061.ポーズ
オレガエル達の姿が見えなくなるまで見届けたアローが振り返ると、まだ全員が思い思いのポーズをとったままだった。半身になって片手の平を突き出したり、両手を腰に添えて貯めのポーズをとったりと様々だ。
「みんな、もういいよ。ありがとう。」
アローが声を掛けるとみんなが一斉に脱力して騒ぎ出した。
「お前のポーズ変だったぞ。」
「笑い堪えるの大変だったよ。」
「緊迫の場面なのにタクミが変なこと言うから必死で堪えたんだからな。」
「某のプリティなキメポーズに恐れをなしたようでござったな。ムフフ。」
「怒ってたみたいだけど大丈夫かな?」
「あんな奴、怒らせておけばいいって。」
緊迫の場面から開放された反動でみんなが好き勝手に話しているため、落ち着くまでしばらく待つことになった。場が落ち着いてきたところを見計らってアローは声を張って全体に向けて謝罪した。
「みんな、勝手な判断で交渉相手を追い返してしまってごめん。でも、あのまま交渉しても僕らに不利益にしかならないと思うので事後承諾になって申し訳ないけど了解して欲しい。」
「誤ること無いよ。あんなやつ追い返して当然だ!」
「そうよ!女は妾にしてやるなんて女を馬鹿にするような発言をして。あんな事態錯誤したやつと話すことなんてないわ!」
タクミとアユミが賛同の声を上げて大半の人がそうだと頷いていた。この世界においては時代錯誤しているのはアユミではないかと言い出す者はいなかった。
大半は同意してくれたが、一部に頷かずにいる人がいることにアローは不安を感じていた。今はまだ追い返したことで問題が起きてはいないから良いが、今後何か問題となったときに、「あの時不味いと思ったのだ」と自分を糾弾してくる可能性がある者たちだ。パッと見て実際にやりそうなのはヨシアキあたりだと思った。
追い返した判断に間違いはないと思っている。この後問題が起きるとしても、あのまま交渉を続けるよりはマシな状況にできると思っている。だが、問題が起きたときには「問題が起きた事実」と、確認しようの無い「追い返さなかった場合の未来」が比較されることになる。例え正しい判断だったとしても証明しようが無く、「問題が起きた事実」を突きつけられて糾弾されてしまうのだ。だからリーダーなんてやりたくないのだ。問題が起きたらその時に適切な対処をすればよいと居直れる豪胆な人こそがリーダーに相応しく、自分のような周囲の顔色を気にするような者がなるべきではないのだ。できることならリーダーの隣であれこれ助言をする参謀になりたいのだが、リーダーに相応しいと思える人物がこのクラスには見当たらないのだから自分でやるしかないだろう。また気力ゲージが無くなりそうだが、今は我慢して起こりうる問題への対応を考えておくしかない。
「今回のことで僕達がやっておかなければならないことが見えてきたね。魔法を本当に使えるようにしないと何時までもポーズだけでは厳しいだろう。」
(戦闘になる可能性は十分にある。そうなっても一方的に蹂躙されないようにしないといけない。)と心の中で付け加える。だが戦闘になるなどと簡単に口にはできない。
「それはそうだけど、魔法なんてどうやったら使えるようになるんだよ。」
タクミが聞いてきてくれた。良い反応だ。
「ジーヤコブズさんから聞いただろう。「呪文詠唱で発動する魔法も存在する」、そして、「新たな呪文は女神様の神託によりもたらされる」。ここに女神様からの神託を貰うことができる「神託の巫女」がいるのだから、女神様にお願いすればいいのさ。確かこうも言っていたよね。「女神様に神託を下さる様にお願いする儀式がある」って。次にジーヤコブズさんが来たときには儀式の仕方を聞いてみよう。でも待てないから適当に儀式っぽいことを試してみようよ。」
ジーヤコブズ氏によれば女神様に神託を下さる様にお願いする儀式があるそうだが、まだその儀式の方法については聞いていなかった。だが要するに女神様にお願いを伝えればよいのだろう。考えられるその方法は極めて単純で、「祈る」、これにつきる。
シズカには衣裳部屋に篭ってもらい、ひたすら女神様に祈ってもらうことにした。心の中で祈ればよいのか声に出せばよいのかも分からないが、声に出しておいた方が確実だろう。祈りの文言は「女神様、かざした手の平から炎を放射して攻撃する魔法の呪文を教えてください。」、とした。女神様に正確に伝わるようになるべく具体的にしたつもりだ。炎にしたのはインパクト重視だ。今必要なのは抑止力となるような威しの効く魔法なのだ。祈る時間も分からないが、神託は夢の中で授かるので眠る必要はあるだろうということで、とりあえずみんなが眠る時間まで祈り続けてもらうことにした。不確かなことばかりな割に過酷なことを強いることになったが、シズカは快く引き受けてくれた。
シズカだけに働かせて他の人が何もしなかったわけではない。食料庫から樽や木箱を持ち出し、武器庫の槍や剣と組み合わせて大扉の前に簡易的なバリケードを作った。あんなことがあったので襲撃が無いとは言えない。その気になれば簡単に突破されてしまうだろうが、無いよりはマシだろう。
結局その日はあれ以降、ジーヤコブズ氏もそれ以外の人も来ることは無かった。