その後の生活
あの部屋を出てから半年の月日が流れた。その間にも色々なことがあった。
まずは僕たちの生活だが、僕たちには騎士宿舎を丸々一棟貸与された。
この宿舎は以前第一騎士団が使用していた物なのだそうだ。
この国には騎士団が三つあった。
第一騎士団は王家直轄の近衛騎士団で、優秀な騎士と、家柄が良い騎士が集められた騎士団だ。僕の印象では、家柄が良いだけの騎士は大した仕事もなく楽そうで、本当に優秀な騎士の方は重要な役割が与えられて大変そうだ。騎士団内で格差が激しいのが特徴の騎士団だ。
第二騎士団は王家と貴族が共同出資する混成騎士団だ。平時は魔物の掃討を担っている。また、仮に隣国と戦争になった場合に最初に派兵されるのも彼らだ。戦争はもう何十年も起こっておらず、今後もその予定は無いそうだ。常に実践に身を置く武闘派の騎士団という印象だ。
第三騎士団は王都に所属する騎士団だ。王都の管理を任された貴族に指揮権があり、王都の治安維持を担っている。魔物との戦闘は騎士だけの役割ではなく、町に住む人の多くは魔物を狩って生活している。そのため一般人も剣や弓、槍や斧などの武器を所持しているし、戦闘経験も豊富だ。そんな人たちが暴れたときに鎮圧するのが第三騎士団だ。そのため第三騎士団は、対人戦に特化で精強な騎士団という印象があり、警察のような役割を担う組織だ。
まとめると、第一騎士団がエリート、第二騎士団が武闘派、第三騎士団が警察だ。
そこに、僕たち魔法騎士団が新設されたのだ。
魔法騎士団は、女神の神託により遣わされた勇者のみで構成されているということが世間一般で認知されている。その役割は、女神の神託により予言された世界の危機を救うことだ。表向きにはそういうことになっているのだが、実際のところは危機とは何かが分かっておらず、当面はダンジョン内の魔物の間引きを担当することになっている。一般的には魔物が危機であり、それを討つのが役割だと思われている。
僕たちに貸与された元第一騎士団の宿舎は三階建てで、一回には共通エリアとして食堂や談話室、トイレや大浴場などもある。二階と三階には個室があり、各階に五区画、一区画に七部屋ある。2階×5区画×7部屋=70部屋が用意されている。この宿舎全てを僕たちが利用している。
個室は部屋のサイズも八畳くらいありベッドや棚、机などが備え付けられているため直ぐに生活できるようになっていた。
部屋の造りは全て同じで、部屋数には余裕があるため、三階は女子、二階は男子が占有することにした。各階の部屋割は希望に沿って決めた。一応、宿舎内での性的な行為は禁止している。だが男子の個室に女子が来ていることはあるので、多少の行為はあるのだろう。僕たちが元の世界に戻れる可能性は無いため、僕たちはこの世界で生きていることを決意した。それならばこの世界で子を産み子孫を残そうとするのは自然な行為だ。合意の上での行為であれば口出しはし難い。
僕たち勇者は魔力が多い。そして女神様の神託により、僕たちの子も僕たち同様魔力が多くなると告げられている。そのことを知る王族や貴族は僕たちと関係を持ちたいと思っている。一部には僕たちを性奴隷のように扱おうとする人たちもいるのだ。だから僕たちはお互いが協力して守りあうことを約束した。僕たち魔法騎士団は部外者からの勧誘にはのらないように厳しくお互いを監視することにしており、そのかわりに魔法騎士団内での恋愛は推奨することにしているのだ。もちろん両者の気持ちが大切で、一方的な思いを受け入れる必要は無い。それから、破局したときは周りが全力でフォローしようという約束になっている。
そんな環境なので既に幾つかのカップルが誕生している。モーちゃんとアユミ、ダイスケとチナツ、シローとシズカなどだ。僕もサヤカさんと付き合っているのかというと、残念ながらそうではない。
僕の立場は微妙だ。
まず、サヤカさんとは相思相愛だと僕は思っているが、お互いに告白などはしていない。
次に、コイケとも付き合う一歩手前くらいの関係になってしまっている。コイケは元の世界に愛する人が居たが、もう会うことはできないことを知りかなり落ち込んでいた。その時に心の支えになったのが僕だった。僕としては恋愛感情ではなく友情として支えたつもりなのだが、気付いたらコイケに惚れられている気がするのだ。周囲からは僕が傷心のコイケを口説いた思われている。
さらにコイケだけではなく、姫からも好意を寄せられている。姫については、神託が降りなくなったことを隠すためにシズカさんが見た神託を姫が見たことにして発表するようにしている。そのため僕たちと近い関係にある必要があり、魔法騎士団の後見人という立場になって貰った。すると姫は、一緒の騎士宿舎に住むと言い出し、本当に住み着いてしまった。騎士宿舎に住んでいるのは僕たちの他には姫だけだ。住みだしたはいいが姫は生活力が皆無だった。そこで面倒をみたのが僕とコイケだ。それが切欠だったのだと思う。気付いた時には姫も僕に好意を寄せていた。
僕はクラスメイトから、サヤカさん、コイケ、姫の三人に三股を掛ける不届き者として認知されているのだ。実際には誰とも付き合っていないし、付き合い出し難い状況に陥っている。救いなのはサヤカさんがその状況に呆れて僕を見限ったりせずにいてくれることだ。
そんなわけで僕は恋愛からは目を逸らし、仕事に明け暮れる毎日を過ごしている。
魔法騎士団のメインの仕事はダンジョン内での魔物の間引きだ。現在は三つの班を編成してダンジョン内に突入し、魔物を討伐している。
班編成:班長1、盾3、魔法3
一班:タクミ、ウキ、ツカっちゃん、スズシー、モリヤ、オオノ、タカサキ
二班:シロー、ダイスケ、ナガヤマ、テル、ヨシアキ、イマイくん、イトウちゃん
三班:マッサン、モーちゃん、マサアキ、マサル、クラちゃん、タカト、ヒロシ
男子20人中、19人が班に編成されており、女子はタカサキとイトウちゃんだけだ。男子で唯一、班に編成されていないのが僕だ。
僕も最初は二班の班長だったのだが、途中で班長をシローと交代し、班員からも外れてイトウちゃんと交代することになった。別に班長として無能だったということではない、と僕は思っている。ただそれ以上に向いた仕事があったというだけだ。
僕の今の仕事は、魔法学者という位置付けになっている。
元々ルンケイオスさんと魔石に刻む魔法陣の研究をしていたのだが、それだけではあきたらずに呪文で発動する魔法にも研究の手を伸ばしてしまった。そして、呪文の構造を解明し、新たな魔法を生み出してしまったのだ。
それまで魔法は女神から与えられた通りに呪文を唱えるものだった。それを、既存の呪文を組み合わせただけとはいえ、新たな魔法を生み出してしまったのだ。それはこの世界の人にとっては神の御業に匹敵する行為のように思われた。女神様の遣わした勇者が女神様の代わりに新たな魔法を生み出したという出来事はインパクト抜群だったようで、勇者を神聖なものとして崇める風潮が広まり、僕たちの立場はかなり強くなった。
趣味くらいの感覚で始めた魔法研究が思いのほか大事になってしまい、いつの間にかそれが僕の重要な仕事になってしまったのだ。魔法研究に重きを置いて仕事をせねばならなくなったことで僕はダンジョン探索のメンバーから外された。決して能力不足で干されたのではない、と思う。
ということで僕は魔法騎士団付けの魔法学者として魔法研究に励んでいる。助手としてサヤカさんとトリミさんについて貰っている。
この他に、姫付きとしてシズカとチナツ。
他のコイケを含めた女子10人は事務員として騎士団を支えてくれている。
イトウちゃんには僕の代わりにダンジョンに入って貰うことになったため、申し訳ないと思っている。本人は事務員よりこっちの方が楽しいと言ってくれているが、男子の中に一人混じっての肉体労働は大変だろう。タカサキは最初から女子で一人だけダンジョンに行かされていたのだが、イトウちゃんとタカサキでは見た目の筋力量が倍は違うので、そのことで申し訳なさが薄れることはなかった。それに多分、イトウちゃんはシローかダイスケのことが好きなのだと思う。そのシローとダイスケはそれぞれシズカさんとチナツと付き合い始めた。その二人と同じ班で行動させていることも申し訳なく思う。
でも僕に出来ることは、与えられた仕事を頑張ることで魔法騎士団の立場を揺るぎないものにすることくらいだ。そう思い日々魔法の研究に勤しんでいる。
コンコンコンッ。
「アロー、入るわよ。」
ノックと共に僕の研究室に入ってきたのは、姫だった。
「コイケがケーキを焼いてくれたわよ。食べに行きましょう!」
「今ちょっと手が離せないので後で行きます。」
「駄目よ!焼きたてが美味しいカップケーキだそうよ!」
姫が近付いてきた僕の腕を引っ張る。チラリと近くにいるサヤカさんに目をやると、仕方ないとばかりに両手の平を上に向けてお手上げのポーズをした。
「分かりました。休憩しましょう。」
姫は王の子だが、正室や側室の子ではない。先代の神託の巫女が王の手付けとなり産まれた子だ。先代の神託の巫女で姫の母親が死に、姫が神託の巫女になるまでは認知もされていなかった。そのため姫ではあるが、姫としての教育は受けていない。それなりの場で猫を被ることはできるが、普段は上品とかお淑やかとは掛け離れている。その方が僕たちには付き合いやすいので何も問題ない。
姫に腕を引かれたまま食堂に行くと、女子がカップケーキをお茶請けとして、茶会をしていた。僕は姫に腕を引かれたまま空いているテーブルついた。僕の右隣には姫が座り、左隣りにはサヤカさんが座った。サヤカさんの向かいにはトリミさん。僕の向かいにはコイケが座っている。僕はサヤカさん、コイケ、姫の三人に囲まれた状態だ。
テーブルの向かいに座っているので必然的にコイケと目が合う。コイケはニコリとほほ笑むと言葉を発した。
「カップケーキを作ってみた。アロが開発した糖蜜を使った。食べて欲しい。」
コイケは僕のことをアロと呼ぶようになった。僕の本名がアロで、アローは渾名だ。どちらでも大差ないから気にしていない。
コイケが糖蜜と呼んだのは、サトウキビのような物から絞り出し、濾過と濃縮により糖度を高めたシロップの事だ。コイケがサトウキビのようなものがあると持ってきてくれたので、それならばと絞りが出来る魔道具を開発して、濾過と濃縮は手作業した。
元々この世界にも砂糖の様なものはある。だが比較的高価な食材であり、騎士なら食することがあるが庶民は滅多に食べられない。
一方コイケが持ってきたサトウキビの様なものは使い道が無かったため安価で手に入る。ちなみにこのサトウキビのような物も魔物から取れる物だ。元はサルとゴリラの中間のような魔物が武器として持っている棒で、武器にするだけあって非常に硬いのだが、何故か噛むと甘みがある棒として知られていた。見た目が繊維質で噛むと甘みがある棒ということで、サトウキビのことを知っている僕たちは砂糖が作れるかもしれないと考えたのだ。
この固い棒を絞れるか試したが、硬すぎて人力では無理だった。そこで絞りの魔道具を開発して無理矢理絞った。すると狙い通り甘みの強い汁が絞り出せたのだ。そこから布で濾過し、鍋で煮詰めて濃縮することで砂糖を作ろうとしたのだが、途中で挫折して糖度の高いシロップが残った。
「この開発のポイントは、絞りの魔道具でしょう。残りの工程は魔道具や魔法とは関係ないのだから、得意な人に開発して貰えばいいと思うよ。」
サヤカさんにそう言われて途中で開発をやめてしまったが、コイケが引き継いで研究してくれているそうだ。コイケは同時にシロップの状態での利用法として料理のレシピも開発してくれている。このカップケーキはその試作品というわけだ。
カップケーキを一口食べてみる。甘くて美味しい、元の世界にあったような味だ。
コイケは感想待ちなのかこちらをジッと見つめていた。
「甘くて美味しいよ。流石コイケだ。」
僕の感想にコイケは嬉しそうにほほ笑んだ。だが応えたのは姫だった。
「そうでしょう!コイケが作る物は何でも美味しいのよ!」
姫はコイケとコイケの料理が大好きで、まるで自分の事のように自慢するのだ。姫はとても嬉しそうにしている。コイケも声には出さなかったが嬉しそうだ。サヤカさんもカップケーキに口をつけ、「美味しいね」とほほ笑みかけてくれた。三人の美女に囲まれて幸せではあるのだが、誰の思いにも応えることができず気まずくもある。
そんな僕たちを見ながらトリミさんは「あんたも大変ね」と呆れた様子だ。
この時間帯は男子が全員出払っているからよいが、男子がいる時にこの状況になると嫉妬の視線が痛いくらいに突き刺さる。特に姫については、一部でファンクラブが結成されていてそのメンバーから直接文句を言われることもあるのだ。
贅沢な悩みではあるが、これが僕の今の日常なのだ。