第51話 海底のメイド
ナタリーさんが用意してくれた食事は、暖かいパンに野菜のスープ。
それにチーズと魚を一緒に焼いたものだった。
充分過ぎる内容である。この深海でこんなものが用意できるとは。
下層では俺は、ヒッポグリフの肉をはじめ魔物の肉を主に食っていた。
魚を食べるのは久しぶりで――とても美味しい。
元々俺の村は海に遠く、魚はなかなか食べられない環境だった。
だから、魚を食べられるとそれは特別な事のような気がして、嬉しくもなる。
「うまい……! 特にこの魚――」
「お口に合われるようでしたら、何よりでございます」
と、ナタリーさんが無表情で軽く一礼した。
本当に、何を考えているのだか読めない人だ。
「この魚は、外を泳いでるやつですか?」
「ええ。網を仕掛けて採って参ります」
「パンを作るための麦は――?」
「館の裏の畑で栽培しております」
「スープの野菜も?」
「お察しの通りです」
「チーズのための動物の乳は……?」
「山羊を飼育しております」
ナタリーさんは、流れるように俺の質問に回答してくれた。
「なるほど……全部この泡の中で採れるものだと――」
「はい。その通りです」
「じゃあその……外ってどうなってるんですか? ナタリーさん達と同じように、人が住んでるんですか?」
「そういうことでしたら、ご主人に話を伺って下さい。私はただのメイドですので、良く分かりません」
先程と全く同じ回答が。
ひょっとしてナタリーさんは、ここで生まれ育って泡の外に出た事がない、とかか?
それにしたって何も知らないというのは……意図的に説明を拒んでいるのか?
やはり、館の主人に会ってみないと始まらないのだろうか。
「なあ、ナタリー嬢ちゃんよ」
「何でしょうか?」
「外にクソ馬鹿デカい鮫が泳いでたろ? あれは何だ? まさか知らんとは言うまい?」
「はい、見た事は勿論ございますが、何かは分かりません。ああいうとてつもない怪物である、という事以外は……メイドですから」
メイドだから知らなくてもいいという事なのか。
にしたって気になるだろう。
外がどうなっているかとか、あの巨大鮫は何なのかとか。
そこをクールに知らないと言い張るナタリーさんは、やはりどこか無機質だ。
「ふぅむ……ご主人とやらが起きれば、それも分かるか?」
「恐らくは――とても聡明な賢者であらせられますので」
「……なるほどなあ。いや、変な事聞いて悪かったな」
「いいえ。では、私はもう一度ご主人の様子を見てまいります」
と、ナタリーさんは部屋を出ていき――
戻ると無表情にこう告げてくる。
「申し訳ございません。ご主人は眠っておられまして……すぐにはお起きにならないご様子でした」
「……とんだ寝坊助な爺さんだな……!」
と親父は文句を言うが、やはりナタリーさんはナタリーさんだ。
動じず、少し小首をかしげる。
「ご主人は若い女性ですが?」
「フッ。俄然楽しみになって来たじゃねえか……!」
「いや忘れるな骨だぞ、モテないって。女の人ならスケルトンのを探さないとさ?」
「スケルトンに男も女もあんのかよ!」
「元々男女どっちの骨だったかとか、関係あるんじゃないか?」
「どうだかな。あったとしても生殖するわけでもあるまいし、性別は無意味だろ」
「分からないぞ。男女のスケルトンが二人で何か生き物を倒せば、それが子スケルトンになるとかあるかも知れないだろ」
「想像力豊かだねえ、お前さんは……」
言い合う俺達に、ナタリーさんが告げる。
「お疲れではございませんか? お部屋を用意いたしますので、ご主人がお起きになるまでお休み頂ければと」
流石に何か怪しいものを感じなくも無いが――
ここでは俺達は、待つ事しかできない。
俺達は部屋を用意してもらい、待つことにした。
「何かあれば、ご遠慮なくお呼び下さい。それから、危険ですからあまり出歩かれませんように――それではごゆっくりお休みください」
ナタリーさんは俺達を客室に通し、一礼して出て行った。
それを見届け、親父が呟いた。
「ルネス。油断するなよ。ここでは何があるか分からん」
「いや、違う」
「うん?」
「ここでも、だ」
「フフン。その通りだ。お前もちっとは冴えて来たか」
「俺が失敗して死んだら、レミアやカイルが地上に行きたがってたのも叶わなくなるからな。俺は失敗できない。だから慎重に行く」
「なるほどねぇ。ま、頑張れや」
「ああ。さて――隙を見て部屋を出て、館の中を捜索するぞ親父」
「そう言うと思ってたぜ。ご主人とやらの正体を突き止めんとな」
「そうだよな。本当に居るのか、居たとしたら何者なのか――だな」
「都合よくそこらに生きたネズミでもいねえか? もしいたらそれと体を入れ替えりゃ、偵察にゃ最適なんだが」
俺達は部屋を見てみたが――
手入れの行き届いた、高級宿の客室という感じがした。
ネズミがいそうな気配は、まるで無い。
「いないな――まあ、ネズミが出る部屋ならそれはそれで嫌だけどさ――」
「俺が探しといてやろう。お前は少し寝ておけばどうだ? 何か変化があったら起こしてやるよ」
「分かった。後は頼む、親父」
そして俺は、親父に見守られながら仮眠に入り――
それから数時間後に目が覚めた時――まだ状況に変化は無かった。
途中ナタリーさんが一度顔を見せたようだが、やはり主人は眠っていて、すぐには起きそうにないとの一点張りだったそうだ。
さてどうするか――
俺達には、何か打開策が必要だった。
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