074.報告会2
その日の作業を中断して全員が広間に集まった。クラスメイト全員の目が僕に向けられている。今回の報告は全員に正確に理解して貰いたいので、最初から全員の関心を惹く必要がある。報告の切り出し方に注意しながら話し始めた。
「結論から言おう。僕たちはこれからずっとこの世界で生きていくことになる。」
そこで一旦間を置くと、みんなのことを見回した。どういうことだと考えているようだ。
「僕は勇者召喚の儀式について調べて、一つの結論に辿りついた。それは、僕たちが元の世界からここに転移したのではなく、僕たちはここで作られたという結論だ。今ここに居る僕たちはこの世界にあった材料を元に作られていて、元の世界の僕たちとは物理的には別の存在だ。」
再び間を置く。ここでざわめきが起こる。ざわめきの一つ一つは「どういうことだ?」という疑問の声が多い。再び説明を続ける。
「つまり、元の世界には以前と変わらない僕たちが存在したままで、ここに居る僕たちはそれとは全く別の存在だということだ。言い替えるなら僕たちは模造品、コピーということだ。だから僕たちは元の世界には帰れないし、帰る必要性もない。だから最初に言った通り、僕たちはこれからずっとこの世界で生きていくことになるんだ。」
「ノオォォォォッ!!アロー殿!早過ぎるでありますぞ!転移の真相というのはこうっ、クライマックスに明かされるものでござるよ!まだ我々最初の部屋すら出ていないでござるよ!定石は守っていただかないと!」
「うるせぇ!黙れ!」
テルが叫び出したところをタクミが叩いて黙らせた。テルの言いたいことも分からなくはない。僕たちがもっとこの世界に馴染んでから知った方が悩まなくて済んだとは思う。だが、何を置いても調べるべき事項でもあったので調べたのであり、最初に判ってしまうのも仕方ないことだ。
「何故そういう結論に至ったかについて説明しよう。」
そう言うと、これまでの調査で分かったことの詳細を説明した。
調査の過程を掻い摘んで説明した。全てを説明すると恐ろしく長い説明になってしまう。かといって説明が不足すれば理解は得られない。重要な事柄が漏れない様に注意しつつ説明したのだが。
「アロー君。完全には理解できないということが理解できたよ。」
長い説明の末に辿りついた結論をタクミが簡潔に述べた。他のみんなも同じ思いのようだった。
「もう一度順を追って説明した方がいいかな?」
「いや、いい。大まかなところは理解できたから、後の細かな調査過程はアロー君を全面的に信じるよ。俺たちはアロー君の結論を信じた上で、そこから今後のことを考えることが重要だ。」
タクミの言う事は尤もだ。調査の過程もとても興味深いので披露したいという思いはあるが、重要なのはこれからについて考えることだ。僕が頷くとタクミがそのまま話を続けた。
「今後のことと言っても、アロー君がもう答えを言っているけどね。ようするに、元の世界に戻ることはすっぱり諦めて、この世界で生きていくことに注力しようということだよな。」
「そうなるね。みんなはそれでいいかな?質問とかない?」
アローが全体に呼び掛けると、アユミが挙手をした。別に発言者は挙手をするというルールは無いのだが、統制がとり易くなるようにするための行動だろう。アユミに声を掛けて発言を促すと、アユミは立ち上がって質問をした。
「もう帰れないということだけれども、警察は動いてくれないのかしら?」
その質問で、空間が凍りついた。
それは、その場にいる誰よりも僕の説明を理解できていない質問だった。数瞬の後に再起動したモーちゃんがアユミに優しく話しかけた。
「アユミ、アロー君の話を信じるなら、警察は動いてくれないよ。行方不明者の届出が出ていないだろうからね。」
モーちゃんに促されてアユミが腰を下ろした。変わって何人かが挙手をした。アローはその中で、こういった場で普段は自己主張することの少ないヨウコが挙手していることに気付き、質問者として指名した。ヨウコが立ち上がって質問をする。
「元の世界の私たちは居なくなっていないから、家族を心配させてはいないということでいいですか?」
か細い声でしたヨウコの質問は、先ほどのアユミとは違いしっかりと説明した内容を理解した上での質問だった。そこでしっかりと頷いてから返答をする。
「その通り。元の世界には何の変化も与えていないと思っていいので、残された家族も心配してないよ。いや、残されてもいないね。だから行方不明者の届けも出ていなければ、警察も捜索していないはずだよ。」
僕の返答を聞くと、ヨウコは立ったまま泣き出してしまった。えっ?急に?
すると直ぐにレイナが詰め寄ってきた。
「ヨウコ泣かせるなし!アローが帰れないとか言うから悪いし!」
「違うの!」
詰め寄るレイナを珍しく大きな声を出してヨウコが止めた。
「違うの。私、嬉しくて。お父さんやお母さんを心配させていると思っていたからとても辛かったのだけど、心配させてないって分かって良かったと思ったら涙が出ちゃったの。レイナさんとは泣かないって約束したのに、ごめんなさい。」
「うぅ。ヨウコ!」
レイナも泣き出してヨウコに抱きついた。他にも何人かの女子が貰い泣きなのか泣き出している。アユミは話の流れについて行けずに混乱しているし、男子も小声で隣の者と相談し始めている。
はっきり言って場は混乱している。説明を続けられる状況ではない。だがアユミのように理解が不足している人もいる中でこのまま説明を終えてしまえば、おかしな行動をする者も出かねない。それに泣かれたことは厄介だが、ヨウコの発言の内容自体は悪くない。嫌だが、本当に嫌だが、ここは偉そうに高説を述べるべき場面だろう。
「みんなに聞いて欲しい。今ヨウコさんが言った通り、僕たちの家族や友人は僕たちのことを心配していない。元の世界の僕たちは居なくなっていないのだから。ここに居る僕たちは生まれながらにして記憶を持ってはいるが、新たに生まれた生命だ。この生命を大切にして欲しい。ヨウコさんには両親は心配させていないと言ったけど、だからと言って僕たちのことを心配する人がいないわけではない。ここに居るみんながお互いのことを心配する仲間だ。繰り返すけど、生命を大切にして欲しい。色々と思うことはあるだろうけど、今はそれだけは覚えておいて欲しいんだ。」
泣く人、混乱する人など様々だが、みんなが耳を傾けてくれていることは感じられた。後は各自が情報を咀嚼し、思考する時間が必要だろう。
「一旦解散しよう。但し、一人になるのは禁物だよ。心配事があったら抱え込まずに誰かに打ち明けて。疑問があったら聞いてね。今日は他の作業も全て中止して、休憩の後、心に余裕のある人で食事の準備をしよう。」
女の子が泣きながら抱き合う状況で仕切れるほどの手腕は無い。撤退の判断は迅速にするべきだ。最低限の役割は果せたと思う。
解散を宣言して直ぐにシローとサヤカが声を掛けてきた。
「最後の良かったぞ。生命を大切にして欲しい。」
「何が良かっただ。完全に馬鹿にしているだろう。」
「ううん。私も本当に良かったと思う。」
「ありがとう。でもまだ気は抜けない。二人にも様子がおかしい人がいないか注意しておいて欲しい。伝えるべき情報は伝えたつもりだけど、理解度に差が出ているみたいだから変な気を起こさせないように声掛けをして欲しいんだ。」
「分かった。」「うん。」
二人は頷き動き出した。人当たりの良い二人なら上手くやってくれるだろう。そして自分は疑問に答えるべき立場だ。質問し易いようにみんなに声を掛けて回ろう。そんな社交的な行動は自分らしくないとは思うが、やらねばならない。立場が人を作るというのはこういうことなのだろうか。まずは混乱の中心地であるヨウコとレイナに声をかけよう。