068.姫の様子
翌日も早朝からきたルンケイオスに幾つか調査を依頼して、ルンケイオスがそのために帰った後はジーヤコブズとの交渉に入った。ジーヤコブズは既にアユミ達と交渉を始めていた。僕が顔を出すとジーヤコブズは直ぐに目配せをしてきた。姫のことで何かあったのだろう。また密談だ。前回の様にアユミが妙な懸念を抱かないように事前に説明しておこう。
「アユミさん。またジーヤコブズさんが秘密の話がしたいみたいだ。」
「えっ?そうなの?」
「見て。視線で合図を送っているでしょう。」
ジーヤコブズは僕と衣裳部屋を交互に見ている。あからさまに合図を送ってきていてアユミが何故気付かないのか不思議なくらいだ。
「ああ!言われてみれば何かしてるわね!でも今は衣裳部屋は駄目よ。」
アユミも気付いてくれたようだ。ただ今日は衣裳部屋は不味い。シズカが神託を授かるための祈りを捧げているのだ。
「武器庫に誘ってみるよ。」
「えっ?武器庫って入るの大変じゃない?」
武器庫の壁に開けた穴。そこから入ろうと思うと確かに大変だろう。
「ジーヤコブズさんなら扉の鍵くらい用意できるでしょう。中を見せてくれって言ってみるよ。」
ジーヤコブズに衣裳部屋は駄目だと合図を送り、翻訳の魔石で話しかけた。
『すみません。あの部屋の中を一度見学させていただけませんか?壁に穴を開けて無理矢理入ってしまったことはあるのですが、入れる者が限られていまして。』
ジーヤコブズは少し考えた後に大きく頷いた。
『ああ、そういうことですかな。分かりました、扉を開けて私が案内しますな。』
どうやら意図が伝わったようだ。衣裳部屋が使えない理由は後で聞かれるかもしれないが、別に秘密にすることではない。神託の儀式の方法を教わったのだから試していても不思議はないだろう。むしろジーヤコブズにとっては望むところだろう。
『私も見学したいです!』
アユミが自分の持っていた翻訳の魔石を使ってジーヤコブズに向かって叫んだ。驚いてアユミを見ると、こちらを向いて翻訳も魔石を止めてから発言の理由を話した。
「秘密にしなければいけないのはあちらの人達にでしょう?私は聞いても問題ないよね?」
アユミの言っていることは正しい。今からする密談を聞かれていけない相手はこの部屋を見張っているであろうあちら側の人だ。アユミが参加しても何も問題ない。
『お願いします。何人か一緒に見学させてください。』
『分かりましたな。ではあちらへ。』
ジーヤコブズは武器庫の扉に向かって歩いていく。鍵を持っていたのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。ジーヤコブズは何か言葉を発してから扉を開いた。合言葉が鍵になっていたようだ。ジーヤコブズが先に中に入り、中の灯を点けて手招きする。
「部屋が狭いから全員は無理だけど、アユミさんと、サヤカさんも行こう。どんな話をするのか聞いていて欲しい。」
武器庫の中に入ると扉を閉める。今回はジーヤコブズがいきなり頭を下げたりはしなかった。
『姫の方で何か進捗がありましたか?』
『王妃側から要求がありましたな。回りくどい言い方でしたが、姫の身柄と引き換えに勇者を何人か引き渡せというようなことでしたな。』
『それで、なんと答えたのですか?』
『その前に、私の部下が姫との接触に成功しまして、姫から話を聞くことができましてな。姫は神託の儀式で疲れ果て眠っているところを連れ去られたようですな。もう体調は回復しているそうですな。自室に戻りたいと言っているのですが、何故か引き止められて困惑しているとのことですな。』
『無事が確認できたのですね。良かったですね。』
『一安心ですな。それから、王妃の狙いも分かりましたな。本命は前回のオレガエル殿でしたな。私が姫に気を取られている隙に勇者と交渉するつもりが、大失敗したのですな。今回の姫の身柄との交換交渉は苦し紛れですな。ですから回答は保留してありますな。』
『今までの様子ですと姫の身柄の引渡しに飛び付いてしまったかと思いましたが、何だか随分と余裕が出てきましたね。』
『姫の無事が確認できましたからな。それにあちらは姫の問題に気付いていない様子ですから、妙なことをすることはありませんな。』
『なるほど。それでは今日は姫の無事を知らせてくれたということですか?』
『そうですな。』
ジーヤコブズはとても嬉しそうに頷いた。「それだけなの?」とアユミが小声で呟いた。サヤカも「とっても嬉しそうだね。今までとは別人みたい。」と言ってきた。
ジーヤコブズは基本的には優秀なのだが、姫が絡むと色々と駄目になるという印象だ。だからサヤカの別人みたいという感想には同感だ。そして姫のことで光明が見えた今だからこそ、一気に交渉を進めるべきだろう。
『それでは外で僕たちの今後についても交渉を進めましょう。』
ジーヤコブズは真剣な表情に切り替わると神妙に頷いた。正に別人のような表情だった。