064.報告会
「ねえアロー君、個人的な相談って何だったのかしら?みんなに聞かせられないことでもあったの?」
ジーヤコブズさんとの話がまとまり振替えると、アユミが仁王立ちしてそう言ってきた。アユミの口調は穏やかだが、その姿からは怒りが感じられた。まさかそこから説明する必要があるとは、というのが正直な想いだ。確かにジーヤコブスさんと二人で衣装部屋に入る前にアローから、「個人的な相談がある」と言って入ったのだが、ジーヤコブズさんが暗に監視の無いところで話したいというサインを送ってきたのを読み取ってこちらからお願いする体をとったに過ぎない。アユミは気付かなかったのだろうが、ここにいる誰もその事に気付かなかったのだろうか。
「えーと、ジーヤコブズさんが別室で話したいというサインを出していたからこちらから切り出したのだけど、誰も気が付かなかった?」
「そんなこと、私は分からなかったわ!」
アユミが分からなかったことは分かったのだが、全員が気付かなかったことは無いだろと思い周りに目を向けて、重大な過ちがあったことに気付いた。シローやタクミが居ない。他にも気付いて説明してくれそうなメンバーが軒並み魔法の方を見に行っているのだ。ここにいるメンバーは気付かなかったか、気付いてもそれをアユミに説明してくれなかったのだろう。
「えーと、ごめん。入る前に説明すべきだった。今言った通り、ジーヤコブズさんが内密な話をしたそうにしていたから、こちらから誘う形をとったんだよ。僕には特に個人的な相談は無かった。ジーヤコブズさんが内密にしたかったのも、みんなにではなくジーヤコブズさんの連れてきた部下やこの部屋を監視している人に対してだから、中で話したことは全部今から話すよ。一回で済ませたいから魔法組を呼んでこよう。」
アユミはまだ納得していない様子だったが、みんなを呼んで話すことには異存はなく、魔法を試していた人たちも呼んでそれぞれの状況を報告しあうことになった。
全員が広間に集まりそれぞれの状況報告を開始した。まず魔法についてだが、魔法はシズカが実演して本当にできることが確認できた。だが他の人はまだ成功していない。呪文が長い上に全く意味不明なため覚えるのが大変な上に、呪文の途中で詰まると発動しないのだそうだ。シズカは夢の中でうんざりするほど何度も繰り返し聞かされて覚えたそうだ。シズカが成功したところを携帯端末で動画に撮れたということなので回し見することになった。動画には謎の呪文を唱えて右手を突き出すシズカの姿が映されていた。呪文を唱え終わると右手の平の前に火の玉が現れ、シズカの掛け声とともに射出され、石壁にぶつかり燃え上って消えた。攻撃として十分に効果がありそうな魔法だった。ジーヤコブズ氏によればこの世界の魔法は戦闘に利用できるものが少ないという話だったので新しい魔法の可能性が高いだろう。威力の程は分からないが見せ球としては効果がありそうなので、戦闘になりそうになった際の抑止力にはなるだろう。
「魔法については全員が使えるようになることが当面の目標だ。まずは先行して練習を始めた俺たちが魔法を覚えて、覚えたら交代だ。」
タクミがそう宣言し、特に反論は出なかった。魔法については追加で新たな魔法を女神様に強請ろうという話が出たが、それについての議論はアローとジーヤコブズ氏の話が関係してくるため後回しとなった。
続いてジーヤコブズ氏との話についてアローが説明した。姫が王妃に監禁されており、ジーヤコブズ氏が焦っていること、姫の力が失われていることが知られてしまうと姫の命が危ういこと、姫にまだ力があると思わせるために協力する約束をしたことなどを説明した。さらに協力の内容として、秘密の厳守、シズカが姫の代わりに新たな神託を授かりそれを姫に渡す約束をしたことを説明した。話はまだ終わりではなく、協力する上で要求したことを説明していく。神託を授かるための儀式の方法を教えて貰うこと、新たな神託はこの世界でまだ知られていない魔法にすることとして、そのためにこの世界にある魔法について詳しい者を派遣して貰い説明を受けること、また、協力の報酬として召喚の儀式に関する調査協力を取り付けたことを説明した。
一気に話したアローも疲れたが、聞いているみんなもついていくのが大変だったようで、しばらく質問と回答を繰返して理解を深めていった。次第に理解が進んでいき、最終的にはタクミの「流石はアローくん、いい仕事するな!」という言葉に代表されるように全員がその内容に好意的な反応を示した。
魔法のこともジーヤコブズ氏とのことも特に揉めることなくみんなに受入れられた。今はクラスに一体感が出てきたと感じられる、好ましい状況にあった。オレガエルのような外敵の存在が大きいだろう。
説明を終えて次にしなければならないことは、役割分担だ。ジーヤコブズ氏は準備すると言って部屋を出たが、準備とは、「神託の儀式の説明」、「この世界にある魔法の説明」、「勇者召喚の儀式に関する調査」の3つの準備だ。やる気満々の様子で出ていったので、準備でき次第直ぐに戻ってくることだろう。それまでにこちらも誰が何を担当するか決めておく必要がある。
魔法の練習は引き続き同じメンバーがやるとして、残りのメンバーで「神託の儀式の説明」、「この世界にある魔法の説明」、「勇者召喚の儀式に関する調査」儀式について対応しなければならない。
「分担して同時進行でやるとなると「翻訳の魔石」が最低3組は必要になるのだけど。」
アローがそういいながらダイスケの方を見ると、ダイスケは頷いて立ち上がった。
「2セット。」
ダイスケはそれだけ言うとアローに魔石を手渡した。
「ありがとう。2セットか。もともとのと合わせてちょうど3セットだね。翻訳の魔石はダイスケに継続して作ってもらっていたんだ。だから手分けして作業に当たることができる。」
翻訳の魔石の増産は誰もが考えた当然の行為だ。だからダイスケが秘密裏に進めていた。だが翻訳の魔石は自分達で作ったのではなく、武器庫の中で見つかったことになっている。突然増えた理由付けは必要だ。
(まあ、見本があって材料があるのだから、真似て作っても不思議は無いよな。それよりも交渉窓口が幾つも開かれてしまうことの方が問題だ。引き抜き、抜駆け、色々と気をつけないといけなくなる。かといって同時並行でやらないと時間が掛かるし、姫の置かれている状況からすれば急がざるをえない。ジーヤさんがこれを狙っているというのは考え過ぎか。そこまでの策士ならばこちらの要求をこんなに簡単には引き受けないだろう。)
アローは一人で思考にふけり、一人で納得していた。その間にも担当決めは進んでいた。
「「神託の儀式の説明」はマッサンが中心になって聞いてシズカさんに教える、場所は隠れてやる必要があるから衣裳部屋。「この世界にある魔法の説明」は私が中心になって聞いて、その後に新たに授かる魔法の案を考える。これはここでいいわね。最後に「勇者召喚の儀式に関する調査」は、アロー君に任せていいかしら?」
アユミの問い掛けで我に返ったアローは頷いた。
「それでいいよ。魔法の件もあるし、一人でも構わない。」