永遠のまる
月がとっても綺麗なのをいつも君のせいにしている。そんな日々も今日で終わりかもしれない。なぜなら僕は今、お月様の前で正座をしているからだ。
「こら、今ちょっと足を崩そうとしたでしょう」
夜、お月様があまりにも顔を近づけすぎて空が朝のように明るい。お月様のお供らしい白い毛のふさふさとした兎さんが僕の太ももを小さな足でぱたぱたと踏んでくる。足がしびれて辛かった僕は兎さんの首根っこをつかんで太ももから降ろす。無礼なやつです、と兎さんは赤い目をぎらぎら光らせて悪態をつく。その間もお月様は黙ってこちらを見守っている。
「お月様はあなたの座る場所について考えているんですよ。針の山か、海の底か」
問う前に兎さんがそう答えて、僕は肩をすくめる。君と一緒にハリネズミを追い掛けて一日をどろんこのように過ごしたことを思い出したくもなる。
「待ってください。いったい僕にどんな罪があるというんです。悪いこともしていないのに、正座だなんて。良いことをしたときでさえ畏まりたくはないのに」
兎さんは長い二つの耳をぶんぶんと振り回して宙に浮いたと思うと、僕にぐっと顔を近づけて臭い息を吹きかけてきた。思わず顔を背けたところで、耳元にじょわじょわと兎さんの毛深い声が浸透してくる。
「あなたはあんなにも素晴らしいお月様の美しさを信じていない。上からきちんと聞いていましたが、まるでかびた草の不味さ! 『君と一緒にいると月が綺麗だ』『君と見る月は最高だね』……なんておぞましい」
「褒めているじゃないですか」
「あなたがいちいち条件をつけるから、お月様は傷ついています。しかもその条件ときたら、お月様自身の努力で叶えられるものでもない」
僕はちらりとお月様の顔を見た。目が痛くなるぐらい発光してみえる。しかし……僕は耳だけで跳んでいる兎さんの耳を掴んで、そのままゆっくりと着地させた。
「お月様の努力とは言うけれども、そもそもお月様は自分の力で輝いているわけじゃないでしょう。もし自分自身が誰にも頼らず美しいと言うのなら、いつでも丸い満月でいればいいのに」
膝をがぶっと兎さんに噛まれて、僕の正座はいよいよ解けてしまう。立ちあがった僕は、君と指で青い葉を突きあったことを思い出し、勇気を振り絞ってお月様に対面する。
「夜が暗くなければ、あなたの輪郭さえわからない! 星が瞬かなければぽつんとしすぎて恥ずかしい! 街灯と雲の慎ましさに救われていて、やわらかく光る彼女の白い肌のおかげで、あなたの優しさがわかる」
そう。涼しげな風が海の香りを運んでくる夜、僕は君が好きだった。
「あなただけで美しいわけじゃない。だからこそ、あなたが美しい時、あなたは一人じゃないんだ!」
君のことをもっと好きにさせてくれる、お月様が大好きだった。
ここに君がいないにもかかわらず、もやがかったお月様のきらめきが、少し晴れてよりいっそう美しくなった気がした。僕はそこでひっそりと付け足した。お月様、あなたは長生きです。僕たちの命はそれに比べると少し短いです。もうまもなく僕たちはあなたの下から永遠に去ってしまうかもしれません。それでもあなたはいつまでも美しくいてください――長い沈黙の中で、兎さんはおろおろと僕とお月様を交互に見たあとで「だけど私の耳を掴む必要はなかったでしょう」とでたらめに怒鳴った。