008.扉をいつ開けるか
不味い流れだと思った。僕は多数決が嫌いだ。多数決は大勢の人を満足させることができるが、深く考えていない大勢の人に判断を任せるになるので正しい判断に向いていないと思っている。だが、この流れで多数決を否定することもできない。今発言しているタクミ、モーちゃん、アユミの3人は、発言によりクラス全体を導いていくクラスの牽引役に名乗りを上げたような状態だ。では発言していないその他大勢はというと、発言するほど強い意思や考えは持っていないが、自分の考えを蔑ろにされていいとも思っていない。多数決であればその他大勢は発言しなくても自分の考えが反映された結果になると思うだろう。だからここで多数決を否定するとその他大勢を敵に回すことになるのだ。
少しでも自分にとって良い状態を引き寄せるためには、多数決は否定せずに流れを変えることが必要だ。
「ちょっといいかな、モーちゃん。多数決はいいけど、モーちゃんはいったい何を決めるつもりかな?」
「もちろん、扉を開けるか開けないかだよ。」
「それは駄目だよ。今決めるのは扉を開けるか開けないかではなく、扉をいつ開けるかだよ。」
「何故扉を開けることが前提なんだ!?」
「まず状況認識だけど、僕達は突然この部屋の中に入れられた。言わば「監禁」状態だ。望まぬ監禁なのだから脱出したいと思うのは当然だよね。だから僕は扉が開くか調べたいと思っている。扉を調べるメリットは自力脱出できる可能性だ。デメリットは、毒ガスは極端だと思うけど、扉の向こうの未知のリスクだ。
扉を開けない場合はメリットとデメリットが逆になり、自力脱出の可能性は無くなるけど、扉の向こうの未知のリスクは避けられる。でもね。扉を開けないという選択をする人も、脱出したくないわけではないと思うんだ。目の前のリスクは避けて、外部からの救出を待ちたいという気持ちだと思う。でもそれは、1時間待った後も同じかな?1日後は?3日後は?時間が経過する毎に外部からの救出を待っていられなくなり、気が変わる人が増えていくと思う。だから今決めることは、外部からの助けを何時まで待つか、つまり、扉をいつ開けるかだよ。」
「今は扉を開けるか開けないかを決めて、気が変わったらまたやり直しても同じだろう。」
「それは違うよ。やり直しの時間を決めておいてからならいいけど、そのつもりは無かっただろう?もしあのまま多数決で扉を開けないと決まったら、さっき言った通りに後からやっぱり扉を開けようと思う人が出てくる。そこで多数決を取り直したら、その時にまだ開けたくないと思っている人は気が変わった人に裏切られたと思うだろう。将来揉める事が分かっている採決なんて採る必要は無いよね。だから採決の内容はしっかりと吟味する必要があるんだよ。」
「分かった。まずは扉を直ぐに開けるか、しばらく待つかについて採決する。しばらく待つことになったら、どれだけ待つかを追加で決める。それでいいか?」
「うん。それでいい。今後も多数決の時には内容に口出しすると思うからよろしく。」
僕は多数決の結果を待たずにこのやり取りだけで満足していた。扉を調べたいと言ったが、それはタクミと同じ意見だとタクミに印象付けることでタクミからの反発を無くすためだった。実際に扉を調べたいとも思っているが、しばらく待っても構わないとも思っている。もし外部からの救出が来ればラッキーだし、そうでなくとも時間が経ってみんながただ待つことのリスクに気付いてからでも遅くはないと思うからだ。先ほどのやり取りで「監禁」という強い言葉を使ったことでみんなも待つことのリスクを考えるだろう。だから恐らくそう長くは待たない。それに自分の意見が採用されたという事実が大きい。このクラス内での発言力が大幅に増したと考えていいだろう。今後のことを考えるとこちらの方が重要かもしれない。
姫「爺、あの者が何か話し始めましたよ。」
爺「先ほど目が合ったと姫が騒いでいた少年ですな。」
姫「あの者は何を話しているのでしょうか。」
爺「外国語に詳しい者たちが到着したようですな。確認させましょう。」