071.班長
班長に任命された。ダンジョン探索の指揮者、アユミと話した時はリーダーと呼称していたが、隊長改め班長となった。騎士たちの場合が班長らしく、タクミに押し付けようとしたが駄目だった。他に立候補する人もいない。まあ、覚悟はしていたさ。
アユミは僕と相談した後、直ぐに計画をまとめた。そして全員を集めて説明し、了承された。そのままジーヤコブズと交渉し、翌日から指導してくれる騎士を派遣してもらえることになった。
そして翌日だ。騎士から訓練を受けることになった。
訓練の前に、班長に就任後最初の任務として、ダンジョン探索のメンバーを選出した。盾役にはアユミとの相談の時にも話しに挙がった、ダイスケ、ナガヤマ、ウキ、マッサンと、マサル、ツカっちゃんを選出した。攻撃役にはタクミ、モリヤ、オオノ、イマイくん、タカト、マサアキ、を選出した。盾役と攻撃役にそれぞれ6人選出している。
騎士から教わった基本陣形は、3人の盾役が連結盾を構えて前衛となり、その後に3人の攻撃役が後衛として立つというものだった。僕たちもそれを真似するが、バックアップメンバーも必要であり、将来的に2班編成することも視野に入れて、盾役と攻撃役に6人ずつを選出したのだ。
これは誰にも話していないことだが、人間関係も考慮して人選している。選出したメンバーのうち元天井班は、タクミ、モリヤ、オオノ、ウキ、ツカっちゃんの5人だ。そして元穴掘り班は、ダイスケ、ナガヤマ、マッサン、マサル、イマイくん、タカトの6人にしてある。更に盾役と攻撃役からそれぞれ3人ずつレギュラーを選出する必要があるが、それも元天井班に偏らないように選出するつもりだ。タクミも今さら暴走するとは思えないが、安全を確保するためにも確実に指示に従ってくれる体制を作る必要がある。安全サイドでの判断だ。
騎士たちの編成でもやはり班長がいる。盾役と攻撃役の6人の他に1人班長を置く場合もあれば、6人の中に班長が含まれることもあるそうだ。班長の役割は指示出しだ。そして一番重要な指示が撤退だ。撤退の判断は一番難しく、一番重要だということだった。それから、優秀な班長は撤退時に殿を勤めて班員を逃がすのだそうだ。残念ながら優秀ではない名ばかり班長も多くいて、そういう班長は撤退時に率先して逃げる。過去には撤退の指示を出さずに自分だけ逃げ出す者もいたそうだ。
『アロー殿はなかなか筋が良いですな。』
『はぁ、はぁ。ありが、はぁ。ありがとうございます。』
疲れた。息苦しい。声を出すのも辛い。僕らは広間で騎士の手解きを受けている。盾役は連結盾の使い方を、攻撃役はその後から槍や弓矢で攻撃する方法を教わっている。そして何故か班長の僕だけは剣と盾を持たされて騎士の班長と実践稽古をしていた。使うのは本物の剣と盾だ。重い。そして怖い。素振りとかの型ではなくていきなりの実践だ。しかも攻撃を受ける側。相手の剣も本物なのだ。油断したら死ぬ。
何故僕だけこんな目にあっているかと言えば、全て目の前の騎士の班長が悪い。僕を優秀な班長に育てるといって無理矢理こんな訓練を始めたのだ。優秀な班長は撤退時に殿を勤める。殿はひたすら敵の攻撃を受けることになる。魔物の攻撃に型など無く、それを受ける防御側にも型は不要。実践で攻撃を防ぐ経験こそが成長への近道だ。というのがこの班長の言い分だった。
相手の攻撃に型が無くとも、防御側は慣れ親しんだ動きがある方がいいのではないかと思う。いや、それより前に、敗戦逃走することを前提としての訓練というのはどうなのだろうか。そうならないような采配をする班長こそが優秀な班長なのではないだろうか。なんて疑問を目の前の班長に言っても無駄だろう。この人は所謂脳筋というやつだ。脳味噌まで筋肉でできていると思える様なタイプの人だ。型とか考えている暇があったら体を動かして体で覚えろ、と言うタイプの人だ。僕の苦手なタイプの人だ。
実際のところ、この班長は優秀な班長なのだろう。連れてきた班員の態度を見れば分かる。班員たちと班長は気安く話せる関係でありながら、班員たちは敬意を持って班長に接しているように感じられる。そんな関係を班員と築ける班長なのだから、タクミの暴走がどうとか心配している僕なんかよりよほど優秀であることは間違いない。そう思うからこそこの班長に従って訓練を受けているのだ。言っても無駄という面が多分にあるが。
『さあ休憩は終わりにして続きをやりますぞ。』
『はぁ、はぁ。はいっ。はぁ、はぁ。』
正直、こんな短い休憩では回復していない。でもそんなこと言っても無駄だろう。疲れたときこそ訓練だ。とかわけの分からないことを言われるだけだ。班長は見た感じ僕より倍は年上だと思うのだが、体力は底無しのようだった。
その後も体が動かなくなるまでひたすら班長の攻撃を受け続けることになった。
「訓練お疲れ様。アロー君だけなんだか大変だったね。」
そう言ってサヤカさんが水の入ったコップを差し出してきた。
「ありがとう。」
お礼を言ってコップを受け取ると、それを一気に飲み干した。汗を流した後の水はとても美味しかった。
「みんなアロー君のことを褒めていたよ。」
「何で?」
「いい動きだって。それと、いざと言うときにみんなを逃がすために必死で訓練しているから、すごい責任感だって言っていたよ。タクミ君たちもアロー君の指揮になら素直に従えるって。」
「なるほど。そういう風に思われているのか。これがあの班長の狙い、なわけは無いか。あれは単なる脳筋だし。」
「ふふふっ。脳筋だなんて失礼だよ。班長さんはいい人そうだよ。」
「サヤカさんも笑っちゃっているし、そう思っているでしょう?それに、脳筋は大抵いい人だよ。悪いことを考えることが無いからね。」
「真剣にアロー君を良い班長に育てようとしているものね。」
「まあ、そこは否定しないよ。やり方に問題があるけど。」
「そう言えばシロー君がぼやいていたよ。またアロー君の穴埋めをしないとって。」
「僕の穴なんて存在しないでしょう。あいつは好きで動いているだけだよ。ああ、シローなら視野が広いし優秀で頼りになるから班長に向いているよね。穴埋めって言うなら今からでも交替するか。それか、いずれ二班で行動するのだからあいつも入れて班長を二人育ててもらうか。」
「二人で仲良く一緒に訓練を受けたいのかー。仲良しだものね。」
「意訳が酷いなー。ふう。とりあえずシローを巻き込むのは止めておくよ。」
「でも本当にアロー君がいないと大変なんだよ。みんなで色々と役割を分担して動いているけれど、困ったり悩んだりしたときに相談できる人が必要なのだから。今日はシロー君がみんなに声を掛けてフォローしてくれていたの。」
「そうか。何か問題がおきていないか、シローにも後で話を聞いておくよ。」
僕が動けなくなったときにシローが代わりに動いてくれていることは分かっているし感謝している。だがそれを素直に伝えるのは気持ち悪いので、話を聞いた後に「サンキュー」くらいに軽く礼を言うくらいが調度よいのだ。
「それから、ルンケイオスさんが来ていたよ。大変そうだから明日にするって。」
ルンケイオスが来たということは調査が終わったのか。