第58話 人形使い《ドールマスター》
「ナ、ナタリーさんも機工人形……!?」
「あら、普通の人間と思われておりましたか? 光栄です」
メイド服の端をつまんでぺこりと一礼。
「ああいえどうも――いや、それよりナタリーさん、ご主人はどう見ても亡くなってますけど……いつからこの状態に?」
「さあ、分かりません」
と無表情に返すナタリーさん。
この人――いや人ではないが――
ずっと……もう起きる事のないご主人が起きるのを待っていたのだろうか?
この遺体、完全に白骨化している。
その白骨自体も相当古くなっており、強く握ると崩れてしまいそうだ。
数十年、いや百年単位で年数が経っているのでは――?
部屋の内部自体には埃が積もっていないところを見ると、ナタリーさんが掃除していたのだろう。
「とにかく、ご主人はもう起きる事はないですよ? ナタリーさんも自分の事を考えないと……」
「とはいえ、マスターはそこにいますし――私はマスターのお世話がありますから」
「いや、これは死体ですし弔ってあげないと……もうお世話の必要もないですよ」
「いいえ、でもそこにいますから――」
話が通じない。機工人形の感性は独特なのか――
人間の死というものを、うまく理解できていないのか――
ずっとここで起きる事のない主人の世話など、流石にナタリーさんが可哀そうだ。
例え彼女が機工人形で、人間でなかったとしても。
と、その時俺は気が付く。
白骨化した遺体の胸骨の奥。人間の心臓がある部分に、仄かな青い光が見えたのだ。
まるで人魂――のようでいて、それはスキルの輝きだった。
人形使い:
機工人形の創造者で主人たる者の証。
機工人形から、絶対の忠誠を得る。
これは――!?
わざわざこれが、こんな形で残っているという事は――
『彼女達を頼むよ――連れて行ってあげておくれ――』
「えっ……!?」
「どうなさいました? ルネスさま」
「ああいえ……何でも」
空耳だろうか? だが俺には、声が確かに聞こえたような気がした。
ナタリーさんをここから、連れて行ってくれるようにと……
それがいいだろう、と俺も思う。このまま放っておくわけにはいかない。
俺が王権を持っていてよかった。
ここに居合わせたのも、何かの縁なのだろう。
俺はまず、自分自身のスキルの枠を空けることにする。
大剣術LV10が浮いているのでこれを――祈りの剣に移しておく。
更に祈りの剣の雷光魔術LV10と自分自身の自己再生(高)を入れ替え。
戦いで祈りの剣についた傷をこれで治しておこう。
しかしスキルの枠がキツくなって来たな――
親父が巨大鮫に喰われなければ、魔石鋼の剣があったのだが。
まあ無いものは仕方がない。とにかく俺自身のスキルの枠を一つ開けた。
そこに――
「王権――徴発! 下賜」
遺体が宿していた人形使いのスキルを取り入れた。
これでどうなるか――?
「あら?」
ナタリーさんが無表情のまま首を傾げた。
「マスターがルネスさまで、ルネスさまがマスターで。変ですね。重なって見えます」
人形使いを俺が取り込む事で、俺が彼女のマスターという事になったのだろうか。
「あの、ナタリーさん。ご主人はもう亡くなってます。お墓、作ってあげませんか?」
「はい、了解しました」
大丈夫――かな?
俺達は館の中庭に墓を掘り、そこにご主人の遺体を埋葬した。
これで安らかに眠れるだろう。
人形使いのスキルは確かに受け継ぎました――
俺は顔も知らぬ館の主人に祈りを捧げつつ、そう呼びかけた。
あの声はきっと、空耳ではない。この人の遺志だったに違いない。
『王の眼』には、そういうものも感じ取る力があるのだろう。
「ナタリーさん、俺――ご主人にナタリーさんの事を頼まれたんだと思うんです。だから俺と一緒に行きませんか」
「お供します。マスター」
ああ、もうナタリーさんのマスターは俺になってるんだな……
何か物悲しい気もするが――仕方がない。
あのままでいるよりは、これでよかったのだと思おう。
そして俺にはやる事があった。
まずは親父をどうにかして助けないと――
しかしナタリーさんは、必要な情報を持ってはいなかった。
改めて聞いてみても、今俺達がいるこの泡の中の事しか知らないのである。
この泡の中で、機工人形を開発していた主人に造られたらしい。
「一つだけ――有効な情報かは分かりませんが……この館の地下の洞窟が、別の場所に繋がっているとは聞いたことがあります」
「別の場所――か」
他に手掛かりは無い。
ならば、移動してみる他は無いだろう。
「分かりました。じゃあ、地下から別の場所に行ってみよう」
急がば回れ――だと思おう。
俺達は親父の骨と携帯用の食料を荷造りし、再び地下洞窟に降りた。
すると――
「クウゥゥン――」
アーマータイガーが俺達の前に現れて、攻撃をするのではなく、すり寄って来た。
「ああそうか。お前も機工人形なんだな。もう俺がマスターなのか」
こいつも亡くなったご主人のために、地下洞窟のモンスターを排除し続けていたのだ。
健気で、可哀想になる。俺が倒してしまったもう一体はもっと可哀想だ。
悪い事をしてしまったな――とほろ苦さを感じつつ、俺はアーマータイガーを撫でた。
「クウゥンクウゥン!」
嬉しそうである。何だか可愛く見えて来た。
「よしよし、お前も一緒に行くか?」
「ぜひそうしてあげて下さい。この子も付いて行きたがっています」
「わかりました。じゃあ行こう!」
「マスター。この子が背中に乗せてくれます」
ナタリーさんの発言にそうだと言わんばかりに、アーマータイガーが地面に伏せて俺達を背中に乗せる姿勢を取る。
「へえ? 助かるなそれは――」
「さ、参りましょう」
俺とナタリーさんはアーマータイガーの背中に乗り、洞窟の先を目指した。
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