第11話 人里へ
「ここで最後だな――」
俺はオーガ駐屯地の一番奥の倉庫の扉に手をかけた。
「ああ、無駄にでかい扉だぜ」
スケルトンに戻った親父も手伝ってくれていた。
「さて何があるかな……っと」
重い扉の間から、中を覗き込む。
大きな檻が、目に付いた。
そしてその中に――人!? 人がいる!
「い――嫌ああぁぁぁぁっ!? た、食べないでえぇぇ! ボク美味しくないよおっ!」
中にいたのは、少女だった。俺と変わらない年齢である。
美しい艶のある黒髪に、瑞々しくも豊満な体つき。
大きな空色の瞳は可愛らしく愛嬌があり、肌は透けるように白くなめらか。
すれ違ったら思わず振り返ってしまうような、美しい少女だった。
俺のいた村では、こんな美少女は見たことが無い。
妹のニーナが成長すれば、張り合えただろうが。
こんな地の底にあるくそったれな生き物どもの倉庫には、似つかわしくない。
「いや待ってくれ! 俺は人間だ! 落ち着け!」
「え……!? あ、に、人間……!? ほ、ほんとだ……!」
「と、その親父だ。よろしくな、可愛い子ちゃん」
「きゃあああああ!? スケルトンが喋ってる!?」
わざと驚かそうとして出て行ったな、今。
趣味の悪い親父である。
「ふひひひ。大丈夫だぞぅ。殺しやしねえ、その代わり肉と骨を剥いでやる。大丈夫だ死なんから。俺みたいに体がスースーするがなぁ……!」
「ひゃああああああぁぁぁっ!?」
「止めろよ親父。余計怖がるだろ」
「へっへっへっへ。悪りぃ悪りぃ」
俺は檻の中の少女に呼び掛けた。
「死んだ俺の親父の魂が宿ったスケルトンなんだ。悪ふざけしてるだけだから、気にしないでくれ。とりあえず今出すから」
檻には錠前がかけられていたが、こんなもの――!
俺は赤熱化する魔石鋼マナスティールの剣で、錠前を真っ二つにした。
「ほら、出て来て大丈夫だ」
「あ、ありがとう――あの……ボクはレミアです――あなたは?」
「ああ、俺はルネス・ノーティス。よろしく」
こんな訳の分からない場所で他の人間に出会えたのだ、俺としては嬉しい。
あの馬鹿共に殺されてしまった人もいたみたいだが、一人でも助けられて良かった。
その嬉しさが俺を笑顔にさせたし、握手のための手を差し出させもした。
「おーおー。相手がちょっと可愛いと思ったら愛想がいいことですなあ! お父ちゃんはお前に握手を求められた事など一回もありませんがね?」
「そうじゃないっての! うるさいな!」
「……よ、よろしく」
レミアはおずおずと、俺の手を取った。
まだ恐怖と緊張が残っているようで、表情はやや硬い。
ただその手は柔らかくなめらかで、俺は少し緊張してしまった。
「俺はヴェルネスタ。さっきも言ったようにルネスの親父だ。ワケあってスケルトンをしている」
「ワケが無いと、自然にはそうならないですよね……」
まあ、そりゃそうだ。
しかしヴェルネスタの名前には無反応なのが気にかかった。
大きな国の王様だったのだし、有名なはずだが。
「あの……さっきから外が騒がしかったけど、あなたたちがオーガを……?」
「ああ――奴等なら外に転がってる」
「ほ、本当に!? 凄い……! でもルネスはセクレトの住民じゃないよね? そんなに強い人なら有名なはずだし――どこか他にも人が住んでいる場所があるの?」
「いや、それは分からない」
「……どうして?」
「俺達、最近『帰らずの大迷宮』に飛ばされてきたばかりだからさ」
「ええっ!? そ、外からの転移者――!?」
「ああ」
「は、初めて見た――見た目はあまりボクらと変わらないんだ……」
「それはまあ、同じ人間だろ。それより初めて見たって? ひょっとして『帰らずの大迷宮』にずっと……?」
「うん。ボクは『帰らずの大迷宮』生まれだよ。いま迷宮内にいる人は、殆どそうだと思う。昔ここに飛ばされてきた人たちが、何とか定住できる場所に街を作って――それから長い時間が経ってこうなったって」
「なるほどな……」
だから親父の名前にも無反応なんだな。
外の世界のことを何も知らないのだ。
「で、レミア。君は何でここに捕まってたんだ?」
「ボクは……生贄だよ。ここにいた他の人達も――」
「ええっ!? どうしてそんな事になってるんだ……!?」
「セクレトの街を滅ぼされないために――そうしないとボクらは、生き残れない――他にどこも行き場はないし……」
思い出すと恐ろしいのか、レミアの肩が少し震えていた。
「くそったれめ……! あの馬鹿ども!」
俺は思わず、掌に拳を打ちつけていた。
聞いているだけで腹が立つ。
もうあいつらには一切の情けは無用だ。
元々かけるつもりもないが、さらに輪をかけて絶対に許さない。
「おいルネス。ナンパもいいが、急いだほうがいいかもしれん。ここはオーガ共の拠点だろ? ぐずぐずしてるとまた新手が来るかもしれねえからな」
と、親父が言う事は確かにその通り。早く離れた方がいいだろう。
「レミア。俺達、街まで行きたいんだ。レミアも帰るだろ? 馬車があるから一緒に乗って行かないか?」
「あ――ボクは……」
何か奥歯に物が挟まったような歯切れの悪さだった。
「? どうした?」
「ボク、帰っていいのかな……?」
しゅんと、肩を落としてしまった。
「なんで? 家があるんだよな?」
「うん。だけど……さっき言ったように、ボクは生贄に出されたんだよ。ボクが戻ったら皆怒るかも。何でちゃんと生贄にならなかったんだって……僕に帰れる場所、まだあるのかな――」
レミアは涙目になっていた。
心細いのだろう。恐ろしいのだろう。
もう世界のどこにも、自分の居場所が無いかもしれないという事が――
生贄なんて野蛮な事は俺は初めて目にしたが、捧げられた人間はたとえ助かったとしても、救われないものなのかも知れない。
それは、集団から切り捨てられた事を意味するのだから。
「戻っても、また生贄にされちまう可能性もあるわな」
親父がそう肩をすくめる。
そうかも知れないが、血も涙も無いことを言う。
ああ確かにホネなのだし、血も涙も無かった。
「そう――ですよね、ボクどうしたら……」
途方に暮れた瞳から、涙がこぼれ落ちそうだった。
「大丈夫。もし居場所が無いなら、俺と一緒に来ればいい。俺は『帰らずの大迷宮』から地上に戻る途中なんだ。地上に行けば、君が暮らせる場所はいくらでもある。世界は広いからさ」
「え? ボクを連れて行ってくれるの……?」
「ああ。レミアが行きたいなら。スケルトンしか話し相手がいなくてさ、ちょうど人間の話し相手が欲しかったんだ」
俺は努めて笑顔を作り、もう一度レミアに手を差し出す。
本当なら笑えるような心境ではないが、この娘を安心させるためだ。
心境としては、怒っていた。
何の罪もないこの娘を取り巻く、理不尽な環境に。
そしてそれをさせているオーガ共に。
このレミアは、何もかも失って人生のどん底にいる点では俺と同じなのだ。
ダーヴィッツに村を焼かれ家族を殺され、無様に叩きのめされて転がっていた俺と同じだ。
俺はたまたまどん底で王権を得て這い上がろうとしている。
が、この娘には何もない――
だったら俺が、この細い手を掴んで、まともな場所に連れて行ってやる。
俺が得た王権なら、それができるはずだ。
そうしなければいけない気がした。それも俺のやるべき事だと――
見捨ててはおけない。
「さあ、行こう!」
強く促す俺の言葉と手に、レミアは少し安心したようだ。
ほっとして緊張の糸が緩むと――その大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れ出した。
「う……うぅぅぅぅ――! うあぁぁぁぁん! ありがとう……! ありがとぉぉぉ!」
ありがとうと言いながら大声で泣いて俺に抱き着くので、俺は少し困ってしまった。
こんな時ながら女の子の柔らかさを意識してしまったせいだ。
何とか宥めながらレミアを馬車に乗せ、街がある太陽石の下を目指して出発した。
御者は親父の担当だ。
水と、先程回収した食料をレミアにあげ、少し落ち着いてもらおうとした。
お腹は凄く空いていたらしく、レミアは美味しいと言いながら食べる。
だが、まだ泣いていた。
「ご、ごめんなさい……ボク、みっともない姿を見せちゃって――」
真っ赤に泣き腫らした目でそう言ったのは、それから何時間先だったか――
幌馬車の後方で、外の景色を眺めている最中だった。
「仕方ないさ。怖かったんだろ?」
「うん……ねえ聞いていい?」
「ああ、何?」
「ルネスは、どうして『帰らずの大迷宮』にやって来たの?」
「よく分からない。俺が暮らしてた村が焼かれて、家族も殺されて――それをやった奴等に飛ばされたんだ。つい最近の話でさ」
「ええっ!? ご、ごめんなさい。ボク――知らなくて……」
「いや、別にいい。俺達は仲間だからな」
「仲間?」
「ああ。人生のどん底仲間。これからは上がるしかない――って思うしかないよな?」
「……ふふっ。ルネスって強いんだね」
レミアが初めて、小さな笑顔を見せた。
あ。ようやく笑ってくれた――俺はちょっとほっとした。
「ようやく……」
「はっはははは! ようやく笑ったなぁ! 美人には笑顔が一番! いい目の保養ですなぁ! ありがたやありがたや!」
くっ、この親父――!
俺がそういう趣旨の事を言おうと試みていたのに、先に言うとは!
「ど、どういたしまして……?」
ちょっと戸惑ったようなレミアの反応だった。
まあこれから、少しずつ笑顔が増えて行くといい。
そんな風に思った矢先――遠くからあの馬鹿丸出しの奇声が聞こえて来た。
「「「ヒャッハー!」」」
本当にどこにでも生えてくる奴等だな……!
まあ言っていても仕方がない。ゴミは掃除するだけ。
俺は綺麗好きなのだ。
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