第52話 馬鹿共による大事件
状況を整理する。
屋敷の中をこっそり探索したいが、むやみに館の中を動き回らないようにと言われているし、こっそり出ようとしてもナタリーさんは俺達が出ようとするとすぐに察知して、何か用があるかと尋ねてくる。まるで監視されているかのようだ。
その状態で中を探索するために、ネズミでも捕まえて親父の魂を下賜しようと思っても、都合よく部屋にネズミが現れたりはしない。
手入れの行き届いた、綺麗な客室なのである。
その状態で俺達の取る手は――
強行突破? いやいや向こうから襲ってきたり、害意がはっきりすれば別だが、食事も寝る所も用意してもらっておいて、それはない。
相手はオーガやマリンオーガ共とは違う。問答無用の先制攻撃は、ああいうクズ以外にはご法度である。人間性を疑われてしまう。
このままじっと待つ? いやいや、埒が明かない。
ではどうするか――俺には、前から試してみたいことがあった。
「なあ親父、いい体が無いって言うけどさ、これじゃダメか?」
と、俺は魔石鋼の剣を親父に見せながら言う。
人の魂が宿った剣――意思ある剣というやつだ。
伝説の名剣にはこの意思ある剣が多かったりするので、俺としては多少の憧れがあったのだ。
「ふむ……だが単独では動けんぞ。それじゃ意味がねえだろう」
「いや風魔術があるだろ。下賜してやれば、それで飛べないかなと」
「ほう……そいつはやったことがねえな。ちと試してみるか?」
「ああ、やってみよう。行くぞ――王権――徴発!」
俺が王の魂を徴発するとスケルトンの体は力を失い、カランとその場に崩れ落ちる。
そして――
「王権――下賜!」
魔石鋼の剣に王の魂が宿る。
「――どうだ、親父? 聞こえるか? 喋れるか?」
「ああ聞こえるぜ。こっちの声は聞こえるか?」
「ああ大丈夫だ。なるほど、意思ある剣っぽくなったな。で、動けるか?」
俺は床に親父の魂の宿った魔石鋼の剣を置き、一歩下がる。
魔石鋼の剣はカタカタと微妙に振動するが、移動するとまでは行かない。
「うーむ……ダメだなやはり動けん」
「そうか。じゃあここに風魔術を足してみるからな」
「おう、ドンと来やがるがいい」
「王権――下賜!」
俺は自分の風魔術を親父に追加で下賜する。
「どうだ――?」
と、返事を聞くまでも無く魔石鋼の剣がふわりと宙に浮いた。
「お! いいな、行けてるんじゃないか?」
「おおー。中々こいつは気持ちがいいな」
剣が部屋の天井のあたりを、くるくると旋回しながら飛び回る。
初めはゆっくり飛んでいたが、だんだん慣れたのか早くなって行く。
「こいつは、ひょっとしたら戦いにも使えるかもしれんな」
剣を袈裟斬り、縦斬り、横斬りと、人が繰り出す斬撃のように動かして見せる。
ヒュンヒュンと風を切る音が、室内に響いた。
最後は連続突きまで繰り出していた。
自動的に剣士のような攻撃を繰り出す剣か。中々面白い。
「ああ、いきなり動き出してやれば相手の意表を突けるな」
「お前と斬り合ってる奴を後ろからバッサリも行けるし、逆にこっちに気を取られたのをお前がバッサリも行けるな」
「切り札の一つとして、ありだよな。これはいつかやるかもだ、その時は頼む」
「じゃああらかじめ、風魔術は魔石鋼の剣に固定しとけよ。その方が切り替えに手間もMPもかからん」
「そうだな。その方がいいよな」
俺は頷く。戦いの手札、切り札は多ければ多いほどいい。
特に一歩先に何があるかもわからない、この『帰らずの大迷宮』では。
「じゃあ偵察に行ってみるかねえ……おいルネス、ちょっと窓を開けろよ」
「よし。頼む親父」
「ああ、まあ任せとけって」
親父は鞘を身に纏うとすうっと浮いて、俺が開けた窓の隙間から、外に出て行った。
……ここから先は、親父に任せるしかないな。
俺はそう思いながら、窓の外を飛ぶ意思ある剣と化した親父を見つめる。
準備運動をしているのか、親父は高く飛び上がり、ビュンビュンと旋回して飛び回っていた。
あの動く速さは、風魔術のレベルが上がれば早くなるのだろうか。
などと考えながら親父の遊覧飛行を眺めていたが――
「「「ヒャッハー!」」」
もっと上、泡の天井付近から奇声が降ってきた。
マリンオーガ共が飛び込んできたのだ。
飛んでいるキラキラしたものを見つけ、捕まえようとしているのか――
「バカかあいつらは……! 中に入ったら死ぬくせに……! 明かりに集まる虫か!?」
きっと虫程度の知能しかないのだ。あいつらに理屈は通じない。本能で生きている。
しかも飛び回っている剣目がけて飛び込んでも、そう簡単に捕まえられるわけがない。
案の定、全然親父に触れられずに地面に落ち、そこで悶え苦しんでいる。
そんな中何とか一体が親父の柄を掴んだが、振り落とそうと飛び回られて、目を回していた。
「ぐぼああぁぁぁぁ!? ぎもちわりいぃぃぃっーー!」
ああもう、本当に早くオーガ共がいない世界に戻りたいものだ。地上が恋しい。
そんな事を考えている俺には、まだ余裕があったのだ。
まあ親父は大丈夫だろうと。あいつらはバカだし、何も出来まいと。
しかし――
ジャアアアアアアアアァァァァァーーーーッ!
怖気のする大音量の唸り声が、突如その場を支配する。
ここに来る時に見た、超巨大化石鮫の咆哮だった。
泡の天井から顔を突き出すと、その巨大な口で宙を舞うマリンオーガを丸飲みにした。
無論、そのマリンオーガがしがみ付いていた親父も一緒に。
そしてそのまま、顔を引っ込めてどこかへ消えて行った――!
「な……何なんだよ――これはマズいんじゃないか……?」
俺は唖然と呟く他が無かった。
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