062.神託
翌日、予想外(?)のことが起こっていた。シズカに神託があったのだ。
シズカは昨晩就寝するまでに合計4時間ほど「祈り」を捧げていた。「女神様お願いします~~な魔法が使える呪文を教えてください。」とひたすら言い続けるだけの単純作業だが、4時間もやり続けるのはかなり過酷だ。そんな過酷な作業を任せておいて申し訳ないが、まさか本当に神託が下りるとは思っていなかった。
心底驚いていたが、シズカの手前それを表に出すわけにはいかない。当然だといった表情でシズカの報告を受け取ると、実際に魔法を試してみようと指示を出した。
魔法をテストしている姿は見られたくないので、外から監視されている大部屋は使えない。そこでシャワー室を使うことにした。成功すれば火の魔法が発動する予定なので水場が良いだろうという判断だ。クラス全員が見たいと言ったし、見るべきなのだが、シャワー室に全員は入れないので見学する人数は限られてしまう。そこで電源を切って保管してあった携帯型情報端末を取り出して動画を撮ることにした。あれこれ準備していると、ジーヤコブズ氏が来てしまった。
魔法に興味があるが、ジーヤコブズ氏との交渉も大切なので、魔法のことは「任せろ」と言ったタクミと、任せられるシローに任せて後ろ髪を引かれる思いで交渉に臨んだ。
「昨日はすまないことをしましたな。こちらも大変な事態に陥ってしまい、こちらにくることができませんでしたな。その上儀式長であるわしに断りも無くこちらに来た者が勝手な振る舞いをしてしまい、本当に申し分けなかったですな。」
ジーヤコブズ氏の第一声は昨日の謝罪から始まったが、ジーヤコブズ氏の声には力が無い。神託の巫女に関する秘密を共有した後の元気さは完全に失われていた。
「大変なことというのは何かあったのですか?」
「実は、姫様の体調が思わしくないとのことでしてな。昨日の午前中の交渉中に王妃の派閥の者が姫様の具合が悪いから静養させると連れ去ったようなのですな。それで午後からは交渉どころではなくなり、面会を求めていたのですが認められませんでしたのですな。」
「それで姫は大丈夫なのですか?」
「昨日までは体調に問題はありませんでしたのですな。命を落とすことはないでしょうが、今はそれ以上何も言えませんな。」
ジーヤコブズ氏はそう言いながら衣裳部屋を見つめていた。ここまでの話で派閥争いの類の込み入った話であることが推察できるので、この先は監視の無い場所で話したいという意味だろう。彼らの派閥争いに巻き込まれたくはないのだが、ジーヤコブズ氏が失脚してオレガエルのような輩と交渉しなければならなくなるのは困る。協力するかは別にして情報だけは入手しておく必要があるだろう。彼の意図を汲んでこちらから密室交渉を提案することにした。
「ところで、折り入って個人的な相談があるのですが、よろしければ別室でお話させていただけませんか?」
「ふむ、個人的な相談ということでは仕方ありませんな。別室で伺いましょう。」
衣裳部屋に二人で入るなり、ジーヤコブズ氏はガバリと頭を下げて懇願を始めた。その姿には見覚えがあった。デジャブではなく、ほんの少し前に現実に目にした光景だ。
「この通りですな!姫様の救出に協力して欲しいのですな!」