第70話 人の上に立つ者
ティアナの父親である王様との謁見を終えた俺達は、一度客室へと戻った。
ナタリーさんとアーマータイガーはそれぞれ窓際と部屋の隅とで、黙ってじっと待っていたようだ。
部屋に入るとティアナは努めて明るく俺に話しかけて来る。
「ルネス。ありがとうね、お父様に会ってくれて」
「ああ。余計に疲れさせてなきゃいいけど――王様、具合悪そうだったからな」
「いいのよ。お父様が願った事なんだから。あの通りのお身体だから、したい事はさせてあげないと――きっともう、長くはないから」
「……なあ、どうしてあの状態の王様を置いて、ここを出ようとしてたんだ?」
父親があんな明日をも知れないような状態なら、側についていてあげた方が良かったのではないか。
何かよほどの事情があるのだろうか――
ティアナは空いているベッドに腰かけて、伏し目がちに俺の問いに答える。
「……時間が無かったからよ」
「? どういう事だ?」
どう考えても時間がないのは王様の方で、その残された時間を側に寄り添ってあげた方が――
「お父様はあの通りのお身体よ――跡を継ぐのはあたしになるけど……生きているうちに早く夫を見つけて、安心させて欲しいって言うの。だからあたしの夫になる者を見つけるために……機工人形の競技会が催される事になったの」
「……優勝したらティアナと結婚できるって事か?」
「ええそうよ」
「それは――嫌かもな」
「そうでもないわ、それ自体はね。優勝候補の顔は知っているし、別に嫌いじゃないし――それが国のためになるのなら、あたしはそれでも構わないわ」
「……」
俺は少し驚いた。普通に考えたら、嫌な事だろうと思ったからだ。
ティアナの考え方は、多分レミアのような普通の女の子とはちょっと違っているのだろう。
もちろん俺とも違う。人の上に立つ者の、王族の考え方といえばいいだろうか――
「そりゃあ自分の好きな人とっていうのに憧れないでもないけど――そもそも、そんなに好きになった人なんて今までいないし……そんな人が現れるまで待つなんて我儘だって分かっているわ」
「じゃあどうして逃げようと?」
「さっきお父様に会った時に、話してた男たちを覚えてる?」
「ああヴァイスさんとノワールさんだったか?」
「ええ。あの二人が騎士長と技師長で、この国でも一二を争う臣下よ」
「へぇ――まだ若そうだったけどな」
二十台の中頃ではなかっただろうか。
「何代も続く騎士長と技師長の家柄なの。あたしと年齢もそんなに離れてないし、小さい頃はよく遊んでもらったわ。血は繋がっていないけど――兄妹みたいなものだって思ってる」
「あの二人が、さっき言ってた優勝候補? どちらかと結婚するって事か?」
「ええ、多分そうなっていたと思う――」
「何か問題が?」
「あの二人は、先代やもっと前からそうだけど――とても仲が悪いのよ。もし片方があたしと結婚したら――実権を握ってもう片方を倒そうとするわ。逆に選ばれなかった方が反乱を起こすかもしれない。どちらが勝っても、この先国が二つに割れてしまう」
「……止められないのか?」
「お父様が倒れられてから、国の事を取り仕切っているのはあの二人よ。あたしには実権なんて何もないの……あたしは初代ティアナにそっくりだから、いるだけで民の心の支えになるって言われるけど――本当は、それだけしか必要にされていないって事なのよ」
「なるほど……な」
ティアナも色々苦労し、悩んでいるのは表情から容易に想像できた。
「だけどこんなあたしにも分かるのは、こんな狭い穴蔵の中でいがみ合って、傷つけ合うなんて間違ってるって事よ。もし戦うとしたら、それは超貨物船を取り戻したり、海流の壁を越えて上を目指すためのものであるべきだわ。だけど二人も、それにお父様や国の人間も、そんな事は考えてもいないみたい。あたしは二人のどちらも傷ついて欲しくないわ、兄妹みたいなものなんだから」
「それで、何とかする方法を探すために外に出ようとしてたのか?」
「ええ……絶対にこのままじゃいけないって思ったから――無謀なのは分かっていたけど、何かせずにはいられなかったの」
「そうか――勇気あるな、ティアナは。きっといい女王様になれるな」
力のある者がその力に見合う何かを試みる事を、勇気があるとは言わないだろう。
力のない者が出来そうにもない困難に立ち向かう事が、勇気があると言われるべきだ。
そういう意味ではティアナは勇気がある。
「そうかしら? 無鉄砲なだけよ。結局、すぐにあなた達に助けられちゃったし――」
「けど、信念を持って貫くって大事だろうしな。ティアナは王様として大事なものを持ってるような気がする――見た目だけじゃなくて中身も」
そういう人間になら、俺も安心して力を貸せるというもの。
親父を見つけて上に行くためにも、超貨物船をどうにかするための助力は欲しい。
ティアナに協力して上手く行けば、それも得られるだろう。
回り道になるかも知れないが、急がば回れだ。しばらくはここティアナに協力する事にしよう。
「あ、ありがとう……そんな風に言われるのは初めてだから、ちょっと嬉しいわね」
「俺に出来る事は協力する。何でも言ってくれ」
「ええ――感謝するわ。本当にありがとう、ルネス」
ティアナが柔和な笑顔を見せる。
ナタリーさんにそっくりな顔だが、ナタリーさんはこんな表情はしないので新鮮だった。
整い過ぎるほどに整った顔立ちは無機質にも思えるが、こういう表情をしているととても可愛らしい。
「ルネスさま。少々お顔が赤いですが、体調を崩されましたか?」
「ああいや! 大丈夫です」
俺は何故か罪悪感を感じつつ、ナタリーさんにそう答えた。
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