは勝ち目がないだろう。
競技会までの七日間で、ティアナを鍛えつつ俺もLVを上げておく必要がありそうだ。
また、ティアナが出るにせよ替え玉のナタリーさんが出るにせよ、相棒になる機工人形はアーマータイガーになる。
なので、アーマータイガーも強化しておこうという事だ。
「それも新鮮な体験よ。何せあの街から外に出た事がなかったのよ、あたし。ワクワクしても仕方がないでしょ? ルネスがいてくれるから、身の危険も心配しなくていいしね」
「まあ――善処はするけどな」
「さぁ張り切って行きましょう!」
「あ。待ったティアナ」
「?」
俺はティアナに掌を向ける。
「王権――下賜!」
スキルの輝きがティアナの身体に吸い込まれる。
ティアナに俺の持っていた格闘術LV40のスキルを下賜したのだ。
「きゃっ! な、何?」
「格闘術のスキルを渡したんだ。これで結構動けるようになってるはずだ」
「そ、そうなの――? どれどれ……」
と、ティアナは軽く拳を繰り出す。
格闘術LV40なので、その動きはかなり鋭い。
「わっ!? わあぁぁっ! す、すごい何これ!? あたしの体じゃないみたい!」
嬉しそうに拳で空を裂き、高い蹴りを連続で繰り出す。
「あははははっ! ホントに凄いわ! 体に羽根が生えたみたいに軽いわ!」
壁を蹴って高く飛び上がり、くるくると宙返りして着地。
そのままバック転を繰り返す。
「…………」
だが俺はティアナを正視できない。
あんな動きをするから、スカートが完全に捲れあがって中が――
「ティアナ、スカートの中が見えてる……」
「え!? あ、あははは……ごめんなさい。そういえばナタリーの服だったわ――」
ティアナは恥ずかしそうに乱れた服を直していた。
「き、気を付けるわね。ごめんなさい」
「着替えた方がいいんじゃないか?」
「そうね、着替えも持ってきるし。この服ちょっとサイズが合わないから……」
「そうなのか? 身長とか体格はそっくりなのに――」
と俺が言うと、ティアナは不貞腐れたような顔をする。
「あ、それあたしに言せる? 言わせるんだ? 身長と体格が同じなら違う所は一つでしょ? ここよ」
と、ティアナは胸の所を手で押さえる。
ナタリーさんが着ている時はそこはふっくらしていたが、ティアナの場合は多少布が余っている感じだった。
「ああ――確かに」
「何でここは似てないのかしらね……?」
「まあティアナが無いというより、ナタリーさんが大きいんだろうけどな」
「……やっぱりルネスもそういう所見てるのね。真面目そうな人だと思ってたのに」
じとーっとした瞳が俺に向けられる。
「いやいや俺は真面目な方だと思うぞ! あいつらに比べればな――」
と、俺はヴァイスとノワールの奇行を思い起こして言った。
「あいつら?」
「いや――! 何でもない……!」
「ふうん……? じゃあ着替えるから、こっちを見ないようにしてね」
「ああ分かった」
俺達はティアナの着替えを待ち、海底洞窟の奥へと踏み込んで行った。
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