休日
ダンジョンの間引きは1日働くと1日休みの1勤1休としている。
それ以外の人はシフトを組み、4日働き1日休む4勤1休で生活をしている。これはこの世界の人たちの生活スタイルに合わせたものだ。
僕は休みの日に天気が良いので町に出て買い物をすることにした。
服を売る店で物色していると、店主の男が声を掛けてきた。
「もしや青の錬金術師様ではありませんか?」
「青の錬金術師」とは僕のことだ。衣服を染める青の染料を作るための魔道具を創り出したことからこの通称で呼ぶ人がいる。その他にも僕が何かする度に知らないところで新たな通称が出来ているのだ。「大魔導士」や「美食の錬金術師」などがそうだ。この世界の人はそういう痛い通称を付けるのが好きらしい。本人は恥ずかしいかぎりなのでやめて欲しいと思っている。
それはさておき、もうバレてしまっているので素直に答える。
「はい。そう呼ばれることもありますね。」
「やはりそうでしたか!あの鮮やかな青で染めた服はもの凄い人気を集めておりまして、私ども服飾に携わる者たちは青の錬金術師様に大変感謝しておりまます!よろしければ中でお茶でもいかがですか?色々とお話をお聞かせください!」
あー、面倒なやつだ。こういう誘いに安易にのってはいけないのだ。お茶の席で新たな開発の情報を聞き出そうとしたり、何か贈り物を押し付けられてその後に恩に着せて妙な要求をされたりする可能性がある。謂れのない施しは受けてはいけないのだ。
以前にも、テルが勇者と煽てられて高級飲食店でただ飯を御馳走されたことがある。その後にテルに奢った人が騎士団宿舎にやってきて、「テル様と懇意にさせていただいている者です。お目通り願います。」と言ってきた。実際にテルは接待を受けているので会うことになり、またも手土産を受け取ってしまった。その後はテルに女性の勇者との顔繫ぎをお願いしますとしつこく迫ったので、僕が間に入って仲裁することになったのだ。
謂れのない施しは受けてはいけない。それから、貴族や騎士は施す側にある。その時に僕が肝に銘じたことだった。
さて、どうやって断るか。
「申し訳ありませんがこの後も色々と周らなければなりませんのでお断りいたします。」
「そうおっしゃらずに!」
ああ。本当に面倒だ。あまり邪険に扱って魔法騎士団に悪感情を持たれても困るので、丁寧に断らないといけない。
「そう言えば先ほど青の染色の話をされていましたね。実は私は仕上がった服を見ていないのですよ。この店にも置いてありますか?」
「はい!それはもう!こちらなどは今流行りの前ボタンのシャツを青に染めた最新の物になっております!この鮮やかな青は青の錬金術師様無しでは得られませんでした!本当に素晴らしい!」
店主は前ボタンの青い襟付きシャツを出してきた。実はこのデザインも魔法騎士団が考案したものだ。僕ではなく女子の誰かだったと思うが、そちらはあまり有名になっていない。
「開発にはそこそこ苦労したので、まだそれなりの値段が付くのでしょうね。これはいくら位で売っているのですか?」
「はい!こちらは今とても人気が高く、金貨1枚の値が付くこともございます!」
「金貨1枚ですね。ではこれを貰っていきましょう。」
ポケットから金貨を取り出すと店主に押し付け、シャツを手に取った。
「いえいえそんな!青の錬金術師様からお金取ろうなんて考えておりません!どうかこれはお納めください!」
「私はそんなに貧しく見えますか?二つ名で呼ばれる程度には有名になり、それなりに稼いでいるつもりなのですが。」
「いえいえそういう意味ではございません!」
「では良いのですね。良い買い物ができました。また来ることがあるかもしれません。それでは次がありますので失礼します。」
店主に何か言われる前に足早に店を出る。下手に安売りはさせずに適正な値段を聞き出すのに気を使わないといけないなんて、有名人になると本当に面倒だ。多分実際はもっと安いものだっただろう。僕が金持ちなのは事実なので、金で解決できるならその方がいい。
この世界の人は欧米の人種に近い外見をしている。そのため外見の異なる僕たち魔法騎士団はかなり目立つ存在だ。町で買い物をしているだけで直ぐに身分がばれてしまう。
店を離れて歩いていると、また別の人が寄ってきた。
「勇者様!どうか娘をお救いください!」
中年で貧しそうな身形の女性が縋り付いてきた。
娘をお救いくださいということは、恐らく娘さんが病気なのだろう。僕たちはあの部屋を出た後で、最初に女神様に神託の儀式でお願いしたのが、病気や毒を治療する魔法だった。異世界の街並みが完全に中世風だったため、医療に期待できないと判断したからだ。
女神様は治療魔法を授けてくれた。その魔法の効果はこの世界において極めて画期的だったため瞬く間に有名になった。だがその魔法は呪文がとても長い上に複雑で、魔法学者なんて呼ばれている僕でも覚えるのに困難を極めた。神託を受けた本人なのだから当たり前だが、最初に使えるようになったのはシズカさんだった。そしてその魔法で病床に臥せっていた貴族を治療した。この話が世間に広まり、シズカさんは聖女と呼ばれるようになった。僕以外で唯一の二つ名持ちがシズカさんだ。
恐らくこの女性は聖女の治療魔法を期待して僕に縋り付いてきたのだ。
「何があったのですか?」
「娘が、娘が病気で死にそうなんです!どうか助けてください!」
やっぱりそうだ。でもここで下手に助けて、勇者に縋り付けば病気を治してもらえるなんて噂がたったらみんなに迷惑が掛かる。特にこの治療魔法はいまだに僕とシズカさんしか使えたことが無い。そして、魔力の消費が激しいせいで僕たち勇者以外に使える見込みはない。だから簡単に治療を引き受けると思われると後々困ることになるのだ。
「娘さんが病気なのにこんなところで出歩いていて大丈夫なのですか?」
「薬を買いに出たのです。でも高くて買えなくて・・。」
「では僕に薬を買う金を寄こせということですか。」
「いえ、聖女様に」
「聖女?薬と聖女のどちらが価値が高いと思いますか?薬が買えないのに聖女なら大丈夫だと思う理由が私には分かりませんが。」
「聖女様はお優しく病める人を見たら無償で癒してくれると聞きました。」
「確かに聖女は優しい人です。病める人が目の前にいたのであれば、見返りなど気にせずに治療することでしょう。ですがそれは目の前にいたらです。今ここであなたの話を聞いたからといって、忙しい聖女をあなたのために連れてくることはできないのですよ。」
「そんな!ではいったい私はどうすれば!」
「薬で治るのであれば薬を買いなさい。金は借りればいい。必要なら私が貸しましょう。もちろん借用証はきちんと作りますし、返してもらいますよ。」
「借金なんて返せるあてがありません。」
失意に沈む女性の姿が痛々しい。だが、安易に治療することはできないのだ。聖女の治療は滅多に受けられない。みんなにそう思ってもらいたいのだ。
「他に私に出来ることと言えば、お見舞いくらいでしょうか。ここで出会ったのも何かの縁です。お見舞いさせていただけますか?借金についてもそちらで話す方が良いでしょう。」
項垂れて帰路に就く女性の後に着いて行った。女性の家は貧しい人が多く住む区画に建っていた。若干治安が悪いということで、この区画には今まで足を踏み入れたことがなかった。
「こちらです。」
女性に案内されて家に入ると、ベッドが目に入る。そこに小学生くらいの女の子が横たわっていた。近付くとはぁはぁと荒い息をしている。医療の知識なんて無いので何の病気かは分からないが。
「これは。飲み水はありますか?この症状でしたら水を多く飲ませた方が良いでしょう。沢山必要ですので新しく水の魔石を買ってきていただけますか?」
「勇者様分かるんですか!?はい、買ってきます!」
女性は驚きつつも言うことを聞き外に飛び出した。
「さて。・・・・。」
僕は治療魔法を唱える。
この魔法の効果は、体内の有害な物の排出を促すというもの。毒だけでなく大抵の病気にも効く。理由は分からないが、アレルギーならアレルギー物質そのものや誘発物質を排出してくれるのだと思う。排出は汗や糞尿に混じって出されるということだ。そのためこの魔法の効果発動中は下痢や頻尿になる。その結果脱水症状を引き起こしやすい。水を沢山飲ませる必要があるのは本当だ。
「これで良くなってくれるといいけど。後はこの子の体力次第だ。」
僕はすることを終えたので女性の帰りを待ちながらボーっと考える。
この治療魔法は魔力の消費が激しくて、魔力が多い僕たちでも連続使用はできない。ここから二つの事実が浮かび上がってくる。それは、複雑な効果ほど魔力の消費が激しいということと、魔力とエネルギーが必ずしも等価交換ではないということだ。
複雑な効果ほど魔力の消費が激しい傾向は他の魔法にも表れており間違いない。また、効果内容をエネルギーに換算して考えた場合に、高エネルギーであるほど魔力の消費が激しい傾向にある。だが治療魔法は何にエネルギーを消費しているのか不明なのだ。魔力は他のエネルギーと交換されるが、複雑な効果はエネルギー変換効率を下げるということなのかもしれない。エネルギー保存則からすればそのロスエネルギーは何のエネルギーに変わったんだという疑問が残るが、呪文や魔法陣で発動する時点でそんなことを考える必要は無いのかもしれない。
恐らく女神様から授かる魔法についてこんな考察をしている人間は僕以外にはほとんどいないだろう。だが僕は、魔法陣の図形や呪文の節を組み替えて新たな効果を生み出すことを仕事としている。組み替えた結果が「魔力消費が膨大過ぎて使えません」では意味がない。組み替えでどの程度の魔力消費が予想されるか事前に分かった方がいいに決まっているのだ。
治療魔法をきっかけにして魔法について考えていたら、女の子の母親が戻ってきた。
「勇者様!水の魔法石を買ってきました!」
「うん。じゃあ娘さんを起こして水を飲ませてあげて。」
「はい!えっ?何だか良くなっている気がします。」
「そう。それは良かった。水は多目に、食欲があるなら食事も取らせて上げてください。大丈夫そうなので僕はこれで失礼しますね。お大事に。」
「ああっ、ありがとうございました!」
「僕は何もしていませんよ。お大事に。」
そそくさと家を出る。この後あの娘はトイレに行きたくなることだろう。女の子のトイレを観察する趣味は無いので急いで家を出た。
治療魔法は女神様が授けただけあり、効果はかなり高い。最後まで見届けてあげることは出来ないが、きっとあの娘は元気になるだろう。この魔法をもっと世間に広められる物にできたらいいのだけど、治療魔法は他の魔法と節回しが違い過ぎてまったく解析できていない。
色々な二つ名で呼ばれているけど、僕の実力何てまだそんなものでしかない。名に負けないように頑張ろう。