069.ダンジョン
「ダンジョンで魔物の間引きか。面白そうだな。」
その日のジーヤコブズとの交渉を終えた夜、全員を広間に集めて報告会を始めた。報告を聞いたタクミの感想がそれだった。
僕たちは勇者として活躍することを期待されている。だけれども、この世界の人達も僕たち自身も勇者が何をすればいいのか分かっていない。世界を危機から救う者たちを呼んだはいいが、世界の危機が何か分かっていないという、女神様の神託の重大な欠陥のせいだった。
僕たちは元の世界での感覚で、自由を要求した。するとジーヤコブズは僕たちに実績を要求してきた。僕たちがそれなりの権利を主張するには、僕たちが役立つという実績が必要だというのだ。勝手に呼んだくせにという思いを飲み込めば理解できる話だ。そして実績として提案されたのがダンジョン内での魔物の間引きだ。
今僕たちがいる国はダンジョンの上にある。この国だけでなく、平野族と呼ばれる人間が住む国は全てダンジョンの上に造られているそうだ。
この世界には人間を襲う魔物がいるのだが、魔物は地下から湧き出てくるのだそうだ。そのため陸地に生活拠点を築いても突然魔物が湧き出て襲われる恐れがある。そこで、森族は森に棲み木の上に家を建てた。海族は海に住み海上に家を建てた。岩穴族は魔物が湧き出ない固い岩に穴を掘って棲みついた。そして平野族は、平野の地下にダンジョンを掘りその上に街を造った。地下にダンジョンがあれば魔物はダンジョン内に湧き出て地上には現れなくなる。だからダンジョンを掘りその上に町を造ったのだ。
だがダンジョン内で魔物の密度が高くなると、魔物が地上に溢れてしまうそうだ。そこで定期的にダンジョン内の魔物を間引く必要があるのだそうだ。
この世界の人にとって分かり易い危機が魔物だ。だから僕たちが実績を示す方法として魔物の駆除が一番分かり易い。中でも町の維持に必要不可欠なダンジョンの魔物の間引きが実績を示すには一番良いだろうということだった。それに魔物との戦闘においてダンジョンは安全面でも優れているそうだ。ダンジョン以外にも、街の外には魔物がいるそうだが、街の外の魔物はどこから現れるか分からず、突然後から襲われる可能性もある。ダンジョンは魔物が沸く場所が下層に限られているので、上層から順番に攻略していけば背後から襲われる心配がないそうだ。さらにダンジョンは人間が戦い易いように設計されている。床は平らで行動し易い。通路の幅は統一してあり、ダンジョン専用の連結盾を持って3人が横に並べば通路を閉鎖することができる。盾隊が魔物の進行を防ぎ、後方から長槍や矢などで攻撃するというダンジョン専用の戦い方が構築されているのだ。
僕たちの場合は攻撃手段が魔法となる。魔力が多いことが売りの勇者が魔法を使わないでどうする、ということで魔法により実績を示すことになった。この場合でも連結盾で守りを固めて、後方から魔法を放つという戦い方が成り立つ。ちなみに僕たちが今いる場所もダンジョンなのだそうだ。ダンジョンの建設時に使用したダンジョン内の休息所を改造したのがこの部屋だということだった。魔物が沸くのではないかと心配になったが、この部屋の下にも階層があるためこの部屋に魔物が湧き出ることは無く、この部屋の周辺については騎士団が魔物を排除してくれているのでその心配はないそうだ。この部屋の下にも階層があると聞いて、テルの言っていた転落の方が心配になったが。
「僕たち全員を一つの騎士団という形にして、騎士団の仕事としてダンジョン内で魔物の間引きをして欲しいという話だ。その条件を飲めば、僕たちには騎士団の宿舎として全員が入れる建物を地上に用意してくれる。用意できるまではこの部屋をそのまま借り受けて、ここからこのダンジョンの魔物の間引きをすることになるそうだ。それから、魔物を倒すと魔石が獲れて、魔石はこの世界の人達のエネルギー源になっているから買取って貰える。その他にも魔物の種類によっては食品や何かの材料になるものもいるそうだ。僕たちが主食にしていた小麦らしきものも実は魔物から獲れるらしい。それらを売ることで手に入るお金は僕たちの自由にしていいそうだ。」
「そんなに危険じゃないんだろ?いいよな。やろうよ。」
タクミが乗り気だ。他にも男子の多くは前向きに捉えているようだった。
「魔物と戦うなんて無理よ!」
アユミは反対のようだった。他にも女子の多くは乗り気ではない。
タクミとアユミはそのまま口論を始めてしまった。
「だが自立して生きていくためには仕事が必要だぞ。まずはやってみて、駄目なら他を考えればいいだろう。」
「でも死んだら終わりなのよ。仕事ならもっと安全な仕事があるはずよ。」
「この世界のことを何も知らない俺たちに一体何ができるというんだ。俺たちにできそうな仕事を考えてくれて、出てきたのが魔物の間引きなのだろう。だったらそれをやってみるしかないじゃないか。」
「街を見せてもらったり、もっと時間をかけて考えればいいのよ。」
「何もアユミに魔物と戦えと言っているわけじゃない。先ずは俺たちがやるから、その結果をみて判断すればいいだろう。」
「それでもっ!心配なのよ!!」
アユミとタクミのお陰でやるべきことが見えてきた。これ以上ヒートアップするとよくないのでここらでまとめるとしよう。
「二人ともいいかな?二人のお陰でやるべきことが見えてきたよ。アユミの言う通り他の仕事も探すべきだと思う。でもタクミの言う通り、この話は向こうが考えて持ってきてくれた話でもあり、試しもせずに断るのもどうかと思う。そこでポイントとなるのがアユミの言う通り安全面だ。安全を確保しながらダンジョンの間引きを体験する方法を検討しよう。具体的には、先ずは騎士団に手本を見せて貰い見学するとかね。安全に進めるための検討をアユミにお願いしてもいいかな?」
「えっ?私が考えるの?」
「安全の確保が重要だからね。タクミが考えたら無茶するかもしれないでしょう。検討するなら安全面を重視している人がいいから、アユミが最適だと思う。」
「・・・。分かったわ。」
アユミは少し考えた後に了承してくれた。
「俺には他の仕事を探せと言うのか?」
アユミが了承したところでタクミが聞いてきた。
「いや、タクミはダンジョン探索のための準備や訓練が必要だろう。探索以外の仕事を探すのは別の人に担当して貰おう。」
やる気の無いタクミに任せても上手くいくはずがない。ここは他の人に任せるべきだろう。一旦話を止めてみんなの顔を見る。モーちゃんはアユミのサポートがしたそうだ。マッサンのグループは魔法習得もしているし元々運動を得意としているのでタクミたちのバックアップに充てたい。レイナは、この役は向いていないだろう。シズカとチナツは儀式中だし、シローには全体を見ていて貰いたい。不味いな適任が見当たらないぞ。
「その担当、僕でもいいかな?」
困っていたところで声を上げてくれたのはイトウちゃんだった。穴掘り班の中で最も影の薄い女子だ。そもそも教室ではアユミのグループにいたのだが、料理が苦手という理由で穴掘り班に入ったのがイトウちゃんだった。人当たりがよくて誰からも好かれる子だ。ときどき一人称が「僕」になる。普段は「私」を使うことが多いのだが、今の様に大勢を前にして話すときなどは「僕」になることが多い。緊張度合いで変わってしまうのだろう。共感できる。
それはさておき、イトウちゃんなら他の仕事を探す担当として悪くない。イトウちゃんなら女子の協力が得られやすいだろう。男子はダンジョン探索に乗り気だが、女子は危険性を重視していてか乗り気ではない。命の危険はもちろんあるが、それ以外にも流血や生き物の死を間近に見ることになるだろう。できれば女子にそんなことをさせたくないとも思う。だから女子ができる他の仕事はある方がいいのだ。
「僕はイトウちゃんなら文句無しだと思う。どうかな?」
同意の意思を示すと、特に誰からも不満は出ずにイトウちゃんが代表となった。そして狙い通り女子の多くがサポートに加わることになった。イトウちゃんにどんな心境の変化があったのかは分からないが、積極的に協力してくれるのはとてもありがたいことだ。