063.ジーヤコブズ氏の再来訪
衣裳部屋に入るなり、ジーヤコブズ氏はガバリと頭を下げて懇願を始めた。その姿には見覚えがあった。デジャブではなく、ほんの少し前に実際に目にした光景だ。
「この通りですな!姫様の救出に協力して欲しいのですな!」
ジーヤコブズ氏は外で何が起こっているのかを語り始めた。
昨日の午前中、ジーヤコブズ氏がアロー達と交渉している間に姫が王妃の手の物によって連れ去られてしまった。連れ去った名目は、姫の体調が悪いので王妃の元で療養させていることになっている。姫は連れさられる前に実際に体調が悪かった。勇者の言葉が分からないことで焦っていた姫は女神様に神託をお願いするための儀式を実行していたのだが、儀式は過酷なものであるため儀式により姫はかなり疲弊していた。だがジーヤコブズ氏は実際には療養ではなく監禁だと思っている。王妃は王の浮気相手の子供である姫を嫌っていた。その姫が神託の巫女となり、勇者召喚を成功させ、先日翻訳の魔石によって勇者との交渉も開始された。姫への評価が急上昇したことが気に食わない王妃が姫を監禁したのだろうということだった。王妃の元で姫がどのような仕打ちを受けているのか心配でならず、昨日の午後は姫との面会を求めて王妃を訪問していたそうだ。その隙にオレガエル氏が勝手にこちらにきてしまった。
結局、姫との面会は許可されなかった。オレガエル氏が何を考えてここに来たのかは分からないが、神託の巫女の秘密があるので勝手に交渉されるのは不味い。ジーヤコブズ氏としては姫が心配で仕方ないのだが、ここを空けるわけにはいかないので泣く泣くやってきているということだった。
「それで、姫の救出に協力して欲しいということですが、何か作戦があるのですか?」
「それが、全くないのですな。正直なところ、藁にも縋る思いでというような状況ですな。」
「姫がこのまま捕まっていたとして、最悪の事態は考えられるのですか?」
「王妃も神託の巫女である姫を殺害するようなことはないと思いますな。ですが、姫の顔を見られないというのが心配でして、どうしたらよいのか分からないのですな。」
「王妃の狙いが気になりますね。姫が神託の巫女の力を失っているかもしれないということを勘付かれている可能性はありますか?」
「そっ、それは!無いとは思いますが、もしあったら。」
「もしあったら、どうなりますか?」
「王の娘が神託の巫女の力を失ったとなると大変聞こえがよろしくないので、それが知れ渡る前に亡きものに・・・ということもありえますな。ですが気付かれていることは無い筈ですな。」
「そうですか。では気付かれていることはないとして、姫自身の口からそれが漏れる可能性はありますか?」
「勇者様の中に神託の巫女がいらっしゃることは姫様にも伝えておりませぬし、姫様はご自身の力が失われていることに気付いていないはずなので大丈夫ですな。」
「そうですか。それなら直ぐに最悪の事態になることはなさそうですね。僕たちはここに閉じこもっていて外の状況が分からないので姫の救出はできませんが、神託の巫女の秘密を守ることは約束します。それから、姫に神託の巫女の力がまだあるように見せかけることはできるかもしれませんね。僕たちが新たな神託を授かって、あなたがそれを姫に教えるのです。それをあたかも姫が授かったかのように見せかけて発表すれば姫にまだ力があると思わせることができるでしょう。」
「おお!それは是非ともお願いしたいですな!」
「それにはいくつか条件があります。先ずは神託を授かれなければ話になりません。ですから神託を授かるための儀式を我々に教えてください。」
「それはもちろんですな!それならわしが教えますな!」
実は既にシズカが神託を授かることに成功しているがそのことを教える必要はない。それに正しい儀式の方法は知っておいた方がよいだろう。
「それではそれについては後ほど詰めましょう。次に、どのような神託を授かればよいか考えないといけません。今回の場合は予言のような本当か直ぐに確認できないようなものは不向きでしょう。直ぐに価値が確認できるものがよく、そのうえでこっそり姫に伝えられるものがいいですね。例えば、新たな魔法はどうでしょうか?」
「ふむふむ。魔法は確かに良いですな。」
「ただ僕たちはこの世界にある魔法が分かりません。どのような魔法がよいか考えるためにはこの世界の魔法について知りたいですね。」
「確かにそうですな。魔法に詳しいものを呼び出すな。」
「お願いします。それから、姫に伝える方法が必要ですが、それについては僕たちではどうしようもないのでご自身でお願いします。もちろん協力できることが協力しますので言ってください。」
「むむっ、そうですな。そこが問題ですな。何か良い案はないものですかな?」
ジーヤコブズさんは完全に思考が停止しているようだ。前回の交渉では頭のきれる印象があったのに、姫のことで相当追い詰められているのだろう。こちらの言いなりになりそうなところはありがたいのだが、いったいどこまで面倒をみなければならないのだろうかと呆れてしまう。それでもオレガエルよりはましだ。
「状況に詳しくないので何とも言えませんが、正攻法であれば正式な手続きを踏んで毎日通い圧力を掛け続けることですかね。」
「ふむぅ。その方法では直ぐには難しそうですな。」
「こちらの準備も直ぐにはできませんから、焦らずにいきましょう。」
「むむ、そう言われればそうですな。しかし少しでも早く姫様の無事を確認したいところ。」
「もちろん何か良い案があれば実行してください。ですが案のない今は少しでも早く取り掛かるというくらいしかできません。」
「早く。そうですな!それでは早急に準備にかかりますな!」
「あっ、待ってください。」
急に焦りだし部屋を今にも飛び出しそうなジーヤコブズさんを呼び止めた。
「これは姫の件とは関係なく僕からの要望なのですが、昨日お願いした通り僕たちの召喚に使われた儀式について調査させて頂けませんか?」
「それは構わないのですが、お急ぎですかな?」
お急ぎかと本気で疑問に思っているらしきところが苛立たしいが、それだけ向こうがこちらのことを理解していないということだ。腹をたてても仕方ない。現状では向こうの助けが無ければ僕たちは生きていくこともできないのでぐっと我慢して説明する。
「召喚も今回が始めてで、僕たちのことを全くご存知ないようですから分からないと思いますが、僕たちもここに召喚されて来る前は普通に生活をしていたのです。元の世界には親や兄弟、友人などが居ます。突然召喚されて来たので心配していることでしょう。ですから可能であれば連絡がとりたいのです。ですが、その方法がありません。これまで話を聞いた限りではそちらにも手立てはありませんよね?僕たちがここにくることになった召喚の儀式ならそのヒントになるかも知れないと考えています。ですから是非とも調べさせてください。お願いします。」
もちろん連絡を取るだけでなく帰還できることが一番だが、その事を詳しく伝えるつもりはない。あちらは女神が遣わした勇者が何もせずに帰りたがっているなんて考えてもいないようなので、勘違いさせておこう。
「これは勇者様方の事情に全く考えが至らず、すみませんでしたな。そういうことでしたら早速専門家を呼びしましょう。」
ジーヤコブズさんとの話がまとまった。話がまとまり衣装部屋を出るとジーヤコブズさんは「早速準備を始めますな。」、と言ってお供を連れて去っていった。さてそれではみんなに状況を説明しようと振り返ると、アユミが仁王立ちしていた。