第42話 光輪の階段
「ルネス――僕の体の中にずっとあったつかえが取れたような気がするよ。今、凄く爽快な気分だ」
実際に体に負荷がかかっていたというのもあるだろうが、心理的なものもあるだろう。
カイルは自分の事を死神だと言ってた。
人の命を選別して、オーガに捧げるような死神だと――
カイルの性格は、温和で心優しい。さぞかし良心が痛んでいただろう。
オーガに対してだけは俺以上に容赦がないのも、その反動だろう。
この先何があっても、もうそれをする事は無くなったのである。
生体結界のスキルは帰巣方陣のスキルに姿を変えて、俺に宿っている。
もう後戻りはできない。二度と生体結界は戻らないのだから。
「おお――あれを見ろ……!」
「おおおおおお――っ!?」
広場に集まった皆が、頭上を指差していた。
そこには、闇の中に浮かび上がる月のような、朧な輝きになっている太陽石がある。
その太陽石の周りに、次々と光の輪が生み出されて行くのだ。
一つ一つが小部屋一つ分の大きさはありそうなくらいの、巨大なものだ。
それが無数に――太陽石の周りを螺旋を描くように配置されて行く。
「美しいね――これが本来のあるべき姿……『光輪の階段』なんだね――」
カイルが感慨深そうに目を細めている。
壇上の端の方にいる親父やレミアにコークスさんも、圧倒的な光景に見入っていた。
「すごい――」
俺にはそれ以外に言葉が出ない。
何て、幻想的な光景なのだろう。
次々と浮かび上がる光輪は、太陽石を中心とした螺旋を描くように、宙に配置されて行く。
一つ一つの輪が、螺旋階段の一つの段のようになって行く。
螺旋は上にも下にも伸びて行き――
ついにその下端は、俺達のいる広場にまで下りて来た。
そして上方向にも、先が見えないくらいに伸びて行く――
これが『光輪の階段』か……これを登って行けば、上に行けるのだ。
そして、この『帰らずの大迷宮』の出口にも近づく。
俺は壇上から降りて、広場まで降りて来た『光輪の階段』の一段目に近づく。
カイルも俺に付いて来た。
「……これに乗れるのか――」
「そのはずさ。乗ってみたらどうだい?」
「ああ。乗ってみるか」
俺は膝より少し上程度の高さに浮く光輪に、足を掛ける。
光輪は俺の体重で一瞬弛んだように沈むが、すぐに元の形に戻る。
――思ったより、何だか柔らかい感じの足触りだ。
飛び上がって反動をつけると、結構弾む。
「ははははっ! 結構面白いな!」
俺は何度か飛び跳ねてみる。
「本当だね。不思議な感触だ――」
「まあ、歩くのには問題無さそうだ。これで上に行ける、ありがとうな」
「ルネス。君はここを遠く遠く――天井を突き抜けるまで登って行くんだね」
「ああ、行く。どうしても地上に戻らないと……!」
「その旅に、僕も連れて行ってはくれないかな? 外の世界を見てみたいんだ」
「いや――俺はいいけど、お前がいなくなったらここの人達は困るだろ。一番偉い神子なんだからな」
「もう結界は無くなったんだよ。神子でも何でもないさ」
「だけどさ――ほら見ろよ。お前の周りを」
カイルの周りにはいつの間にか、老若男女問わず人が集まっていた。
「カイル様――!」
「カイル様ッ! どうかこの街を離れるなどとは……!」
「カイル様、いなくなっちゃうの……!?」
ちゃんと人望があるのだ。
神子と呼ばれる理由は無くなったかもしれないが――
この街の指導者として、やはりカイルは必要なのである。
「神子じゃなくても、お前が必要なんだろ?」
「……そうなのかも知れないね」
「その通りですぞ、カイル様! ルネス君、よくカイル様を止めてくれた――!」
コークスさんも近くにやって来て、ほっとしたように言っていた。
「まあ、外を見てみたいって言うのは分かるよ。だから俺が先に上に行って、外に出る方法を見つけたら戻ってきて教える。行くのはそれからでも遅くないだろ? すぐ戻れるように、ここに足跡を残して行くからな」
俺は『光輪の階段』から降りると、広場の石畳に掌を向けた。
スキルの使い方は、自分に下賜すると本能的に理解できた。
「帰巣方陣よ――ここに帰りの門を開け!」
ヒュイイィィィィィン!
甲高い音が響くと、『光輪の階段』に似た意匠の光の紋章が地面に現れた。
色の感じは、『光輪の階段』が純白なのに比べてやや青みがかった光である。
「――これが生体結界を改革したスキルだ。ここに門を設置しておけば、いつでも戻って来れる。見てろよ――」
俺は縮地を連続発動し、広場の逆の端に隣接する三階建ての集合住宅の屋上まで移動した。
そこで――
「門よ! 俺をそこに呼び寄せろ!」
帰巣方陣が眩く輝き始める。
同時に俺の視界が大きく歪んで途切れ、次の瞬間には帰巣方陣の真上に立っていた。
「お~。中々便利そうじゃねえか。どれ、俺も連れて戻れるか試してくれよ」
転移した俺の目の前には親父がいた。
骨と魔石鋼が斑になったスケルトンが、俺も俺もと自分を指差している姿がすぐ眼前である。
いきなりなので少々吃驚してしまった。中々の絵面である。何か呪われそうな。
「……いきなり目の前に現れるなよ! 吃驚するだろ!」
「いや現れたのお前だろうが。いいからホラ試せよ。生体結界はスケルトンを弾いただろ? コレもスケルトンは別とか言いかねん」
「……もし魔石鋼だけは大丈夫とかだったら、大事になるな」
「なるな。骨と魔石鋼が別れてバラバラだ」
「直すのはこっちだぞ? もうバラバラになるなよ、面倒だろ。なあレミア?」
「あはははは……まあもしそうなっちゃったら、仕方ないしボクがまたやるよ」
「ありがたやーありがたやー! ルネス、お前は手伝わんでいいからな。また焦がされちゃかなわねえ」
親父め、根に持っているな。
「ホレ、とにかく試してみようぜ」
「ああ。分かった」
試した結果――
幸運な事に、スケルトンでも問題なく帰巣方陣に転移できる事が分かった。
「ではルネス――僕等の希望を君に託すよ。僕等はここで、君の帰りを待っている。どうか、外の世界に出る方法を見つけてきて欲しい」
「ああ。任せてくれ。必ず戻ってくる」
俺とカイルは皆の前で、固く握手をした。
「じゃあ、今日はこれから宴にしようか。僕等の未来が切り開かれたお祝いだよ。そしてそれを、勇者の旅立ちへの餞としよう!」
カイルがそう宣言すると、あちこちから歓声が上がる。
「ヒャッハー! 酒だ酒だ! 酒持ってこーい!」
「いいですな! 今宵は浴びる程に、飲んで飲んで飲み尽くすぞッ!」
「お付き合いしますよ! 限界の向こう側までね!」
このおっさん二人とスケルトンが一番喜んでいるな――
「神子様。ボク必ずルネスの助けになって、もう一度戻ってきます……! それまで、お父さんをよろしくお願いします」
「ああレミア。きっと君が――一番ルネスの助けになれる。セクレトの街の代表として、頑張って来ておくれよ」
歓喜の輪の中で、レミアとカイルだけは真剣に言葉を交わしていた。
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