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第15話 賽定の儀

 広場に集まった人々は、その中央の壇上に注目していた。

 固唾を飲んで見守っている、という雰囲気だ。

 壇上には複数の人物がいた。

 大きな街の教会の司祭様のような、白い衣装を纏った青年。

 青年と同じような造りの紫を纏った、初老の男。

 それから、鎧兜で武装をした兵士。

 そして最も目を引くのは、設置された大きな円形の盤である。

 盤自体は煌びやかな銀色。

 細かな装飾が施されており、まるで美術品のようだ。

 その中には、これも装飾の施された賽がいくつか入った

 盤には取っ手が付いており、それを回すと中の賽が振られる仕組みらしい。


「ああ――賽定の儀だよ……」


 レミアがそう教えてくれた。


「賽で定めるから賽定なの。次の生贄を選ぶ儀式なんだ……」

「何だって……!?」


 壇上にいる青年が、無表情で盤の取っ手に手を掛けた。

 命の選定をする賽の目が回って止まる。

 殆どの者は自分ではないと胸を撫で下ろすが――

 兵士に連れられて壇上に連れて来られる人物だけは、様子が違う。

 この世の終わりのような、茫然自失の様相だ。

 それを見ると、誰も何も言うことは出来ない。

 異様に張り詰めた静寂のまま、儀式は続く。

 青年は無情にも、次々と盤の賽を回していく。

 その動きの淀みの無さと、無表情さがやけに印象的だった。


「……賽で定めるから賽定じゃない」

「どういうこと? ルネス」

「最もくそったれだから、最低の儀だ」

「フッ。上手い事言うじゃねえの」


 走爬竜(ラプトル)化した親父に褒められた。

 しかし骨の時と同じ声を出すのはどういう仕組みだ?


「そうだね――実際そうだよ。当たったらね、もうたまったものじゃないの。その日からもうボクはいなくなるものとして、皆がよそよそしくなるんだ。まだ生きているのに、まともに暮らせなくなっちゃった……」

「残酷なようだが、衆人環視の上で決めんと裏工作や不公平が罷り通る可能性もある。どうしても決めるなら、仕方のない事かも知れんな。胸クソは悪いが」

「……レミアもあれで当たったんだな」

「うん――ボクは運が良かっただけだよ。ルネス達に助けてもらえたから……」

「……悪い、嫌な事思い出させてさ。行こう、ここにいても仕方ない」

「うん――帰ろ」


 俺達はレミアの案内で裏路地に入る。

 二度、三度とレミアに従い角を曲がる。

 道幅はそれほど広くはないが、親父が曳いている馬車も通ることができた。

 今は人が儀式に集まっているのか、人影は殆ど無い。

 そんな中暫く行くと、鍛冶道具の金槌を模した看板の掲げられた店が目に入る。


「ここが?」

「うん。ボク、ここに住み込んで働いてたんだぁ。あ、馬車は裏に駐めておいてね」

「ルネス。俺をホネに戻せ。中に入るんだろ?」

「ああ分かった」


 親父のホネは、早の荷台に積んであった。

 徴発(リムーブ)下賜(グラント)で親父をスケルトンに戻す。

 結界の中にさえ入ってしまえば、スケルトンの体でも問題い様子だ。


「やっぱり親父はホネの方がしっくりくるな。もう見慣れたし」

「止せよ。別に骨が気に入ってるわけじゃねえぞ」

「まあまあ。もっといいホネを見つけてやるからさ、楽しみにしててくれよ?」

「いらねえってのに!」


 馬車を裏に駐めて、俺達は店の中に入った。


「親方ー。親方ー! レミアです! 今帰りました!」


 しかし、返事はない。


「親方ー! 親方! どこに行ったんですか!?」


 レミアはそれほど広くはない建物の中を全て見回ったが、誰もいないようだった。


「あの儀式を見に行ってるんじゃないか?」

「ううん、親方はそういう性格じゃないんだけど――」

「帰ってくるのを待つしかねえよ。いいから酒だ、酒をくれ。あとメシもな」

「いや、骨が酒を飲んでも、全部流れて床にこぼれるぞ?」


 せっかくの酒や食べ物を全部床にこぼすとは、何の嫌がらせなのか。


「バーカお前は何も分かってねえな」


 スケルトンがひょいと肩をすくめて、ヤレヤレと首を振った。

 ――少々イラッとくる動きである。


 そして――


「ハハハハハ! 酒がうめー! いやー生き返るぜ!」


 また走爬竜(ラプトル)の体になった親父は、酒樽にガボガボ首を突っ込んで歓声を上げた。

 生きている時は酒豪で無類の酒好きだったらしい。

 そして、この間ヒッポちゃんから切り取った肉にかぶりついて、また歓声。


「コレもうめぇ! クソ可愛くもねえ化け物鳥だったが、肉の味はいいな!」

「ああ、確かに美味いよな」


 俺もレミアが焼いてくれたヒッポちゃんの肉の串焼きを食べていた。

 親父に付き合って、わざわざ外の馬車の所で食事にしている。


「本当に美味しいねー。このお肉……!」


 レミアの幸せそうな笑顔は、なかなか目の保養になる。


「ほっとくと腐っちまうから、早めに食わないとな。余らせるともったいねえ」


 ヒッポちゃんの肉は大量に取って来たから、まだまだある。


「あ、じゃあボク、保存が利くように干し肉を作ろうか?」

「ああ、そうだな。頼むレミア」

「うんっ! 任せて」

「んでよ、ルネスよ。街にやって来たものの、これからどうするつもりだ?」

「『帰らずの大迷宮』を出る手掛かりを探す。何か知ってる人がいるかも知れない」

「ああ、まずはそれが第一だな」

「何か、第二があるような口ぶりだよな?」

「ん? ねえのか?」

「……あるに決まってるさ。ゴミ掃除だ。あんなもの見せられて、黙っていられない」


 俺はバシッと、拳を掌に打ちつける。


「ルネス……」

「――それでいい。王権(レガリア)ってのは、民を導く王のための力だ。お前もそれを継ぐのなら、民の苦境に見て見ぬフリは頂けん」

「王なんかどうでもいい。俺はここから這い上がって、村の仇が討ちたいだけだ。だけどあまりにも汚ないゴミが落ちてるから、仕方ないよな」

「素直じゃねえやつだ。俺の正義感に照らして許せない。だからここの人達を助けるって言っとけ」

「何だよその恥ずかしい台詞は――」

「じゃあ、そこにいる可愛いあの子の笑顔を護るために、僕は戦う――! とかか?」

「……あのなあ」

「も、もしそうなら……ボク……嬉しいかも――」


 レミアがもじもじと、そんな事を言った。


「な、何を言ってるんだよ! 親父が適当に言ってるだけなんだから……!」

「う、うん……」

「はっははは。いやー甘酸っぺー! 酒が進むぜこの野郎!」


 こいつぶん殴ってやろうかな。

 親父は上機嫌で酒を飲み続け、いい気分になってそのまま寝てしまった。

 気持ち良さそうだったので、そのままにしてやる事にし、俺達は部屋に戻った。

 もう夜も遅い。疲れもしていたので、そのまま休むことにした。

 店の工房のすぐ裏手の部屋に、ベッドが二つあった。

 レミアのものと、レミアの親方のもの。

 俺は不在らしい親方のベッドを貸してもらう事にした。


 思えば、まともなベッドで寝るのは物凄く久しぶりだ。

 村が焼かれる前日に、家の俺のベッドで寝たのが最後か――

 安心して眠れる、この感覚。

 俺は久しぶりの感覚に、すぐに眠りに落ちてしまった。


 寝る直前に村の事を思い出したからか、その光景が夢に出た。

 夢の中の俺は、父さんと並んで鍬を振り上げ、畑を耕していた。

 今日もまた退屈な作業だ――なんて欠伸をしつつ。

 だが、明日もまた同じ日が続く事を微塵も疑っていない様子だ。

 作業をする俺と父さんの下に、妹のニーナがお弁当を持ってやって来てくれた。

 少し遅れて、母さんも。

 俺達は畑の脇で、四人でお弁当を囲んだ。

 優しい風が、俺たち家族の髪を揺らしていた――


 その中にいる俺は――穏やかな表情をしている。

 今思えば、この少年は幸せだったのだろう。

 少々退屈しながらも毎日農作業に精を出し――

 その合間に剣術を稽古して、スキルレベルが4もあると鼻高々になって――

 ちょっといきがって、村の子供達に剣術の先生の真似事をしてみたり――

 将来は農家を継ぐか、お城に仕えて兵士になるか、本気で悩んでみたり――

 そんなに日々に、戻れるものならば、戻りたい……!


 だがそれが二度と戻って来ない事は、俺自身が一番よく分かっている。

 だからこの幸せな夢が、現実ではなく夢なのだと、途中で気が付いてしまった。

 だから見るのが辛かった。悲しかった。

 夢の中の俺は、あまりにも幸せそうだったから。


 俺は泣いていたのだろう。声を上げて。

 だから――


「ルネス……! ルネス……! 大丈夫っ!?」


 俺を心配したレミアが、揺り起こしてくれた。


「あ……? レミアか――ごめんな、うるさかった?」

「大丈夫だよ。でも、泣いてたから……」

「ああ、俺の村の事が夢に出て……思い出してさ」

「そう――大丈夫だよ。ボクでよければ、付いてるから……」


 レミアはそう言うと、俺の頭を抱いてギュッと抱きしめた。

 大きな胸に顔が埋まることになり、俺は少々どぎまぎしてしまう。

 だが――確かに落ち着くかもしれない。

 レミアの匂い、体温、柔らかさが俺を優しく包んでくれる。

 彼女の手が俺の髪を撫でると、俺は自然と目を閉じていた。

 暫くこうしていたい――


「……ありがとう」

「ううん。ボクなんかでも、ルネスの役に立てて……ちょっと嬉しいな」


 それからは暫く、無言の時間――

 レミアに包まれた俺は、段々落ち着いてきた。

 そして少し落ち着くと、気恥ずかしさを覚える。

 別の話を振って、それを誤魔化すことにした。


「あのさ――」

「ん? なあに?」

「レミアは何で鍛冶屋をやってるんだ?」


 鍛冶屋と言えば、無骨な男の仕事の代表のように思う。

 レミアは女の子で、その中でも男勝りの豪快というわけでもない。

 やや大人しく、家庭的で優しい性格のように見える。

 鍛冶屋のイメージには全く合わないのだ。

 自分の事をボクと言うのは、かろうじて男っぽく見せようとしているのだろうか。


「ああ。亡くなったボクのお母さんが鍛冶屋をやってたんだ。お母さんの事、大好きだったから――ボクも同じ事をしようって。お母さんもこの親方のお店で修業してたんだよ。だからボクもって思って……また帰って来られるなんて思わなかったな……」

「そうか。いいよな――思い出の場所が残ってるって……」


 俺の村は焼けてしまったから――もう何もない。

 だが地上に戻れたのなら、俺は村の復興をしたい。

 またあの村を取り戻したい。


「うん――ここにいられるのはルネスのおかげだよ。ありがとう……」


 そんな風に静かに流れて行く時間に――終わりは突如訪れる。

 大勢の足音が近づいて来たかと思うと、扉を壊して中に侵入して来たのである。


「レミア――! 済まないが君を拘束する! 我々と一緒に来てもらおう……!」


 それは、鎧兜の兵士達だった。

 さっきのレントンさんはいないようだが――

 どうやら俺にではなく、レミアに用事があるらしい。

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