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召喚勇者は、物語の脇役に徹する

作者: 天野眞亜

流行の設定をぎっちり詰めました

 ここは王城の大広間。

 光と色彩にあふれた煌びやかな空間に、美しく着飾った花たちが笑いさざめく。礼装に身を包んだ男など、単なる引き立て役にすぎない。誰もが笑顔で、今宵の宴を愉しんでいる。

(よかった)

 松下優二はホッとする。

 辛いこともあったが、この日を迎えられてよかったと心から思えた。運動場くらい広いホールに集まっているほぼ全員が貴族だ。ここで給仕や護衛を務める者も、子爵位より上である。

 例外は二人だけ。

「ユージくん!」

「理恵」

「すっごいね。みんなキラキラしていて、圧倒されそう」

 顔を赤くした少女が興奮気味に話しかけてくる。

 ピンクの――本人は桜色と言い張る――ドレスはふんわりと裾を大きく広げ、大粒の宝石が胸元を彩る。結い上げた髪も、卵型の顔も色々施したようで、彼女の方こそキラキラしている。

 栗色の髪と同じ、色素の薄い瞳がこっちを窺ってきた。

「ユージくんも、かっこいいよ」

「理恵はいつも通り可愛い」

「……嬉しいけど、嬉しくない。せっかくおめかししたのに」

「悪かったな。褒め言葉は適任がいるだろ」

「あたしは、ユージくんに褒めてほしかったの!」

 ぷくっと膨れる様は幼い子供のようで。

 こんなのに惚れる奴の気が知れない、と内心で溜息を吐いた。

 元の世界でも、こっちに召喚されてからも彼女は物語のヒロイン並みにモテまくる。超絶美少女みたいな高嶺の花じゃない感じがいいらしい。ちょっと可愛くて、天然無自覚に鈍感で、甘え上手な癒し系――というのが折崎理恵の人物評だ。

 優二に言わせれば、八方美人の処女ビッチ。

 ふとした偶然で本性を知り、女に対する不信感を抱かせた元凶でもある。幼馴染じゃなくて本当に良かった。高校に入ってから噂で知り、向こうから話しかけてきたのがきっかけだ。あくまで友達付き合いの域を超えない。仲を勘繰られるたびに曖昧な言葉で濁す彼女と違い、優二はきっぱりと疑いを否定してきた。

 そのせいか、何かと構われる日々が続く。

 勇者として召喚されたのは、理恵が「一緒に帰ろう」と無理矢理ついてきた放課後のことだ。たちまち偉い奴らに包囲され、何が何だか分からない優二の代わりに理恵が交渉役を務めてくれた。彼女にも魔力が備わっており、聖女様と崇められるようになる。


『勇者ユージよ! どうか、この国を救ってくれ』

『やなこった』

『んもう、ダメだよ。そんなことを言っちゃ。困ってる人を見捨てるなんて、あたしにはできない。どうしてあたしたちが選ばれたのかは分からないけど、これもきっと運命なんだよ!』


 理恵は夢見がちな少女だった。運命、という言葉をよく使う。

 優二が「処女」認定している根拠は、彼女が「初めては運命の相手と」なんて言っていたからだ。異世界召喚は知る人ぞ知る設定だと息巻いた日から、あっという間に馴染んでいった。あいつら誘拐犯だぞ、強制労働だぞと説得しても聞く耳を持たない。それどころか、次期国王の期待がかかる第二王子と仲良くなった。

 第一王子は体が弱く、長生きできないといわれている。

 側妃の生んだ王子というのも問題で、正妃の生んだ第二王子の方が立場的には上。ついでに正妃は隣国の王女で、側妃は国内の有力貴族出身である。噂によると側妃は現国王の幼馴染で正妃候補だったが、国家間和平条約の一環で政略結婚が成立したとか。

 まあ、その辺の事情はどうでもいい。

「早く帰りたい」

「あたしは残ってもいいかなあ。この世界もけっこう楽しいし、聖女としても慣れてきたし! ユージくんだって、勇者として頑張ったんだから王様からご褒美もらえるよ」

「褒美か。一刻も早く元の世界へ帰してくれと頼むわ」

「ふふっ」

 いつもそればっかり、と怒られるかと思った。

 彼女は意外そうに見つめる優二へ、意味ありげな笑みを向ける。するりと腕を絡ませて、耳元に囁いてきた。理恵は小柄なので、爪先立ちになった分だけ体重もかかる。

「心配しなくたって、あたしはユージくんのものだよ?」

「リエ!!」

「あ、ジェイク」

 煌びやかな一団から、一際輝く存在が飛び出してくる。

 理恵の髪も光を浴びて金色に見えることもあるが、ジェイクのそれは正真正銘の金髪だ。新緑の瞳は、理恵の胸元を飾る宝石と同じ色。ジェイクの金髪を首の後ろでまとめるリボンは、理恵のドレスと同じ色。というか、ピンク色が似合う男もそうそういない。

 大股で近づいてくるのを見やり、さりげなく腕を外した。

 ついでに軽く押してやれば、理恵はあっさりとジェイクの腕に捕まる。

「私の可愛い小鳥、やっと見つけた。くれぐれも傍を離れないでくれと再三言っておいたのに、いけない子だね? これはお仕置きが必要かな」

「ご、ごめんなさい。色んな人が挨拶しに来ていたから、あたしが傍にいると邪魔かなって思って離れたの。ユージくんと話してただけだし、心配しないで?」

「ユージと同郷だからって、親しくしすぎるのも考えものだ。リエ、君は聖女の自覚が足りないんじゃないか?」

「そ、そうかな」

「旅は無事に終わって、聖女の役目は全うしたはずだろ」

「それは貴様だけだ」

「ちょっと、ジェイク! ひどいこと言わないで。一緒に頑張ってきた仲間じゃない。喧嘩するほど仲がいいっていうけど、こういう時くらい普通にしようよ」

「優しいリエが、こいつに騙されないか心配なだけだ」

 間に入ろうとする理恵を腕の中に抱き込んで、ジェイクが睨む。

 見て明らかな溺愛ぶりに、優二はひょいと肩を竦めた。

「騙されているのはどっちなんだか」

「何だと!?」

「もう、やめてってば!」

「お止めください、ジェイク様。今宵の宴は無礼講とはいえ、王族として見苦しい行いは控えてくださいませ。皆に示しがつきません。気楽な旅路ではなく、王城に戻ってきたのですから」

「ふん」

 最後の一言が余計だったな、と優二は他人事のように思う。

 困り果てた理恵のフォローというよりは、ピンポイントでジェイクを諫めにかかったのは艶やかな黒髪を背に流した完璧な美少女だった。年齢に反して発育に乏しく、どこか子供体型の理恵とは違う。見事な膨らみがライトグリーンのドレスを押し上げ、きゅっと絞ったウエストから艶めかしい脚線美が生地の光沢を演出する。踝まで隠れるロングドレスがかえってエロい。

 本来結い上げるはずの髪をおろし、宝石の一つもつけていない。

 それでも彼女は美しかった。

「今の君は夜の女神みたいだね、イライザ」

「ありがとうございます、ユージ様。かなり嫌がっていたと聞いておりましたが、軍服をお選びになったのですね」

「いや、直前まで制服着てたんだけどさ」

「せっかくお城の人たちが、ユージくん専用の軍服を用意してくれたんだよ! パーティーに着ていかなきゃ、いつ着るの」

「って煩いから」

「ああ、なるほど」

 納得しましたと頷くイライザに、理恵が涙を溜める。

「……そんな、ひどい」

「イライザ! リエの気遣いが分からないユージを諫めるどころか、同調するとはどういうことだ。聖女になれなかったのは、貴様自身の素質に原因がある。いつまでも根に持つなど、淑女としても人間としても恥ずべきことだ。貴様に、リエを貶める資格などない!」

「お言葉ですが、殿下。彼女を貶めたことなど、一度もございません」

「しらを切る気か!?」

 ジェイクが激昂して、またかと天を仰ぐ。

 これでも次期国王である。勇者と聖女が魔王討伐の旅に出る際、国を守る者の務めだと立派なことを言ってついてきた。おかげで貴族連中のみならず、庶民からの人気も急上昇。その甘いルックスも功を奏して、巷では救国の英雄として絵姿がバカ売れしているらしい。

 平凡顔の勇者様では役不足だから仕方ない。

 目立ちたいとも思わないし、聖女である理恵を放っておくわけにもいかないから勇者として魔王討伐に参加した。道中の苦労は横においても、有名人になってチヤホヤされたくない。何しろ、近づいてくる貴族連中ときたら下心満載なのである。

 理恵が聖女としての能力を持つように、優二も一応は勇者だ。

 旅が終わったら帰ると宣言しているので、どうにかして国に留めようと王侯貴族で画策中。出発前から面会希望者が殺到するとか、本当にやめてほしい。いい迷惑だ。実は帰る手段なんてありません、とか言われたら国を滅ぼそうかな、なんて考えたこともある。

 祝宴だって出席したくなかった。

 これっきりだというから、渋々応じたのだ。帰還の挨拶や、褒美云々もまとめてやるというから仕方ないと腹をくくった。パーティーに浮かれる理恵の気持ちなんか全く分からない。

「もういい。もうたくさんだ!」

 いきなりジェイクが叫んだ。

 何事かと衆目を集める中、第二王子がイライザに指を突きつける。

「第二王子の名において、イライザ・フローレンスとの婚約破棄を宣言するっ」

「はあ!? おい、本気かよ」

「私は本気だ、ユージ。勇者の目も欺くとは、さすが魔女としか言いようがない。だが証拠も揃っている。守るべき聖女に対する数々の仕打ち……、決して許されることではない。それでも幼馴染として、胸に秘めておこうと思った私の恩情にも気付かぬ、愚かな魔女め!」

「…………」

「驚いて声も出ないか。それとも言い訳を考えているのか」

「いいえ、呆れております。愚かなのは私も、殿下も同じこと」

「なんだと!? 貴様と一緒にするな、汚らわしいっ」

 こんなに短気な奴だったろうか。

 旅にも同行していた忠実なる護衛騎士が、ジェイクの求めに応じて「証拠」とやらを出してくる。合わない衣装を着せられたならず者(風の男)たち、奪われた(らしい)金品の目録、イライザの(自称)取り巻き令嬢たちが次々と紹介されては過去の悪事を並べた。全て旅路の中で行われたことなので、野次馬と化した貴族連中はどれも初耳だろう。

 そしてイライザは、表情一つ変えずに聞いていた。

 護衛騎士のジョシュア・ナッシュは、理恵に恋慕する男の一人だ。

 ジェイクに代わって説明する間、ずっとイライザを憎々しげに睨んでいた。そして理恵自身は辛い過去を思い出したくないとばかりに俯いていたが、その口元がうっすら笑みを浮かべている。ように見えたのは、優二の気のせいだろうか。

 ざわつく大広間で、ジェイクが声を張る。

「そして我が腹違いの兄、アーネストが虚弱体質になったのも貴様のせいだ! 忌まわしい魔女め。じわじわと死に至るように毒を少しずつ与えていたことも、私は知っているのだぞ」

「は、はい。その通りです。イライザ様のご命令で、仕方なく」

「侯爵家の名前を出されたら断れまい。信念に背く行為を続けるのは、さぞ辛かっただろう。実行犯として罪は逃れられないが、王子として哀れに思う。せめて軽い処罰で済むよう、父上に進言してやろう」

「あ、ありがとうございます、ジェイク殿下」

 手を擦り合わせて、医師らしき男が頭を下げる。

 ジェイクは満足げに笑い、理恵が傍に寄り添った。この場における主人公は彼らであり、俺たちは単なる脇役だ。魔王討伐の旅もそうだった。優二は職業が勇者というだけで、この国における英雄は第二王子ジェイクである。

 青ざめて立ち尽くすイライザを見やり、そっと息を吐く。

 侯爵令嬢として生まれ、これほどの屈辱を味わったのは初めてに違いない。旅に同行して、婚約者が聖女と関係を深めていくのも止められなかった。諫めようとすれば、護衛騎士や第二王子が立ちはだかる。もめる彼らを宥めるのが勇者の役目だなんて、誰が決めたのか。

 ぞくり、と悪寒が駆け抜ける。

 反射的に腰へ手をやってから、王城に敵などいないと思い直した。あるいは本当に暗殺者や魔物か何かが潜んでいるかもと疑ったが、これは違う。

 視線を巡らせて、優二は顔をひきつらせた。

「おい、ジェイク。後ろ、後ろ」

「どうした? 何が……」

「話は聞かせてもらった。大変な旅だったようだな」

「いいえ、王様。辛いことばかりじゃありませんでした。だって、ジェイクや皆が守ってくれたんですもの。楽しいことだって、たくさんあったんですよ」

「そうか」

「はい!」

 嬉しそうに返事をする理恵は、気付いていない。

 野次馬たちの向こうからやってきた国王夫妻は厳しい表情だ。

 少なくとも聖女の境遇に同情していないし、悪事を暴いて断罪した第二王子を褒めてやろうという様子もない。そもそも発言を求められていないのに、国の最高権力者である国王へ直接話しかけるのは許されないことだ。砕けた調子で話しかけること自体、不敬極まりない。

 いくら聖女であっても、明らかなマナー違反だ。

 貴族の中には顔をしかめる者もいて、同情的な視線は聖女から侯爵令嬢へと移った。婚約者を奪われ、次期王妃の座もなくなったのだ。

「イライザ」

「申し訳ございません」

 彼女は言い訳も弁解もせず、深々と頭を垂れる。

 その時初めて、国王に憐れみらしきものが浮かんだ。

 ついてきた正妃は顔色が悪い。偉業をやり遂げた息子の顔を見ようともしない。ざわざわと揺れる野次馬の中から、儚げ美青年と武骨そうな壮年の男が出てくる。どこかで見たような顔だ。

 同じように視線をやったイライザがはっとする。

 知り合いらしい。

「父上! 彼女との婚約を認めてください。異世界から召喚され、右も左も分からぬ身ながら必死に頑張って、聖女としての務めを果たしてくれました。次期国王たる私と結ばれれば、聖女の血を王家に残すことができます」

「王子の身分で、側室を抱えることはできぬ」

「いいえ、私には彼女しかおりません。いつ殺されるかも分からない相手と結婚するなんて、できるわけがありません。つい先程、婚約の破棄を言い渡してやったところです」

「王子にすぎない其方に、その権利はないはずだが?」

「父上! 私に魔女と結婚しろと言うのですか」

「お願いします! ジェイクとの婚約を認めてください。今まで聖女として頑張ってきたけど、それで足りないなら何でもします。どんな辛いことだって、イライザ様の苛めに比べればへっちゃらですっ」

「リエ……」

「ふあ」

 欠伸が出そうになり、慌てて口を閉じた。

 物語はクライマックスにさしかかって、周囲は固唾を飲んで見守っている。人垣の内側にありながら、呑気な様子を晒すのは不味い。慌てて表情を取り繕うも、イライザが睨んでいる。軽く肩をすくめてみせれば、今度は小さく溜息を吐かれた。

 本当に彼女にとって、魔王討伐の旅は「大変な旅」だった。

 そして長いような短いような沈黙の後、国王は一つの決断を下す。

「よかろう。ジェイクとリエの婚約を認める」

「ありがとうございます!」

「ふん、当然だ。リエ、これで君は私のものだ。誰にも渡しはしない。私が国王として即位した日には、君は正妃として隣に立ってほしい」

「……嬉しい、ジェイク。あたしなんかに正妃が務まるか分からないけど、精一杯頑張るね! あなたの傍にいたいから」

「リエ!」

 ひしっと抱き合う二人。

 互いに手を取り合い、苦難を乗り越えた美しい恋物語として後世へ伝えられていくのだろう。少なくともパラパラと上がる拍手、やや白けた様子の野次馬連中にとっては今一つ現実味に欠ける話だったようだ。

 そして優二は国王と目が合った。

「勇者よ、大義である。報告書も全て読ませてもらった」

「恐縮です」

 とりあえず返事をして、頭を下げる。

 他人の無作法を笑えない程度には、優二も貴族流の作法が分からない。旅が終わったら元の世界へ帰るつもりだったので、最低限の礼儀さえ弁えていればいいと思っていたのだ。

「しかし不思議だな。聖女はこの国の読み書きも満足にできないと聞いているが、同郷である勇者は何ら不足のない文章を綴ることができる。これも勇者としての力なのか?」

「確証はありませんが、そう考えた方が筋は通ります。あまり文章力がないせいで、随分と拙い報告書になりましたことをお詫び申し上げます」

「あれが真実なのだな」

「親に誓って」

 優二は神など信じない。

 異世界召喚したのは、この国の最高魔術師ゼフだった。

 魔力を使い果たしてしまったため、回復するまでは安静にしているそうだ。元の世界へ送還してもらいたい優二としては、これに異存はなかった。代わりに、と同行を許されたのがイライザだった。理恵が召喚されなかったら、イライザが聖女役を務めたらしいと知ったのはついさっきのこと。

 彼女は黒魔術師だが、国内で指折りの凄腕魔術師でもあった。

 黒魔術師の素養である闇属性以外にも、炎と風属性の二つを使いこなす。これはとても稀有なケースで、複数属性を持つだけでも希少らしい。子供時代から魔力の扱いを覚えないと、暴走して命を失う危険もある。特に貴族は魔力を持っている者が多いので、生まれた時に検査をするのが一般的だ。

 そして聖女である理恵は、全属性の魔術師である。

 特に光属性が強いことから聖女認定された。

 もともと王族は光属性を持つ者が王位を継承してきたが、数代前から途絶えている。そんな背景があるから、ジェイクの要求は通るだろう。イライザも婚約者ではなくなる。

 真実はどうあれ、物語の結末は決まっている。

 二人はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。


**********


 あれから半年後、ゼフ爺の魔力が戻った。

 送還魔術が使えるようになったわけだが、理恵は第二王子との婚約が成立している。もとより帰る気のなかった彼女は、異世界での生活を選んだ。護衛騎士をはじめとする男たちを侍らせて、楽しい毎日を送っているらしい。

 そんな話、ぽかぽか陽気の中庭で聞きたくなかった。

 優二はベンチにぐったりと体を預けつつ、眩しい日差しに目を細める。

「王妃教育はどうした」

「逃げ回っているそうです」

「あっちゃあ」

「説得は、していただけなさそうですね」

「無理。っていうか、嫌だ。ハーレム要員認定されるか、部屋に招かれて王子の勘違い嫉妬攻撃受けるか、忠誠心の意味をはき違えた色ボケ騎士どもにリンチされる未来しかない」

 この国終わったな。

 そう呟く優二に肯定するでもなく、否定するでもなく。黒魔術師のローブを纏ったイライザは杖を片手に、ぼんやりとどこかを眺めている。そうかと思えば、じっと優二を見つめてくる。

 何か言いたげに。

「ユージ様は……いえ、何でもありません」

 遠慮がちに口を開いて言いかけては止める。

 これも何度となく繰り返していた。どれだけ鈍くても、さすがに気付く。優二はそこそこ鈍い程度だったので、ちょっと前から彼女の言いたいことを察していた。そして以前ほどに「元の世界へ帰る」と断言できなくなっていることに、戸惑いを感じていた。

 理由は色々あって、一つだけ挙げるとすれば――。

(なんで全部終わった後に思い出すんだ俺ェ!?)

 脳内ではアルファベット三文字で表せる脱力のポーズ。

 国王公認のお付き合いが始まった二人を見た瞬間、衝撃のあまりに動けなくなった優二を失恋のショックだと勘違いしてくれたのは幸いだった。まさか男のくせに乙女ゲームにハマっていて、転生したら主人公と一緒に召喚される勇者だとか笑えない。間抜けすぎる。

 もっと早く、せめて旅に出る直前くらいに思い出していたら。

「……ユージ様?」

「いや、ないな。何でもない」

 不思議そうに首を傾げるイライザに、あの馬鹿王子はもったいない。

 乙女ゲームは攻略対象によって結末が変わる。途中経過はほぼ同じ道を辿るパターンもあるが、このゲームの主人公は聖女として魔王討伐の旅に出るので基本ルートは同じだ。

 そして個別ルートとは別に、大団円とかハーレムとかいう結末がある。

 虚弱体質の第一王子を助け、唯一の王妃になれて、護衛騎士に守られつつ、同郷の勇者とも縁が切れない。どう考えてもご都合主義すぎるハーレムエンドがある。

 ちなみに王妃になれるのは、第二王子攻略ルートのみ。

 通称「略奪ルート」でしか逆ハーレムを目指せない上に、他ルートではお役立ち情報を提供してくれるイライザが敵に回る。多くのユーザーは「運営の悪意だ」と不満たらたらだったのは、イライザが完璧な令嬢だったからだ。そして第二王子ルート以外だと、それはもう可愛らしい女友達に最終進化する。

 そんなわけで、主人公である聖女よりも人気は高かった。

 他属性魔術も使える侯爵令嬢は、そのハイスペックな能力を聖女苛めに使うという残念さも人気の一つだったような気もする。かくいう優二もイライザ派だった。そもそも非の打ちどころがない美少女の婚約者を奪って、一庶民が王妃になるなんておかしいだろ。

 何かと世話を焼き、恥ずかしがりながら聖女とコイバナをする。

 いつもは無表情な分、笑うとめちゃくちゃ可愛い。

 厳しく育てられてきたため、主人公にも聖女としての自覚を促す辺りは小姑っぽい。それでもきちんとできたら褒めてくれるし、嫌味なんかほとんど言わない。そんな完璧超人を狂わせるのも主人公の存在で、婚約者を奪われたくない一心で嫌がらせをし始めるのだ。

 あんなのでも好きだとか。

 ダメ男がタイプなのか、イライザ嬢。

 その辺りの真偽――一部界隈で激論を交わされていた――はともかく、異世界召喚されてから魔王討伐を終えて祝宴パーティーまでがゲームのシナリオだ。後は後日談というか、オマケシナリオというか、乙女ゲーム定番の結婚式があったりなかったり。

(別にいいけどな。そんなの)

 結末は決まった。

 イライザは婚約破棄、理恵は逆ハーレムを堪能し、ジェイクはそんな女の尻を追いかけるのに忙しくて仕事もろくに回らない。第一王子は寝込んだままだ。

 この国大丈夫か。

 それはそうと、王女がいなくて良かった。

 勇者と結ばれるのは王女と相場が決まっている。決まっていないかもしれないが、そういうパターンが多い事だけは知っている。ついでに前世の優二は雑食系ゲームヲタクだったが、優二自身はそっち方面に全く興味がない。

 今思えば、やたらと理恵が構ってきたのもゲーム設定かもしれない。

 彼女も転生者で、最初から逆ハーレム狙いとも考えられる。優二がそう思いたいだけかもしれない。何故なら、前世の推しカプは侯爵令嬢×聖女だったから。

 どう考えても脳内お花畑のバカ女にしか見えない聖女。残念すぎる。

 天然ボケというのは、空気が読めないお馬鹿さんではない。無意識に最良の台詞を選んで、相手をノックアウトする魔性のことをいうのだ。

「はあぁ……」

 優二はヤンキー座りをして、頭を抱える。

 なんかもう、帰りたくなくなった。

 あれだけ帰りたいと思っていたのに、前世の記憶が甦ったせいで今の家族に対する愛着が薄れてしまった。なんという不義理か。基本放任主義の両親は行方知れずの長男を心配するかもしれない。だが異世界召喚されたと知ったら、頑張れの一言で片づける。弟は根っからのゲーマー気質なので、羨ましいと叫んで暴れてひどいことになる。

 友人たちもまあ、そこそこ適当にやっていくだろうし。

 理恵との仲を勘繰っていた奴らは、二人一緒にいなくなったことで駆け落ちでも心中でも都合良く解釈するだろう。とんでもない誤解も、その場にいないなら何だっていい。

 職業に関しても、特にやりたいことなんかなかった。

 そこそこの企業で、まあまあの収入を得て、普通に可愛い奥さんをもらって、子供は授かり物だから気にしないかな程度だ。働くだけなら、異世界でもできると思う。職業が勇者なので、転職から考えなければならないかもしれないが。

「なんかもう、色々面倒くさい」

「諦めるのですか」

「え、なんで怒ってんの? というかイライザ、まだいたのか」

「いました。私がここにいてはいけませんか」

 いつになく子供っぽい切り返しだ。

 きょとんとする優二に、ばつの悪そうな顔をしてそっぽを向く。耳がほんのり赤いので、彼女は照れているらしい。そうと分かったらニヤニヤしたくなる。顔が緩んでくる。

「イライザちゃーん」

「み、妙な呼び方をしないでくださる!?」

「今はフリーなんだよな。一応侯爵令嬢だから、魔術師ギルドに入っているわけでもないし」

「いえ、塔に入ろうかと考えております」

「はあ!?」

 通称「魔術師の塔」は、王立魔術研究所のことだ。

 魔術師ギルドに入るのとはわけが違う。任意で依頼を受けたり、ギルドの仕事をこなすだけなら身分や家族構成などは変わらない。プライベートに干渉しないのがギルドの鉄則だからだ。

 魔術研究所は文字通り、塔が職場である。

 王城を構成する建築群の一つとして存在する塔に入ったが最後、俗世と縁が切れる。残るのは魔術師としての資格のみ。身分も家族もなく、新婚夫婦や親子であっても他人同然になる。

 厳しい規律は、研究所の情報を外へ漏らさないためだ。

 イライザの実質的行かず後家宣言は、優二に小さくない衝撃を与えた。

「奴にフラれたからか? そりゃあ婚約破棄されたのは汚点かもしれないけど、第二王子の方が悪いって皆知ってるぞ。侯爵家という身分だってあるし」

「身分や立場で、あの方を好きになったわけではありません!」

「あ……」

「わたくしが選ばれなかったのは、足りないものがあったからでしょう。それが何かは、分かりませんが。あの方がわたくしを魔女と呼ぶのなら、魔女になります」

 それもまた、一つの結末。

 聖女を害した罪に問われたイライザは、侯爵令嬢としての立場も奪われる。身分を盾に弱者を利用し、多くの人を苦しめたからだ。嫌がるイライザを塔に押し込め、二度と出られないようにしてしまう。

 そして人々はこう呼ぶ、塔の黒き魔女と――。

 あのゲームにおける主人公は聖女だ。現代日本から召喚され、命を削って国を救った聖なる乙女。彼女には同郷の勇者、第二王子、護衛騎士、黒魔術師という仲間がいた。

 五人パーティーで魔王を倒したのだから、結構凄いことだと思う。

 国王から魔王討伐の褒美をもらえるはずだったが、あの婚約破棄事件でうやむやだ。どっちにしろ、最高魔術師ゼフじいの魔力が溜まらない限りは送還魔術も使えない。無茶をすれば可能だが、魔術師の何人かが死ぬと言われたら待つしかなかった。

 前世の記憶――主にゲーム中心――が甦ったせいもある。

 どんだけゲーム漬けだったのか。日常生活イコール娯楽だ。ゲームを買うために働き、ゲームで遊ぶために休暇を申請し、ゲームのせいで家族と疎遠になった。恋人もゼロ。二次元の誰それを俺の嫁だの妹だの呼んでいた。

 この世界は、その一つに酷似しているだけ。

 優二が娯楽というものに興味を示さなかったのは、前世の反動かもしれない。そこまでハマっていたのなら、本当になんでもっと早く思い出さなかったのか。

「なあ、イライザ」

「何でしょう」

 さっきは感情も露わに叫んだのに、無表情に戻っている。

 その完璧な美貌を崩してみたい。

 どうせ優二やイライザは物語の脇役だ。といってもゲーム本編はエンディングを迎えた。ファンディスクも発売され、とあるif設定によるシナリオが小さな話題になった。

「脇役勇者の嫁が魔女、って面白くない?」

「悪くないですね。ついでに元勇者で魔王に転職してみますか」

「いいねえ」

 討伐された魔王も、やっぱり脇役だった。

 総力をぶち当てたら瞬殺されるラスボスは、RPGではありえない。色々カンストしても倒せない鬼畜ボスも存在するのに、適当なレベリングで倒せるボスって何だ。イージーモードか。

「まずはこの国滅ぼして、第一王子を傀儡王にしよう」

「毒のせいで体が弱っているのなら、解毒すれば快癒しそうですね。受けた恩を仇で返すようなら、始末してしまってもかまわないと思います。侯爵家以外にも王家の血を引いている一族はいますし、代わりはいくらでも用意できますよ」

「黒いぞ、イライザ」

「黒魔術師ですから」

 にこりと微笑む彼女は今日も美しい。

 闇属性が強いから黒魔術師と呼ばれるのであって、性格は関係ないはずだが何でもよくなった。優二が笑って半身を起こせば、イライザがたおやかな手を差し出してくる。

「普通、逆じゃね?」

「手を取ってくださらないのかしら」

「仰せのままに、俺の魔女様」

 こうして勇者と魔女は手を取り合って、王国から消えた。

 めでたし、めでたし。

本当は普通に召喚される直前から旅路の描写までやろうと思ったんですが、またロングな長編になって中弛みして筆折れて未完だな!と確信したので短編にまとめました。何故か一万字超えてますが、短編だと言い張ります。


以下蛇足...

転生主人公だけど脇役で、召喚勇者だけと職業がソレっていうだけで特別枠でも何でもなく、乙女ゲーム設定上のメインヒーローは第二王子であり、悪役令嬢という名のライバルポジションな女の子が完璧超人で、一言も台詞がなかった護衛騎士もやっぱりイケメンで、聖女なヒロインも小悪魔ちゃんであってビッチじゃないかもしれないが、結局はチヤホヤされたい系女子だから勇者には好かれなかった。


儚げ美青年:第一王子(侯爵令嬢のおかげで少しずつ回復)

壮年の男:現侯爵にして宰相(侯爵令嬢の実父)

魔王:なんちゃってラスボス(やられたフリして故郷へ帰った)


実は数百年に一度くらいのペースで定期的に魔王討伐隊が出ることになっており、魔族が進出してくる→危機感を覚えて魔王を倒す→世界は平和になったので皆安心→忘れた頃に魔族進出のループが確定している。国王に即位して当たりを引いた者だけが、この裏事情を知る。

神々の娯楽なので、魔王と国王は知り合いであるケースもあった。

世界に存在する「国」すべてが対象。どこが選ばれるかはランダム。

魔族の故郷はここではない場所にあり、いつでもどこでも世界の扉が開いたらおっぱじめる。たまに取り残されたり、人と結ばれたりする魔族もいるが、幸せかどうかは本人次第。

魔術は魔族から伝わったものだが、これがバレると色々面倒なことになるので研究所の情報は外に漏らせない。魔術が発展しすぎると、これまた面倒なことになるので異世界召喚をして文化継承を行う。召喚先に選ばれすぎる某世界の神が「おまいらえーかげんにせえよ」とキレたので、召喚術・送還術に厳しい制約がいくつもかけられている。召喚者に対する明らかな不利益が生じた場合、神罰が下る(娯楽が台無し罪)

情報の秘匿が最優先なので、ときどき馬鹿が発生する。

あえて馬鹿を放置し、しかるのちに適切な処罰をすることで見せしめとする。そうして世界は平穏を保ち、神々が退屈しない程度に面白いこと(人魔戦争)が発生し、ほどよく衰退と発展を繰り返す。

衰退しすぎれば滅び、発展しすぎても滅びる。

神々による絶妙な匙具合の下、人と魔は知らぬ間に共存している(らしい)

(追記:更に蛇足な設定は本日付け(2/25)の活動記録後半部にて)

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