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異世界転移したけど女神も姫も出てこない  作者: かが みみる
本編
66/80

066.一緒に寝ましょう

 『・・そうするとここが起動の記述でここが起動条件の補足に関する記述ですね。だけど起動条件の記述に使われる文字は表音文字の場合もあれば表意文字の場合もありますね。表音文字の場合はその文字が示す音声が発生されたら起動、表意文字の場合はその意味通りの事象が発生したら起動するということですか。そうすると記述する場所だけでなく、記述された文字でも自動で動作が切り替わっていることになりますね。』


 『おお、確かにそうじゃの。アロー殿は理解が早いのう。それに知識も豊富じゃ。神聖語学者を目指してみてはどうじゃ?才能があると思うぞ。』



 勇者召喚の魔石を撮影した後、元の部屋に帰ってきた後は、早速写真を見ながらその調査を開始した。といっても僕達に神聖語に関する知識は無いのでルンケイオス氏による神聖語講座から開始された。ルンケイオス氏は幾つもの魔石を用意し、それに描かれた神聖語とそれぞれの魔石の効果からどの部分が何の記述であるかを解説してくれた。それを真剣に聞き、理解していった。


 「アロー君はすごいね。私は全然ついていけないよ。」


 「うーん、基礎知識の差かなぁ。僕はプログラミングとか趣味でやっていたから、それと似ているところがあるおかげで理解できるのかもしれないね。プログラムは基本的には記述された順に上から処理していくのだけれど、この神聖語は順番通りに記述せずに一見無茶苦茶な配置になっているんだ。だけどその記述位置に意味があって、処理の順番が記述位置によって変わるのが特徴だね。」


 「う~ん。良く分からないことが分かったよ。ごめんね。力に成れそうになくて。」


 「いや、サヤカさんが居てくれるだけで心強いよ。ありがとう。調査の内容については僕に任せて。」


 「それじゃあ私はアロー君を全力でサポートするね!」



 僕は神聖語の学習に夢中になっていた。神聖語は確かにプログラミングと似ているのだが、その価値はプログラミングとは比較できないほど高い。例えば、スイッチを押すと電灯が点灯し、再びスイッチを押すと電灯が消灯するという動作は、大した苦労もなくプログラムすることができる。だがプログラムだけではそれが現実に作用することは無く、電灯、電灯の電源、電源供給を制御するスイッチなどを正しく配置しなければ動作しない。プログラムだけでは何の役にも立たず、それらの装置と一体となって始めてプログラムは機能するのだ。だがこの神聖語では魔石に所望の記述をするだけでそれらの動作が実現できてしまう。魔石に衝撃を与えることで魔石自体が発光し、再び魔石に衝撃を与えることで発光が止まるという、現実に作用する効果が魔石に神聖語を記述するだけで実現できてしまうのだ。僕は神聖語の有用性に感動し、惹かれ、神聖語の学習にのめりこんでいた。




 一方のルンケイオスはアローと神聖語について議論できることに歓喜していた。神聖語の学者などこの世界に数えるほどしかいない。そもそも学者という存在自体が希少だ。学ぶだけでは飯は食えない。それがこの世界の常識だ。飯の種として神聖語を模倣して魔石に刻む職人はいても、神聖語を体系的に理解し解釈しようとする者はいない。ルンケイオスが身につけた神聖語に関する知識をいくら教えても、それを理解し、ましてや議論できる者など皆無だった。それが目の前の青年はどうか。ルンケイオスの説明を恐ろしいほどのスピードで理解し、独自の解釈を加えて考察を述べている。人に教えるということは自らの理解を深めることにも繋がるものだが、彼との会話はその域を超えていた。新たな発見から新たな発想が生まれてくる、これまでの人生で一度も体感したことのない知的で充実した時間だった。




 そのときサヤカは二人の会話には加わることができずにいた。翻訳の魔石を所持していないという物理的な制約によるものではなく、会話の内容によるものだった。翻訳の魔石での会話は、アローは翻訳前の声が、ルンケイオスは翻訳後の声が日本語になっている。だから話を聞くことはできる。最初は必死についていこうと努力していたのだが、結局かなり早い段階で諦めることにした。二人はとても楽しそうにとても難しいことを話し合っていた。片方は背中の曲がった老人のはずなのに、何故か二人とも少年のように見えた。分からないところが出てくると二人の会話を止めて質問する必要があったのだが、二人の話を止めてしまうと盛り上がっている二人の間に水を差すことになってしまう。なんだかそれはしてはならないことに思えたのだ。


 「でもそろそろ止めないとね。」


 サヤカはそう呟くと現在の状況を確認した。午後から調査を開始し、調査のために扉の外に出ていた時間は1時間ほど。その後、帰ってきてから二人はずっと大部屋の一角で楽しそうに議論をしている。夕食もサヤカが二人の手元に届けると、二人は食べながら話し続けた。二人は食べたことすら覚えていないではないだろうか。その後も永延と話し続けており、周りはそろそろ寝る準備に入っている。ここは大部屋の一角で、みんなが雑魚寝する部屋だ。寝ずの討論に相応しい場所ではない。


 「アローの奴、随分とハマッてるみたいだな。」


 そろそろアローを止めねばと考えていたサヤカのもとにシローがやってきて話しかけてきた。


 「そうなの。私は全然ついていけなかったけど、神聖語が面白いみたい。シロー君ならついていけたよね。アロー君のお供は私じゃあ駄目だったなぁ。」


 「そんなことないさ。俺もあの状態のアローについていくことは出来ないから同じだよ。アローは教えるのも上手いからあいつの整理がついたら教えて貰うといいよ。でもそろそろ止めないとな。」


 「そうなの。でも何を言っても止まらないんじゃないかと思うの。」


 「それならあいつの耳元でこう言ってやるといい。「一緒に寝ましょう」ってね。もちろん「みんなと一緒の時間に」って意味だ。」


 「ふふっ。やってみる。」


 シローにいたずらを吹き込まれたサヤカは、そうっとアローの傍に近付くと、アローの耳元で囁いた。


 「そろそろ一緒に寝ましょう。」


「えっ!えっ、あぁ!ごめん。もうそんな時間か。そうだよね!みんな寝る時間だよね!ごめん。」


 耳元で囁かれる意中の女性の一緒に寝ましょうは強烈だった。話に夢中だった意識が一気に引き寄せられ、慌てて状況を確認すると、どうやら周りは既に寝る準備にはいっていたようだ。慌てるアローを見ながらサヤカとシローはクスクスと笑っていた。

 アローはルンケイオスに向き直ると、今日はそろそろ終わりにしようと伝えた。


『おぉ。そうじゃな。明日続きを話そう。明日はまた違う魔石も持ってこよう。楽しみにしておれ。』


ルンケイオスはそう言うとさっと身支度を済ませて足早に部屋を出て行った。その活力に満ちて楽しげな後姿は語っていた。「早く帰って明日の準備をしーよおっ♪」と。


「ごめんね。サヤカさん。神聖語が面白くてつい夢中になってしまったよ。」


「いいんじゃないかな。ここに着てからのアロー君は難しそうな顔をしていることの方が多かったけど、今日は何だかとても楽しそうだったよ。何かいいなーって思った。」


 「そうかな。確かに楽しかったけど。」


 「あーでも、今日も結局難しいことを考えていたことには変わりないね。わたしは全然ついていけなかったよ。」


 「確かに難しいところもあるけど、神聖語は面白いよ。明日はサヤカさんにも教えながら進めよう。」


 「ありがとう。それじゃあおやすみなさい。」


 「おやすみ。」


 サヤカとアローは就寝のあいさつを交わすと、それぞれの場所に移動して寝床を準備して眠りについた。


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