第18話 生体結界
「住民をみんな殺さないと――だって? どういう事だ!?」
俺はカイルに喰ってかかった。
この街で一番偉い人間なのに、何てことを言うのか。
「この最下層には、本来は上層に行くための『光輪の階段』なるものがあるらしいんだ」
「……そんなもの、これまで全然見えなかったぞ……?」
「ボクもそんな話初耳だよ――どうして誰もそれを知らないの?」
「僕の話を聞いてくれれば分かるよ。順を追って話すからね」
カイルは柔和な笑顔を見せる。
その様子からは、微塵の悪意も感じない。
「僕が『あるらしい』と言ったのは、僕自身も見たことがないからさ。きっと見たことのある人間はいないだろうね」
「どういうことだ?」
「街を保護する結界があるね? その結界こそが『光輪の階段』が変化した姿なんだ。上層への道を閉ざす代わりに、僕ら人間を守ってくれているのさ」
「ええっ!? じゃあ結界が無くならないと、上に行けないの!?」
「そうだね。僕達の先祖は、上に行き外を目指すのではなく……この場所で生き永らえる事を選んだんだ」
「……誰も見たやつがいないわけだ。結界はずっとあったんだろ?」
「うん、ボクが生まれてからずっと……」
「僕だってそうさ。この街の誰だって――そして、僕の持つスキルこそ『光輪の階段』を結界に変化させる呪法なんだ。これを受け継いだものが、代々の神子となる運命なんだ」
カイルはほんの少し、自嘲気味な表情を浮かべた。
色々なものを諦めて悟った、大人びた雰囲気だった。
「スキルがあり続ける限り、『光輪の階段』は閉ざされ街を保護する結界となり続ける。そして、このスキルは持ち主が死ねば別の者に移る。だからスキルを持つ者がいなくなるまで、持ち主を殺さないと『光輪の階段』は現れない。僕がみんな殺さないとと言ったのは、そういう事なんだよ」
「そ、そんな……じゃあ誰もいなくならないと、上には行けないって事じゃない……!」
レミアが肩を落とす。
俺は言葉こそ発しないが、やはりショックだった。
上に行くために人をみんな殺す?
しかし、最後に残った俺にスキルが移らないという保証がどこにある?
みんなの中にはレミアも当然含まれている。
そんなことは流石に――
だが、俺は上に行きたい! 行かなければならないのだ。
「この話は、代々神子と神官長のみが知る秘密だ。事実が知れれば、一部だけを都合よく解釈し『光輪の階段』を復活させようと言い出す者が現れ、街が割れかねん……人間同士で争うなど、悲劇だからな」
レミアの父親のコークスさんがそう言った。
「ルネス。君が外から来た転移者であって、レミアを救ってくれた人間であるから、特別にこれを話したよ。君は凄く強いようだし、抵抗は無駄だろうというのもあるけれど」
「……ありがとう」
だからと言って、何も嬉しい事などないが。
「あきらめて、ここで暮らすといい。好きな部屋を使っていいし、別に家が欲しければ用意もさせるから。そして、出来ればこの街を守るために力を貸してくれ。あと、地上の話を色々聞かせて欲しいな。僕等には永遠に辿り着けない憧れなんだ」
そんなわけにはいかない!
何とか――何とかしろ!
俺はカイルを食い入るように見つめた。
名前 :カイル・ロット
年齢 :19
種族 :人間
レベル:7
HP :53/53
MP :87/87
腕力 :7 (1)
体力 :21 (3)
敏捷 :14 (2)
精神 :56 (8)
魔力 :49 (7)
※()内は素質値。レベルアップ毎の上昇値。
所持スキル上限数 :7
スキル1 :ラフィニエルの奇跡LV13(※固有スキル)
スキル2 :生体結界
スキル3 :神託
スキル枠が七個もあるとは――さすが神子様という事か。こいつは図抜けている。
そしてステータスは、精神と魔力が突き抜けて高い。
典型的な後衛タイプなんだな。
そして、一番俺の目を引いたのがスキル欄だ。
ラフィニエルの奇跡は、一般的に神父さんやシスターが身に着けているものだ。
カイルも神官のようなものだから、これが身についているのだろう。
傷の治療や、味方を助ける防御幕を張ったりできる。
だから、先ほどから話題の『光輪の階段』を結界に変えるスキルは生体結界だ。
そしてこれは――!
俺の見間違いでないのなら――!
いけるかもしれない!
だがどうする? 単にああしても、その後に残される街の人は――
ああそうか! そうだな、そうすれば――
俺の中では、ぐるぐると事態が動き出していた。
あえてまだ言う事ではないが、それで行こう!
と――
「うううぅぅっ!?」
突然、カイルが胸を押さえて苦しみ出した。
「お、おい大丈夫か!?」
俺が『王の眼』で見ていたせいか!?
そう思ったので焦ってしまう。
「だ、大丈夫だよ――どうやらモンスターが結界に攻撃をしているようだね」
「分かるのか?」
「うん。結界と僕は一心同体。結界の痛みは僕に伝わるんだよ」
「やっかいな代物だな」
それでいて、オーガのボス格には破られる。
だから、生贄を捧げないといけない――と。
中途半端だ。
街の人を守ってくれる揺り篭かもしれないが、穴が開いている。
「いいんだ……この痛みが、僕の罪を和らげてくれるような気がするから……みんなを守れず、あんな儀式で生贄なんか出させてしまう僕の罪をね……こうして痛みを感じる時だけ、皆の役に立てている気がするんだよ」
生贄を出さざるを得ない事は、カイルも気が咎めているのだ。
話をしていても、別に悪い奴ではなさそうだった。
まともな人間なら、心が痛まないわけはない。
ただカイルは、どうすることもできずに、諦めてしまっているのだ。
「レミア、行くぞ」
俺は立ち上がる。
「え、どこに?」
「街の外。モンスターを倒しに行く」
「あ、うん! 急ごう!」
「カイル。モンスターの位置は分かるのか?」
「済まない……館を出て右側面だね……」
「分かった。ちょっと待ってろ!」
俺はレミアを連れて、館の外に出た。
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