第50話 海底の館
館の手前まで辿り着くと、庭や建物の手入れの具合も目に入ってきた。
ちゃんと手入れが行き届いているように見える――
庭の木はきちんと剪定されているし、窓はぴかぴかしている。
三階建ての大きな館の一部の窓からは、明かりが漏れていた。
この海底の箱庭は、基本的に薄暗い。
火が完全に沈む少し手前の夕方くらいの明るさだ。
一応真っ暗ではないという事は、どこかに太陽石のようなものがあるのだろうか。
ともあれそんな状態の中に見える館の明かりは、不思議と心をほっとさせてくれる。
「こんにちは! 誰かいませんか!?」
門の前に立ち、中に声をかけてみる。
――返事は無い。
「外に人は出てねえんじゃねえか? 中に失礼してみるかね」
と、親父に促され、門を押し開け庭に入る。
門扉も綺麗に磨かれており、明らかに人の手を感じた。
「綺麗な庭だな――」
「ああ、こんな海底にも花が咲きやがるか……不思議なモンだ。どうって事ねえ花だが、妙に綺麗に見えやがる。場所が場所だからな」
親父はしゃがみ込んで、庭の花壇に咲く花をちょんちょんと撫でた。
「……俺には葬式にしか見えない――」
俺には、花とスケルトンの組み合わせは葬式にしか見えない。
「いや、そこは骨になる前に埋葬してやれよ! どんだけ死体を放置しやがった!」
「まあ確かに……だけどなあ、見えるものは仕方ないだろ」
などと言い合っていると、館の扉が目の前だった。
扉のレリーフにくっついた叩き金を、コンコンと打ち鳴らしてみる。
「こんにちはー! 誰かいませんか!?」
やはり無反応。
明かりはついているから、誰かいるはずなのだが――
「どれ。俺もやってみるか」
と、親父が俺と入れ替わって叩き金に手を伸ばした瞬間――扉が開いた。
中から顔を覗かせたのは、銀色の髪をしたメイドの女性だった。
彼女にとっては、扉を開けた瞬間にスケルトンの顔が眼前に迫っている感じになる。
これは絶対に驚かせた。悲鳴が上がる――
俺はそう思ったのだが、その女性はまるで平気そうな顔をしていた。
「どちら様でしょうか?」
感情を全く感じさせないような、落ち着き払った冷静な表情。
それが全く崩れないのだ。何という強心臓なのだろう。
「おお? よくビビッて大声あげなかったなあ、お姉ちゃん。俺はヴェルネスタ。わけあってスケルトンをしている」
「はじめまして、ナタリーと申します。わけあってこちらで働いております」
親父に全くペースを乱されず、淡々としている。
なんか凄いぞこの人――ただ者じゃない感じがする。
年齢は俺より少し上――20歳程度に見える。
恐ろしいくらいに整った美しい顔立ちが、より一層無機質な印象を感じさせた。
「あ、こんにちは。俺はルネスです。『帰らずの大迷宮』の下層から登って来ました。周りの事が何もわからなくて――よかったら話を聞かせてくれませんか?」
「そういうことでしたら、ご主人に話を伺って下さい。私はただのメイドですので、良く分かりません」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ええ。中へどうぞ。すぐにお呼びいたします――」
ナタリーさんは、館の中の応接室のような場所に俺達を通すと、お茶を運んできてくれた。
それがまた、ほんのりハーブの香りがして美味しいのである。
ここが海底であることを忘れてしまいそうだ。
「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください。ご主人を呼んで参りますので」
一礼してナタリーさんは退出していく。
俺は美味しくお茶を頂いているが、親父はスケルトンで飲み食いできない。
この部屋の窓際に立ち、外を見つめていた。
「ここも上に登っていきゃあ、更に上層か外かに行けるのかねえ――となると、海の底を這いずり回るより上に行ってみた方がいいのかも知れんが」
「けどなあ……身を隠すものもないまま浮き上がって行こうとして、さっきのアレに襲われたらと思うと……」
「ああ。ありゃあとんでもなかったな。信じられんようなバケモンだ」
「ここで何かいい情報が聞ければいいけどな……」
ナタリーさんが呼んで来てくれるこの館の主に期待をしよう。
こんな場所にこんな立派な屋敷を構えているのだ。
この海底の世界について、何か知っているはずだ。
「お待たせしました」
と、ナタリーさんが部屋に戻って来る。
だが、一人だけだった。
「申し訳ございません。ご主人は眠っておられまして……すぐにはお起きにならないご様子でした」
と、無表情に告げてくる。
本当にこの人は、恐ろしく美人だが恐ろしく無表情だ。
「あ、そうなんですか」
「もしよろしければ、お待ち頂けますでしょうか? お起きになられましたら、お呼びいたしますので」
「ふむ――まあ待たせてもらうとしようか」
と、親父が俺を見て頷く。俺も同意見だ。
「じゃあすいません。待たせてもらえますか?」
「かしこまりました。それでは、お腹は空いておられませんか? お食事などいかがでしょう」
「あ、いいんですか? ありがとうございます、頂きます」
ナタリーさんは俺に食事を出してくれた。
親父の分も出そうとしていたが、スケルトンなので食べられないと説明されると「そうですか」と無表情に頷いていた。
こんな環境でちゃんとした食事を頂けるとは、ありがたい限りである。
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