075.報告会2その後
最後は収拾がつかなくなり打ち切った報告会だが、その後の混乱はそれほど大きくなかった。
ヨウコは早くに泣き止み、笑顔でお礼を言ってきた。両親を心配させていないことを喜び、泣いてみんなを心配させたことを謝り、アローの「生命大事に」発言を素晴らしいと賞賛していた。特にここにいるみんながお互いを心配しあう仲間だという行が良かったそうだ。
対するレイナはしばらく泣き続けた。レイナと仲の良いタカサキたちが一緒になっておいおいと泣いていた。だが泣きながら発する言葉は、「ヨウコ良かったね」だけなので問題はなさそうだった。そのヨウコがみんなを宥めるという逆転現象が起こっていたが、それ以外は問題ない。
タクミは泣くレイナたちは放っておき、天井班の男子を集めて妙なことはしないようにと取り纏めていた。タクミたちはアローの説明を受ける前から元の世界に帰ることなど考えていなかったそうだ。それなら問題は無いのかというと、そうではない。タクミは僕とは別の心配をしていた。元の世界と自分たちの存在が完全に切り離されたことで、元の世界では犯罪となるような行為に対する道徳的観念が薄れて暴走する者が出ることを心配しているそうだった。
「色々と溜まっているからな。」
タクミはそう言い、一番やらかしそうな天井班の連中は俺がしっかり言い聞かせておくと胸を叩いた。僕自身もここに来てから随分と変わったと思うが、タクミも何か変わったのかもしれない。
アユミはモーちゃんから再度説明を受けていた。二人は随分と仲が良くなったようで、支えあっているように感じる。しっかりと理解できた後のアユミの反応が予想できずに怖いものがあるが、支えてくれる者がいるので何とかなるだろう。
サヤカは料理班の女子と話していた。かなり揉めている様子に見えたので心配したのだが、近付いていくとサヤカは「ここは大丈夫」とアローを止めた。何でも主にドラマの続きが気になるだとか、マンガの続きが読めないだとか、アイドルの追っかけができないだとかの問題で盛り上がっているそうだ。中には男子に聞かせられない話もあるそうで、ここは任せて欲しいと言っていた。任せるしかないだろう。
シローはイマイくんやヨシアキといった孤立しがちな男子を中心に話して回っていた。個々の事情は様々だが、今のところ問題は無いそうだ。
マッサンは穴掘り班の男子をまとめていた。マッサンたちはこの世界で生きていくことに前向きで、早く部屋の外に出たいと言っていた。窮屈な部屋から出て走り回りたいのだそうだ。マッサンたちは問題なさそうだ。
一通り様子を見て回った後に僕の元にやってきたのがテルだった。
「某、先ほどは取り乱してしまいましたが、読めたでござるよ。これが転移の真相と思わせておいて、クライマックスで真の真相が明らかになるパターンでござるな。ふっふっふっ。某の目は誤魔化せないでござるよ。」
「なるほど。テルは僕の話を信じないということだね。」
「いやいや、そうではないでござるよ。主人公属性を持ち得たアロー殿に逆らう気は無いのでござるが、定石は外せないということでござって、ですからこの後にまた何かアロー殿が新たな発見をするというか、そういうことでござる。いや、すんませんっ!」
「別にいいんだよ。信じなくてもおかしくない。僕も全ての真理を見極めたわけじゃなくて、推測の部分が多いからね。それぞれの考えを優先してくれていいよ。ところで定石からすると、僕の近くは床が崩れるのではなかったかな?」
「ひぃぃぃっ!そうでござった!それでは某は所用があるゆえっ!しばらく近付かないでござるよ!」
テルは慌てて離れていった。何がしたかったのかは分からないが、あれはあれで大丈夫そうだと思った。
案外みんな平気そうで良かった。自殺するような人も居なそうで何よりだ。安心して部屋を見渡していると、コイケが一人輪を離れて炊事場に入っていくのに気付いた。あれはあれでいつも通りではあるのだが、単独行動は避けるようにと言ったのに誰も連れて行かないのは困ったものだ。仕方なく炊事場に向かう。
炊事場に入るとコイケは早速料理の下拵えを始めていた。
「一人にならないようにと言ったのに、一人で刃物なんて持って何する気かな?」
「料理をするだけ。」
「まあそうだろうけど。一人は駄目だよ。ちゃんと誰かに声を掛けないと。」
「一人じゃない。」
「うん?ああ、僕のことね。でも僕が来なかったら一人じゃないか。」
「一緒に居てくれる?」
それまでは普通そうだったのに、その言葉だけは何故だか震えていた。
「もちろん。一緒にいるよ。」
そう答えるしかなかった。するとコイケの目から涙が溢れ出した。
「だ、大丈夫!?」
「薄々は気付いていた。帰れないって。でも考えないようにしていた。今までも遠距離だから会えない事にも慣れていると思い込んだ。でももう会えないんだって。」
遠距離の彼氏のことか。コイケにとって本当に大切な人なのだな。その彼氏と二度と会えないと僕が告げたということか。僕が報告しなければ帰れるということでもないし、報告したことに後悔はない。だがコイケの涙に対しては責任を感じてしまう。
「僕の報告のせいで辛い思いをさせてしまっているのか。ごめんね。何とかしてあげることもできないし、泣くほど愛おしい人が居なかった僕にはコイケの気持ちを理解してあげることすらできない。」
「いい。アローのせいじゃない。ただ今は思い切り泣かせて欲しい。」
「一人にしてあげたいところだけど、ごめん。一人にはできない。変な気を起こしたりはしないと思うけど、後で後悔したくないんだ。」
コイケはこくりと頷くと、持っていたものを置き近付いた。そして僕の背中側に周ると、背中に額を押し付けて腕を掴み、声を上げて泣き始めた。コイケの泣き顔は見えない。こういう時は胸を貸すのではないのかとも思ってしまう。そうなったらそれで大いに困るのではあるが、これもこれで困るものがある。
身動きできない僕の体感では長い時間が経ったように感じられたが、実際は何分もしないうちにコイケは泣き止み、僕も開放された。
「もう大丈夫。ありがとう。」
「えーと、どういたしまして?僕はお礼を言われるほど役に立ったのかな?」
「役立った。主にアローの服がハンカチ代わりになった。」
「ハンカチ代わりかー。もうちょっと男を磨かないと駄目だなぁ。」
「ハンカチは冗談。居てくれてよかった。これからも一緒に居て欲しい。夕飯作るから手伝って。」
「はい師匠。」
師匠は止めてと怒るコイケを宥めて夕飯の準備を始めた。しばらくすると他のクラスメイトもやってきて夕飯作りに加わった。
夕飯は久しぶりに全員が一緒に食べたのだが、そのお陰かクラス全体の結束が強まった気がする。同じ釜の飯というやつだ。釜ではなく鍋で、飯ではなくうどんだったが。