第68話 扇動
黙って見ていては、いつまでも馬鹿同士の寸劇が繰り返しかねない。
ヴェルネスタは眩暈がしそうなのを抑え、キャサリンに呼び掛けてみる。
「おいキャサリンちゃんよ。大丈夫だ俺はオバケじゃねえ、単なる意思ある剣だよ」
「……ほ、本当? 噛みついたり、私に取りついて呪い殺したりしない?」
「しないしない。何だったら触ってみりゃいいだろう」
「……ちょっとあんた触って見なさいよ!」
と、部下のオーガの一人に命令するキャサリン。
ヴェルネスタはそのオーガに向かって下に降りる。
オーガに触られるのは何をされるか分からないので嫌だったが、我慢である。
意思ある剣化したヴェルネスタを握ったオーガは、力任せに刀身を振り回し始める。
「ヒャッハアアァァァッ! ボスうぅぅ! 別に特に何もありませんぜぇぇぇ!」
「だ……だろ? 怖がることはねえんだよ」
「そ、そうなのね――私びっくりしちゃって……」
ヴェルネスタを握ったオーガは振り回すのを止め、にやりと笑う。
「へへへ――いい剣じゃねぇかあぁぁぁぁ!」
ベロリと刀身を舌で舐める。物語の悪役が良くやる仕草だ。
舐められたヴェルネスタとしてはとんでもなく気持ち悪かったが。
「てめぇ誰がそんなことしろって言ったぁぁぁっ! 汚ねえだろうがよぉぉぉッ!」
またしてもキャサリンの制裁が発動した。
再び現れた回転刃が、今度はオーガを縦方向に真っ二つにしていた。
「あぎゃああぁぁぁぁっ!?」
悲鳴。そしてキャサリンはため息を吐く。
「ったくガサツで下品なんだから――少しは気をつけなさいっ! はい修理修理修理~! ったくあんたらと話してると大忙しだわ!」
「「「「へいボオォォォォス!」」」」
返事だけは一人前のオーガ達だった。
「……それで、俺はもう話していいか?」
「へ? ああ……さっきイケメンがどうとか言っていたのもあんたなわけ?」
「ああそうだ。とっておきの人間のイケメンを紹介してやろうと思ってな」
「ええぇぇぇぇっ!? 本当!? あたし面食いだからイケメンが大好物なの! 教えて教えてどこにいるの!?」
と、気色悪く体をくねくねさせてから――ふと何かに気づいた様子だった。
「あ! ちょっと待って美味い話には裏があるって言うし、いくら男に飢えててもすぐに飛びつくのは考え物よね……! ねえ聞かせてちょうだい、何でそれを私に教えるのかしら?」
「ああ。実はそのイケメンってのは俺の元の持ち主でな。俺を捨てやがったんで復讐してやりてえんだよ。あんたはヤツをに煮るなり焼くなり好きにしてくれりゃいい」
理由は出まかせだが、話に出している得物はつまりルネスの事だ。
この超巨大鮫も自分を飲み込んだ地点から移動してしまっているだろうし、戻り方も分からない。
なのでオーガ共を唆して、ルネスを探させて合流しようという魂胆である。
うまく行ってもルネスはオーガに襲われる事になるが、撃退すればいい。
それに、ルネスは帰巣方陣のスキルも持っている。本当に危険になればそれで離脱も出来る。
ただし、下の階層のセクレトの街に戻ってしまう事になるが――
それはそれで、下で待っているレミアも喜ぶだろうし、ルネスも満更ではないだろう。
「なるほど……で、そのイケメンはどこにいるの?」
食いついた――! と、内心ヴェルネスタは手を叩く。
「ヤツのいた場所は分かるんだが、ここがどこでどこに何があるかが全く分からねえんだ。外の様子が見れたり、ここらの地図が見れたりはしねぇかい?」
「見れるわよ。ホラ映してあげるから壁を見て」
と、キャサリンの片目がピカっと光りだし、壁に地図を映し出した。
この海の中の世界を表したもののようだ。
この化物の顔半分ほどは歯車やカラクリ仕掛けに覆われているが、その機能なのだろうか。
「今あたし達がいるのが、赤い点の所ね。それから外の様子も隣に映すわ」
地図の領域は円形をしており、あちこちに半円状に記号が描かれていた。
この一つ一つが、あの泡の中の陸地だろうか。
今いる場所の近くにはかなり大きめの半円状の記号があり、キャサリンが外の様子と言って映した映像には、かなり大きな都市が丸ごと廃墟化したような光景が映し出されていた。
ヴェルネスタとしては、初めて見る映像だった。
あんな都のようなものが、この海底世界にあったとは――
「場所は二階建てで建物がまだ無事な館が一軒だけの泡の陸地なんだが――どこか分かるか?」
「……うーんそれだけじゃあねえ。じゃあ時間はあるし、一つ一つ見て回りましょうか。映像を見てそこだったら教えてちょうだいね」
「ああ、了解だ」
キャサリンの言葉にヴェルネスタは了解の意を返す。
時間はかかるかも知れないが、この巨大鮫の動きも早いし、一つ一つ回ればいつかは必ずあの場所に戻れる。
それまでオーガ共の馬鹿さに付き合うのは大変だろうが、今のところは我慢する他は無いのだ。
願わくば、早く戻りたいものである。
元のスケルトンの体が恋しくなって来た――
そして、海底の世界をオーガ共と旅してかなりの時間が過ぎた後、ヴェルネスタは見覚えのあるあの館がある泡の陸地を見つけた。
すぐにキャサリン配下のオーガ共と巨大鮫を降り、館の内部を探ると――そこにはもう、誰もいなかった。
ルネスも、館にいたメイドのナタリーも、既にどこかに行ってしまったのである。
恐らく、巨大鮫飲み込まれたヴェルネスタを探すためだ。
不幸な事に、行き違いになってしまったのである。
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