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異世界転移したけど女神も姫も出てこない  作者: かが みみる
本編
73/80

073.サヤカ

 本当に眠ってしまったようだ。気がつくとお昼になっていた。サヤカさんが食事を持ってきてくれた。ルンケイオスがお見舞いにと贈ってくれたフルーツもある。サヤカさんだけではない。アローが起きたことを知ると、シローやダイスケも心配して見に来てくれた。


 「それで、何があったんだ?」


 シローが聞いてきた。


 「単なる寝不足だよ。昨夜、あまり眠れなかったんだ。」


 誤魔化そうとした。


 「じゃあその眠れなかった理由だよ。何かあったんだろう?ずっとお前のことを見ていたサヤカが、昨日から様子がおかしいと心配しているぞ。」


 誤魔化せなかった。サヤカさんが心配そうにこちらを見ている。


 「はぁ。分かったよ。話す。だがいきなりみんなに話すと混乱するだろうから、まずはシローだけが聞いてくれ。」


 「嫌だ。サヤカに話せ。勇者召喚の件だろう?二人が担当だ。」


 「いや、それは。」


 するとサヤカさんが悲しそうな表情で聞いてきた。


 「私はそんなに頼りない?」


 サヤカさんを悲しませるつもりは無かったので慌ててしまった。


 「頼りないなんてことはないよ。いつも助けられていると思っているよ。・・・分かった。まずはサヤカさんだけに話そう。嫌な話になるだろうから心の準備をしておいて欲しい。」




 その後、サヤカさんと二人だけで話すために昼食の片付けが終わってから衣裳部屋を借りることにした。

 サヤカさんと二人きりで衣裳部屋に入ると大きめの衣装箱を一つ取り出し、そこに二人で並んで座った。


 「さて、何から話そうか。」


 そう言うと間を置いて話すべきことを頭の中でまとめる。


 「まずは謝らないといけない。ごめんなさい。心配させてしまってごめんなさい。それと、サヤカさんを元の世界に帰してあげようと思っていたのだけれど、できなくなった。だから、ごめんなさい。」


 座ったまま頭を下げる。するとサヤカが笑った。


 「ふふっ。心配したけど、アロー君が謝ることではないよね。」


 「でも元の世界に帰れないのは申し訳ないと思って。」


「別に帰れないのならそれでもいいかなと思っているんだよ。帰れると思ってなかったし、それにアロー君のせいじゃないよね。でもありがとう。私たちのことを考えて、帰る方法を探してくれたんだよね。」


 「勝手に考えて、勝手に失敗して、勝手に落ち込んでいたんだ。情けないよ。本当に。」


 「それでアロー君は勇者召喚を調べても帰る方法が見つからなかったから落ち込んでいたの?」


 「いや、そうではないんだ。勇者召喚を調べても帰る方法が見つからないというだけなら、他の方法を探すなりまだやるべきことがある。長くなるけど、僕が知ってしまったことを説明するよ。心の準備はいいかな?」


 サヤカさんが頷いたところで、これまで分かったことを説明していった。

「勇者召喚の魔石」は「レンガ製造の魔石」と同じ様式であること。「レンガ製造の魔石」の効果は明らかに「製造」であること。「レンガ製造の魔石」では土が材料として消費されること。「勇者召喚の魔石」でも生肉などの「材料」が消費されていたこと。女神は神託で「召喚」という言葉を使っておらず、「贈る」という言葉を使っており、「召喚」という言葉はこちらの世界の人が女神の言葉を意訳して使っていたこと。これらを総合して、今ここに居る自分たちは元の世界から「召喚」されたのではなく、この世界の「材料」を元に「製造」されたと思われること。


 「つまり元の世界には僕たちのオリジナルが今も居て、ここに居る僕たちはそのコピーだと思われるんだ。召喚されてもいないのに送還できるはずがない。例え元の世界に行く方法があったとしても、僕たちの居場所なんて無い。何せ、そこには僕たちのオリジナルがいるのだからね。帰れたとしても僕たちの存在は精巧に作られた偽者の扱いになるだろう。だから僕たちは帰れないし、元の世界に行ってはいけない存在なんだ。更に言えば、今僕たちが死んだとしても、元の世界のオリジナルの僕たちは今まで通り元の世界で元の生活を続けていくんだ。」


 サヤカに話しているうちに自分が何を悩んでいたのかに気付いた。悩んでいたのは帰れないことでも、帰ってはいけないことでもなかった。悩んでいたのは自分の存在意義に疑問を感じてしまったからだった。それに気付くと、何故だか手が震えだした。だがそのまま話を続ける。


「元の世界ではオリジナルが今まで通り生活していて、僕たちがどうなろうがそれは変わらない。僕たちに生き残る意味なんて無かったんだ。この世界に来てからの僕は何とか生き残ろうと足掻いてきたけど、意味が無かったのかもしれない。」


元の世界にとってここにいる自分は存在も感知できないし、どうなろうと関係のない無価値な存在だ。そう思うことが心を蝕み弱らせていた。


 するとサヤカが震える僕の手を取り握り締めた。


 「そんなことないよ。私たちが生きる意味はあると思う!」


 サヤカは強く否定した。


 「アロー君はこっちに来てからずっと頑張っていたと思う。私はそのことを見ていたよ。元の世界に居たら気付かなかったアロー君の良いところを沢山知ることができたよ。私はそれが嬉しいの。アロー君のことを知らない元の世界の私が可哀想だと思うくらい、ここでのことは私にとってとても価値があったと思う。ずっと頑張っていたアロー君なら、私よりもっと価値のあることがたたくさんあったはずだと思うよ。」


 サヤカに言われてはっとした。そして「ここに来てからの価値あること」を考え始めた。最初に思い浮かべてしまったのが、ここに来た直後に見た白いものだというのは秘密だ。違う、サヤカの言いたいことはそういうことではないと、頭を振って考え直す。

そう言えば大分見慣れてしまったけれども、初めのころは見慣れぬ民族衣装を着たサヤカに見惚れていたな。二人で同じ場所の穴掘りを担当した時は至近距離で一緒の作業にドキドキした。シャワー後の少し濡れた髪もドキドキした。何よりもたくさんの笑顔に癒された。

駄目だ。思考が色惚け一直線だ。何故かと言えばこれのせいだろうと、サヤカの柔らかい両手に包まれた手を見る。何時の間に震えは止まっていた。


 「今が一番価値ある体験をしているかもしれない。」


 思わず口にしてしまった。それを聞き「えっ?」とサヤカが聞き返す。


 「サヤカさんの手はやわらかくて暖かいぞって、元の世界の僕に自慢したい。」


 それを聞いたサヤカは「もうっ」と言いながら怒ったそぶりで握っていた手を離した。すっかり震えが収まったアローは続けて話した。


 「サヤカさんの言う通りだ。僕は何か勘違いしていたみたいだ。ここにいる僕には元の世界の僕とは別の価値があるのだから、元の世界を基準に考える必要なんて無かった。ありがとうサヤカさん。さっきまでは不安で押し潰されそうな気持ちだったけれど、今は何だか生まれ変わった気分だよ。いや、元の世界の自分とは決別してこの世界で独自の人生を歩む決意ができたのだから、本当に生まれ変わったと言えるかもしれないな。」


 僕は立ち上がるとさらに話を続けた。


 「そうと決めたら色々とやらないといけない。ダンジョンでの魔物の間引きは何としても成功させないといけない。神託の儀式、ジーヤコブズさんとの交渉、姫のこと、解決しないといけない問題がたくさんある。引き続き魔石魔法についても学びたいし、この世界についてももっと知る必要がある。でもまずは、みんなに僕が辿り着いた結論を報告しないといけないな。」


 「報告は必要だと思うけど、帰れないと分かるとアロー君のように悩んでしまう人も出てくるかもしれないよね。大丈夫そうな人にだけ話す?」


 「いや、それはできない。重大で全員に関係することだから、全員に同時に報告する必要がある。秘密というのは知っている人数が増えれば漏れてしまうものだ。漏れ聞こえた情報は意図しない形で伝わり最悪の結果を生む可能性がある。例えば、「死んでも元の世界に影響はない」という部分が大きく伝わって曲解されて、「死ねば帰れる」みたいな誤解をされる可能性もある。だからこの件は全員に同時に、誤解内容に正確に報告する必要がある。この後直ぐにみんなを集めて報告しよう。」


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