第1話 地の底へ
クリュー王国のユルゲン侯爵領はリッカートの村。
それが俺――ルネス・ノーティス(17)の住むところである。
俺は、近くの街の朝市まで作物を売りに行った帰り道だった。
農民の子だが、剣術スキルがLV4もあるのが俺の自慢だ。
LV5あれば城の兵士になれるくらいだから、結構なものだろう。
だから魔物に出くわす可能性もある遠出は、村では俺の役目である。
今日は持って行った野菜は全部売れた。
荷物を曳いて行ってくれた牛のモルスンも帰りは楽そうだ。
妹のニーナへのお土産にお菓子も買ったし、喜ぶ顔が早く見たい。
ウキウキと帰路を急ぐ俺だったが、ふと異変に気が付いた。
村の方向から吹く風が運んで来る匂いが、焦げ臭いのである。
「何か焦げ臭いぞ……? もしかして火事か!?」
だとしたら大変だ! 火を消すのを手伝わないと!
俺は牛のモルスンを急かして駆け足になる。
「モルスン急いでくれ! 村に何かあったかも知れない!」
果たして俺の予感は、最悪の形で的中した。
暫くして目に入って来た村の姿は、変わり果てていたのだ。
殆どの建物が焼けて、真っ黒に炭化していた。
沢山の村人たちが倒れているのが見えた。
そして村の入り口辺りには、兵隊の一団の姿があった。
「な、何なんだこれは!? 父さん、母さん、ニーナは!?」
俺が村に近づくと、兵隊が何人かこちらに気づいて近づいてきた。
「おい貴様! この村の者か!?」
「はいそうです! いったい何があって――!?」
しかし兵士たちは俺の質問には答えず、俺の両脇を捕らえて引き摺ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! 人の話を――!」
「ダーヴィッツ様! 村の生き残りを見つけました!」
「今戻ってきたようです!」
兵士たちは俺を隊長らしき騎士の下に連行した。
その隊長らしき騎士は、異様だった。
金の髑髏の顔が意匠されたフルフェイスの黒兜に、その他の全身もすべて黒の鎧。
その上からこれまた漆黒の色のフード付きローブを纏っている。
背負う獲物は、身の丈ほどもあるような大鎌。
全身から農民の俺でも分かるような異様な殺気が滲み出ている。
死神の騎士――陳腐かも知れないが、その表現がぴったりくる。
また、ダーヴィッツと呼ばれた騎士の近くには、別の兵士が女の子を捕まえていた。
それは――
「ニーナ!」
俺の妹のニーナだ。まだ12歳である。
「お兄ちゃん!」
それを聞いた死神の騎士が、反応を見せた。
「ほう。お前がルネス・ノーティスか?」
「あ、ああ! それが何だ!?」
「結構結構――なら、もうこいつはいらんな」
直後――目にも止まらぬ速さで巨大な鎌が一閃された。
それは涙目だったニーナの首筋を捕らえ、あっさりと刈り落した。
それだけでなく、ニーナを捕らえていた二人の兵士をも胴から上下二つにしていた。
「な……っ! ニーナ! ニーナああああぁぁぁっ!」
「ああ、すまんな。貴様らも巻き込んだ……と言っても無駄か、もう死んでいるな。フフッ。全く、俺の攻撃は強すぎて困る」
亡骸に何でもないように謝るダーヴィッツ。
許せない――! よくもニーナを! あの子はまだ12歳だったんだぞ!
俺を捕まえている兵士は先程の光景に慄いたらしく、その手が緩んだ。
怒りに震える俺は、その隙をついて兵士を振り払った。
「貴様あああぁぁぁッ!」
腰に差していた安物の剣を抜き、ヤツに駆け寄ると力の限り斬りつけた。
しかし――それはいとも簡単に、手甲に覆われたヤツの指先に挟まれ止められた。
「なんだその憐れな剣は……? そんなもので何が殺せる?」
「く……くっそ――!」
直後、俺は腹を強烈に蹴り上げられ、吹き飛ばされた。
背中から地面に落ち、痛みに咳き込み転げ回る。
「かはっ……! げほっ――! うぅぅ……!」
「まあ命令だ。お前だけは生かしておいてやるさ」
ダーヴィッツは俺に近寄ると腹を足で踏み、そう言ってくる。
「ぐうぅぅ……! 父さん母さん、村のみんなは……!?」
「死んださ。特に命令がなければ皆殺しが身上でな。すまんな、ただの趣味だ」
「こ、このッ……! 許せない……外道め――!」
「もっと力を付けてから、その台詞を聞きたいものだ。こんなゴミに言われても何も感じんよ」
ダーヴィッツが再び俺に蹴りを喰らわせる。
それでもう、俺は昏倒してしまった――
◆◇◆
声が聞こえる。
――おいおいこんな所でおねんねしてる場合かよ?
うるさいな。知った事じゃない。
――お前の力はこんなもんじゃねえはずだろ? さっさと起きちまえよ。
何を言っているのか。そんなものがあればとっくに使っている。
ニーナや父さん母さん村のみんなを守っていた。
俺は、無力だ。
あんな虫けらのように扱われても、何もできやしなかったのだ。
くそう! くそう! なんで俺はこんなにも弱いんだっ!
「くそおおっ!」
俺はその自分の声で目を覚ました。
「……」
周囲を見回す。
ここは――地下牢か? どこかの城なのだろうか。
あれからどれだけ経ったのかは、分からない。
何が何だか――何でこんなことに……
俺はいつものように朝市に野菜を売りに出かけて、いつものように帰って来ただけだったのだ。
いつもと変わらない、質素だが温かい村の暮らしが待ってくれているはずだった。
だがそれはもう、戻らない。
これからどうなるかは分からないが、それだけは確かなのだ。
ニーナも父さんも母さんも死んだんだ――
俺は声を押し殺して、涙を流した。
どうしても出てくる。止めようがなかった。大切な家族だったのだ。
何でなんだ!? なんで俺達がこんな目に遭わなきゃならない――!
それから少しだけ経って――
俺の前に、またあのダーヴィッツが姿を見せた。
灰色のローブのフードを、顔が隠れるほど深くかぶった魔術師も一緒だった。
「ダーヴィッツ殿。この者が――?」
灰色ローブの声は、意外に女性のものだった。
まだ若い感じがした。
「さよう。で――どうだ?」
「……『王権』の力は感じませんね。これはただの凡人、外れですね」
『王権』? 何のことだそれは?
聞いたこともない単語だった。
「ふむ。ならばまだ、隠れている者がいるのか」
「そうだと思います。別の噂の確認を――」
「やれやれ。好色な王の尻拭いは骨が折れる。ではこやつは私が処理しよう」
「いいえそれには及びません。牢が血で汚れますから。私が始末いたします」
「どうするつもりだ?」
「『帰らずの大迷宮』に放逐します。彼の地で、すぐに魔物の餌となるでしょう」
「なるほどな。確かに手間は省ける。任せよう」
灰色ローブが何やら呪文を唱えると、俺の足元に魔法陣が出現した。
話の流れから、俺は『帰らずの大迷宮』とやらに飛ばされるらしい。
今すぐに殺されるというわけではないようだ。
なら――万が一つにも、脱出して力をつけて、復讐する機会はあるかもしれない。
俺は内心喜んだ。絶対に、絶対に仇は討つ!
俺の父さんや母さんやニーナ、村の人たち――
それは、あんなに理不尽に踏みにじられていい存在じゃないんだ!
絶対に許さない! 俺の全存在を賭けて、お前らも同じ目に遭わせてやる!
「お前達――絶対後悔させてやる! 必ず戻ってきて殺してやる!」
「フフ――威勢のいいことですね」
「『帰らずの大迷宮』から戻ったものは誰もおらんよ。是非見せてほしいものだ」
俺をせせら笑う嘲笑を聞きながら、俺の目の前は歪んでいった。
一瞬意識も遠くなり――覚醒した時、そこは暗い地の底だった。
それが、俺のサバイバルの始まりだった。
そして、あのくそったれな生き物どもとの腐れ縁の始まりでもあった。
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